正義中毒・桃太郎
「え!? 何このきび団子! とっても美味しい!」
桃太郎君からきび団子をもらった。とても美味しい。結果、僕は桃太郎組に入る事になった。
僕は猿。特に何の特技もないけれど、コミュ力はあると思う。桃から生まれたという変な逸話がある桃太郎君ともすぐに仲良くなった。
他に桃太郎組にはキジさんや犬君もいるが、誰も桃太郎君には逆らえないらしい。実際、彼は強いし、きび団子も美味しいしね。
それに桃太郎君の育ての親もおばあちゃんやおじいじいちゃんもいい人だ。
「どんぶらこって言葉、私らにしか使えんわ」
「そうだな、婆さん、ガハハ!」
そう笑っているおばあちゃんやおじいちゃんはとっても明るい。猿の僕にも優しい。
そんな桃太郎君とは、村でのトラブルを解決する仕事をしていた。桃太郎組では、何でも依頼を受け付け、鬼を退治した時もあった。
その時は桃太郎君も表彰され、とても天狗になっていた。
「僕に倒せない敵はいないね! 悪人ども、出てこいよ!」
桃太郎君は実際強いし、そんな発言も頼もしく思えたある日。
鬼ヶ島に新しい住人が住み着いたという。鬼を退治してから、誰も寄り付かなかい島だったが、漫画家さんらしい。
その漫画家さんは、「本当はこんなの描きたくなかった!」とSNSで愚痴り、大問題になっているという。
桃太郎組にも「あんな失言する漫画家は滅ぼしてください!」という依頼も何件も届いた。
「これはまた成敗しに行くしかないな!」
桃太郎組は腕まくりし、キジさん、犬君、猿の僕も連れて鬼ヶ島に到着。
あっけなく漫画家の自宅も見つけ、桃太郎組は襲いにかかった。
「そんな失言する漫画家なんて許さないよ!」
桃太郎君は漫画家をボコボコに叩いた。特に漫画家の利き腕を中心に狙ったので、もう漫画を描く事は不可能だろう。
こうして桃太郎君は再び表彰され、SNSでは大絶賛。
「叩かれる理由にある人はいくらでも叩いていいからね! それが正義ってもんだよ! そう、桃太郎組は正義の素晴らしい組織だ!」
そう桃太郎君はスピーチしていた。
めだでたし、めでたし。
ここで終わっていたらハッピーエンドだろうが、例の漫画家は廃業後、自殺してしまったと聞いた。ファンの何人かも後追い自殺しているらしく、今度は桃太郎君が誹謗中傷の渦中にいた。
「桃太郎組許せない!」
「人を死に追いやっておいて!」
「そもそも鬼も退治する必要あった?」
「人殺し!」
僕の元へも誹謗中傷が届き、家から一歩も出られない状態だった。僕を誹謗中傷する人の中には、鬼や漫画家も叩いている人がいた。「正義」の盾があれば叩く対象は何でもいいのかもしれない。果たしてそれは本物の「正義」?
もっとも桃太郎組は全く反省などしておらず、誹謗中傷する人達を全員訴えるというが。
桃太郎家のおばあちゃんやおじいちゃんも心労で寝たきりになっているのに……。
この憎しみの連鎖はどこで断ち切ればいいのかわからない。
僕はきび団子に釣られて桃太郎組に入った事を深く後悔していた。
冷静に考えれば退治した鬼も例の漫画家さんも大して悪い事はしていなかったと気づいた。なんとなくムードに乗せられ彼らを成敗しに行ったが、「正義」に酔っていただけだった。別に正しい行いをしたい訳でもなかったなぁ……。
本当は「神」のような絶対的で唯一無二の存在に正しさも委ねたかったかもしれない。でも、現代の僕らは神も失ってしまった。空気や人の顔色、自分の直感、自分の思いにに正しさを委ねてしまった僕らは、どうしても完璧になれない。人生の羅針盤を抜き取られた迷子のような気分だ。
「本当『正義』って怖いね。もう僕は桃太郎組を辞めるよ」
そう決めていた。