鬼と人と呪われた猪
それはとても昔の話。日の本が「鬼」に恐怖していた時の話です。
村を襲い、金目の物や食べ物を奪う鬼たちが居ました。但し人を殺める事を許さず怒ったり、軽い怪我で済むような軽い暴力しかして来ない村人からすればたいへん優しい鬼たちだったのです。
鬼からすればそれも生きる為。大きな身体に恐怖する村人と、まともに対話出来ないが故の案でした。鬼は力も強い為、村人たちも逆らう事が出来ず周りから見れば「略奪」としか言えない状況を長い間続けていました。
ある日、生活の備蓄に余裕を持たせる為に村にやって来た鬼たち。いつもなら怯えて物を持ってくるのですが何やら様子がおかしい。村人たちはどこか元気が無く鬼たちが来ても静かに、何かを諦めるような態度で居たのです。
「何があった」
鬼たちの中でも偉そうな鬼が聞きます。身体は大きくないのですが、賢い頭脳と魅力的な顔。そして他の鬼より秀でた怪力で鬼の長を勝ち取った優秀な鬼でした。人を殺めないようにしたのもこの鬼が始めた事なのです。
「家畜共が軒並み揃って病に伏せちまった 作物も育たなくなっちまって…このままだとこの村は滅んでしまう」
怯えた様子で村長に説明を聞き出した鬼たちは困ります。村人たちは災厄が訪れたと皆泣いたり、理不尽な怒りを物にぶつけていたりしました。これでは略奪どころの騒ぎでは無い、鬼たちは原因が突き止めることにしました。
病に伏せ弱っている動物たちの様子を見に来た鬼たち。お世話をしていた子供たちは鬼を見ても怯みません。無知なのか、それどころじゃない事を理解しているのか。その子供は一匹の小さな「猪」を抱えていました。
「ボウズ そいつが原因じゃねぇのか」
賢い鬼は、その猪を指して言います。他の動物たちが伏せているのにその猪は今にも子供の腕から逃げそうな位暴れていたのです。
「その猪が『呪い』を撒いている 俺にはそう見える」
子供は暴れる猪を抑えながら、静かに口を開きます。
「可哀想だったんだ 村のはずれで一匹寂しそうにしてて でも拾ってきたら村が大変なことになっちゃって…!」
どうやら子供も災厄の事はわかっていて、この猪の所為かもしれないのを察していたようです。話しながら泣いてしまう子供に鬼たちは容赦をしません。
「じゃぁそいつを殺しちまえば解決だな さっさと寄越せ!」
長の隣に居た厳つい鬼が怒鳴ります。長は厳つい鬼を手で静止し、少し考えます。
「殺しはしない 俺らで手懐けよう」
予想もしなかった提案に鬼たちは驚愕します。
「そしてその世話を任せるのはお前だ 子供ごと連れて行け!」
長の提案に戸惑いながらも忠誠の高い鬼から子供に近づいていき、猪ごと運び出してしまいました。流石に恐怖を抱いたのか子供は固まってしまい、されるがままに鬼の住処へ連れて行かれます。
鬼の言う事を守り、猪のお世話をして何年経ったのでしょうか。原因は確かにその猪だったようで村は復活を果たし、鬼たちもいつものように略奪していく日々でした。
子供は長い間鬼たちと暮らしてしまった為でしょうか、角が生え体が赤く染まりつつある鬼になりかけて居ました。子供の心配をする優しい鬼も居ましたが子供はその体を受け入れて、鬼として生きていく決意をしたのです。その決意に他の鬼たちは「人間」だった頃の過去を思い出し、子供に対する態度を改めていきました。
呪いの猪も大きく成長し、鬼たちの狩りに参加して獲物を大量に確保することに献上するようになっていました。しかし猪は目を離すといつも村の方角を見てばかり。
「『かりゅう』 もしかして帰りたいのかな」
「かりゅう」は子供が猪に対してつけた名前。狩りをするようになって名前があった方が良いと付けた、「狩り」と「龍」を掛け合わせた子供らしい名前でした。
かりゅうが見ている方角を見ながら子供は考えます。翌日、面倒見の良い鬼の長にある提案をしました。
「かりゅうをあの村に連れて行きたい」
長は目を大きく開き驚きました。あの村に連れて行って、もしまた災厄になってしまったらこちらの生活にも影響が出てしまいます。しかしそんな提案をするには何か意味があるはず。言葉に出さず深く悩み、ある折衷案を思い付きます。
「かりゅうが絶対に暴れ無いように手綱を握れるか?」
少しイジワルそうに問う長に、もちろん!と自信にありふれた顔で返す子供。
