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遂に来てしまった。母が選び、侍女たちに着飾られた格好で馬車に揺られる。ため息を吐こうにも目の前に母がいるし、それは少し難しい。
王妃様のサロン近くの庭園。そこで対面する約束になっているから、母が付いてきている。恋愛戦争に敗れた母は直ぐに切り替えて現王妃の友人になった。恋敵ではあるけど狡い真似で陥れようとはしなかったからできた所業だそうだ。勝負するなら正々堂々とが母の信条である。そこはかっこいい。
チラリと顔を上げて母を見る。微笑みを携えて窓の外を眺めるその姿は、文句のつけようがない美人だ。堀の深い眼元にスッと伸びた鼻筋、シャープな輪郭と魅惑的な赤い唇。顔立ちはいかにもな勝気美人だが、その微笑みとオーラは包容力に溢れている。その矛盾が人を引き付け、簡単には悟られない素顔が人を追わせるのだろう。
「無口だけどいい子と聞いているわ。本が好きだそうから、話は合うと思うの」
「そうなのですね。仲良くなれるでしょうか」
「なるのよ」
穏やかな口調から一変。鋭い声音に失敗したと心の中でため息を吐く。
「そうでしたわ。心は奪う物、ですものね」
「わかっているならいいわ」
こちらに向けられた射抜くような視線が窓の外に戻されて肩を下ろす。嫌がらせはしない。揚げ足取りされるような発言を避ける。ただ、この眼光の鋭さと言外の圧力でものを言わせない。私なんかよりよっぽど「悪役令嬢」に適任だ。きっと彼女は学園でいいスパイス役をやっていたのだろう。
母の見つめる先にある王宮を眺めて、自分はどんなスパイスになるのだろうとぼんやり思った。
「本日はお招きありがとうございます」
「こちらこそ、来てくれてありがとうジェシー。初めまして、私はジュリアン・ジスト・ガバナール。こちらが長男のユーリオよ」
「お会いできて光栄ですわ、ユーリオ殿下。ジャスミン・ラズベルムと申します。それからこちらが娘のアルリナですわ」
「あ、アルリナ・ラズベルムです」
王宮内にある王妃様の庭園にて。連れられるがままに足を進めたその先にいた第一王子に、思わず目を見張った。
母に促されて挨拶するも、頭の中はパニックだった。
だって……だってあまりにもドンピシャ!
風に揺れる髪は夜空のように蒼く、観察するようにこちらを見据える瞳は月を溶かしたような金色。利発的なその瞳と幼さが残る頬はアンバランスで、でもその不完全さに惹かれて止まない。なにより、顔が良い! これは将来有望だわ。さすが王子様。約束された勝利の美貌ってこのことね……。
母と家庭教師に叩き込まれたカーテンシーを披露して、そっと顔を上げる。
どうしよう、あまりの美しさに直視できない。今私どんな顔してる? 変な顔してない? 真っ赤になってる気がするけど、気のせいよね?
ぐるぐるとそんなことを考えていると、上の方からクスリと笑う声が聞こえた。ハッとして見上げれば、王妃様と母が楽しげに笑っている。
「それじゃあ、私とジュリは向こうでお茶するわ」
「えぇそうしましょう、ジェシー。二人とも、このお庭なら好きに使っていいわ」
「あとはお二人で」
息ピッタリにそそくさとサロンへ向かう二人に呆気にとられる。「後はお若い方で」じゃないんだけど。まともに顔も見られないのにどうしろっての!?
二人が去ったその場に重たい沈黙が流れる。チラリと王子を見ればまだこちらをじっと見ていて居た堪れなくなる。無口とは聞いていたけど、まだ声も聞いていない。
「あの」
「……本が好きと、聞いた」
「へ?」
何とか会話をしなければ、と口を開くと同時に話されて数瞬思考が止まる。声、良。いや、今はそうじゃない。間抜けな声を出してしまったからか、訝し気な色に変わった瞳に少し焦る。
「す、好きです! 本。文字はまだ、勉強中ですけど」
「……そうか」
勢いで倒置法になってしまったが、気にしている場合じゃない。私の勢いに驚いて一瞬見開かれた目はすぐに戻り、端的な返答をした王子はくるりと踵を返す。
「向こうのベンチにいくつか用意している」
「え、あ、ありがとうございます」
ついて来いと言いたげな態度に虚を突かれつつ、歩き出す背中を慌てて追いかける。ビジュは好みだけど、俺様タイプなら考え直したいかも。




