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Darker Holic  作者: 和砂
side5
103/113

side5 悪役と悪役3


 無意識の行動は、よくよく自分が常で行っている動作が出てしまう。ふらりと耳慣れた放送に誘われて電車に乗った鏡花が、あっと思った時には、電車のドアは閉まってしまい、引き返さなければならなかった駅は過ぎていく。普段使っている幹線から外れていく車体を、見知らぬ景色に怯えながら蹴っ飛ばしてしまいたくなった。こうして他人の記憶に体が左右されるのは、今月に入って12回目。鏡花にとって≪感応力≫は最も身近で最も強力な力であるも、こういう状況に遭うと諸刃の剣だよなとしみじみと思う。そして、頻繁に見る巫女の姿は、どうやらそれの延長線であるらしい。


 幹部控室に戻ると、常と同じく自席にて瞑想している竜人の姿は無く、しんと静まっていた。これはどういう事だとマッドを振り返った鏡花は、同じ様に何か考え込んだ蘇芳が、「一度仮眠をとる」とそのまま畳のある給湯室へと上がり込むのを見送った。




「あのトカゲ人。どこほっつき歩いているんだか」


「ま、僕ぅも居るとは思ってなぁーかったけどねぇい」




 予想通りだったと大仰に肩を竦めたマッドは、くるりと回転し、図ったように自分の席にどすんと座る。子供じみた姿勢から身を起こした彼は、よれよれの白衣のポケットから鏡花の渡したチップを取りだした。




「僕ぅは、こぉれ解析してくるからぁ…っと、その前にキョウカ、手ぇ」




 片手を差し出されて訝しく思いながらも、彼に手を差し出す鏡花。その手を取り、下から窺うように、念を押す様に目を細めたマッドを彼女はどきりとして見つめた。




「覚えているよね。≪感応力≫は、……ひひっ、…日に10~12回が限度だって」


「分かっているわよ。オーバーすると、他人の人格を引き受ける事になるんでしょ。自我が消えて」


「そ。姿は違ぁうけれど、中身は完全なコピー、にぃん、間。くっふふ、まぁ、そんな極端になるまで≪感応力≫は使えないと思うけれどねぇ…」




 するっとマッドの手から手を抜き取って、鏡花は、改めて忠告してきた彼の意図を探ろうとした。ちらっとマッドの視線が給湯室を見る。同じ様に目だけで確認してから鏡花は片眉を吊り上げた。




「言ってないわよ」




 自分の能力の弱点なんかを、誰が好きで晒すのだ。短く言った鏡花に、マッドは曖昧な意味の苦笑をすると「ばれると後が怖いよ」と何かよくわからない苦言をくれる。これ以上その話をする気はないと、深いため息を吐いた鏡花だったが、「まぁ、聞きなよぉう」とマッドはとりなした。




「≪No.1≫から使用禁止令を出されてぇ、且つ、家にも帰れないこぉの状況で、ペアとの信頼関係は必須だと思うけどな? それにぃ…帰れたとしても、隣同士でしょ、君ら」




 「いつかばれるよ」と実にあっけらかんと言ったマッドに、鏡花はさらに眉間にしわを寄せた。彼女の不機嫌をわかっているように低く笑ったマッドは、にやりとした凶悪な笑みを浮かべると続ける。




「流石におかしいと思っているんでしょ?」




 軽い悪意が混じった視線を受け止めて不機嫌顔をさらに険しくさせた鏡花は、言われた”心当たり”に思いをはせた。先程やっと正面から見た巫女の顔は、全く自分に似ていない。それでも自分の中にあれだけはっきりと形を作る程、彼女の記憶を読み込んでいる事になる。思えば、自分が今までSF担当とされ、ロボットという無機物を相手に≪感応力≫を使っていたのは、彼女の意思や人格を守ろうとした会社側の意向だったのだろう。それが、阿修羅族の惑星侵攻以降から広範囲での使用、人物に対する使用、意志を持った物体への使用と、≪能力≫のリスクを忘れたわけではないが、イレギュラーな事態に使用を許していた鏡花だ。どこかで巫女の情報を得たというのなら、それは恐らく彼、シグウィルに会ってから。そしてDHが騒がしくなったのもそれからだ。




「何よ、あんた。蘇芳の件に、私が巻き込まれてるって言うの?」




 幸か不幸か、彼とペアになった彼女である。聖剣の要塞でも彼は何か能力を解放して暴走していたし、阿修羅族自体に何か秘密があるのかもしれない。そうマッドを睨みつければ、彼は数秒程瞠目した後、ぶはっと噴き出した。