「よし!なら明日の朝一緒に来てもらうからな 村人たちとの再会を覚悟しとけ!」
村に向かうという事は、産まれた時お世話になった人と再会してしまうということ。子供はそれも考えていたようで自信に満ちた表情を揺らがせません。
(かりゅうも大事だけど 僕が説得すれば略奪なんてせず手を取り合って暮らせるはずなんだ)
鬼たちと暮らしてきて、鬼に対する見解が変わった事を村人たちにも知ってもらう。この長く長く続いて来た鬼と人の関係を改めてもらうという、子供が背負うには重すぎるこの野望を村人たちに理解してもらえるのでしょうか。
日が昇り、かりゅうに乗って村に向かう子供と鬼たち。悲鳴から始まる歓迎にも慣れてしまい、長は要件を早く片したい一心で村長の元に向かいます。
かりゅうが村人の目に入るや否や皆一瞬だけ驚き、すぐ怒りの表情を出します。何故また村にきたのか、鬼たちが遂にこの村を滅ぼしにやって来たのだとあらぬ勘違いをし始めた頃、話を終えた鬼の長と村長が皆の前に現れました。
村長はかりゅうに乗った一人の幼い鬼を見て、目に涙を浮かべます。
「そうか…頑張ったんだな…」
幼い鬼は大人の涙に焦ります。鬼の長は村長の頭を軽く撫で、子供と目線を近づけました。
「話は済んだ かりゅうと一緒に行くぞ」
長は振り向き騒いでいる村人や鬼たちに対して叫びます。
「説明は村長から聞いてくれ!てめぇらで協力してなんとか村長慰めてみろ!」
笑いながら言うと背中で着いてこいと言うようにどこかへ歩きます。子供とかりゅうは答えがどうなったのか分からず首を傾げ、長の後を追うのでした。
村の外れにある小さな墓場。病に伏せ、そのまま亡くなった家畜たちが眠っていました。
「かりゅうが…殺したことになるの?」
子供は震える腕を抑えながら長に聞きます。長は何も答えずかりゅうの様子を観察していました。
かりゅうは埋められたであろう山の匂いを嗅いでいきます。そして奥にある目立たない山の匂いを嗅いだ瞬間大きく鳴き始めました。
「これでかりゅうの目的は達したな」
倒れて泣いているかりゅうを見て、あの山に何が眠っているか考える子供。答えが分からず唸る子供に長は説明し始めました。
「かりゅうは…親に会いたかったのさ」
山の中にかりゅうの親が眠っている。そう知った子供はかりゅうの思いに同調するように涙を流しました。
「かりゅう…ごめんね かりゅうの事何も考えてなかった…」
「違うさ お前が一番かりゅうの事大事に思ってる」
長は子供の頭を強くぐしゃぐしゃに撫でます。
「でも…なんでかりゅうは呪われたの?」
かりゅうの所為で災厄が起きたのは村人たちも鬼たちも知っています。村から離れたら嘘のように村が回復したのだから。
「かりゅうの親は子供を産んですぐ亡くなったらしい 猪の考えなんて俺たちに話からねぇけどよ 産まれてすぐのかりゅうは村を恨んだんじゃねぇかな」
村に対する恨みが呪いになり病を蔓延させた。認めたくない悲しい話でした。
「あとはかりゅうがどう思うかだな」
いつの間にか近くに戻っていたかりゅう。いっぱい泣いたとは思えない程元気に満ち溢れています。
村長からの説明が行き届いたのか、帰りを静かに待っていた鬼と村人たち。
「どうすることになったんだ?」
村長は鬼である長が近づいても、怯むことなく優しく口を開きます。
「まだ皆理解は追いつかないでしょうが 私をはじめ鬼さまみんなと協力して生きることを誓いましょう」
村長の言葉を皮切りに鬼たちや村人たちが盛大な拍手を送ります。今までの歴史からあり得ない光景に、子供は感動して口を抑えます。
「夢が叶ったみたいだぜ 泣くよりも喜べ!」
長の励ましに首を強く縦に振りながら、理想が現実になった事を実感する子供。
「まぁ…俺もこうなったら良いなとは常々考えていたからな」
頭を掻き照れながら言う長。鬼としての長も人と仲良くしたい、鬼も人間も関係なく助け合いながら生きていくことを夢見ていたのでした。子供と握手する長、それを見て嬉しそうにかりゅうは二人に鼻を当てるのでした。
まだすぐに協力が上手くいくわけではないですが、互いに理解を示す気持ちがあれば人と鬼は仲良くなれるでしょう。そしていつか、鬼は人の形に近づいて行き「鬼」と言う概念が無くなる、優しくキラキラした未来に向かって生きていくのでした。




