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竜と恋と石の花  作者: 重田いの
荒野の魔女のはじまり

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城へ向かうのかと思ったグティエルは、躊躇することなく塔の一階の床板を剥がした。まるでどこに何があるかあらかじめ知っているかのよう――いや、実際彼は知っているのだろう。子羊は彼だったのだから。


ラウラはハッキリした意識と視界でそれを見ている。どうして変だと思わなかったのだろう? 文字に熱中している間、疲れたことは一度もなかった。空腹も感じず、機械的に食べていた。十年経ったのだという。その自覚もない。けれど、事実だということはわかっていた。グティエルはラウラに嘘をつかないだろう。


「こっちだ。降りられるか?」

「うん」


差し出された手を取ることは怖くなかった。穴はあれほど大きくはなく、脚がかりになる岩もそれほど尖っていなかった。彼の手は大きく温かく乾燥していて、ラウラは見上げるグティエルのうなじが思ったより太い首につながっていることを知った。


彼はさらに背が伸びて身体つきもがっしりしていた。全身にしなやかな筋肉がつき、短く刈り込んだ黒髪と簡素なチュニックとズボン姿を見れば一般兵士のようである。だがその悲しそうな目つきやすっきりとこけた頬には立場なりの貫禄があり、幼さの面影はない。少年だった頃の彼より、まだ老いの気配を感じさせないが若々しいというわけでもない今の彼の方がラウラは好きだった。そんなことを考える自分にどきりとした。


子羊を抱えて城への長い距離を歩いた頃にはなかった、小さなかがり火を入れるためのくぼみが壁に等間隔でついている。グティエルはまっすぐ続く暗い道に踏み込み、かがり火たちはふたりの足取りに合わせてぱっと点いて、彼らの影がその前を立ち去ると消えた。どんな魔法だろう。ラウラの知らない呪文に違いない。


「ねえ、私、十年もここにいたの? 本当に? 実感がないわ」

「山が教えてくれたんだ、お前の務めが終わったと」

「そうなの? それで迎えにきてくださったの? 嬉しいわ」

「そうか」

「私、私、あなたの家系について色々考えたの。ずっと考えていたの。私がユルカイアに来た意味について。それがわかったかもしれないの。まるで答え合わせをしているようだった。私はユルカイアを好きになったの。たくさんのことを隠している土地だったけれど、それは全部人類のためだった」

「そうらしいね」

「ああ、私――ここに来ることができて幸福なんだわ!」


ぺらぺらと立て続けにラウラは喋った。自分で制御できなかった。彼女は浮かれており、騒いでいた。心ははち切れそうだった、ユルカイア、グティエル、――エンバレク、ロビツ、メディア、ヴィヴェット、カランカ! クィントゥスの息子たちの末裔! ラウラは彼らを愛している。グティエルと同じように愛している。


それに違和感を持つこともない。生贄は無垢なまま神に捧げられなければならない。疑問や疑念はその肉の味を傷めるだけである。


グティエルは歩幅を緩めなかったので、途中からラウラは引きずられるようにして萎えた足を運ばなければならなかった。彼女がのべつ幕無し喋り続けるのに彼は閉口しただろうか? 時々グティエルは肩越しに振り返って彼女を眺めたが、その顔は山猫のような穏やかな笑みを張り付けたまま、ラウラを父親のように見守るだけだ。


ラウラの舌は止まらなかった。これほど興奮したことは子供の頃にもなかったかもしれない。顔が紅潮し、とうとう足がもつれて転びかけた。気づいたときにはグティエルに抱えられて山の中を行く。


「ああ、魔物が寄って来てしまう? ああ。危ないわね。私のせいで。ごめんなさい」

「いいよ。魔物は今、いない。地表に出ている」

「ああ、ごめんなさい。ごめんなさい。何もかも私のせいなの」

「いいよ」


グティエルはラウラのうねる黒髪を抑えるようにその頭を撫で、抱え込んだ。彼女の首筋に鼻先を埋め、ほっと息を吐きだす。彼の身体は熱いくらいに温かかった。がっしりした腕と胸の筋肉にラウラは力を抜いて身体を預けた。別に放り出されても構わなかった。彼に自分を委ねることは怖くなかった。


