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王子の一目ぼれ

掲載日:2025/11/10

 世間が休みの日の昼下がり、王子ジークは視察のために護衛を数名連れて、城下町に来ていた。


 当てもなくジークが歩いていると、ミミリファがちょうど花屋の入り口で、男の子に小さな花束を手渡しているところだった。


「有難うございました。またいつでも来てね」


 彼女は、まるで太陽のように明るく笑顔で男の子にそう告げる。

 その笑顔に引き寄せられるように彼の足は、花屋へと向かっていった。


「ジーク様!?」


 いきなり、ジークが花屋に向かって歩いて行ったため護衛達は驚く。


「いらっしゃいませ。もし何かありましたらいつでもお声掛けくださいね」

「有難う」


 ジークは花を見るふりをしながら、横目で仕事をしているミミリファの事を見ていた。


「素敵な花たちですね」

「ありがとうございます!」

「一輪頂けますか?」

「はい。どの花になさいますか?」


 ミミファはジークに近づき尋ねる。


「貴方が選んでいただけますか?」

「私ですか? 構いませんが、どなたかへの贈り物でしょうか?」

「いや。ただ、花が欲しいと思って」

「そうでしたか。かしこまりました。そうですね――この花はいかがでしょうか?」


 彼女が提案した花は、青い花びらが何枚も重なっている花だった。


「それをお願いしたい。包んでもらえますか?」

「はい。少々お待ちください」


 ――それ以来王子は、人目を盗んで毎日のように一人で彼女の店に通ったっていたが、不思議といつも店にいるのは彼女一人だけだった。


「いつも来てくださってありがとうございます」


 にこやかに彼女がジークに微笑みかける。

 しかし、彼はその笑顔を直視できず、花に目を向けると聞いた事のない人物の声が耳に届く。


「ミミリファ! 今日、用事が有ったんじゃないの?」

「え? あ、ほんとだ!」


 聞いた事のない声の主をジークが見ると、そこには40代半ばほどの女性が立っていた。


 ミミリファは、ジークに目を向け「ごゆっくりご覧くださいね」と言うと慌てて店を出ていった。


「まったくあの子ったら。すみません。世話しなくて」

「いえ……」

「何かお探しでいらっしゃいますか?」

「えーと――」


 いつも彼女に花を選んでもらっていたため、これと言って欲しい花が無かったジークは返答に困り言葉を詰まらせる。

 しかし、彼女はジークが言葉を詰まらせたのは、自分のせいだと勘違いする。


「あっ、もしかして、心配されました? 大丈夫ですよ、一応このお店の主人なので」

「そうでしたか。いつもこちらに来させていただいているのですが、彼女以外の方にお会いしたことがなかったので」

「え? あー。ここ最近は毎日あの子にお店を任せてたから。あの子、私の娘なんですけどね、今は学校が休みで手伝ってもらっているんですよ」

「そういうことでしたか」


 それから2日後。

 ジークはミミリファのいる花屋を訪れていた。


「本日も、私がお選びしてよろしいでしょうか?」

「それで頼みます」

「はい。少々お待ちください」


 ミミリファは、前もって決めていたかのように迷いなく一輪の花を手にする。

 それを彼女が包み始めた時、ジークはそっと近づいて話しかける。


「この間、貴方の名前を知ってしまいまして、私だけが知っているのは不公平なので、よければ私も名乗ってもいいですか?」

「え? …あの時の。はい、お願いします」

「私はジークと申します」

「ジーク様ですね。改めましてミミリファと申します」

「ミミリファ。素敵なお名前ですね」

「有難うございます」


 彼女は満面の笑顔で心底嬉しそうにそう言う。


 お互いの名前を知ってから2ケ月の月日が経った頃、ミミリファもジークに好意を抱くようになっていた。


 それから数回デートを重ねた頃、外交のため隣国の王子が来訪した。

 隣国の王子は観光を楽しむため、お忍びで護衛を数人だけ連れて城下町を歩いていると、お店の手伝いをしているミミリファの姿が目に留まる。


「かわいい――」


 小さい声で呟と、彼はすぐさまお店に向かう。


