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ラウラを城へ連れ帰ったグティエルは彼女を妻だと紹介した。出迎えた使用人は何十人もおり、まるで王侯貴族のような扱いにラウラが無表情の下で動揺しているのを知ってか知らずか、彼らは淡々と復唱してラウラのことを受け入れた。もちろん表面上は、である。
グティエルに妻がいたことを知らなかった者、知っていたとして死んだと思っていた者、ならばまったく顔を出さなかったのはなぜかといぶかしむ者、様々である。ラウラとしてはグティエルが元の彼より大きく強くなって、そして彼らしくあってくれればもうどうだっていい。自分を愛する者も愛さない者も、彼を害さないのならそれでいいと思った。
サンルームは破壊され、十分大きかった城に新たな増築が加わっていた。見知った部分のうちそのまま残っている場所はひとつもなかった。愛着があったわけでもないのに寂しかった。
かつての広々とした中庭は兵士の訓練場になり、北の隅にあった井戸は潰され地下の貯蔵庫への出入り口に改装されていた。常に剣を帯びた騎士、槍を手にする兵士が行きかうので、若いメイドなどはおちおち立ち話もできないのだという。
グティエルがクズ魔石の加工品を配った大広間は依然として荘厳に存在する。だがその用途は大きく変わって、豪華な食事を楽しむ宴会場としての役割は失われた。戦略会議やちょっとした演説が行われる部屋にされて、常に誰かが詰めている。古かったが磨き抜かれて黒く光っていたオークの長机が処分され、今は石づくりの無骨なテーブルの上には地図がピン留めされていると知ってラウラはがっかりした。そのくせ、巨大な暖炉の上の歴代のクィントゥスの息子たちの武勲を称えるプレート、勲章はそのままなのである。タペストリーも畳んでしまい込まれ、虫が食って使い物にもならないのだという。
あれほど威勢が良かった女たちが小さく肩を縮め、代わりに声の大きい軍人が行きかう城に変貌したことは素直に悲しかった。たとえ悪口で盛り上がろうがなんだろうが、女が元気な空間というのはいいものだ。ラウラは活気に溢れた場所の片隅でそれを耳にしているのが好きだった。家畜を潰す日のように。その日さえもうないのだという。家畜を潰す役割の男たちがいて、彼らが遠征や戦闘に合わせてハムとソーセージを作るのだそうだ。
物見塔でさえ変わってしまった。伝書鳩たちはもっと狭い小屋に閉じ込められ、結界魔法のための大規模な魔法陣が刻まれて立ち入り禁止となっている。あれではいったい兵士はどこから敵の接近に気づくべきなのか。新しく建っているあの不格好な木の物見やぐらに昇れというのか? あんな不細工なものがユルカイアの城にあるだなんて、ラウラはそれだけで腹立たしかった。
だが彼女には何を言う権利もなかった。戦争の時代、戦乱の時代、飢えと英雄の時代なのである。とくに十年もの間貴婦人としての務めを放棄し、行方不明だったラウラに発言権はほぼない。前と同じだ。高貴な女はただ城の奥でこぢんまりとして、物事に口出ししない方がいいとされる時代だった。
ラウラが案内されたのは新しく整えられた三階の奥に位置する大きな部屋だった。
高い天井と蔓草模様の壁紙が貼られた漆喰の壁。一番隅には金の埃除けが嵌め込まれ、ドアノブもランプも金。去年あつらえたばかりのように汚れていない生成り色の絨毯は毛足が長く、その上を歩くと柔らかな感触が足の裏をくすぐってこそばゆい。
暖炉とその上に飾られた絵皿、絵画。頭上のシャンデリアと壁掛けのランプ。小さな白い扉がカーテンの向こうに隠されていたので、覗いてみるとバスルームだった。なんと小さな洗面台に蛇口がついている。浴槽にも洗面台にもお湯を入れられるように。それさえ金製だった。
そして何より、部屋のあらゆるところに明かり取りや大きな窓があった。陽光によって明るく照らされた窓からは外の景色が眺められ、確かに荒々しい兵士たちの怒声は聞こえるけれども、庭園や遠く荒野と山があるのを見ることができるのは悪くなかった。
部屋のすぐ下は小さいが深い雑木林があって、これは少しでも安定して木材を手に入れようとして行われた植樹の結果だという。
ここがなんのための部屋か、という区分はもう誰も気にしないらしい。今は戦時下であり、そんなことを気にしていては生き残ることも難しいのだという。なるほど、そうかとラウラは納得した。
それからの日々は夢のようだった、と言えば聞こえは悪い。誰もがこの悪夢の時代が早く終わることを願っていたのだから。だがラウラにとっては、充実した日々だったことは確かである。
定期的に魔物の群れの襲撃があった。ワイバーンは防衛戦を超えて結界に撃墜され、ケンタウロスたちが手に手に弓矢を持ってその結界にダメージを与えては去っていった。やがて限界を迎えた結界が砕けると、魔物の群れから牙や爪の鋭いワーウルフにワーキャット、それから棍棒を持ったオークが現れ、兵士たちと戦闘に入るのだった。
兵士たちを指揮するのはグティエルと、ラウラが知らない土地からやってきた軍や傭兵団の指揮官たちだった。遠目から見てもグティエルがかなりよくやって、ユルカイアの守護者としての立場を守っているのがよくわかった。自分より二十も年上の男たち相手にも決して引かず、だが角が立たないように自分の意見を通すやり方が上手いのだった。
ラウラのすべきことはなにもなかった。城の装飾だの客人の出迎えだのは、すべてグティエルが組織したユルカイア軍の中の担当部署の軍人たちが行った。貴婦人が貴婦人の仕事をしては、このご時世に優雅なものよと失笑されるらしい。ラウラの記憶の中ではこんな状況でこそ貴婦人は着飾って殿方の目を楽しませねばならず、そうした潤滑油が外交を円滑にすると習ったものだったが。
時代は変わったのだ、と彼女は思う。なんとかそれを飲み込もうとする。グティエルは少なくない人数の警備兵と侍女、それからユルカイア辺境伯夫人の証明である金の紋章付き指輪をくれた。
「今はこれが精一杯だ、すまない」
と彼は生真面目な顔でいい、ラウラの返事を聞く前に終わりのない襲撃の迎撃に走っていった。それ以来、ふたりが話すことはあまりない。ただラウラが眠っている真夜中に彼は帰ってきて、彼女の身体の横で夜明けまでをとろとろと眠る。起きたラウラと少し話をしたり、抱き合ったりもする。
死にたくなるほどに幸せで、ラウラは目眩がするほどだった。――十年! それは嘘でも勘違いでもない、本当のことだった。見かけたことのある子供の下働きが立派なメイドになっているのを知るほど、暦を何度も数えて確認するほど、理解するしかなくなる。グティエルが十年もの間、ラウラを待っていたのだということを。




