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竜と恋と石の花  作者: 重田いの
荒野の魔女のはじまり

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夢を見た。なんでそんなことしたの? と少女が泣いていた。聞くとその声はルイーズだったので、ラウラはこう思ったーーああ、いつか遠い未来で私が何かひどいことをして、そして彼女に取り返しのつかない損失を与えたのだ。


ラウラは誰に対しても母が自分にしたような振る舞いをしたくなかったが、そう言いながらタラを犠牲にしたから、自分の本質はそういうものなのだろうと諦めていた。諦め。ラウラをラウラたらしめているのはそれだった。


父母に愛されることは諦めた、どっちも本質から親に向いていない人たちだった。弟妹と仲良くすること、侍女と友達のようになること、皆に尊敬される皇女であることは諦めた、母がいつだって台無しにしていったから。そして皇女であること自体も諦め、その状況に慣れた。誰かのために何かをしたいと思ったが、それはいつだって巡り巡って自分の利益にしようとしていたからだった。彼女は一番なりたくない母のように打算的に考えて、おそらくーーおそらく、メイが羨ましかった。ルイーズが羨ましかった。少女らしくあることで安定した生活と立場を手に入れた彼女たちのように、いつか、自分もグティエルの名実ともに正当な妻として、ユルカイアにいられるようになるかもしれない……。


叶わなかった夢だったが、それでも密かに憧れることはやめられなかった。荒野の魔法の塔に住むことができ、間違いなく幸福だったけれど、ラウラはもし神様にユルカイアのお城に戻っていいよと言われたらしっぽを振って戻ったことだろう。


グティエルの隣にいることは、定められた結婚をうまく完遂できるかもしれないということ。ラウラの生きてきたこれまでが肯定されることでもあった。


結局は自分のためである。ラウラはそういう風にしか生きられない。

山の身じろぎは続いていた。彼女は目を開けた。


塔の一階に空いた穴は、人が三人手を繋いで囲ってちょうどいいくらいの大きさだった。何かを運搬したあとらしい、滑車か車輪の跡がついている。忘れられた物資補給路、あるいは兵士を運んだ跡だろう。


この穴をさかのぼって歩けばユルカイアの城のどこかに届くのだろうと、ラウラは思った。また城に戻り、誰かに見つかって、今度こそ殺されるかもしれない。彼女はクォートに対するユルカイアの恨みを軽視しすぎた。百年前のことをクォートは動乱の時代と見なすが、ユルカイアの人々にとってそれは黄金時代である。クォートはユルカイアの英雄を利用するだけ利用して、それが終われば捨て去り、なんの後援もなくこの土地が錆びるままに放っておいたのだ。


「グティエルはまた来てくれるって、言ったもの」


と呟き、彼女は目に見える穴を見えないふりをする。動かなければ一生荒野で暮らすしかない。それはいやだと思うのに、動けないのだから滑稽である。


夢の残骸が魔力嚢のひしゃげた皮のように心のどこかに居座っている感じがした。お湯でも飲めば忘れるだろう。彼女は腰を上げた。竈の前の床で穴を見つめながら眠っていたのだが、よく考えればどうしてこんなところで寝たのだろう? 肖像画の小部屋がごく簡単に崩落して、二階に登るのが怖くなったのだ。


子羊がトコトコ寄ってきて、メエと鋭い一声で鳴いた。彼女はそのふわふわの頭を撫でた。

目の前にマヌエラの女中服の黒い裾がはためいた。


当たり前のことであるが、道が通じたということはこっちから向かうのではなく向こうからやってくることもできるわけで、それに気づかないでいたのはラウラがもう何も考えたくないと思っていたからで、つまり彼女はいつだって出遅れる。諦めているから。すべての状況で後手に回る。こんなふうに。


「お久しぶりですね」


とマヌエラは言った。ラウラがまず思ったのは、寝巻き代わりのウールのワンピースドレスが恥ずかしいということだった。大ぶりの真珠かダイヤのネックレスと耳飾りがほしかった。その重さがなければ堂々と胸を張ることもできやしない。


だがラウラはいつものように手に入らないものを諦めて、床に座ったまま背筋を伸ばし頷いた。

「お久しぶりです、マヌエラ」


優しい中年女性は目の横にカラスの足跡の笑い皺を寄せて、ラウラの腕の中の子羊に微笑む。


「素晴らしい! やっぱり坊ちゃんの潜在能力は一流。こんなきちんとした実体の分身を作れるだなんて」

「……それを言いにきたの?」

「まさか」

マヌエラは苛立たしげに頭巾を取った。くるくると光る金髪が渦巻いて彼女の腰までを覆った。ルイーズと同じ色だった。


「アンティーヌ様は何を言い残していたの? 私の悪口をいっぱい聞いたんでしょう」


ラウラは立ち上がる。マヌエラはどんな格好をしていても堂々と美しかった。せめて気圧されているのを悟られたくなかったのだった。子羊が彼女の前に出ようとするのを足で押しのける。ラウラは一番知りたかったことを切り込んだ。