「こんにちは」

「いらっしゃいませ」

「すみませんが、あの花を一本ください」


 彼は、並べられている沢山の花の中から迷うことなく直ぐに赤いバラを見つけ出し、指をさして頼む。


「かしこまりました。お包みしますね」


 ミミリファがバラを包んでいる間、じーっと口角を上げながら彼女を見ていた。


「お待たせいたしました」


 バラの包みを渡すと、彼はそれを受け取るなりそのまま彼女へと差し返した。


「はい。あなたに差し上げます」

「え?」


 訳も分からずに戸惑っていると、隣国の王子はバラの包みを無理やりミミリファに渡しお店を出る。


 それから隣国の王子は、限られた時間の中で毎日ミミリファに会いに行く。

 しかし、学校が始まっていたため、たまにしか会うことができなかったが彼女が手伝っている日には、必ず一本また一本と赤いバラを増やして彼女に渡していた。


 そして帰国前日。

 隣国の王子は、今日は彼女がお店を手伝う日だと知っていたため、公務が終わると急いでミミリファに会いにお店に向かう。


「こんにちは。レディー」

「いらっしゃいませ。今日はどうなさいますか?」

「今日は赤いバラを12本貰おうかな」

「かしこまりました」


 彼女がバラを包んでいる時、会話を切り出す。


「レディーに伝えたいことが有って。あとで、少し時間貰っても良いかな?」

「私にですか?」


 それから2人は、お店の近くにある公園のベンチに座る。


「実は、明日本国に帰ることになっているんです。でも、その前にどうしても伝えたいことが有って――実は、私は隣国の王子なのです」

「え!?」

「驚くのも当然です。ただ、この身分を隠したままあなたに気持ちを伝えることはできないと思いました」

「……」

「初めてあなたを見た瞬間に恋に落ちました。私とお付き合いして頂けますか?」


 彼は、先ほど買ったばかりの12本のバラが包まれた花束を彼女に差し出す。


「ごめんさない……。私、好きな人がいるんです」

「……そう――」


 王子はバラをベンチにそっと置くとその場から離れていく。


 翌日、隣国の王子はミミリファに合わずに自国へと戻った。


 それからしばらくして、2人のデート中。

 湖のバルコニーを歩いている時、ジークはミミリファに告白をする。


「ミミリファ。好きです。私と付き合ってくれませんか?」

「はい! もちろん」


 そうしてジークは自分の身分を隠したまま、ミミリファと付き合い始める。


 それから数週間過ぎた頃、窓から差し込むわずかな光が入る薄暗い部屋に隣国の王子と彼の忠実な部下の姿があった。


「あの子が好意を抱いている相手が誰なのか分かったか?」

「はい。おそらくジーク王子だと思います」

「ジークだと!?」

「はい。それと現在、彼女は王子と付き合っているらしいです」

「彼女が王子と……!? それは誠か!?」

「確かでございます」


 彼女が王子と付き合っていると報告を受けた隣国の王子は、不機嫌そうな表情になり苛立ちを見せる。


「なぜ彼女は私ではなくアイツを選んだと思う?」

「それは、私には分かりかねます」


 部下は、緊張と焦りの入り混じった声でそう言う。


「ふん! まー良い。相手が『あの国の王子』なら、いずれは別れることになるだろう。しかし、心の傷は浅いほうが良い」


 そして、隣国の王子は部下を連れてお忍で直ぐに彼女のいる国へと向かう。


 国に到着するや否や、彼は急ぎ足で店へと向かとちょうどミミリファが手伝いをしていた。


「お久しぶりです。レディー」

「あっ。ご無沙汰しております」

「ちょっとお時間いただいても宜しいですか?」

「――はい」


 それから2人は、隣国の王子が告白をした公園のベンチに座る。


「お元気にしていましたか?」

「はい。変わりなく」

「それは良かった」

「あの――」


 彼女が戸惑っていると、それを察した隣国の王子はすぐに本題を切り出す。


「あっ。すいません。本題に入りますね。実は、自国に戻ってからもアナタの事が片時も頭から離れませんでした。あの、今すぐのお返事でなくて構いません。どうか、私の告白について、もう一度だけ考えて頂けませんか?」


