一寸法師の父
むかし、むかし、アダムとイブという仲良しカップルがいた。彼ら神に創造され、楽園で暮らしていた。それはそれは素晴らしい世界だったらしい。
だが女であるイブは悪魔に騙され、禁断の果実を食べてしまう。アダムも同様だった。なお、アダムがなぜ禁断の果実を食べたのか、詳細に記載されていない。旧約聖書の創世記の話だ。
ただ、神様にこれが発覚した時、アダムもエバも言い訳した。イブは悪魔のせいにし、アダムもエバのせいにし、責任転嫁しようとした。
これが人類最初の夫婦の話。そんなアダムとイブをご先祖様をもつ我々人類、責任転嫁は遺伝子レベルで染み付いている。少なくとも旧約聖書の主張ではそうだった。
実際、妻が癌になったり、子供が障害児だった場合、逃げる男の確率、六割以上とも言われていた。妻や子供のせいにするケースだって珍しくないらしい。
◇◇◇
「あなた! どうしてそんなに子供たちに無関心なんですか!?」
妻のヒステリーにめまいがしそう。逃げたい。
特に俺の息子、なんか変だった。身体がものすごく小さい。学校でよくトラブルをおこし、好き嫌いが激しい。好きな数学だけはできるが、国語社会体育全部だめ。比較的、理科や音楽はマシだったが、その特性で全部台無しに。
妻は連日ヒステリー。最近では妙な育児本にはまり、息子のことをギフテッドだの才能ある一寸法師だと言っていたが、果たしてどうだろう?
「あぁ、うるさいな! 子供なんて適当に育つだろ!」
そんな俺、この家にいるのがしんどい。外では日本人の平均年収以上を稼ぎ、ちゃんとサラリーマンやってる。もう、これ以上、求めないでくれよ。ローンだってある。靴下に穴が開いても節約になるなら、履き続けてもいいんだ。
そして家の近所のパチンコ屋へ行き、飲み屋で酒を飲み、現実逃避。癒される。本当に家なんかに居たくない。
そうだ、妻の教育が悪いんだ。あいつが全部悪い。あぁ、俺もアダムとエバの遺伝子を引き継いでいるらしい。聖書の話などファンタジーだと思っていたが、そうでもないらしい。
そんなある日のこと。パチンコの帰り、中学生の娘と偶然会った。
ゴミでも見ているような目だった。
「お父さん、現実逃避、楽しい? パチンコ、勝った? 元手に比べていくら利益でた? 弟、また学校で問題起こして登校拒否中だけど、本当にパチンコって楽しい?」
あぁ、もううるさい!
俺はまた逃げた。パチンコ屋に舞い戻る。店内はシャンシャン、ガラガラ音で耳がキンキンするが、妻や娘の声を聞くよりはよっぽどマシ。
そして現実から逃げ続け、気づくと十年以上たった。息子も娘も家を出た。二人とも全く帰ってこない。まるで空の巣のような我が家。
「あぁ、虚しいわ。お父さん、どうしてこうなったの?」
妻は毎日泣いていた。俺も泣きたいぐらいだったが、まだ逃げたい。もう泣いてる妻を宥めるのも疲れた。最近は靴下の穴がずっと開いているが、どうでも良くなってきた。
「おぉ、近所にまた新しいパチンコ屋ができるじゃん。パチンコ竜宮城っていうの? へえ」
パチンコ屋のチラシを眺めながら、妻のすすり泣きの声など無視してる。チラシは蛍光ピンクで目がチカチカしてくるが、悪いと思えない。
「さあ、今日もパチンコいこう」
人類に染みついたDNA、俺は自分の力だけで抗うのは難しいらしい。




