毒親ループ白雪姫
「鏡よ、鏡。世界で一番美しいのは私?」
お妃様は呟くが、当然返事などない。年相応の肌、髪だ。目鼻は整っているが、ほうれい線が目立ち始めていた。
「鏡よ、鏡。もしかして一番美しいのは、娘の白雪姫かしら?」
「そうです、お妃様」
鏡が返事したかと思ったら、夫の声だった。
「全くこんな女と結婚なんてするんじゃなかったわ。政略結婚とはいえ、老けて、病気になる女はコスパが悪い」
夫はお妃様を蹴ったり殴ったりした。
こういう事は慣れている。もう諦めるしかないと耐えるだけだったが、こんなDV夫に愛され、容姿もよく、歌や語学の才能もある娘の白雪姫に憎しみが湧いてきた。簡単な言葉でいえば「嫉妬」だったが、お妃様は、だんだんと娘の顔を見るのが嫌になってきた。まるで自分の人生が失敗だったと言われているようで。
◇◇◇
「美味しそうな林檎。頂いてもいいの?」
白雪姫は、キラキラした目を見せ、老婆から林檎を受け取った。
純粋無垢な彼女は、この林檎を何の疑いもなく食べた。
そんな白雪姫も実母から虐められるようになり、逃げるように城を飛び出し、今は小人とともに平安に暮らしていた。実母に嫌われている理由は全く知らないが、今の生活は気に入っていた。こんな風に老婆から美味しい林檎も貰えるし。
「美味しい! でも、なんか胸が苦しくなってきたわ」
白雪姫の手から食べかけの林檎が落ちる。急に胸が苦しくなってきた。
「まさか毒林檎……?」
そう気づいたがもう手遅れだ。去っていく老婆は実母のような気がしたは、意識を失い、その場で倒れてしまった。
◇◇◇
バン!
鈍い痛みで白雪姫は目が覚めた。どうやら殴られたらしく、頬が痛い。
自分は死んだのだろうと思った。実際、棺の上に寝かされていたから。
「目覚めたね。今日から君は僕の花嫁だよ」
目を上げると、王子様がいた。
「私、助かったの?」
この男に殴られたはずなのに、この状況を助けてくれる王子様にしか見えなかった。
「ああ。僕があの毒親から連れ出してあげるよ」
優しい声だ。白雪姫はこれでようやく幸せになれると思った。
◇◇◇
三十年後。
「鏡よ、鏡。世界で一番美しいのは私?」
白雪姫は呟く。三十年後の白雪姫は国王のお妃様だったが、名ばかり。夫には多くの側室がいたし、結局長男を産めなかったので、王宮の立場はさほど強くない。
それに夫は暴力を振う事は辞められず、白雪姫は常にあざだらけだった。
不思議な事に側室や娘の白銀姫には一切手を挙ず、可愛がっていたが。
「もしかして白銀姫が一番美しい?」
鏡は答えないが、そんな気がする。白銀姫は王宮内でも才色兼備だと評判がいい。隣国の王子とも縁談もあった。
「許せない。私は、あんな毒親に苦しめられたのに、白銀姫は幸せ? どうして?」
鏡は何も答えないが、侍女に命令し、林檎を持って来させた。
◇◇◇
白銀姫は必死に森の中を逃げていた。母親に毒を盛られ、死にそうになった。おかげで王宮にいられない。
常に母からは嫉妬心を向けられていた。わざと地味なドレスをプレゼントされたり、生理用品やブラジャーを隠された事も多く、母からは愛情以外の感情を常に送られていた。
「あんな母みたいにならないから、絶対に! もし私に娘がいたら、母みたいには絶対にならない!」
◇◇◇
白兎姫は老婆から林檎を手渡された。
「この美味しい林檎をあげるよ」
「へえ」
白兎姫は笑顔を浮かべつつ、この老婆は母の白銀姫だろうなぁとは感じていた。
白銀姫からは愛情以外のものを感じていた。王宮でも嫌がらせをされるようになり、何とか森へ逃げ、小人と暮らしていたが、まさかここまで追って来て殺しにくるとは。
「っていうかママでしょ? 私を殺しに来たの?」
「な、な」
動揺している。老婆はやっぱり母だ。変装しているのだろう。
「お婆ちゃんの白雪姫みたいにならないっていつも言ってなかった? 今、全く同じ事してるよね?」
白兎姫は、おそらく祖母の白雪姫も同じ事をされたのだと思う。そう思うと、目の前にいる母も責められない。先祖代々続く呪いのようなものだが、どこかで断ち切る必要があるのだろう。
「大丈夫だよ。お母さん。あなたは本当は無条件で愛されてる」
白兎姫は母を抱きしめた。
「私はお母さんみたいにならないって言わないから。仕方なかったんだよ、こればっかりは」
母は想像以上に小さく、白兎姫は泣きたくなってきた。
「大丈夫、大丈夫」
まるで子供のようにあやす。同時に母の手から毒林檎がこぼれ落ちていた。
「あなたは愛されてる」