 隣国の王子は、真面目な面持ちでミミリファの顔を見ながらそう告げる。


「申し訳ありません。今、お付き合いしている方がおりまして」

「知っています」

「え?」

「実は、アナタが好意を持っている方が気になってしまって――」


 彼は、言葉を詰まらせた後、意を決したように続けた。


「……それで、部下に調べてもらったんです。嫌な気持ちになりましたよね。本当にすいません。でも、驚きました! まさか、この国の王子と付き合っているとは」

「!?」

「ですが、彼にとってアナタはただの“遊び相手”に過ぎないと思います。でも、私は違います! 私お想いは本物です。だから、アナタを一生手放したりなんてかしない。それでも、私ではだめですか?」

「……王子? 遊び?」

「――あの、もしかして彼が王子だってこと、ご存じなかったのですか? 」


 その言葉を聞いた彼女は、はっと隣国の王子を見る。


 それから数日後。

 ジークはデートのために彼女に会いに来ていた。


「ミミリファ。お待たせ。いこっか」

「その前に、ジークに聞きたいことが有って――」

「私に?」


 そうして、夕暮れの公園のベンチに座ると、ミミリファはジークが王子だった事を知ったと告げる。

 彼は、一瞬目を丸くしたが直ぐに顔を曇らせ深いため息をつく。


「すまない。王子だってことを言わなくて」

「どうせ、最初から話すつもりなんて無かったんでしょ? だから、名前以外何も教えてくれなかった。ただの遊び相手だから」

「っ! そんな事一度も思ったことはない!!」


 ジークはいきなり立ち上がり、声を張り上げて言う。


「ごめんなさい。少し、考える時間を頂戴」

「……分かった。でも、これだけは伝えさせてくれに、本当に軽い気持ちで付き合っていたわけじゃない。それだけは信じてほしい」


 その日の翌日から、ジークは公務に追われる日々を過ごし2カ月も彼女の店に行くことができなかった。


 そんな時、2人の関係が上手くいっていないと隣国の王子が知る。


「その情報は誠か?」

「はい。間違いありません」

「そうか……。直ぐにミミリファに会いに行くぞ」

「御意」


 これは好機だと思い急いでミミリファの元へ向かう。


 彼女のお店に着くと、そこにはいつもの笑顔はなく暗い表情をしているミミリファがいた。


「ミミリファ。会いに来ちゃった!」

「!!」

「ちょっと小耳に挟んだんだけど、最近王子と上手くいってないって本当?」

「――はい」


 力のない、か弱い声の返事を聞いた隣国の王子は、彼女を抱き寄せる。


「私なら、悲しませたりなんてしないよ。それに、一切の秘密も持たない。私にとってミミリファはとてもかけがえのない人だから。どうか、私にまたチャンスをくれませんか?」

