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Darker Holic  作者: 和砂
side5
102/113

side5 悪役と悪役2

 三日月が、にたりと嗤う。思わず見開いた鏡花の目に、その口はゆっくりと言葉を紡いだ。


 ――――――ようこそ、深淵へ。


 どこが目かもわからない黒い影が、確かにそう言ったのを彼女は感じる。このまま目が合っていると引き摺りこまれてしまうと本能が警告するのに、体が固まってしまって逸らせないどころか、かちかちと歯を鳴らしていると気付いて、鏡花は愕然とした。

 その影は、蘇芳の体が邪魔をするのか、それから先へは近寄って来ないのに、一定の距離を置いたまま、鏡花が弱って動けなくなる所を待っている、ハイエナのような雰囲気で彼女を見ている。取り込まれてしまいそうな黒い影が怖くて怖くて、鏡花はさらに後ろに下がろうとするのに、壁が邪魔して動けない。

 一分、二分、じっとりと時間が過ぎていくのを感じてはいたが、解放される未来が見えず鏡花は、悲鳴が漏れそうになる口元を必死で押さえ続けていた。その一方で、どうして、周囲の人間はぴたりとも動かないのだろうかと考える。まるで、黒い影と鏡花だけを残して時間が止まってしまったかのようだと悪い想像をして、膝が震えだした。

 悲鳴を押し殺し、緊張で高鳴る心臓を理性で抑えつけて、いつまでこの状態で忍耐比べをするのだろう、出来の悪いホラー映画のようだと思う。恐怖で一瞬ぱっと散った思考も、隙を狙うようにじりじり睨み合う状態が続くと、脳が飽きて別の考えが浮かぶようになるらしく、鏡花はよく分からない恐怖を感じながらも、「ひゅっ」と短く息を吸って自身を奮起させた。

 すると、目の前の真っ黒い影は、目に見えて「おや?」とでも言うように興味を持った人の仕草をする。それがとても馬鹿にされているように見えて、鏡花は恐怖の中にも苛立ちを感じた。するともっと感覚は麻痺するようで、恐怖が幾分か薄れている。そこに、壁とは違う、肌の感触を肩に感じて、鏡花は微かに肩を振り返った。綺麗に磨かれた桜色の爪が見える。女性の手が添えられていると気付いて、鏡花は再びぽかんとした。




『良く耐えた。澱に触れても、我を見失わず、澱を見る。巫女に必要な事だ』




 手のある方とは逆側から声がし、人の声に安堵してそこを見れば、いつかの巫女の姿があった。面長な顔に、細く小さな目はよく見ると鋭く、綺麗な富士額をしている。それはふっと鏡花に微笑むようにすると、変わってきっと前の真っ黒い影を睨んだ。




『お戯れがすぎますぞ、シンハ様』




 巫女の声に真っ黒い影がにたりと笑う。けれど次の瞬間、それはサングラスをかけた優男の姿へと戻り、へらへらと笑いながら「ごめん、ごめん」と実に軽く謝った。先程の真っ黒がどうして怖かったのかわからないほど、狐につままれたような顔の鏡花に、シンハと呼ばれた優男は「≪能力≫の暴走だね」と言った。




「僕の姿が見えるだなんて、随分久しぶりだからね。つい嬉しくなって眺めちゃったよ」




 言いながら彼女たちへ近寄って来た為、警戒心から巫女へと体を寄せた鏡花だが、巫女は『大丈夫だ』と彼女の肩を抱いた。霊験あらたかそうな彼女に支えられれば、ちょっとは勇気が湧くものと、彼女は得体の知れない優男の接近を許す。すると、彼は「嫌われたねぇ」と苦笑しながら、鏡花の額をとんっと突いた。


 ――――――山間に浮かぶ、煌々と、真っ白に輝く月が見える。


 刹那、額から彼の指は引いていたが、隣に立っていた巫女の姿も感触も無くなって、鏡花は途方に暮れた。




「はい、終わり」




 軽い声が鏡花に告げる。けれど再び目の前に、白い歯が浮かぶ真っ黒い影が見えて、鏡花は悲鳴を上げた。




「――!? 鏡花?」




 背後からの不穏な気配に蘇芳が振り返り、そうして割り込んできた優男を引きはがした。その瞬間、黒い影は彼に押しのけられて視界から消える。消えたとほっとした彼女の体に、どっと血が巡りだした。やっと体の自由が取り戻せた彼女であったが、足に力が入らずふらりとへたり込んでしまう。




