61
彼は親指で白い彼女を示す。流し目で驚くほど冷たい視線を向けると、言った。
「ウィザート、と俺は呼んでいる。宇宙船を守る兵隊を制御する機構を失ったくせに、まだ蜃気楼のようにこの惑星に現存するんだよ。素晴らしい生存本能だと思わないか」
「あなたは何をどこまで知っているの?」
「すべてを。今言ったことも含めてこの知識をクォートが独占していたことも、これに聞いたから」
ラウラは黙り込んだ。喉がカラカラに干からびていった。
「クォートを軽蔑してる?」
「ああ、前からずっと」
「そうよね」
ラウラは目を閉じる。灰白色の目に白い空間は染みた。
「だがそれ以上にユルカイアを軽蔑した」
グティエルは吐き捨てるように笑った。犬が後足で砂をかける勢いだった。ラウラは弾かれるように顔を上げ、口を開閉させた――彼が故郷を悪く言うとは思いもよらなかった。だってこの若い辺境伯はユルカイアのために生まれ、生きているのに。
「これがここにあることを、山が本当に星の海を渡る船であることを公表し、クォートと協力していればこの状況は避けられたはずだったんだ」
「グティエル……」
ラウラはおずおずと立ち上がろうとしたが、石の椅子はつるつる滑り難儀した。彼の方がすっと近寄ってきてくれなければ、触れられもしなかったに違いない。
「いいえ、クォートは魔物と対決するのではなく、まずユルカイアを滅ぼしてウィザードとこの山の支配権を奪ったでしょう。クォートの血統魔法は皇帝の権力の源であり、すべての魔法を支配できるようにすべての貴族家と平民を支配しなくてはならないと考えています。たとえ魔物の暴走の理由がわからず仕舞いでも関係なんてありませんよ……」
椅子に座る者の疑問に反応して、白い彼女は元気よく答えた。
「警護備品の動作不良にお困りですか? どんなことに困っていますか?」
白い彼女の透明な目がラウラを見つめ、優しく微笑み、どんなことでも受け入れると言外にいう。人ならざるものの優しさは、マヌエラのそれに似ていた。
「グティエル、あなたはここに座ってあらゆることを彼女に聞いたのですか」
「ああ。――そしてお前にも聞く権利があると思った。俺の口から伝えるより、こいつの方が適役だろう」
夫は薄い唇の端を吊り上げて自嘲した。
「俺たちユルカイアが永遠に至るまで隠し通そうとした秘密だ」
ラウラは膝の上で手を揃える。心臓は静かで、頭の中も澄んでいた。答え合わせは思っていたより簡単に訪れ、きっと世界はぐちゃぐちゃになっている。手を伸ばしてグティエルの手を掴んだ。それは温かかった。ああ。彼が傍にいてくれるならなんだっていい、乗り越えられる。乗り越えるとは生き延びることだ。何も変わらない、宮廷から大聖堂へ、そしてユルカイアへ、荒野へ、魔法の塔もユルカイアのお城もラウラの本当の家ではないけれど。
グティエルがいてくれるならそこが居場所だ。
「それではウィザート、教えてください。魔物は本来守護するべきこの山――船からあふれ出てしまいました。そして人を襲っています。何故ですか」
「はい。警護備品には不法乗船者を排除する防衛プログラムが組み込まれています。殺されているのは不法乗船者およびその遺伝子情報を持つ人類です」
「……そうですか。やめさせる方法は?」
「はい。警備備品に殺戮をやめさせる方法は、まず、推力管理委員会の採択を経た特化派遣員による監査の上、次に備品のプログラム書き換えが必要になります。私の内臓マイクに対する音声入力、または人類委員会への申請により推力管理委員会への会見を申請してください」
ラウラはグティエルを見た。彼は首を横に振った。彼女は夫がすべてやれるだろうことをやり尽くしたことを知った。全部だめだったのだ。
「それらはすべて滅んだ集団です。どうしようもありません」
「すみません。よくわかりませんでした。もう一度入力してください」
白い彼女は微笑んだ。左右均等のすっきりとした輪郭、ほっそりした身体を覆う空中に溶けるあやういほど透ける衣のきらめき。
ラウラは苦笑して席を立った。今度はすんなりとうまくいった。
「あなた自我があるわね? 本当は全部わかっているのに、知らんぷりしているんでしょう」
「そうなのか?」
グティエルは不思議そうに白い彼女を仰ぎ見る。ウィザートは綺麗に佇むばかりである。
「わかりますよ。女同士ですもの。この人も誰かを待っているんです。ご自身の物語を生きているんですわ。なら、邪魔しちゃ野暮です」
「行くのか」
「ええ。私たちは私たちのできることをしなくてはなりません。私たちの物語は私たちの手で完結させないと、どこにも還れませんもの」
ラウラは泥のついたドレスの裾を足で蹴り上げ、明るく誇り高くつんと顎を上げる。
「過去のものに縋らないでも生きられるのです。三百年前の墜落にも百年前の魔王にも、ええ、負けずに生きることはできるはずです」
「そうじゃなくお前、道わかるのか?」
ラウラは足を止めた。ずりっと靴の裏が滑ってつんのめりそうだった。
「……わかりませんね」
グティエルはため息を吐いて彼女の横に並び、その手を握る。
「一緒に行こう。焦ることはないさ」
十年分の時間の重みをラウラは否応なしに理解する。隣に並ぶ彼の身体は大きく、顔は見上げる位置にあった。手はラウラよりはるかに大きい。どこか遠くの人のように見え、よく知っている少年と狼たちと同じ匂いがした。
彼女はぎゅっと彼の手を握り返して、素直にうなずく。ラウラが認知できない部分で彼女はすでにユルカイアの一部となっていた。
神殿となるべくしてなった空間を去っていくふたりを、白い彼女はおっとりと見送った。やがて大理石は光るのをやめ、ここは元の暗闇に満たされる。山が解体され、人類が地球の呪縛から本当に解放されるまではもう少し以上の年月を待たなくてはならなかったが、それはこの物語に関係のない未来の話である。