「っ!」

「ミミリファ!」


 2人の耳にジークの張り上げた声が届く。

 隣国の王子は、ミミリファから一旦離れジークの方に身体を向ける。


「お久しぶりです。ジーク殿下」

「貴方は! どうしてここに!?」

「それは、こちらのセリフですよ」

「私はその――」


 ジークは言葉を濁し、戸惑った表情で彼女を見る。


「まー。良いです。本当は少し待ってから返事を聞こうと思っていましたが……ミミリファさっきの返事を聞かせてくれない?」

「さっきの返事?」


 ジークは、先ほど隣国の王子がミミリファを抱きしめているところを主思い出す。


「まさかっ。告白!?」

「さすが王子察しが早いですね。はい。彼女に愛の告白をさっきしました」

「っ! ――王太子。ミミリファと少し話をさせてもらえませんか?」

「まー。良いでしょう」


 隣国の王子から許可を貰ったジークは、彼女のもとに使づくとその場で足を止めゆっくりと口を開く。


「ミミリファ」

「はい」

「今まで、私の身分を隠して付き合っていたことを謝る。すまなかった」


 シークは、深々と頭を下げ数秒してから再び顔を上げる。


「君を信じていなかったわけじゃないけれど、だけど、もし私が王子だと知ったらもう以前のように接してくれなくなるんじゃないかと思って、言えなかった」

「……」

「しかし結果的に、君を傷つけてしまったことに変わりはない。ミミリファの答えがどんなものであっても全てを受け入れる覚悟はできている」


 ミミリファは、ジークの事を見つめ戸惑いの表情を見せ言葉を詰まらす。

 彼女の様子を見て、隣国の王子は告白の返事の件に話題を切り切り替える。


「もう良いよね。ミミリファ、告白の返事を聞かせてくれない?」

「――ごめんなさい」

「どうして!? もしかして、さっきの理由を聞いて自分が王子だって伝えなかったこと許してないよね?」


 隣国の王子は、ミミリファの肩を強く掴んで自分の方を向かせる。


「いたっ――」


 ミミリファは眉を歪ませたまま何も言わなかった。


「正気? 口先だけの言葉かもしれないのに!?」

「私は、ジークの言葉を信じます!」

「!? ……ねー。聞いていい?さっきの王子の理由を知らなかったら、私を選んでくれていた?」

「いいえ。私があなたのお気持ちを受け入れなかったこととは一切関係ありません」


 ミミリファの発言を聞いた瞬間、隣国の王子の顔が瞬く間に激しい怒りに満ちて歪んでいた。


「王太子! どうか、彼女の意思を汲んでいただけませんか?」

「ふんっ。でも、私は諦めませんから」


 隣国の王子は、ミミリファの肩を掴んでいる手を下ろし、顔を見ながら今度は彼女の右手を両手でぎゅーと強く掴む。

 そこには、先ほどまでの激しい怒りは跡形もなく消え去り、いつもの穏やかな表情に戻っていた。


「ミミリファ。去る前にこれだけは言わせて。彼と別れたらすぐに私が迎えに来るからね。それまで待っていて」


 そう伝え終えると隣国の王子は、部下と一緒に自国へと帰っていく。

 2人は唖然としたまま、彼の遠ざかる背中をただ見送った。


 やがて、我に返ったジークが口を開く。


「ミミリファ。私が王子だと言えなかった理由を信じてくれてありがとう」


 ジークは一旦深い深呼吸をしたのち再び口を開く。


「ミミリファ。その許しは別れないって意味で受け取って良いのかな?」

「はい。問題ありません」

「っ!! 私が王子で有る以上、これからも伝えられないことは必ずある。それでまた不安にさせてしまうかもしれない――」

「覚悟はできています」


 ミミリファはジークの目を見てそう告げる。


「ミミリファもう一回告白しても?」

「はい」


 ジークは、彼女の目を真剣に見つめ口を開く。


「初めて、私がお店を訪れた時、実は城下町を視察中でした。当てもなく歩いていると、お店の前で貴女が男の子に笑顔を向けて感謝の気持ちを伝えていたところだった。正直その笑顔が素敵すぎて、一目で恋に落ちました」


 ジークは、照れ笑いを浮かべながらそう伝え終わると、今度は表情を引き締め真剣な眼差しで彼女を見つめる。

 その真面目な雰囲気を感じたミミリファの表情も、一瞬で引き締まり彼の瞳をまっすぐに見つめ返す。


「ミミリファ。貴女を心から愛しています」

「私も、ジークを心から愛しています」

「ミミリファっ!」


 ジークは、もう二度度は無さいないと言わんばかりにミミリファを強く抱きしめると、それを感じ取ったかのように彼女もまた彼を強く抱きしめる。


 それからお互い見つめ合い、静かに口づけを交わした。


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