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竜と恋と石の花  作者: 重田いの
荒野の魔女のはじまり

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ラウラは塔の中の開けられない扉、閉ざされたままの地下への入り口、その他あらゆる窓や扉に挑戦し始めた。


それはパズルに似ていた。あちらの扉の鍵はこちらの戸棚の上にあり、竈の火掻き棒置き場に引っかかっていたネジは二階の小部屋の扉の蝶番を使えるようにするための最後のピースだった。床のくぼみを隠していた外せる床板を別のくぼみに嵌めると、その小部屋の本棚から鍵が出てきた。……全部そんな調子で、ときにはラウラが見てはならないものが出てくることもあった。例の小部屋の奥の壁には古びた肖像画が飾ってあり、おそらくはヴァダー・エンバレクとその妻アンティーヌの二人が描かれていた。部屋の小ささ、ごく質素な内装が触れてくれるなと叫ぶようで、ラウラは静かに扉を閉めたのだった。


足元で子羊がしっぽを不安そうに立てていた。もこもこの身体も一回り大きく見えるほどだった。ラウラは彼の頭を撫で、宝探しを続け、そしてついに見つけた。


新しいアンティーヌの手記だった。やはりあれで終わりではなかったのだった。そこに百年前の真相が書かれていた。わずかに数行。だがそれで充分だった。


『先祖返りのエルフ。私たちの祖先の影響をもっとも受けた者』


震える文字で手記は始まっていた。


『タイリーが私を蹴りました。この子は知っているのだと思う。山の中に帰らなかったクィントゥスの息子たちの子孫は、再び子孫として戻ってくる。私はそのことをよくわかっていなかった』


アンティーヌの錯乱が伝わってくる。ラウラは眉を顰めページをめくる。グティエルの父親を妊娠している頃、ということは六十年近く前の話のはずだ。エルフの血を引く貴族は一般的に長命で、かつグティエルは父タイリーの後妻の子である。ますます百年前が近づく感覚にラウラは髪の毛の根本がざわざわした。


『先祖返りのエルフは三百年の寿命を持つと言われています。あの子がそうなの?』


『だから魔物はあの子に従ったの?』


『マヌエラ。どうして』


そこで手記は終わる。ラウラはぱたんと冊子を閉じ、それを胸に抱いて一階へ駆け戻った。子羊は鳴きながらあとに続く。


最初の手記は、探索で見つかったレシピ本だの刺繍の図案だのと一緒くたに大きなテーブルの上にある。ラウラはそれを掴み、開き、そしてそれを見つけ読み上げた。


「『私は彼女に彼の狼を預けてしまった。ごめんなさい。私のせい』……マヌエラ!」

――グティエルに知らせなければならない。


「マヌエラがエトナの分身体を預かったのね、今の私がグティエルの子羊を預かっているように。そしてマヌエラが……何かをして、エトナは心を失い、魔王となった? どうして、何がどうしてそうなったかはわからないけれど。マヌエラは……百年前から生きている、先祖返りのエルフなの?」

「よくわかったね」


おっとりした低い声だった。振り返った先に狼の牙を見つけてぞっとした、これまでにないほどの恐怖だった。ラウラは黒い狼も鉄錆色の狼も好きだったし、彼らの強さを目前にしても怖がることはなかった。知性のある彼らがわざわざラウラを襲う必要がないと知っていたから。


だが今は、仁王立ちした黒い巨体の狼、タイリーは歯を剥き出していた。剝き出しの憎悪がラウラの全身を撫で、彼女は硬直する。抗うすべもなく取って食われることがわかりきった差に、思考は止まる。


子羊がたっとラウラの前に出たのは、だから、彼女以上に無力な生き物にはありえない行動だった。タイリーの殺気が止んだ。逆立っていた毛並みが元のように寝て、彼は牙をしまいおすわりをする。

