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5、増上寺天井画

塚田の所に依頼があった増上寺の天井画。正式な依頼を聞くために増上寺に向かう塚田。どのような天井画を書くことになるのか。

3日後、塚田は増上寺の貫主を文化庁の玉川次官といっしょに訪ねた。増上寺は江戸時代には広大な敷地を有していたが、都市開発で徐々に狭くなり東京オリンピック近くで東京タワーをたてたり大きなホテルを建設するための用地として大きく削られた。

 大学の学長専用車で増上寺大門前で車を降りると増上寺事務所までは門をくぐってすぐ近くだ。この大門は毎年お正月の箱根駅伝で1区のランナーと2日目の10区のランナーが真正面の道路を走り抜けることでも有名である。大門をくぐって事務所に向かうと、すぐ後ろに黒塗りの車が大門脇の通用口から敷地内に入っていった。玉川次官の車は大門前ではなく敷地内の道路を通って事務所前まで着けるようだ。車の近くに歩み寄った塚田が車から降りてきた玉川次官に声をかけた。

「玉川次官、ちょうど一緒になりましたね。」と声をかけて右手を出すと

「これは塚田学長、ちょうど一緒になりましたね。無理なお願いをして申し訳ありません。良い返事を聞けるものと確信して今日は参りました。よろしくお願いします。」と話しながらお互いの右手で握手を交わした。

 事務所の中に入ると受付の僧侶が待っていたのか

「玉川次官と塚田学長様ですね。貫主が2階の部屋でお待ちです。どうぞこちらへ。」と言って2人を先導して案内してくれた。お寺とは言えこのクラスの大寺院では、客を受け入れる廊下は赤絨毯が敷き詰められ、踵をつけるたびにやや沈み込む感じがして、まったく足音がしない心地良さである。階段も豪華で手すりには彫刻が施されヨーロッパの宮殿を思い起こさせる。案内に従って部屋の前まで来ると案内の僧侶がドアをたたいて

「お客様をお連れしました。」と中の貫主に声をかけた。すると中から

「入っていただいてください。」と老人の声だがきりりとした張りのあるトーンが帰ってきた。僧侶がドアを開けると廊下の薄暗い感じから部屋に差し込む明るい太陽の光で、一気に圧倒された。

 部屋は20畳以上あるだろうか。畳は敷いてない洋間だが、南向きで大きな窓が広くとられ、日の光をさんさんと引き入れている。部屋の中には貫主の事務机と10人で会議ができそうな大きな応接セットが配置されている。部屋全体が分厚い紫色のじゅうたんが敷き詰められ重厚な雰囲気を漂わせている。

 立ち上がった貫主猊下は2人を招き入れて

「よく来てくださいましたね。お待ちしておりました。お座りください。」と貫主猊下が挨拶すると2人はソファーに座り玉川次官が

「塚田学長にお願いしましたらこころよく返事してくださり、今日はそのお返事を持ってまいりました。いっしょに聞きたくて私も参上しました。塚田学長、どのようなお返事になりましたか。」と聞いた。塚田はかしこまって

「うちの研究室でお受けさせていただきます。ただ私の名前だけでは若い人たちを育てる事ができません。せめてうちの准教授の佐多君の名前も併記させていただけませんか。」と頭を掻きながら話した。

 増上寺貫主猊下は躊躇なく

「私共は作者の名前が誰であろうとお構いしません。看る人の心を揺さぶるような天井画であれば、それで結構なのです。若い人を育てることは先人の大切な使命です。先生の言われることも大切です。どうかそうしてください。」と了承してくれた。さすがに大寺院の貫主だけあって世間体を気にして制作者のネームバリューを優先するのではなく、作品の出来栄え、中身を優先したようだった。

 3人の話が終わり、細かい話は事務方が改めて大学へ行って詰めることになり、握手をして2人は部屋を出た。玉川次官はいい仕事ができたと満足げだったが、塚田学長は苦虫をかみしめたような表情で車に乗り込んだ。何で貫主は自分の提案を素直に受け入れるのだ。塚田の名前でないと困ると言うはずではなかったのか。そんな思いが高まり、車の中で目の前の座席の背中側を拳でたたいた。

目論見が外れてこれからどうするかを考えながら車を進めた。




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