姥捨パラドックス
「君、おばあちゃんを背負ってどこに行くんだ?」
とある製薬会社の研究員マリアは、驚いた。薬学の研究のため、日本という国の田舎に来ていたが、若者がおばあちゃんを背負い、彷徨っていたから。
「君、何している?」
慣れない日本語だったが、若者には通じたらしい。色々と話してくれた。
この国の田舎には「姥捨」という習慣があり、穀潰しの老人を山に捨てているという。
「そんな! なんてこと!」
「仕方ない。うちは農家で家計も苦しい。それに婆さんはボケているから、いいんだ」
若者はそう言い残すと、本当に山の方へ消えてしまった。
これにはマリアも怒った。こんな理不尽なことがあってはならないと、老人のために様々な薬を開発し、実用化もされた。
その薬は評判を呼び、あの国も老人もさらに長生きし世界一の長寿国になったと知った。
そんなニュースを見ながら、マリアはご満悦だったが、なぜか職場の研究室に嫌がらせの手紙がくるようになった。しかも日本語で。
「私は年老いた妻の世話をし、毎日苦しい。いわゆる老老介護だ。マリアの開発した薬のせいだ。なぜ、無駄に長生きさせるんだって、何この手紙?」
イタズラだろうか。読んでいて気分が悪くなってきたが、実際、日本では老老介護が社会問題となり、介護士不足も深刻だという。
「そんな、知らないし。長生きできれば何でもいいんじゃない?」
マリアはそんなニュースを見て見ぬフリをしていたが、またあの国の若者から手紙がきた。
「老人が楽なバイトを食い散らかし、若者が入りやすいバイトは減った。闇バイトに若者が流れるのも老人のせいだ。そうじゃなくても、長生きしている老人のせいで重税に苦しんでいる。若者の自殺も多い。楽に死ねる薬を開発してほしいって何これ?」
マリアは再びあの国のニュースを調べると、本当に若者の自殺率が高いことを知る。手紙に書かれた内容は嘘ではなさそうだった。
この時、研究者として使命につき動かされてしまったマリアは、飲むだけで即死亡する「アンラクシー」という薬を開発し、実用化もされた。
特にあの国で売り上げが好調だと聞いた。「アンラクシー」のコアユーザーは、十代後半から三十代だという。
「お前のせいで少子化になった!なんという薬を開発したんだって、知らないし」
その後、あの国の老人からクレームの手紙が届くようになった。
一方、若者からは感謝の手紙しか届かない。マリアは一瞬いいことをしたような気がしたが、突然、はっとした。
「あれ? アンラクシーって結局、若者を姥捨にしただけってことだった?」
製薬の進化は人を必ず幸せにすると信じていた。実際は、そうでもなかったらしい。




