38
グティエルは深いため息をつき、遠くを見つめた。冷たい荒野の風が彼の黒髪を揺らす。
「何もかもわからないことばかりだ。俺が何も教わっていなかったということをまざまざ見せつけられる」
ラウラも同じように遠くを見つめ、考え考え言葉を口にする。
「父母の結婚は血生臭いものでしたが、詳細を教えてくれる人はおりませんでした。私は父母が憎しみ合うのを普通のことだと思って育ちました。おかしいこともおかしいと教わらねば気づけないのです。人とは、子供とは、そういうものなのだと思います」
「そうか……」
グティエルは静かに頷いた。
「いつまでも拗ねてばかりもいられないな。お前のように強くあらねば」
ラウラが目を丸くするのに気づかず、グティエルは内心で計画を立てはじめる。彼は犯罪人扱いされて追放されてもなお人のため働ける妻を尊敬していたが、ラウラにとってそんな評価は思いもよらないものである。
「マヌエラは決して教えてくれないだろう。自力で探すしかない――また、来てもいいか?」
「え、ええ。でも、可能でしょうか? 私は案内してもらえなければ道を見つけられませんでした」
「俺も一度目は自分で道を探せなかった。だが次は大丈夫だ、自信がある」
彼は不敵に笑う。目に力が戻り、ラウラは太陽の光の下で彼の目の色がただの黒ではなく、暗闇の中でも光り輝くラピスラズリの群青を幾重にも重ねた青い黒であることを知る。黒髪も同様に、陽光を透かしたところが黒い雲のように白く青く光る。
「俺はユルカイアに属するものだ。狼はクィントゥスの子孫たちの成れの果てで、ならばいずれ俺もそうなる。四つ足にできて二本足にできないことはない。そうだろ?」
ラウラはその言葉に驚き、やがて照れくさい笑いがこみ上げる。それは古い童謡の謳い文句だった、うさぎさんうさぎさん、あなたにできてわたしにできないものはなあに。シカさんシカさん、あなたにできて……四つ足にできて二本足にできないことはない! 我らは星の海を越えた二本足の民。この惑星を取り仕切るため星の海を越えた民。
「わかりました、グティエル。ならば私は、ここであなたを待っています。何かできることがないかやってみます。塔の中にはまだ私の知らない研究書があるようなのです。ユルカイアについて、考えます。時間はたっぷりありますから」
「頼む。俺が考えるよりお前に任せた方が早くて正確だろう――俺はお前を信頼しているから、お前も俺を裏切らないでくれ」
しばしの沈黙が落ちた。不可解なものではなく、むしろやっと何か大事なものが落ち着くべきところに落ち着いたことを理解した沈黙だった。
風が吹き抜けていった。嵐の再来を予感させる重たく冷たい風だった。彼らの決意はより頑なになった。ふたり、もう後に引くことはできない。どこにも行けない、何者にもなれない、逃げるばかり、言われたことをするばかりではもう生きていけないのだ。
それからの日々は固定化されていった。グティエルは城にあまり出向かない住民に話を聞くところから始めた。ラウラの残した術式をかけた魔石のかけらは、冬が過ぎてもやはり生活に役立った。彼はそれを手土産にかつてのユルカイアについて聞き回った――かつて、魔物を倒すしか能のないグティエルではなく何事にも敏く公平な父が領主をしていて、この土地が領地として正しく運営されていた頃のことを。
その時代にはすべてがあった。魔石の産出は規則正しく、魔法使いがいて魔物避けの小さな結界を張った。それは大聖堂が開発したいびつは大結界ではなく、グティエルが張るレモンと香草と狼の血を混ぜた魔物避けにほんの少しの魔法を足したような穏やかで些細なものだった。それでも魔物はそれが人間の世界との境界線だと正しく理解して、それ以上の侵攻は決して行わなかった。
おかしくなったのはマヌエラがルイーズを引き取ってからだとある老女が言った。もう虫の息で、目の前のグティエルが辺境伯だと気づかないくらい耄碌していたからだったのかもしれない、彼の知らないことを憚らず話してくれたのは。
「あの頃の魔物は小競り合いしかしなかった……王様がいたからねえ……」
「王様?」
「あう……」
老婆の息は腐りかけた臓物のにおいがしていた。もう二軒しか人家の残っていない村はかつてはクィントゥスの娘の息子の息子の一人が統治した由緒ある村だったが、伝統ゆえに村にかじりつくしかなかった二軒の家の人々全員が心の中で思うように、もはや由来も由緒も貧しさと忘れ去られる悲しさの中に食われて消えつつあった。
グティエルがその村を去るとき、ぼけかけた村長、老婆の連れ合いは暗い目をして言った。
「妻の言ったことは全部嘘ですから……」
そしてバタンと目の前で扉が閉められた。グティエルは次の村へ、食料を届けに行くという口実で出向く。門前払いされるときもあれば、過剰なまでに辺境伯の名を褒め称えられたときもあった。彼はユルカイアの全貌を知らなかった自分に気づいた。おそらくはラウラがクォートのほんの表面にしか触れさせてもらえないまま大きくなったように、彼もまたユルカイアのある一面しか見せてもらえていなかったのだと。
マヌエラに見つからない経路は山の中しかなかった。そして彼はどこの坑道がどの出入口に繋がっているかをよく知っていた。魔物を狩り、山の中から生還し、そして密かに聞いたことのないことについて人々に訪ね回る日々――俺が生まれる前の話をしてくれないか。父上がお元気でいらした頃のユルカイアは、どうだった?
そして彼は本当に重要なことの触りに気づき始めていた。あまりに明確すぎ、大きな真実すぎて誰もあえて口にすらしなかったことを。
魔王エトナが魔物を操っていたという通説は、残念ながら本当に間違いだった。百年前、魔王と呼ばれた者は別にいた。魔物たちはその人物に従い、そしてエトナはもっとも重要なその人のため魔王として表に出た。当時、エトナはユルカイアの人々にこう呼ばれていた……救世主。
ユルカイアを魔石業から救うため現れた救世主。
話は百年前にさかのぼる。




