マエストロ
まずは、もう一度やってみよう。コアスキルが決まっていない今、私の練習部屋というのはないため、何とか施設周辺で良さそうな場所を探す。
屋外の、少し離れた高台なっている所に向かう。ここなら、誰にも迷惑をかけないだろう。
ここへ来て初めて歌った時の感覚を思い出す。自分の気持ちを解放するように、表現したい。すぅっと息を吸い、歌い出す。
やっぱり楽しいが、何かが違う。それに、人に聞かせられるレベルじゃない。そういえばスキルを磨くって言っても、何も分からないのに、どうやってやるのだろうか。
《コアスキルを磨くには、マエストロが必要です。コアスキルとして設定後、マエストロがギフトとして与えられます。
サブスキルの場合はコアスキルを学ぶ者から学ぶ、または参考書や動画などの学習材料から学ぶことになります。》
マエストロって、AIみたいなものなのかな。他の候補者達を訪ねた時は、作品やスキルの凄さに夢中で気が付かなかった。
《コアスキルを設定しますか?》
このまま、勢いで設定してしまっても良いのだろうか。定例会まで日が無いし、下手くそな状態で評価されるぐらいなら、何もしない方がマシなんじゃないか。
(どの道底辺だって言うのなら、好きなことやれば良くない?)
そうだ。せっかくアザミに背中を押してもらったのに、始める前からヒヨってたってしょうがない。
「うん。決めた。私のコアスキルは、歌にする。」
《候補者なずな コアスキル 歌 設定します。なお、コアスキルを変更する場合は、神からの許可が必要となります。宜しいですね?》
アザミは簡単に変えられる風に言ってたけど、それなりの理由で説得しなければいけないのか。続ける覚悟が必要だな。
「はい!」
《実行します。
候補者なずな コアスキルを歌に設定中。
設定しました。
次に、候補者の性格、能力から、ふさわしいマエストロを探索します。取得中。
完了しました。》
パネルから光が溢れ出す。
「どうもー!君がワイの生徒かぁー。えらい地味な子やなぁ。まぁ、これからよろしゅう!」
え。思ってたのと違うんだけど。コアスキル、歌で設定したんだよね?
歌姫って感じのお姉様を想像してたのに、関西弁のお兄さん、、いや、おじさん。。。
《あなたの性格から、最も適任だと思われるマエストロが与えられました。》
この、売れないバンドマンみたい人が?
「・・・大丈夫なんですか?私、ロックとかパンクとかじゃなくて普通の、もう少し品のあるというか。」
「おいおい!俺に品が無いみたいやないか!心配すんな、この俺に任せとけ。今日から師匠と呼びなさい!」
やっぱり安易に決めるんじゃなかったかな、、、。いや、中身はAIなんだから、凄い先生かもしれないし!
「じゃ、まず一曲歌ってみぃ。」
もう一度、先ほどと同じように歌う。
「なるほど。大体分かった。」
何を言われるのだろうか。私としては、最初に歌った時と明らかに感覚が違う、この違和感をまずは何とかしたいのだが。
「走れ。この敷地を3周。」
はい?何ごとも体力なんだろうけど、それにしても歌の感想とかアドバイスとかないのか。という気持ちが顔に出ていたのだろう。
「あのなぁー。まず、歌うための体が出来とらんねん。棒立ちしてんで、はよ。」
運動は大の苦手なのだが、やるしかない。
何とか走り切る。息も絶え絶えで、今日は何も出来そうにない。
「師匠、、、もー無理。。。」
その場に倒れ込む。
「お疲れさん。次は腹筋。」
その後も、トレーニングが続いた。ハッキリ言って、地獄だ。私はこの世界に来て初めて歌った時のあの感覚が忘れられなくて、コアスキルを歌に選んだのに。
「よし、まずはこんなもんやろ。午後からは別のトレーニングやるで。」
お腹がぺこぺこで力が出ない。
食事は時間が決まっているわけではなく、各自のタイミングで食堂でとることになっているようだ。誘い合わない限り、先日のように大勢が集まることは少ないのだろう。
食堂には蘭と桃もいた。一人でゆっくりしたかったので、端の方で食べていたのだが、蘭が気づいたようだ。
「あら、なずな。こっちに来たら?」
無視するわけにもいかないので移動する。
「どう?コアスキルは決まった?」
新人の世話係として気になるのか、単なる興味なのか。さっき決まったばかりなので、何だか言いづらい。
「はい、一応。でも、上手くやっていけるかどうか。定例会まで時間もないのに。」
「へぇー。何も特技無い割には、案外すっと決まったんだね。しばらくフラフラしてるんだと思ってた。」
桃の言葉はやっぱりトゲトゲしいが、表情を見るに、敵意というよりは思ったままの言葉が出る人なのかもしれない。
「桃は、早く決まって良かったね、って言いたいのよ。マエストロとは上手くやれそう?」
はぁ・・・。それも心配の種なのだ。
「それが、かなり変わってるというか。練習内容も、ちょっと期待してたのと違っていて。」
桃がすかさず言葉を放った。
「初心者が期待って、何?まずは一言一句漏らさず吸収するぐらいの心持ちでやりなよ。ここにいる皆、必死でやってんだから。」
しまった。ちょっと本音で喋りすぎたか。
「桃なりのエールだよ。でも、何かに取り組む上で大事なこと。あとはマエストロといかに二人三脚でやれるか。特に最初はね。」
蘭がフォローをしている間に、桃は行ってしまった。
「私もやること山積みだから、お先に。じゃあね。」
蘭もそそくさと戻った。
全てを吸収するつもりで、マエストロと二人三脚か。午後からの練習に活かそう。
「午後からは呼吸法と発声練習。俺の真似をせぇ。」
「はい!」
それからは師匠に言われた通り、必死に食らいついた。
「じゃ、最後にもいっぺん、歌ってみ。」
歌い出しから、最初と全然違ってラクに声が出る。
「何か、、、最初に歌った時の自分と身体が違うみたいです。」
「せやろ。ホンマに違うからな。もう、お前は今朝までの自分と違うんやで。これからも毎日、進化し続ける。」
進化という言葉に、心が躍る。今までに無い達成感。私、もっともっと上にいけるかもしれない。
「ありがとうございます!明日からも、よろしくお願いします!
それから、相談があって。最初に椿さんの伴奏で合わせた時と、何か感覚が違って。楽しいんですけど、こう、ぐわぁぁーってこないんです。」
師匠がしばらく考える。
「んー。それについては、多分おいおい解決すると思うで。今はあんま気にせん方がええ。」
そういうものなのか。とにかく、明日からの練習も頑張ろう。