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ソルティメルヘン短編集〜めでたし、めでたし〜  作者: 地野千塩


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8050ラプンツェル

 気づいたらラプンツェルは魔女と二人で暮らしていた。


 実の両親の顔も名前も知らなかったが、塔の中で魔女と二人きりでの生活はそこそこ楽しかった。


「ねえ、魔女。私の髪は綺麗?」

「ラプンツェル。その通りさ」


 ラプンツェルは魔女に髪の毛を結んでもらうのが好きだった。


 後で知った事だが、魔女は結婚できず子供がない身の上だったらしい。だからラプンツェルに依存していたのだろう。


 そして年頃になったが、さすがに塔の中で引きこもっているのは違和感があり、下界に出かけたが、村娘達にいじめられた。


 ずっと過保護の魔女の監視下にあったラプンツェルは世間の冷たさに耐えられなかったのだろう。


「魔女、私にはあなたしかいないわ」


 ラプンツェルは魔女に泣きつき、より濃密に依存状態になっていったが。


 ちょうどラプンツェルが成人した時、引きこもり支援施設の職員がやってきて無理矢理、長い髪も切られ、野菜畑で働かされた。


 一般的な労働と違いラプンツェルに入るお金はわずか。引きこもり支援施設の経営陣たちが国からの支援金を中抜きしていたのだ。


「魔女、助けて。騙されたわ」


 結局、ラプンツェルは魔女に泣きついた。魔女は引きこもり支援施設の経営陣たちを呪い、二度と関わりはなくなったが、時間だけが過ぎていく。


「ねえ、魔女。私、このままでいい?」


 永遠に終わらない夏休みのような気分になったラプンツェル。


「大丈夫さ。ラプンツェルはありのままの姿で美しい」


 そう言われれば言われるほど、ラプンツェルは精神を病み、鬱病と診断され、また福祉と繋がりができた。


 ラプンツェルが三十歳のときだった。障害者雇用として野菜畑で働き始めたが、最低賃金レベルだ。その上、作った野菜は全部気持ち悪いと捨てられていた。ラプンツェルは単に障害者雇用の補助金支給の為、あるいは国への罰金を払いたくない為の雇用だったからだ。


 あっという間に社内ニートと化し、結局、魔女がいる塔へ舞い戻る。


「大丈夫さ、ラプンツェル。お前はありのままでいいんだ。変わらなくてもずっと引きこもっていればいい」


 魔女の甘い言葉はハチミツよりも甘かった。


 そして時が流れた。ラプンツェルは四十代。もう立派な中年女性になっていたが、さすがのラプンツェルも焦り、就労支援施設に相談しに行く。


 担当のキャリアカウンセラーは元公務員の老人だった。他にも似たような職員が多い。そう、この場所は公務員の天下り施設だった。


 そうでなくても国の失策で年金が貰えない老人も多い。楽なバイトは老人たちが食い尽くして碌なものが無い。


 同様に主婦や大学生は、最低賃金でも応募が殺到する。ラプンツェルのような引きこもりも雇用の席は奪い合い。


 相変わらずキャリアカウンセラーはやる気がなく、履歴書の誤字脱字も指摘しない。「一心上の都合の退職」なんてわざわざ書かなくて良いなどと全くアドバイスしなかった。


 そうはいっても就労支援施設も結果を出さなければならない。無理矢理、ラプンツェルを工事のバイトに押し込んだが、お局の激しいいじめにあい、結局一週間で退職。履歴書が汚れただけだった。


 そんな事を繰り返しているうちに、ラプンツェルは五十歳になった。魔女は八十歳だ。


 魔女の年金でどうにか二人とも生活できていたが、白髪と皺だらけの自分の容姿を見ながらラプンツェルはため息しか出ない。


 思えばあらゆる大人から搾取されていた。


「でもナマポ貰うのはダメなんでしょ?」


 塔の中でラプンツェルの力無い声が響いた時。物音がした。


 急いでリビングに向かうと魔女が倒れていた。脈もない。どうやら頭の打ちどころが悪く、死んでしまったらしい。


 息をしていない肉の塊を見ながらラプンツェル思う。この魔女が全ての元凶のような気がしたが、このままでは年金が止まる。生きていけない。生活保護も世間の目が怖い。


 という事でラプンツェルは魔女の死体を湖に沈めた。


 案外バレないものだ。


 役所の人間がきてもラプンツェルは魔女のフリしてやり過ごした。長い髪もすっかり真っ白になったラプンツェルは、老婆にも見えない事はなかった。これでしばらくは年金も支給されるし、生活保護も受けなくて済むだろう。


 めでたし、めでたし。

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