「何をした」




 彼女の様子にただならぬものを感じたらしい蘇芳の声が、彼女の頭上から聞こえる。けれど、尋ねられた側はからかうように笑みを浮かべているのだろう、声が笑っていた。




「挨拶しただけだよ。君の時のようにね?」




 ちっと、珍しく彼が舌打ちしている。鏡花は、何故こんなに蘇芳や他のメンバーが落ち着いているのか疑問に思った。まるで、鏡花が見たモノを見えていないような反応ではないか。それに、結構長い時間見つめ合っていたあの時には感じなかった、時間の流れのようなモノを今は感じられるのはどういう事か。こんなに周囲は明るかったかと、先程は薄暗い中に立っていた事を思い出す。




「しかし、困った。≪能力≫が安定していないようだね、≪No.6≫」




 声が近寄って来た気配があって、鏡花は座ったまま、びくりとする。蘇芳の向こうから覗いた顔は、今度はサングラスをかけた優男のモノとなっていて、ほっとした。けれど、言われた事には何か引っかかる彼女である。




「≪能力≫の付加がついてしまうのは、僕の影響でもあるから仕方がないけれど、どうもそれだけじゃないみたいだね。≪能力≫の解放は僕の分野じゃないんだけれど、どういう事かなぁ」




 言って、さらに近寄ってこようとする優男を蘇芳が止めた。多少不愉快そうにした優男だが、先程の鏡花の怯えようを思い出したか、足を止めて屈み、ちょいちょいと手を伸ばす。今はもう人の形をしているし、別段怖がらせようとしたわけではなさそうだとわかり、鏡花はちょっと大人げなかったと微かに体を動かして手を差し出した。ぐっと握った優男は、「ふーん」と彼女の手首回りを眺める。




「≪あいつ≫かなぁ…」




 思い当たる節があるのか優男が呟き、聞いていたワイン色の瞳の少年が「へぇ!」と感嘆する。




「10年前の再来かい? 腕が鳴るね」




 ぱっと明るい笑顔を浮かべる少年に、厳格な老婦人は「ふん」と鼻で笑った。




「人外のあんたらにゃあ、良いだろうけれどね。あたしらみたいな人間には、荷が重い話さ」


「然しもの≪No.2≫にも、アレは苦手かい? 僕より余程影響はないだろうにね」




 少年の言った≪No.2≫の単語に驚き、鏡花はばっと老婦人を見た。目が合うと、ほとんど白目の目で睨まれ、ぞくりとする。では、と鏡花は自身の手を握る優男を見た。あの真っ黒い影が本当の姿なら、彼が≪No.1≫である暗黒神かもしれないと思ったからだ。




「まだ確証がないうちから、現場を混乱させちゃあいけないよ。はい、ありがとう」




 ぱっと放される手。同時に視界がぶれて、一瞬だけ、狩衣を着た人影の幻影を見た気がした。




「≪No.6≫は、しばらく能力を使うのをやめてもらおう。その力は、使い手にも使われる側にも、諸刃の能力だからね。その間は、日陽の鬼女の家系に任せようか。出来るね、≪No.11≫」




 座りこませたままでは格好が悪いと考えたのか、親切にも鏡花を立たせようと彼女に向き合っていた蘇芳は、彼のセリフに中腰のまま、そちらを見た。




「いくら神とはいえ、何故、一族の古き祖を知っている。………貴方は、もしや…」




 不可解そうな顔は、次第に驚きの顔へと変わったようだ。ぐいっと鏡花を引っ張ろうとした腕を離し、彼は羅刹王へもしなかった、阿修羅族の最高礼を取ると優男に向き合った。けれど、彼が口を開くものの、声が出ない。違和感に喉を押さえた彼に、優男はにっと笑って立つように指示した。




「種明かしの楽しみは、まだ先に取っておくタイプなんだ。今は≪No.1≫としてお願いしておくよ」




 にっと優男が笑い、声が出ない不快感を微かに眉根を動かす事で顕した蘇芳は、諦めたように立ちあがった。すると、彼の咳払いに音が戻って来る。それを眺めていた鏡花だったが、流石に自分だけが無様に座ったままの格好をやめようと、立ちあがった。幸いな事に、足が脱力する事態は免れたようだ。まだよたよたしている彼女に気付いたか、蘇芳が腕を貸してくれる。