「やれやれ、困った子たちだ。わからないままでいればよかったものを」


ラウラはへなへなと床に座り込みながら子羊を引き寄せた。小さな身体は震えていた。こんなに怖いならラウラなんて守ろうとしなくていいのに。


「わからないふりをしていてくれないかな、このまま?」

「なんですって……」

「魔王エトナが人間を憎んで魔物を扇動した。魔物どもは本能に従って人を食うためそれに乗った。暴れ竜のラベリアスが人間世界を守るためエトナを殺した。ホラ、シンプルな物語だ。それ以上何か付け加える必要はない。マヌエラもアンティーヌも、関係はないよ。違うかい?」


ラウラは乾いた喉に唾を飲み込んだ。唾液が引っかかって喉の内側が痛かった。狼の踏みしめる床がロン……と鳴った。子羊が思い出したようにラウラの腕の中で威嚇の声を上げ始めた。か細く、小さく、けれど敵意を隠しもせず。


「いいえ」


ラウラの声はそれよりさらに弱弱しかった。彼女はそんな自分がいやだったことを、死にたいほどいやだったことを思い出した。母が憎かったのを表に出すことさえ忘れるほど踏みつけられ、逆らえないタラを利用した自分のことが。


ここで震えあがるだけでいたら、ラウラはますます自己嫌悪と自己否定の海の中に沈むばかりだろう。彼女は皇女の矜持と貴婦人の教養を持っていた。魔力もなければおよそ権威と呼べるものは何一つ持たない小娘のくせに、誇りをなくすくらいなら死んだ方がましだと灰白色の目が叫んだ。


「いいえ、いいえ」

彼女は立ち上がる。


「私がグティエルに寄り添い協力するように、アンティーヌ様もヴァシー卿に寄り添い協力したはずですわ。私は――ユルカイアに受け入れられなかったけれど、それでもこの土地のために何かをしたいと思っています。百年前に何があったのか? 探ることで突破口が開けると信じてる。わかったことをグティエルに伝えます。彼と一緒に昔のことを知って、考える。今を変えるために。教えてもらえなかったことを言い訳にはしない。言ってくれないなら、自分で探す。そして決めるわ!」


子羊が誇らしげに胸を張って、ヒャンと鳴いた。狼は再び牙を剥いたが、狭い塔の一階に漂うのはどこか締まり切らないたるんだ空気である。命のやり取りにまでは発展しないことをどちらも納得している喧嘩の雰囲気。親子喧嘩じみた、生温さ。


自分とグティエルをずっと取り巻いていたのはこれだったのかもしれない、とラウラは気づいた。しょせん子供の癇癪、しょせん親や親のような人々のすること。そんなひどいことになるわけがない。だから、真面目に向き合わなくてもいいのだと、全員がそう思っていれば、そりゃあ何を言ってもやっても通用しないはずである。


黒い狼は苦笑交じりに唸り声を上げた。腹の底に響く本能に訴えかける恐怖と、グティエルと同じ黒い目に感じる親しみがラウラの中で混ざり合う。


「これはエトナが望んだことなんだよ。エトナが魔王の称号を背負う。古い世代はそのまま消えていく。新しい我々に希望と未来は託された。伝えるべき物語はひとつだと、当人たちが決めたのだ。赤裸々にほじくり返し、笑っていい過去ではない。百年前のことは、仰ぎ見るべきであって消費すべきではないのだよ」

「でもユルカイアは滅びつつあるわ」


ラウラは震える足で立ち上がる。子羊を腕に抱き、がくがくする膝、かちかち鳴りそうになる歯を押さえつけながらタイリーと対峙する。


「根幹となる物語が嘘まみれだから、誰も信じていないから、だから見捨てられるのよ」

鉄錆色の旋風が塔に躍り込んだのはそのときだった。


ギャウ、とタイリーは吠えた。ガアア、とエトナは聞いたこともないほど唸った。ラウラは悲鳴を上げて竈の影に逃げた。


二頭の狼は戦い出した。


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