「あなたは先祖返りのエルフなの?」

マヌエラは鼻白んだ。

「そんなことを書き残していたの? あの人、本当にいやなひとね……」


「エルフの血を持つのは貴族だけだわ。ユルカイアの持つ辺境伯号は名誉称号で、エンバレクもロビツ、メディア、ヴィヴェット、カランカ、クィントゥスの息子たちの子孫に流れるのはエルフではなくワーウルフの血統だわ。辺境伯は厳密に言えば貴族ではないの。クォートが君臨して統治する世界の外側に……どうしてあなたのような人がいるの?」


マヌエラの頬が紅潮し、目は見開かれる。オニキスのように澄んだ黒い目だった。彼女は間違いなくユルカイア人なのだ。ユルカイアの人々は皆、黒髪と黒い目を持つ。


「この土地はあなたのように中央でやっていけなくなった女たちを押し付けられてきた。代々、クィントゥスの息子たちは黙ってあなたたちを受け入れてやりました。ええ、なんとも慈悲深いことじゃありませんか? お金や通商権やときには絵画と一緒にやってきた積方された女どもを、私たちは面倒みてやったんです!」

「……感謝しているわ」


ラウラは頷いた。子羊の体温が脛から身体に染みこむようだった。ユルカイアにとってラウラの存在そのものが屈辱であることはわかっていた。政争に負けたエルフの一族の女たちは大聖堂に出家したり、力のない領主の妻として事実上の追放を言い渡されたりする風習だった。


「あなたもそうだったの? 中央から追い出された女の一人?」


だが彼女はユルカイアの色を持っているのだから、そうではないだろうと知りながらかまをかけると、マヌエラは心から嫌悪するように顔を歪めた。


「まさか。我が母がそうだったんですよ。ええ、勘違いしないで。追放された奥様の侍女が母でした。狼騎士ヴァダーは我が異母弟です」

優しい三日月の形の目を細め、金髪を揺らしてマヌエラは誇り高く告げる。


「妾は城に住めない決まりですが、我が父は母を城に住まわせました。ヴァダーは何か勘違いしてましたけど、私たちこそが最も濃いユルカイアの血をこの世に伝えた純血のエルフ。父に愛されたのは私たちだけです!」


ラウラは少しだけ、天井を眺めた。全部いやだと思った。宮廷の愛憎劇、愁嘆場、ありとあらゆるどろどろした感情の権化。全部がいやになってラウラはタラを犠牲にそこから抜ける道を選んだ。


狼騎士ヴァダー卿の同母弟が魔王エトナ、妻が魔法使いアンティーヌ、そして異母妹にして先祖返りのエルフがマヌエラ。彼は大変だったろう。自分の回りにこれほど色濃い個性が揃っていては、彼がどれほど強い騎士であっても圧倒されてしまったに違いない。ラウラが今、マヌエラの発する堂々たる威圧感に後ずさりしそうなのと同じに。


「私たちの方が愛されたのに、私が女だったせいでヴァダーが当主になったんです。ああ、私の方が賢かったのに、おかわいそうなお母様!」


ラウラは唇を噛んだ。これは自分の将来かもしれない、と思った。ルイーズが産んだ本当に愛された子供と、愛されない自分と自分の子供と。


貴族というのは生活の心配がないから、悪趣味な遊びで男同士の絆を深める事例に事欠かない。具体的にはわざと妻と妾を同席させて争わせたり、身寄りのない平民の少女を貴婦人に育て上げたあと高級娼館に売ったり、大聖堂にこっそり忍び込んで尼僧を落とせるか挑戦してみたり……。


苦悩するマヌエラをラウラは無表情に眺め、それでも、と呟いた。


「それでも本当に愛されていたならあなたをユルカイアに残して死ぬはずないわ。宮廷に出仕させた方が、間違いなく色んな可能性があったもの」


ぴたりとマヌエラは動きを止め、憎悪の目でラウラを睨んだ。その目は宮廷でいくらでも見た。皇女の称号さえあればもっと栄達できるはずの美少女たちは皆、ラウラがそれを持っていることをとんでもないずるの結果だと思っていた。


マヌエラはしょせん北の地で男の慰みになるしかなかった身、いくらアンティーヌを恨んで心を保っても、外から見れば田舎女にすぎない。ラウラはうっすら微笑んだ。


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