スパルタ師匠
とりあえず、コアスキル鍛錬初日は、何とか乗り切った。あとは、定例会までの3日間、どこまでやれるかだ。
《新規メッセージが1通届いています。》
師匠からだ。
「初日、お疲れさん。明日から円滑に練習に入れるよう、朝起きたらストレッチと、軽く声出しをしておくように。あと、呼吸法は常々意識すること。何より、睡眠はちゃんととること。ほなまた明日!」
私にも、やるべきことができた。これから私の、新しい異世界生活が始まるんだ。
そして翌日からも、地獄の特訓が続いた。
「ホンマは、最初は体力作りと基礎トレーニングばっかりやるべきなんやけどな。定例会まで時間ないやろ。
付け焼き刃やけど、今日の午後からは歌い方のテクニックに入っていくで。定例会で歌う曲は、決まってるんか?」
いくつかの候補の中から、師匠と相談して決めた。
「今のレベルなら歌えるかギリなんやけど、一番今の自分に合うてると思うで。」
というわけで、ここからはひたすら曲の練習。
「あーもう!ちゃうちゃう。なんべん言うたら分かんねん!」
「すみません!」
こんなやり取りが続いた。必死にやってるつもりだが、何度やっても上手くいかない。
「くそー。このままやとヤバいな、、、。」
真剣に頭を抱える師匠。
「まぁ、最初だし、粗削りなのは仕方ないですよ。一生懸命さが伝われば、神も長い目で見てくれないかなーなんて。」
師匠がギロっと睨む。
「甘いわ!自分な、底辺女の自覚はあるみたいやけど、そういうとこちゃうか。ぼちぼちの評価を狙って、他の候補者達に勝てると思うか⁈」
痛いところを突かれた。結局自分に甘いのだ。前の世界では運さえ良かったものの、自信となる結果を何一つ残して来ず、自己肯定感を失ったままだった。
このままじゃ、また底辺女で終わってしまう。神にだって、近づくことが出来ない。五感をフルに使い、何度も何度もトライする。
「それや!今の!やればできるやん!」
師匠が自分のことのように喜ぶ。こんなことも、前の世界では無かったな。こうやって、達成感を重ねて、自信をつけていくものなのだろう。
「はい!ありがとうございます!こんなに一緒に喜んでくれるなんて、師匠がAIでも嬉しいです。」
師匠が心外な顔で、
「AIって言うなー!AIとちゃう!今はこんなことになっとるけどな、本来の姿になってこの画面から出られるかどうかは、なずな、お前にかかってんねん。」
「それって、どういう、、、」
師匠がハッと慌てる。
「こんな話はええねん。続けるぞ。」
その後も練習が続き、クタクタな状態で夕食をとりに食堂へ向かう。
今日は牡丹と山吹が居た。自分のことを嫌ってるであろう二人との食事は、気まずい。アザミがいたらなぁ。
でも、いつまでも気まずいままじゃ嫌だし、今まで人にだけは恵まれてたし、自分から声をかけてみよう!
「こんばんは。ご一緒しても、良いですか?」
山吹は知らん顔、牡丹は
「好きにしたら」と一言。
「あのっ。定例会、楽しみですね。」
二人とも表情を崩さない。
「能天気ね。まぁ、アンタはなかなか会える機会もないし、そうでしょうね。」
「私は何回でもあの人に会いたいけど。」
山吹がいきなりボソっと言った。滅多に口を開かない人だと思っていたから、少し驚いた。
「あたしだって勿論会いたいわよ。ただ、日頃の成果をお見せする大事な日が目前に近づいてるのに、楽しむ余裕なんてないって言ってるの。」
師匠の言った通り、そこそこなんて目標にしてちゃ、ずっと底辺のままだなと実感した。
こんなに綺麗で才能溢れる人達でさえ、必死に磨いているのだから。
「アンタさ、コアスキル決まったばっかで気が回んないんだろうけど、その垢抜けない見た目も何とかした方がいいわよ。」
そういや、最初に蘭が容姿も磨くことって言ってたっけ。だけど、ずっとこんな感じだしなぁ。あと3日ではどうしようもないだろう。
「肌改善、髪質改善、メイク。やれることは山ほどある。」
この二人には嫌われていると思っていたのだが、何だかんだアドバイスくれるし、実は良い人達なのかも。
「ありがとうございます!早速、今夜から始めてみます!」
ここに来てからずっとシャワーだったが、今日はゆっくり半身浴でもしながら顔をタオルで温めよう。
「案内人、美容法の情報が欲しいんだけど」
《承知しました。カテゴリーを選択、またはキーワードを入力してください。》
「即効 ボディメイク」
動画やさまざまな情報が出てきた。少しでもスタイルを良くするため、ストレッチやヨガをやってみる。
次の日も、午前中はトレーニング、午後から
曲の練習だった。この鍛錬も、結構身体を絞るのに役立っている気がする。筋肉痛はその証拠だろう。
コアスキルが決まったため、練習部屋が用意された。午後からの練習は、ここを使う。
決して広くはないが、椿の部屋と同じく防音仕様で、マイクや電子ピアノなども完備されている。
ここが私のアトリエ、またはラボってことか。一つひとつ進んでいるようで、嬉しい。
「よっしゃ。いけるとこまでいくで、なずな。まだまだやれることはある!」
そうして前日まで、記憶がなくなるぐらい頑張った。そして、いよいよ。
「今日までよぉ頑張ったな。といっても、まだまだこれからや。この数日で、お前は別人級に変わった。ホンマやで。」
師匠が、親のような目で私を見る。
「師匠。私、自分が変わったんだっていう実感はあります。
でも、結果を残せるでしょうか。神に、聞いてもらえるのかな。皆にも、下手くそだって呆れられたりしないかな。すごく、怖い。」
たった数日間だけど頑張ってきたこと、達成感は凄くある。だが、いざ他の候補者達と同じく人前で披露すると思うと、足がすくむ。
「余計なことは考えんな。よし、これだけは言うといたる。俺はお前のファン第1号や。
俺のレッスンを受けたんやから、胸を張れ。発表の場でも、俺がずっと側におると思えよ。」
あたたかい言葉に、泣きそうになる。
「はい。明日はとにかく精一杯、やってきます!」
師匠が優しい表情で続ける。
「それにな、会いたい人に会えるんやろ。誰よりも神に届けたいって、想いながら歌うんやで。」
「はい!」
明日、私の歌を神に聞いてもらうんだ。絶対、届けてみせる。