ロバ耳王様のSNS
「この世の中に底辺職などいないのです! さあ、全ての仕事をしている人に感謝しましょう!」
王様は城で演説をしていた。今日は秋の収穫祭の行われ、群衆は王様のスピーチに耳を傾けている。
最近、隣国の王子が「底辺職ランキング」なるものを作り大炎上中。介護職や清掃員など生活になくてはならない仕事を見下したランキングだった。
王様はそれを逆手に取り群衆に訴えていた。実際、人望もあつく、群衆達は王様を褒め称えていた。
「そうだ! 底辺職は大事だ!」
「底辺職に感謝しよう!」
「そうだ、感謝しよう!」
そんな群衆の声が響く。
「ありがとう」
王様は笑顔で去っていくが、控室に向かうとため息しか出ない。
こんな人気者の王様だったが、実は身体に障害があった。生まれつきロバ耳が頭に生え、実に不恰好だ。
おかげでいじめられる事も多かったが、今は帽子や頭巾を上手く使い、なんとか誤魔化していた。それに庶民出身の王様だ。ここまでの地位を手に入れる為には並大抵の努力ではなかった。
内心、底辺職に甘んじている労働者は見下していたし、税金絶対下げるつもりはない。自己責任だと思う。
「王様、そんな本心を隠していい人演じるのは辛く無いですか?」
そこへ床屋のジョージがやってきた。ジョージも庶民の男だが、口が硬く、ロバ耳の事も漏らしていない。信頼できる男だ。
「そうか?」
「この壺をプレゼントします。この壺に向かって本心を叫ぶとスッキリします」
「へえ」
なぜか壺には「SNS」というラベルがついていたが、誘惑に負けた。
王様は夜な夜な壺に向かって叫ぶ。
自分がいかに努力をしたか。ロバ耳でどれだけ苦労したかと語った。また底辺職は怠け者の自己責任だと叫び、福祉の財源も大幅にカットする事も訴えた。
王様はスッキリした。これで人の良い王様を演じなくて済むから。
しかしスッキリしたのは最初だけだった。なぜか壺に向かって吐いた言葉が全部世の中に伝わっている。
「ジョージ、どういう事だ!?」
「王様、『SNS』というのはそういうものです。いくら匿名で語っても必ず正体がバレます」
「はあ?」
ジョージの言っている意味はわからないが、もっと不可解なのは、王様が壺に向かって語った本音が群衆に支持されたという事。
「そうだ、底辺職は怠け者の自己責任!」
「王様のように苦労しろ!」
「社会保障なんて全部カットでいい!」
そんな群衆の声が響いていた。どうやら群衆も王様と同じだったらしい。口では「底辺職に感謝しよう」と言いつつ、本音はこれだ。その証拠に群衆達は事務職、営業職、インフレエンサーなどに従事し、底辺職など誰もやりたがらないから。
「王様、よかったですね。これで財源も大幅にカットできますよ」
「そ、そうか?」
「ええ」
ジョージと喜ぶ王様だったが、その一年後。
ホームレスに堕ちた氷河期世代のおじさんから刺される未来は、まだまだ何も知らなかった。




