インフルエンサーの大きなかぶ
インフルエンサーのKは、この世のすべてを手に入れたような気がした。
株、ビジネス、自己啓発などの発信をネットでやっていたら、勝手にバズった感じ。特に努力しなくても、SNSをチャラチャラといじるぐらいで大金が入ってくるようになった。
同じ歳の三十歳の男ではKのような境遇はレアだろう。年収も桁違い。
だからつい口が滑った。いや、正確には指が滑ったというか。
SNSで「底辺職は納税の義務もほとんどしていない。社会の害悪」と発信。底辺職ランキングの画像も作った。
これがネットで炎上。テレビでも大きく取り上げられ、毎日のように誹謗中傷がはじまった。ネットだけでなく、実家にも嫌がらせが来るようになり、決まっていた仕事も全部飛んだ。
悪い事は重なるもので、株も大損し、借金も増えていく。
タワマンから家賃五万のボロアパートに移り住み、ひきこもっていた。
そんな生活だったが、勇気を出してコンビニへ。
田舎だからか、意外とKの醜態を知らない人も多く、爺さんのコンビニ店員に気さくに話しかけられた。
近所の農家からは野菜をもらった。
工事をしている前を通ると、警備員に笑顔で挨拶された。
食堂で食べに行ったら大盛りをおまけしてもらった。
水が止められた時はコールセンターの人に世話になった。
こんな田舎でもAmazonの荷物がすぐ届く。
家の前の道もいつも綺麗。スーパーのトイレもそうだ。
「あれ? 俺は一人では生きていなかったのか?」
一人、家の中でつぶやく。
どうにか電気も水道もガスもある。屋根のある場所にいる。エアコンもある。
目を閉じる。
なぜか子供の頃に読んだ「大きなかぶ」を思いだす。あの童話も一人では生きられない事を示していた。
「そうか、俺は一人じゃない……」
そう呟いた時だった。
インフルエンサー時代の友人からの電話だった。これから情報弱者をターゲットにした投資セミナー事業を始めるという。
「Kも来ないか? これで借金返せる」
あまりにも甘い誘惑だ。どうしてもKは逆らえない。
「オッケー! その話、乗るわ。やっぱ、かぶより株だわな」
株で一発逆転を狙う情報弱者をターゲットにすれば儲かりそうな事は体感的にわかっていたから。
アパートの部屋のどこから音がする。ガサガサ、チュー、チュー。
どこかにネズミがいるのかもしれないが、今はこの誘惑しか頭にない。




