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ソルティメルヘン短編集〜めでたし、めでたし〜  作者: 地野千塩


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魔法がとける日

 子供の頃、シンデレラの絵本が好きだった。もちろん、シンデレラが幸せになっていくストーリーも好きだけど、魔法で可愛くなるシーンに憧れたものだ。


 現代日本には魔法はない。でもメイクで可愛くなることはできる。


 そんな私、小学生低学年からメイクが大好きになり、少ない小遣いでマニュキュア 、アイシャドウ、マスカラ、ビューラーなんかを買うのが一番の楽しみだった。鏡の中の私、少しでも可愛くなると、魔法をかけられた気がした。


「お前、くだらないやつだな。どうしてこんな結果しか出せんのか? Z世代とか何だか知らんが、甘えているだろう?」


 社長の怒声が響き、私の頬が引き攣った。


 今、社長室に呼び出された。社長の「叱咤&激励」を受けている。またの名は「パワハラ」と呼ばれているが、新卒一年目の私に拒否権はない。


 子供の頃からメイクが好きだった。好きすぎた。新卒で入った所も化粧品会社。大手企業ではなかったけれど、マニアも多く、私も製品は気に入っていた。マーケティング戦略室の正社員という求人を見た時、「これだ!」と思って飛びついたが、何かおかしい。


 確かに仕事自体は華やかだ。SNSの運営などもあるが、会社の経営陣は男しかいない。しかも家族経営だった。経営陣は親類一同で固めており、ほぼコネ採用しかないと後で知った。そして私が受けた新卒求人は「生贄枠」と呼ばれているなんて全く知らなかった。こうしてパワハラやセクハラの餌食になり、今に至る。


 頭の中で、クリスマス限定コフレや新作のアイラインやマニュキュアのことなどを考えながら、どうにか社長の怒声をスルーするが、こんな毎日に疲れた。


 家に帰り、コスメボックスを眺めても辛い。香水やマニュキュアのコレクションやインフルエンサーの動画を見ても、涙が滲んでくる。


 結局、メンタルクリニックへ行った。適応障害の診断が出た。医者は「好きなことを仕事にしても、大変だからね。身の丈にあった仕事を適当にするのがいい。うん、仕事なんて手抜きしてやりなさい」とアドバイスもくれた。


「そうですね。何か好きなコスメも見ているだけで辛いです。疲れちゃった……」


 あんなに好きだったメイクも、今は何も塗っていない。すっぴんにボサボサ頭。爪にはゴミも溜まっていたが、どうでも良かった。


 そして就業不能の診断もおり、仕事も辞められた。


 家でぼーっと休養していると、魔法が解けたような気分になる。ボサボサ頭、汚い爪、産毛だらけの腕を見ていると、今まではキラキラとした幻覚を見せられていたと悟った。鏡には吹き出ものだらけの自分の頬。潰れたニキビは血で滲み、痛々しい。


「医者が言う通りかもな……。好きなことでも苦しかった……」


 それでも、仕事は続けたい。メンタルが回復した後は、短期の清掃、介護、警備などをやってみた。


 全くキラキラしていない。上司も同僚もいかにも訳アリってタイプが多いが、それ故に誰も私の事情など聞いてこなかった。癖のある人も多いけれど、みんなそこそこ優しかった。


 メイクは休日だけ思いっきりした。フルメイクの自撮りをSNSにあげるだけ。ポツポツといいねがつくぐらいだったが、それで承認欲求も満たされるから、不思議。


 地位も安定性もないのに、この生活、良かった。身の丈にあっているからかもしれない。今のところ、精神疾患の再発もない。


 結局、好きを仕事にできなかった。何もキラキラしていない。そんな日常でも、意外と幸せ。魔法は全部とけてしまったとしても。

 

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