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ソルティメルヘン短編集〜めでたし、めでたし〜  作者: 地野千塩


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一寸法師の姫

 子供の頃の夢はモデル。芸能人、アイドル、インフルエンサーなど何かキラキラした存在にもなりたかった。


「げ、なんか太ってる」


 体重計に乗ると六十キロ近くあった。身長を考えても決して痩せていない。先週の飲み会、昨日食べたコンビニスーツやポテトチップスが頭の中をかけめぐる。後悔しかない。苦いため息が溢れてしまう。


 今の世の中、ルッキズム。顔がいいだけで何千万と稼げる。生配信でお小遣い稼ぎをしている友達もいたが、私は難しい。食欲に勝てない。おいしいもの大好き。花より団子。おかげで子供の頃の夢も早々に断念したが、この世では太っているというだけで、辛い立場だ。アメリカでは自己管理ができないと会社の面接でも落とされるらしい。きっと日本でもその傾向にある。


「はぁ……」


 もう体重計なんて見るのは辞めた。さっさと着替え、メイクもし、大学に行くことに。


 といっても文系の私大だ。偏差値もギリギリFランを免れてはいたが、これといって自慢できる就職先はない。友達は早々に見切りをつけ、ネットで副業を始めたし、他の真面目な子たちは熱心に中国語を学んでる。あき教室からは中国語の発生練習の声が響くが、大企業に入れるレベルでも無いし、四年生の目が死んでる。私も来年そうなると思うとさらに憂鬱になり、授業も全く身に入らない。


「げ、醜い一寸法師がいるよ」

「瑠衣ちゃん、どういうこと?」


 昼休み、大学のカフェテリアに向かうと、友達が顔を顰めた。その視線の先には、男子生徒がいた。混み合ってるカフェテリア内でも、そこだけ人が避けていた。男子生徒も周りだけ静か。宗教学の授業で習ったモーセの海割りを思いだすのは不謹慎?


 何より男子生徒のルックスが特徴的。とても身体が小さい。一寸法師みたい。十字架のネックレスをつけているが、オシャレのつもりだろうか。顔はイケメンじゃない。むしろ……。


「ルッキズムの今時、あれほどのブサイクは珍しいって。醜い一寸法師だって言われてる。しかもなんか障害があるらしい。いやだね。弱者のフリして年金や生活保護受け取っているんじゃないの」


 友達は肩をすくめ、吐き捨てていたが、どうも醜い一寸法師が気になってしまう。あの子、やたらと美味しそうに菓子パン食べてた。いい食べっぷり。なんか忘れられない。


「ねえ、少し話しかけていい?」


 翌日、失礼だと思いつつ、一寸法師くんに話しかけてしまった。大学の庭のベンチでカレーパン食べていた。いい食べっぷり。見てるこっちまでお腹が減ってくるぐらいの。


「半分、やろうか?」


 一寸法師くん、カレーパンわけてくれるらしいが、戸惑う。ルッキズムの世、体重計、生配信などのワードが頭の中で踊り、全く消えない。なぜか、来年の就活も紐づけてしまい、笑えやしない。大企業にも行けそうにない。AIの波で事務職とか秘書とかも狭き門。本当はカレーパンなんて食べている余裕なんてないのに。少しでも履歴書に盛れる資格でもとっておいた方がいいのに。


 結局、大人になっても夢は叶わず。キラキラした存在になれなかった。


「え、君、なんで泣いてるの?」


 気づくと、私、泣いていたらしい。一寸法師くん、驚いているじゃないの。泣きやめ、自分。そういい聞かせるのに、涙が止まらない。鼻水だって止まらない。


「わぁん……。結局、私、キラキラな大人になれなかったよ。何者にもなれなかった。体重六十キロのデブがいるだけ」


 一寸法師くん、キョトンとしてた。でもなぜか逃げはしなかった。無言で隣にいてくれてた。


 次の日も一寸法師くんに会った。大学のカフェテリアで。みんなは避けたけれど、そんな悪い人にも見えなかったし。泣いてる私を拒絶しなかったかも謎。友達や親でさえ、メンヘラ状態の私、嫌がってくるのに。


「え、一寸法師くんってやっぱり障害者だったの?」

「そうだよ。手帳もち。だから、女のメンヘラぐらい可愛いもんさ。福祉では人間の闇しかみてこなかったし」

「そうなの? っていうか、年金や生活保護を不正受給していないの?」

「あのな、君。それ、どこ情報だよ。新種の陰謀論か?」


 一寸法師くん、私のバイアスを丁寧に解いていく。実際、年金や生活保護を貰うのにはハードルが高い。それも微々たるものらしい。生活にゆとりのある障害者など見たことないという。多くは努力しても頑張っても報われない。一寸法師くんがこの大学にいるのも、完全に親のおかげらしい。


「君な、もっと社会勉強してな」


 カッと頬が熱くなる。


「そんなこと言われるとムカつくし」

「おお、社会勉強、頑張れ」


 一寸法師くんのニヤついた顔、本当にちょっとムカつくし。


 そして実際、勉強してみて一寸法師くんの置かれている境遇を知った。笑えない。


 一寸法師くんはまだまだマシなレベルだ。毒親の場合、障害があっても見て見ぬフリをされ、ギフテッドだの天才だの身の丈に合わない教育をされ、社会不適応がさらに悪化する当事者も多いらしい。


「うちのおじさんなんて、まさにそうだった。母の弟だけど、結局、社会適応できず、今も薬漬けで入院中だよね」


 そんな事情を語る一寸法師くん、遠い目をしてた。


「でも、なんで君は平然としているの? みんなに悪口いわれて避けられてるのに」


 それが不思議でしょうがない。一寸法師くん、いつも平然としていた。露骨に悪口を言われても、私のような興味本位で話しかける女子にも、基本冷静で丁寧だ。謎。


「俺は自分の弱さを受け入れたから。俺は両親からそう叩き込まれた。社会の厳しさ、偏見、悪口言われ続ける未来をしっかり教えてくれた。一発逆転の打ち出の小槌がないことも知った。最初から夢なんて見ていない。だが、俺の心は自由。夢も希望も捨てれば、こんな自由な道はないぞ」


 そう語る一寸法師くんの顔、やけに晴れやかだった。


 その日、家に帰って体重計に乗る。六十二キロだった。太ってる。ルッキズムのこの世の中では「障害」になる要素かもしれない。


 ずっとずっと体重計の数字を見つめる。変化はない。そう、打ち出の小槌なんてないんだ。今から人生一発逆転するのは無理だ。モデルみたいに痩せられない。大企業も行けない。履歴書を盛る資格も取れない。子供の頃に夢見たキラキラした大人にはなれなかった。


「まあ、それでもいいのか?」


 それでも。自分の弱さを受け入れてみたら、なんだかとても楽。呪いが解けたみたいに、体重計の数字、どうでも良くなってきた。一寸法師くんの言う通りだったみたい。背伸びしているから辛くなったんだ。もう私の人生、一寸法師くんみたいになってもいいじゃないの。デブでいい。無能でいい。弱くていい。できないことばかりでも受け入れよう。覚悟を決めたら、なんだか心だけは自由じゃないか。


「一寸法師くん、ありがとう」


 翌日、一寸法師くんにお礼を言ってみた。これからもよろしくと握手もしたが、一寸法師くんの身体はそのまま。何も変わらない。やっぱり打ち出の小槌はこの世にないみたいだけど。


「夢とか希望って呪いだったのかな?」


 一寸法師くんは薄笑いし、深く頷いていた。

 

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