初めての定例会 後編
お腹が満たされたところで、次は牡丹の発表だ。
巫女装束のような衣装を纏い、扇子を使った舞が始まった。和のメロディと、裸足で回転する時の、キュキュっという音が響く。
その姿は、神に祈りを捧げる、巫女そのものだ。
曲が終わったと思ったら、一変、大人っぽい洋楽に変わった。巫女装束を脱ぎ捨て、中から露出度の高いドレスが現れた。
突然、舞台を飛び出して神の目の前まで移動する。身体の柔軟性を活かした、セクシーなダンス。
さっきまでの牡丹とは、別人のように見える。聖女から、神を熱い視線で誘う女豹へと、変貌を遂げた。
すると神の方から手を伸ばし、牡丹の頬を撫でた。赤面する牡丹。
そして舞台へ戻り、アップテンポなヒップホップが始まる。牡丹の表情もアイドルらしい明るい笑顔になり、最後は手拍子と共に、締めくくった。
神の拍手に始まり、皆も拍手した。
そして最後の大トリ、椿の番。ピアノの演奏が始まった。
景色が目の前に現れるような、壮大で美しいメロディ。聴き惚れるというのは、こういうことを言うのだと思った。
だが、思っていたよりもシンプルだ。余計な情報がない分、演奏にだけ集中できるし、その素晴らしさが際立つ。
そして最後の曲は、弾き語りだった。ピアノと歌声の調和が素晴らしい。歌だけでも超一級だ。
神は、涙を浮かべながら椿を見ている。
これは、敵わない。
胸が、チクっとした。
他の候補者にも敵わないが、あんなに上手な歌声を、コアスキルでもないのに、、、。
何よりも、あの神の表情。私が彼にあんな顔をさせられるとは、到底思えない。
椿の発表が終わった。
《以上を持ちまして、コアスキル披露を終了します。続きまして、神との面会に入ります。》
「アザミ、面会って?」
「発表した人への感想とか、ご褒美みたいなもんだよ。発表順だから、私、行ってくるね!」
何を言われるのか。酷評だったらどうしよう。てか、私どう見てもショボかったし。
考えていると、アザミが出てきた。
「ねぇ、どうだった?」
「どうってこともないよ。行ってらっしゃい。」
顔を背けて淡白に答えた。一体どうしたのだろうか。
って、人のことより自分の心配だ。また、名付けの時と同じ鏡の間に入った。
ドキドキする。やっと、面と向かって話せるんだ。あの声が、聞けるんだ。
「えーと。名前、何だっけ?」
「・・・なずな、です。」
名前も覚えていないとは。自分がつけたくせに。
「あぁ!底辺女か。」
そして、名前を呼ばない。
「お前、何でコアスキルを歌にしたんだよ。」
なんか、怒ってる?
「それは、前に椿さんとセッションした時に凄く楽しかったし、他に興味のあることがなかったから」
「ほーん。大変な選択をしたな。まぁいい。今日、俺に何を伝えたかった?」
何って、それは、、、考えながら、言葉にする。
「あなたに見て欲しくて、あなたの声が聞きたいってこと、それと、ここで頑張っていくんだっていう思いを、歌に乗せたつもりです。」
「他の奴の発表見てどう思った?」
皆のこと、特に椿のことを思い出す。
「すごく、、、素晴らしくて、、私、敵わないって思いました。」
心がギュッとなる。
「諦めはえーな。始めたばっかなんだろ。」
「別に、諦めたわけじゃ、、、」
スキルのこともそうだけど、それだけじゃない。私が敵わないって思ったのは、、、
「だって、、私のこと、全然見てないから。。。名前だって、、」
神はニヤリと笑い、ふーっとため息をつく。
「よく聞け、底辺女。当然のごとく、お前はまだまだ他のやつらの足元にも及んでいない。けど、才のないお前がこの短期間にコアスキルを決めて、舞台に立った度胸だけでも、驚いてる。」
えっ。キツい言葉を投げられると思ったのに。
「ちゃんと、手ぇのばすって決めたんだな。」
ー(もっと手ぇのばせよ!)