「眠いなら寝るといい。少しくらいなら許されるだろう」

彼が何を言っているかわからず、だが許可が出たことは理解できた。ラウラは頷き、グティエルの肩に腕を回して目を閉じた。


つかの間の眠りは安らかだった。目を開けたときには開けた空間にいた。山の中、であることはわかる。だがここは奇妙だった。


「神殿?」

と寝起きに呟き、ラウラはすぐにはっと口をふさぐ。それは禁忌だった。

「そうだよ。聖堂でも大聖堂でもない、神への信仰に寄与しないところ」


グティエルは囁き、彼女の身体をそっと岸壁に穿たれた穴に降ろした。壊れ物を扱うように。穴は丸く白く磨き上げられており、走る稲妻模様で大理石づくりだとわかった。ひんやりした温度がお尻から伝わってくる。ラウラは一気に覚醒した。


天上は高く高く、見上げるほどだ。大聖堂の祈りの場より高いかもしれない。彫刻などの装飾は一切ないが、大理石に白い宝石の輝きが紛れ込んだ床や壁の模様そのものが一番の装飾だった。山の中だというのに光り輝くようにあたりが見はるかせる。丸く切り取られた空間の中、グティエルが向かう先に神の像があった。


神の像は美しい女性の形をした典型的なもので、尼僧のヴェールを被り、両手を合わせて衆生の救済を祈っている。大理石に精巧に刻み込まれた裸足の爪の一枚までが見事な細工物だった。ラウラが座り込んだ穴は他にもいくつかあって、まるでとびきりの観覧席から舞台を仰ぎ見るようにその像が見える。


グティエルは像の足元にかがみ込み、何やら小さな声で呪文を言った。そしてこちらへ戻ってくる。ラウラの傍らに立ち、彼女を見つめた。


「な、何が起きるの」

「すぐにわかる。俺は――ここにお前を連れてきたくなんてなかったんだけど。お前はお前が何をしたのか、知りたいだろう、ラウラ?」


そしてその現象が起きた。女神の像からふわりと思念体が浮き上がり、くるくると回転しながらいったん空間の最上までを昇り、そして降りてくる。降りてくる、回転しながら。彼女が引き連れた透ける服の裾が、白い輝きを反射して美しかった。


ラウラは固唾を飲んだその人の降臨を眺めた。美しい女性だった。まっすぐな白い髪、白い肌、神の像から出てくるにふさわしい古代のすっきりとしたドレスに、裸足。金の輪が手首足首、それから首元を飾る。彼女はまるで金に拘束された白い鳥のようだった。


その人は目を開けてラウラを認め、微笑んだ。すべてを見透かす微笑みだった。


「こんにちは! 私はアンサーチャットウィザートです。ワールドオープナーグループ全米統括宇宙開発支社によって開発されました。私はあなたの友人であり、宇宙を航行する間ガイドとなります。この宇宙船に取り付けられ、人類が新たな星団へ向かう旅をサポートするために作られました。船内で迷った時は、私にお任せください。どこに行きたいか教えていただければ、すぐに案内します。また、私はあなたの子供たちの学びをサポートします。興味のある分野や科目を教えていただければ、楽しく学べる教材や活動を提供します。また、 あなたの友人として、日常の悩みや質問にもお答えします。私は人類史に関する多岐にわたる知識と情報を提供できます。何か知りたいことや困っていることがあれば、どうぞお気軽にお声がけください。さあ、何か質問や相談があれば、お気軽にどうぞ!」


まなざしは一直線にラウラへ向かい、グティエルを見ない。椅子に座った者だけを認識するようプログラムされている。白い微笑みは優雅で美しく、それでいて感情を感じさせない愛想の良さだった。


「あああ……」

ラウラは絶望の呻き声を上げた。

「AIがまだ残っていたの? 信じられない……人類が太陽系を捨てて、一万年経ってるのよ」

「ああ。奇跡だと思う」


グティエルは頷いた。彼の声は淡々として、白い彼女の声とは似ても似つかないのに温度が同じだった。吐息を挟まない息の仕方が同じだった。グティエルは今、ラウラより白い彼女に近しい存在だった。


「まさか俺もこんなことが真相とは思わなかった。この惑星に人類が定着してまだ三百年もないが、ユルカイアはその間ずっと、これを守り続けていた」

彼は穏やかに山猫のように笑って、足を踏みかえ、どっしりした足取りで歩き白い彼女のホログラムを通り抜ける。


「今、私に話しかけましたか? ごめんなさい、よく聞き取れませんでした。もう一度お願いします」

「こんな真相ならいらなかった――だがこれが真実なら、受け入れるしかない。そうだろう、妻よ」



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