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ソルティメルヘン短編集〜めでたし、めでたし〜  作者: 地野千塩


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現実逃避浦島太郎

 むかし、むかしあるところに浦島太郎という青年がいた。一見、普通の青年に見えるが、幻聴やうつ、不安症に悩まされていた。酒やギャンブルで気を紛らわすが、余計に症状が悪化していた。


 ちょうどその頃、異国のキリスト教という宗教が浦島太郎の住む田舎にも伝わり、宣教師と名乗る男が現れた。


 幻聴などに悩まされて浦島太郎は、そこに救いがあると思ったが、なぜか竜宮ホスピタルといい建物を紹介された。


「なんですか、ここは?」

「大病院だよ。我々の国のものが立てた」

「へえ」

「医療を頼るのも神様の御心です。アーメン」


 なんだかよくわからないが、竜宮ホスピタルへ行き、診断書を書いて貰い、薬も出して貰った。


「何この薬! きく!」


 その効果は素晴らしい。少しでも不安になるたびに竜宮ホスピタルへ向かって薬をもらった。


 頭のモヤが晴れていくような感覚があり、実にハッピー、夢見心地。お酒を飲んでいるような高揚感もある。


「ありがとう! 病院行って生きやすくなった!」


 例の宣教師にお礼を言うぐらいだったが、肝心の病気は治らない。いや、症状は薬で抑えられてはいるが、だんだんと効かなくなり、さらに強い薬が必要だった。


 副作用も強く、年中フラフラとした感覚もあったが、薬は手放せない。薄々、何か変な気はしていたが、医者は優しいし、薬が全く効かないこともない。


 そんな状態で、ズルズルと三十年以上も薬を飲み、病院に通っていたが、何も治らない。例の宣教師も迫害され亡くなった。


「お医者さん! 何で、病気が治らないんですか? 薬をちゃんと飲んでいるのに!!!」

「もっと強い薬を出しましょう」


 強い薬も効かず、癌までみつかった。他にも薬の副作用が原因の手の震えや胃痛、糖尿病なども患っていたが、全く完治していない。むしろ悪化しつつある。


 鏡を見ると、老人になった浦島太郎がいた。時間の流れの残酷さに、心はもっと重くなっていく。もう涙すら出ないが、こんな風に薬漬けにされた患者は多いという。


 浦島太郎はひとり、海辺を歩く。こうなったのも自己責任だ。薬を盲信し、自分の人生なのに、現実逃避した。他人の言うことばかり流されていた。


「あぁ……」


 自分の愚かさに砕けそうだ。もう立ってもいられない。浦島太郎はその場にしゃがみ込んだ時だ。


「おじさーん。私、乙姫っていうキャバ嬢なんだけど、うちの店で遊んで行かない?」


 乙姫はキャバクラ・竜宮城のチラシを渡す。


「辛い現実から逃げられるよ、どう?」


 浦島太郎の心は揺れていた。たった今、己の愚かさを反省したばかりなのに、乙姫の香水の匂いが鼻をくすぐる。いい匂いだ。理性がふわりと飛んでいく。


「いいね! 乙姫ちゃん、一緒に行こう!」

「イエーイ! 現実忘れて楽しも!」


 乙姫の誘惑に逆らえない。結局、浦島太郎は現実逃避していた。

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