「違う、違うよぉ。そぉうりゃー、≪蘇芳≫にも何かあるかもだけれど、ぉくは、君の能力の方が、よっぽど怖いけどねぇい」


「私の……でも、これまでDH社うちにとって、在るような無いようなものだったじゃない」


「だから重要じゃないって事には、ならないだろぉけどねぇ。ひっひっひ…」




 難しい顔をする鏡花に、マッドはにたにたと笑って、自身のPCを起動させた。話しが終わりそうな雰囲気に、しかし釈然としない鏡花は、片手を額に当てて呻く。




「頭が混乱してきた。…ちょっと、休憩してくるわ」




 作為的なものを感じると確信が持てるわけでもないので、思考を振り払うように身を翻した鏡花は、ぼんやりしている頭を覚醒させようと珈琲を入れる事にする。考えを脇に置いて、少し余裕が出た彼女は、一度振り返って「いる?」とマッドを見た。
















 給湯室は、入り口入ってすぐ右から奥までが流しとコンロがあり、左手側、壁が影になるようにして上がりかまちのある畳部屋となっている。その畳の硬い感触を楽しむようにごろりと横になった蘇芳は、目を閉じて片腕を顔に乗せ、深く息を吐いた。そのまま横になる事、数分。




『私の昔馴染みを探しておくれ、我がシグ・ウ・ル。なに、お前が月読の傍にいるなら、いずれ叶う』




 軽くまどろみの中に居た彼の脳裏に、始祖の言葉が蘇る。思わず薄目を開け、不快感を逃がそうと横向きになった彼は、片腕に頭を乗せた。月読の傍にいろとは何の比喩だとあの時思った彼だったが、先程DH≪No.1≫である暗黒神に会って確信した。月読は暗闇を司る夜の神。それがあの暗黒神を指しているとすれば、このままこのDH社カイシャに居続けろという事なのだろう。

 サングラスをかけた優男風の格好をしている人外の存在を思い浮かべると、必然と奴との出会いを思い出した。初めてまみえたのは、阿修羅族のシグウィルとして、敵対勢力であるジウォへ単身特攻し、敵大将と共に自滅した際だったかと思う。爆発に巻き込まれて木端微塵になるはずの彼を、寸での所で、何処ともしれない真っ黒な空間に引き摺りこみ、黒いボックスを持ったスーツ姿のまま挨拶してきた。あの時、爆発で下半身を失っていた蘇芳は、生死の境にあったためか、何をするでもなく彼に怯え、声も出せなかった記憶がある。

 アレを思い出すと、自分が如何にか弱い存在であるか、儚い存在であるかを思い知らされる。それを感じる時、彼は心底自身を軽蔑した。弱ければ生きる価値がないと、幼少の頃から嫌と言うほど叩き込まれた阿修羅族の思想がジレンマを起こして、身を引き裂きそうな怒りに囚われるのだ。だからだろうか、彼がいる会社に誘われた時、それほど考えずに頷いていた。

 阿修羅族の始祖は闘神。戦い、そして勝ち続ける女神。決してその膝をつく事はない。そして、彼女の子孫である阿修羅一族は、血の中に始祖の記憶があり、それを引き出す事で闘気を扱える一族だと言われている。これまで力に対してどこか一線を引いていた蘇芳だが、あの敗北感を機に、自分の中に勝利に対する執着というか、心のどこかで力を求める意志が湧き続けている様に感じていた。

 しかし、異次元にあるDH社の世話になってから今まで、決してそれだけを感じていたわけではない。元々力に執着して身を滅ぼしてきた一族に対して冷静になるよう考えてきた自分である。新たな仲間や興味を引かれる女の存在、目新しい異世界の知識と文化と、自分の中の怒りを宥める事は出来ていた。それが、なぜ、血の中の始祖の言葉を聞けるまでになったのか。




『種明かしの楽しみは、まだ先に取っておくタイプなんだ』




 先程、始祖と何か関係があるのかと問おうとして、そう言われた。で、あれば、自分が始祖の声を聞こえるまでになったのも、こうもトラブル続きなのも、何か彼の作為があったためだろうか。未だ掌の上で踊らされている感覚に苛立ちが湧くも、これまで明瞭に始祖と対話した者の話は聞いた事がない以上、自分のためにも、一族のためにも、彼女の言葉は自分の中の指針と思っていい。そこまで考え、頭痛がしてきたように思い、蘇芳は目頭を押さえた。