「良いコンビみたいだね、今も、昔も」




 どこか含むように言われたのが、鏡花の印象に残った。と、それまで何処で何をしていたのか、全く気付かなかったマッドがひょっこり現れて、鏡花へと寄って来る。何か用事があったかときょとんとする彼女に、彼は「はい」と言わんばかりに手を差し出した。




「SREぇCっのもぉう、纏めてで良ぃ~いかっら、さぁ~、今回の仕事のデータぁ、頂戴ぃ? どぉうせ、キョーカが持ってんで、しょっ?」


「あぁ」




 物凄い方法で次元転移をしたと思ったら、普段と違う場所、違う幹部たちの前に、放置されてずっと忘れていた。納得の声を上げると、鏡花は左袖の内ポケットからデバイスを取りだすと、マッドの広げた両手に乗せる。途端に「ひゃっは!」と奇声を上げて喜ぶ彼から、ちょっと離れるようにして、鏡花は今がどういう状況なのか、これからどうするのかを問うようにNo.1、No.2、そして恐らくNo.3であろう少年に目を向けた。




「あぁ。この部屋を出るのは特殊だから、マッドに案内してもらってよ。それと、一階ホール部分は抗争地帯になっているから、通らない事をお勧めするよ」




 No.1である優男が言うと、マッドも奇声を上げながらへらへら笑う。




「そうそ~ぅ、…ひひっ……下手をすればぁ、宿舎にもぉう、帰らなぁい、ほーが、いっかもねえぇっ」




 彼の奇声と奇抜な行動を抜きにして話を纏めれば、”悪役”を名乗る第三勢力がSRECを襲撃後、SRECの物資・その他を利用してDH社にも襲撃をかけているという事だった。




「それって、≪感応力≫使った方が良いんじゃ…」


「ダメ。上位幹部命令」




 緊急事態に鏡花の≪感応力≫は情報統制、全館制御と、防衛システム≪リリー=グレイス≫に並びそうな程、役立っている。けれど、思わずつぶやいた鏡花に、No.1がきっぱりと告げた。さらに、「違反罰則で、ボーナスカット」と言われては、鏡花も無理に能力を使おうとは思わない。




「では……ええと、私たちは幹部室控えで≪竜人≫の指示に従えば良いわけですね?」


「そうして欲しいね。あと、出来るだけ行動はランクC以上とするように」


「畏まりました」




 No.1と言えば、上司も同じである。素直に鏡花と蘇芳は頷くと、優男はにこりと笑みを浮かべた。




「良い報告を待っているよ」




 軽く手を振る優男に同じ様に手を振り返し、二人の傍で待っていたマッドは、鏡花の背をぐいぐい押してドアを抜けた。背後を気にしながらも蘇芳も続き、彼がドアを閉めると、マッドは長く息を吐いて、「あー、重かったっ」と鏡花をぽいとする。咄嗟に彼女を受け止め、蘇芳は渋い顔で「あれは、上位三位か」と尋ねた。




「そぉうそう。暗黒神とぉ、死神ばあぁさん、それから不死王ぅ。みぃんな、人外。いや、≪No.2≫は一応人間だよ、にぃぃん、げぇん。あの三人が集まると、空ぅ気ぃが重々しくっていけないよねぇ。ね、キョウカ」




 乙女に言ってはいけないセリフを言われたような気がして拳を振り上げた鏡花に、マッドはなんてことないように言った。はぐらかされたような気もしたが、一応拳を下げる彼女。




「そんな大層な場所に転移しなくても良かったでしょ」


「あそぉこがぁ、絶対、安っ全なんだよねぇい。ほぅら、僕ってぇ、ランクDだからぁ?」




 「ひゃひゃひゃひゃひゃ」と笑いながら言われた事に、鏡花も蘇芳も揃って訝し気な顔をした。そのままスタスタと連れ立って歩きながら、彼らは廊下を左右へ曲がり、階段を下りて上がり、同じ様な場所を三度も回って、再び長い廊下を歩いたり、角を曲がったりしながら、一つのエレベーター前にやって来ていた。




「こっから?」


「そぉう、だ、よぉん」




 鏡花が嫌そうな顔をするのも無理はない。以前ちびっこ達に案内した曰くつきの場所である、怪獣エリアから上の一般業務エリアへ向かうあそこであった。人に感染する不可思議な異世界物質が蔓延していたそこは、暗黒神やマッドの言からはもう大丈夫であると言われているものの、気分的に忌諱したい場所である。

 DH本社のある次元に戻って来る転移といい、暗黒神との初対面といい、このエレベーターといい、何か嫌がらせように鏡花と蘇芳の二人は感じていた。


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