余命三ヶ月のキリギリス
僕はキリギリス。もっともハイスペキリギリス君と違って、僕は親ガチャ失敗。バイオリンの才能も受けつかず、毎日下手くそなメロディを奏でていた。
季節は夏の終わり。そろそろ秋がきて、冬も来るだろうが、僕はずっとバイオリンを演奏していた。
才能のない親は僕に過剰に期待をかけ、何物かになれとうるさい。夢をもて、好きな事をしろと言われて育てられた結果、下手くそなバイオリスト。色々と笑えない。
「キリギリス君、いい演奏だったね!」
そこに働きアリの友達がやってきた。働きアリは基本的に性格がものすごく悪い。働いている事を鼻にかけ、僕も悪く言われる事が多い。話の内容はキリギリスか働かないアリへの愚痴、いや呪い。てっきりこの働きアリも呪いの言葉を吐くと思ったが、そうでもない。
パチパチと拍手し、演奏を褒めてくれた。
「あ、ありがとう」
「君はうまいよ。頑張って腕を伸ばしてね」
「アリ君の割に理解があるね。機嫌もいいみたい」
「実は『働かないアリ職』に当選したんだ。明日から無職だ! やっほう!」
アリ君は内心、労働が嫌いのようだった。
こうして働かない職についたアリ君と仲良くなり、僕も演奏の腕を磨いた。アリ君はずっと僕の演奏を褒めてくれたから、調子に乗ったというのもある。
だが、秋に入った頃。
病院で検査をしたら、長く生きられない事が判明。もっても余命三ヶ月だと言う。元々僕は弱い個体だ。両親も冬が来る前に餓死した事を思い出し、さほど驚かない。
「この三ヶ月、悔いがなきよう」
医者に言われ、何かがふっきれた。
僕はもう冬を越す事などは諦めた。働きアリに悪く言われても無視し、毎日一生懸演奏し続けた。
相変わらず聞いてくれるのは働かない職のあのアリ君だけだったが、それでよかった。
そして冬が来る前、僕は死んだ。
「アリ君、ありがとう。君の拍手に救われた」
「そんな。僕こそ君の演奏が大好きだったんだよ。それに老後の心配する事もなく、好きな事して生きている君が羨ましい。君は輝いているよ」
「アリ君……」
これが僕の最後の言葉だったが、アリ君に看取られて後悔は何もない。
◇◇◇
僕は働かないアリ。アリ族は、雇用を安定させるため、一定数働くアリの数を制限していた。労働市場に求職者が多い事は長い目で見ると、よくない事だからね。飽和してしまい、労働者の価値が減ってしまうんだ。そうなると働きアリにとっても良くない。
そんな僕はバイオリンを弾きながら遊んで暮らしているキリギリス君と中良くなった。好きな事して輝いいる彼は眩しかった。
アリ族、特に働きアリは死ぬ前に後悔するんだって。もっと好きな事すれば良かった、もっと家族を大事にすれば良かったと、仕事をしすぎた事に後悔する。
だから僕はキリギリス君の無計画な生き方も否定できない。残念だが、彼の余命はそう長くないし、遊んで暮らす事も一つの選択として尊重したい。
キリギリス君の演奏は全て録音しておいた。これからAIが発達するにつれて「ヘタウマ」な彼の演奏は需要が高くなるだろうと、青田買いしたから。
この目論見は大成功。
キリギリス君の演奏は味がある、レトロ、感情的、エモいと好評だった。おかげで僕も権利収入で左団扇。権利収入が勝手に入って来るから、相変わらず働かないアリとして生活していた。
「キリギリス君、ありがとう。君が亡くなってしまった事は寂しいけれど」
しかし、彼の音楽を録音しておいて良かった。相変わらず低賃金で働きアリをしている仲間を眺めつつ、労働時間と金は何の因果関係もない事を悟る。残酷なぐらい何の関係もない。その証拠に働いていない僕が今や億万長者。
「うん、キリギリス君。本当にありがとうね……」