「わからん…」




 別の惑星ならばともかく、別の次元の世界などと言う概念は、阿修羅族には無かった。その世界を飛び越え、こうして当事者になっている今も、どこか別の惑星へと転移しているのではないかと考えている節が自身にある。正直に言えば、伝承にある始祖の血の記憶だって、未だに自身の幻覚だったのではないかと半信半疑なのに、DH社に勤めだしてから起こる出来事の数々に翻弄され、手一杯なのだ。家族も居なくなったも同然で、今更、弟の元に戻る気もなし、全て失ったであれば他に怖いものなどないだろうと好いた女を追い駆けてきた。けれど、ここらで一つ、休息を取ったが良いではないだろうか。蘇芳はごろりと横になると、全身に疲労を感じて、大きくため息を吐き、再び目を閉じた。



















「起きた?」




 随分寝入っていたらしいと瞬きすれば、上から女の声がする。顔を覆っていた片腕を退かして片目を開けると、カップ片手にこちらを振り返っている鏡花が見えた。




「熟睡するなんて珍しいわね。…あ、コーヒー要る?」


「茶をくれ」




 棚から新たにマグカップを取ろうとした彼女に言えば、軽く不満をため息で表現した後に、湯呑みを取りなおしていた。ついでの親切心だった彼女も、蘇芳に言われて、新たに茶を淹れ始める。その様子を見ながら、眠る前、しばらく自身の心の休息を考えていた彼は、なぜ距離を置こうと思ったこのタイミングで、彼女も甲斐甲斐しくなるのかと眉根を寄せた。普段はそっぽを向いているのに、こちらが弱った時に、タイミング良く労わってくるように思えてならない。それにころっと気分を変えられる自身にも呆れ、惚れた弱みかとぼんやり考えながら身を起こした。彼女を眺めていると、「はい」と湯飲みの乗った盆を差し出される。受け取り、まずは一口啜った。給湯室の流し台に背を預けながら、彼女も自分のマグカップを傾ける。




「さっきね、マッドに宿舎マンションの様子を見せてもらったんだけど、周辺の物影に下っ端戦闘員みたいな、不審人物がいーっぱい居るのよ。カメラにちらちら映るだなんて、いやらしいわよね」




 曰く、急にSRECを乗っ取り、DH社にも宣戦布告した謎の組織は、一時こちらの抵抗に負けて引いたものの、機会を窺うように幹部や主だった怪人、有名なスタッフの家の周囲を調べ始めているらしい。幹部で、会社の宿舎住みの者はチェックがしやすかったようで、真っ先に張り込みしている様だ。




「≪プラチナ≫ちゃんなんて、今日の登校途中で二回も誘拐されそうになったらしいわ。人目が多かったみたいで、事なきを得たそうだけれど」




 全面的な武力抗争までは行かずとも、相手方も人質の確保をしようと強硬姿勢だと言う。今もホール前には、デモ行進でもあるようなバリケードが積まれて、睨み合いの状況だと彼女は話した。少し出入り口付近に姿を現しただけで、外に見知らぬ下っ端戦闘員が集まって来たのだと言い、「着替えも取りにいけないわ」と鏡花は零した。




「相手方の要求は」




 眠気覚ましに質問すれば、憤慨したように腰に手を当てて、鏡花。




「DH社の資産35%の譲渡と、幹部5位までを相手方の所属人員にする事、下っ端戦闘員の5割の指揮権。それでSRECを解放するって言っているけれど、到底頷けるものじゃないわ」


「DH社と統合するつもりか」


「乗っ取りたいって満々の態度だったわよ、相手方のメッセージを見る限りでは」




 能力が使えないためか、地道に資料を読んできたらしい彼女は、「素直に就職面接して入社すれば良いのにね」と肩をすくめた。それだけ非常識な要求をする気力と体力があるならば、DH社では悪役として大いに期待されただろうと、そろそろ染まり始めた蘇芳も考える。




「SRECからの連絡は」


「定期的に、一方的に、相手方から来るみたい。でも、いくら企業として芳しくないって言っても、SRECには≪勇者≫も≪光の戦士≫も居る筈でしょう。何やってんのかしら」




 彼女の疑問も尤もである。恐らくは人質を取られて動けないのだろうが、仮にも正義の味方がこのまま黙っているとも思えない。だが、いやっと彼は頭を振った。短期間SRECで働いたとはいえ、鏡花は彼らの愚痴をメインに、自分は彼らのシステムや在り方をメインに学んできたものの、その本質を知るには到底時間が足りなかったと思いなおしたからである。相手を憶測する前に、自分に出来る事をする、と彼は逸る心を平静させた。




「待ちの一手だな。後手に回るが仕方がない。それから、≪竜人≫は?」


「まぁだ。だから、私、少し資料室で調べ物してくるわ。気になる事があるの」




 未だ竜人の姿が見えないと呆れた風に告げた鏡花は、些か険しい顔をして彼に許可を取るよう言った。会社内とはいえ、護衛役兼お目付け役とされた蘇芳は、自然と己の役割を理解して彼女を見た。




「俺も行こう」




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