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竜と恋と石の花  作者: 重田いの
魔王とその続き

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彼女としてもただ座っているわけにはいかなかった。新しく建った病院に赴き、足りない薬の手配のため薬師を新しく手配した。開墾された畑の領有に地主同士が揉めていたのの仲介をした。足りないものをかき集め孤児院や廃兵院、養老院に寄付し必要そうなら慈善バザーなど見よう見真似で開いてみたりもした。


いずれも批判はあった。すでにクォートの権勢も帝国への恨みも忘れられかけており、ラウラが嫁いできた当初のことを思い出せる者よりそうでない者の方が圧倒的に多い。彼女は十年後の世界でも新参者で、乱入者で、介入者だった。だが十年前とは違いグティエルの断固とした保護と後ろ盾があるので、目立った抵抗や反抗を受けずに済んだのだった。ラウラはそのことを、夫に永遠に感謝するだろう。


その男を見つけたのは偶然だった。数名の侍女を伴って聖堂に隣接する養護院に慰問に行ったのだが、見たことのある姿が裏庭で洗濯物を干していたのである。


(あっ)


と気づいたラウラと同時に男もこちらに気づいて、動揺のあまりリネンを取り落とした。マヌエラと仲の良かった下男だった。大柄な老人であるが小心者で、元は兵士だったが大した手柄もなく引退したのを下男に引き取ったのだという。

「院長、あれと話させてもらえませんか。知った顔ですの」


とラウラが直々に指差したので、好々爺然とした院長もその妻の副院長も、彼らが余計なことを言わないか監視に来ていた聖堂の若い僧侶も口を挟めず、どうぞどうぞと下男を庭に呼び出した。ラウラはその前に設置された藤椅子に腰掛けた。席を外す院長たちは聞こえよがしに、金も持ってこないくせに我儘ばかりは一人前……などとぶつぶつ言う。


ラウラは内心苦笑した。直に現金なんて持ってきたらあなたたち、懐に入れてしまうでしょう。


人間の生活というのはいつだって元気に悲惨なものである。弱い孤児たちはより弱い孤児から食べ物を奪うし、僧も尼僧も聖人君子ばかりではない。グティエルの戦果と兵士たちからの尊敬は大したものだが、それが及ばない場所だって当然、ある。


ラウラが口を開くより先に下男は震える声でぼそぼそ言った。大の男が泣きそうだった。


「知らないです。おれはなんも知らないです。許してください」

「何を許せというの? 私はただ教えてほしいことがあるだけよ」

「許してくださあい、許して……」

ラウラは身をかがめ、唇を動かさない低い声で尋ねた。

「ユルカイアの山の中に呼ばれて行方不明になったという人たち、あれは生贄だったのね?」


それはアンティーヌの研究結果を、マヌエラの手記を、それからルイーズとミネルバの不安を隠すためにさらに不安を重ねた物言わぬ模様や図案を、じっくり読み解いて分かった結果だった。暗号は長い間ユルカイアの女たちの間に共有され、誰も解き方など残していなかったので自力で法則を見つけなければならなかった。ラウラは十年かけてその解読に没頭し、そして知ったのである。


山で死ぬ普通の人たちは山の礎として消費される。宇宙船は長い長い航海に耐えなくてはならなかったので、人間の魂を動力源にする方法を技術として確立していたのだ。それは科学という、この惑星で発達したのとはまた違った魔法を用いるらしい。あのウィザートやその他の機関の動力源にされるなんて、死ぬより辛いとラウラは思う。


そう――グティエルもユルカイアも、彼女が思っていたものとは違っていた。山のもつ神秘性や、山の中の神殿にいた白い彼女の存在そのもの、全部。思っていたよりもっとくだらなくて馬鹿馬鹿しい、どうしようもないものだった。


山は生きようとしていた。墜落したくせに、それで大勢の乗員を死なせたくせに。立派に意思のある自立型宇宙船のくせ、こんな航路にさえなかった惑星に間違って落ちたくせに。


まだもう一度翼を得て、再び宇宙に舞い上がり自分を作った本当の地球人たちの群れに合流できる日を夢見ているのだ、このデカブツは。そのためならこの惑星で生き残った不法乗船者の子孫など、全員死んでもいいと思っている。


「グティエルはそれを知っていたのね?」

男はガックリうなだれた。


「だから彼は死んでも狼にはなれない……あれは管理者側に回れなかったユルカイア人のなるものだから。むしろクィントゥスの息子の一員なのに狼となった、エトナやタイリーがおかしかったんだわ」

「ど、どこまで知っていなさるんで」


男の怯えた目をラウラは睨みつけないよう苦労しなくてはならなかった。灰白色の目を伏せて、敵意を見せないようにしながら、


「たぶん、ほとんどを。誰がどこまで知っているのかおっしゃい。さもないと私の権限でお前の職を解き、この土地にいられなくするわ」

ひいひい喘ぎながら不運な男は喋った。


「このことはみんな知ってることだったんで……おれだけが隠してたわけじゃないんで。若奥様に害意があったわけじゃ、ないんで」

「それで?」

喋った内容はこうだった。


山が本当は宇宙船であること、その内部から魔物が湧き出てくること、それを制御できるのはエンバレクをはじめクィントゥスの息子たちの末裔だけであること。それらはユルカイア人であれば平民でも知っていることだった。

そして魔物は、生贄を捧げれば一時的に沈黙することも。


迷い出てしまう個体は仕方ないから駆除するとして、意志を持って人間世界を侵略しようとする魔物の動きを感知すれば、まだユルカイアをよく知らない若い嫁や向こうみずな若者や恋に狂った小娘をうまく誘い出して、山に捨てればいい。彼らは山の中で迷って狼になり、あるいは魔物に襲われて喰われ、いずれにせよ侵略を止める礎となってくれるから。


「だけどマヌエラ様がいる間はそれも止まってたんで……グティエル様にも知らせなくていいやって、みんななったもんで」


マヌエラは一時期、正統な女辺境伯になるのかもしれないともてはやされた時期があったのだという。幼い彼女が迷い出た魔物を服従させるのを見た者がいたのだ。だがユルカイアは長子相続が鉄則。彼女の出る幕は最初からなかった。


「グティエルはいつ知ったの? みんな――グルだったこと」

男は下を向いてぽつりと言った。やったことへの後悔というよりは、あれさえなければと悔やむ口調だった。


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