あの時のこと、ちゃんと覚えてたんだ。
「そんなに俺に会いたかったんなら、、、今、目の前にいるだろ。もっとこっちこいよ。」
「えっ、、でもっ。」
ぐいと手を引かれた。じっと見つめられる。
これは、、、ヤバイ。目を逸らせない。心臓が口から出そう。
「その声、俺は嫌いじゃない。だから、もっと磨いて、」
私の耳に口をぴたっとくっつけて、
「俺に聞かせろよ。」
と、ウィスパーボイスで囁いた。
気を失ったと思った。
「底辺女の練習場、近々見に行ってやる。せいぜい磨いておけよ。」
え?何て?意識が朦朧としているうちに、気づいたら、鏡の間から出ていた。
フラフラの状態で席につく。
「おかえり。顔真っ赤だよ。神から、褒めてもらえた?」
アザミが心配そうに伺う。
「うん。褒めてもらえたっていうか、悩殺されたっていうか・・・。」
「そう。良かったね。」
やはり、元気がなさそうだ。神の反応が良くなかったのだろうか。
「アザミは、」
と言いかけたところで、桃が話し出した。
「牡丹、アレは反則じゃないの。」
「別にルール違反なんてしてないでしょ。私から触れたわけでもないし。」
「二人きりの時に何してようが勝手だけどね、コアスキルの成果を見せる場で、あんなお色気作戦は品が無いんじゃないかって言ってるの。」
「ちゃんとしたダンスよ!それに、神だって喜んでたじゃない。じゃああんたも、格闘技の手合わせお願いすれば?そしたら触れられるんじゃないの。」
「おい!私は真剣にスキルを磨いてるんだ!あんたと一緒にするな!」
「はぁ⁉︎私だって真剣なんですけど。」
椿が止めに入ろうとすると、桔梗が口を開いた。
「やめなさい!面会中とはいえ、定例会の最中なのよ。」
しーんとしてしまった。
「ね、ケーキの残りあるんだけど、皆で食べない?」
困り顔をしたすずらんが、ケーキを運んできてくれた。
「そうね、全員終わるまで少し時間があるし、いただきましょ!それにしても、プロジェクションマッピングで妖精か〜。考えたわね、すずらん。」
椿の言葉をきっかけに、皆がそれぞれ感想を言い合ったり、何となく雰囲気が元に戻っていった。
アザミの発表も、候補者達からは好評だったし、私も感想を伝えたが、無表情で口数が少ないままだった。
面会を終えた後のそれぞれの反応は、特に変わらない様子だったり、嬉しそうだったり、様々だった。
桃と牡丹も、いつの間にか普段通りに話している。
近くにいた蘭に声をかけてみた。
「あの二人、もう大丈夫なんですかね。」
「よくあることだからね。皆、ライバルだし。焦ることもある。でも、なんだかんだ仲間意識みたいなとこもあって、ああやってすぐに仲直りする。」
ライバルであり、仲間か。大変な世界に来たと思ってたけど、そう悪くないところなのかも。
そうして、全員の面会が終わった。神から閉会の言葉が贈られる。
「皆、それぞれによく頑張った。これからも、精進してほしい。」
《これにて、定例会を終了します。》
刺激の多い一日だった。
そうだ、アザミに声かけなきゃ。
「ねえ、アザミ。」
「ごめん。疲れてるから。晩ご飯も、今日いいや。」
どうしたのかな。心配だな。疲れてるのかもしれないし、また後日話しかけてみよう。
《候補者なずな レベルが変更されました》
「え!やったぁ!」
レベル、、、8か。まだステージ1のままだけど、嬉しい!
他の候補者のプロフィールも更新されている。中には、ステージが上がった者も。
アザミはどうなんだろう。レベル15。確か前に12って言ってたから、上がってはいるけど、本人的には手応えがなかったのだろうか。
とにかく、今日はしっかり休んで、明日からまた師匠と修行だ。