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竜と恋と石の花  作者: 重田いの
荒野の魔女のはじまり

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「その人は夫の事業の失敗で何もかも失って尼僧になった。彼女は破産管財人が家にやってきて家財を一切合切持っていくまで何も知らなかった。そして彼女は……一度は愛した人を憎むようになり、その憎しみに心を蝕まれた」

「つまらない話ね」

マヌエラは鼻を鳴らした。自分ならそんなヘマはしないと言いたげだった。実際、そうだったろう。マヌエラはとてもとてもうまくやったはずだ。ユルカイアを掌握するまで。グティエルの中心に居座るまで。


「何より彼女が執着していたのは家だった。その家は彼女の父親のものだったの。夫は入り婿だったというわけ。彼女は夫のせいで家が他人の手に渡ったことが許せなかった。ずっとずっと憎しみと呪いを周囲に振りまいていた。それを無視するのもまた私たちの修行の一環だったけれど」

「だから? その負けた女と私が同じだとでも?」


怒るとマヌエラはますますグティエルに似て見える。ラウラはどうして気づかないでいたのだろう? 彼女はラウラがユルカイアについた最初から傍にいたのに。


そして二人が最も顕著に似ているのが顎の線であった。マヌエラの顎から女らしい柔らかな曲線を差し引いてシャープさを足し、グティエルのしっかりした顎から歯を食いしばった跡を覗けば同じ線である。まるで一つの彫像を左右から見ているかのよう。ラウラは悪夢の名残りで背中がぞわぞわするのを感じる。


「私は負けなかったわ。お母様と一緒にあの女と戦って、勝ったの」

マヌエラの表情は満ち足りていた。冷酷さと自信。いっそ無邪気なまでの……。ユルカイアのためになんでもしたし、ユルカイアに愛されているという土台が彼女を支えている。


「勝ったといえば、そう、あなたは魔物を操れるんじゃないの? 生粋の、先祖返りのエルフなのでしょう?」

唇を舐め、リネンを握りしめながら囁くようにラウラは聞いた。


「それが本当なら、マヌエラ、どうして魔物たちにすぐさま山に戻れと命令しないのですか。このままではユルカイアは本当に魔王の命令によって魔物を中央にけしかけていると思われてしまうわ」


「できないのよ」


苛立たしげな声である。まるで生まれて初めて断崖にぶち当たって憤慨する野生の馬だ。絹のような金色の髪がくるくるとその肩を流れた。


「私は力を失った」

「そんなことはありえないわ。あなたの中にある力はあなた生来のもので、何があっても変わらないはず。魔力嚢を潰されたら終わる一介の魔力ではなく、あなたの存在そのものが山とユルカイアを結びつけるキーなのよ。そうでしょう?」


――私とは違って。と、声に出さなかったのは上々だった。ラウラは走る胸の痛みを無視してマヌエラをまっすぐに見つめた。しばらく、暖炉の燃える音だけが響いた。


「力はカランカにあげたの」

放り出すような声でマヌエラは言う。

「だから私の持っていたそれはもうないの。山の中まで行ってきたけれど、私の声を聞く魔物は残っていなかった」

「山に行ったの? 怪我しなかった?」

マヌエラはラウラを見つめ、やがてふっと微笑んだ。母親とも侍女とも違う、どこか慈しみの残ったまなざしだった。


「どうしてあなたが私を心配するのよ。私はあなたをユルカイアから追い出そうとしているのに?」

「それは――そうね。なんでかしら」

ラウラは首を傾げた。

「たぶん、あなたはグティエルの大事な人だから」

「そうね」


躊躇なくマヌエラは頷き、

「まさかあなたがあの子の心の中にこれほど入り込むとは思わなかったわ。さすが淫欲皇后の娘ね。あの子は私とルイーズとその他大勢くらいしか人間を認識していなかったのに、そこにあなたが割り込んで居座った。すごいことだわ。私はあの子に暖かさなんて教えなかったし、あの男の息子である彼は生まれながらに心が凍っていたのに」


赤ん坊の肌を撫でるガーゼのように、柔らかさがラウラの心の中に染み込み、彼女はあやくマヌエラに心を許すところだった。ユルカイアの人々が何年にもわたってマヌエラを愛してきたように、同じようになるところだった。


「どうして力をカランカに渡したの? 確かにそういう呪法はあるわ、でも危険な方法だわ」

「アンティーヌが結界魔法を大聖堂に伝えにいくのにカランカは同行したのよ。魔物に襲われないために魔法が必要で――そのせいでカランカは死んだ」

ラウラは息を飲んで目を伏せる。胸の前で手を組んでカランカの魂の無事を祈った。


「それは辛かったでしょう。カランカがいなくなってほんとに……」

「私が? ええ、確かに辛かったけれど、どうしてそんな、未亡人に同情するような声を出すのよ?」

「アンティーヌ様はあなたがカランカと、親しかったと」

「カランカ⁉︎ あの女と? 一体どうして私が?」

ラウラは黙った。黙るしかなかった。

マヌエラは怒り狂って吐き捨てた。


「アンティーヌというのはそういう女だったわ。何もかも自分の思い込みで動くの。私がカランカを――愛していたとでも書き残したの、あの魔女! 許せない。もしその手記が流出でもしたら、それが真相ということで歴史に残されてしまうかもしれないじゃないの!」


拳を握って歯を食いしばるマヌエラは、髪の印象を除けば女になったグティエルのようだった。ラウラは肩をすぼめた。今は目立たないようにしてるのがよさそうだった。


「私が愛するのは後にも先にもエトナ様だけよ! カランカ、あの女なんてなんでもないわ!」

「そ、そう……」

「ああ、腹が立つ。あなたが出ていったら塔は燃やすわ、アンティーヌの妄想と一緒に」

「それは寂しいわね」


ラウラは荒野に聳える魔法の塔を思う。雨と風と雹、寒さと見窄らしさと心細さと、あらゆる悪い考えに飲まれそうだったときに現れてくれた塔。あれのおかげで生き延びることができたのだ。


また、アンティーヌの手記はラウラに知らないことを教えてくれ、知りたかったことの答えをくれ、けれど丸ごと投げ渡してくるのではなく彼女自身が考えるようにしてくれた。あの走り書きでも読みやすい流麗な文字が、ある種の教師だった。会ったこともないアンティーヌの方が、マヌエラより好きかもしれないとさえラウラは思う。


人間とはそういうものだが、ある人がどんな人間かなんて人によって評価が違う。あるひとから見れば悪人でも、別人から見れば聖人である。……ラウラにとって悪魔だった母は孤児救済事業を興しており、だから、救済施設で育った孤児たちは皇后カティアの魂の平穏を祈って毎朝彼女のために歌を歌い、崇めるのだという。


「恵まれた生まれの女ってやつはいつだってそうよ。私たちみたいに日陰者として生まれた女の悲哀なんて想像もしないんだわ」

とマヌエラがいらいら足を組むので、ラウラはつい、

「お父上に愛されていたのに不幸だったの?」

と聞いてしまった。マヌエラはぎろりとラウラを睨んだ。


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