中編
はい、みなさん、話の続きを始めます。
みなさんの中には「日本軍にはレーダーがあったのにハルゼー空母機動部隊に奇襲を何故奇襲を許してしまったのか?」という疑問を持つ人もいると思います。
それは新北海道の特殊な事情があります。
新北海道近海では冬場はレーダーの探知距離がいちじるしく短くなるのです。
無線通信には問題は無く、何故このような現象が起きるのかは現在も不明です。
ネットでは「新北海道が異世界から転移してきた影響だ」が定説のようになっていますが、科学者たちは今も研究と議論を続けています。
ルーズベルトが開戦日を12月8日にした理由の一つがそれでした。
さて、新函館がアメリカ海兵隊に比較的簡単に占領されてしまった理由は純粋に日本側の兵力不足で、平時に新函館に駐留する陸上部隊は海軍陸戦隊だけで、陸軍部隊は新北海道内陸部に配置されていました。
これは日本陸海軍の縄張り争いが理由でした。
日本海軍の警備府がある新函館は海軍の管轄で、陸軍部隊の平時の駐留を海軍が認めなかったのです。
戦争が近づけば、内陸部に駐留する陸軍部隊を新函館に移動させることになっていましたが、開戦はまだ先と予想していたため移動は間に合いませんでした。
日本陸軍は新北海道の内陸部にある最重要都市である新札幌の防衛を優先することにしました。
さて、新函館を占領したアメリカ海兵隊は、新北海道の各地にあるユダヤ人開拓地に使者を派遣しました。
使者はユダヤ人たちに「アメリカ合衆国への服属」を要求しました。
戦後、新北海道がアメリカの領土になってもユダヤ人の土地に関する権利は変わらないと通告しました。
アメリカ側は「ユダヤ人は簡単に服属するだろう」と考えていましたが、それに対するユダヤ人の返答は銃弾でした。
新北海道に住むユダヤ人は日本政府から自治権を認められていました。
新北海道には普通の熊よりも狂暴な「新北海道熊」が生息するため、住民には銃火器の保有が認められていました。
新北海道熊の生息地に近い町や村では重機関銃まで許可されていました。
その重火器を使いユダヤ人たちはアメリカ軍に答えたのでした。
新北海道に在住するユダヤ人たちはほとんどがナチス・ドイツによってヨーロッパを追われた人々でした。
彼らに安住の地を与えてくれた日本にユダヤ人たちは心の底から感謝していました。
彼らにとってアメリカ軍は「侵略者」にすぎなかったのでした。
ユダヤ人たちの「寝返り」を期待していたアメリカ海兵隊は当てがはずれて、新函館の守備を優先しました。
ルーズベルトは大統領としてアメリカ議会に「日本に対しての宣戦布告」を求めましたが、議会では「ルーズベルトが勝手に戦争を始めた」として反発した議員が多く否決されました。
しかし、「新北海道占領がうまく行くなら、それはそれでいい」と考える議員も多く、議会は「新北海道をめぐる紛争についての限定的な軍事力を行使する権限」をルーズベルト大統領に認めました。
アメリカは国際法上は、太平洋戦争は「戦争」ではなく「紛争」であるとしたのでした。
限定的ながら軍事力の行使を議会から認められたルーズベルトは陸軍部隊をハワイに集結、新北海道への輸送船団を太平洋艦隊に護衛させ、新北海道の完全占領をもくろみました。
日本海軍の潜水艦が何度が接触しましたが、命令により「偵察」にとどめて、「攻撃」は許可されませんでした。
これは日本海軍ではなく日本政府の意向でした。
日本政府もアメリカ政府に対して宣戦布告はしませんでした。
状況を「戦争」にせずに「紛争」にとどめた方が後々の外交交渉に有利だと考えたからです。
日本政府とアメリカ政府の「暗黙の了解」により、太平洋戦争は「新北海道とその周辺海域に限定された紛争」となったのでした。
戦争ではないので、日本では戦時に設置される大本営は設けられませんでした。
このことは日本政府にとって思わぬ副産物をもたらしました。
大本営が設置されていないので、内閣主導で戦争指導ができたのでした。
紛争でも大本営が設置できるようにする動きもありましたが、少数派にすぎず、内閣が主導権を握るのには大本営がない方が都合がいいので、そのままになりました。
これは日本における軍隊のシビリアン・コントロールが確立する切っ掛けになりました。
ある歴史学者は「もし、新北海道が出現しなかったら、日本は大陸に勢力範囲を拡大しようとして、大兵力を投入し、広大な大陸で国力を疲弊したかもしれない」という説を唱えています。
現実には、日本は大陸と朝鮮半島には国防上必要な最低限の兵力しか置いていなかったので、そんなことはありえませんでした。
さて、新北海道での戦いは、実質的には新函館をめぐる戦いでした。
新北海道で唯一の整備された港湾施設を持つ新函館を確保できた方が勝ちという戦いでした。
新札幌にあった陸軍部隊はもちろん新函館を奪回しようとしましたが、それは困難でした。
新函館にあった航空基地をアメリカ軍は確保すると、ハルゼー空母機動部隊の艦上機のほとんどをそこに展開しました。
格納庫がほとんど空になった米空母はミッドウェー近海まで戻りそこで待機していた機体を収容し、新北海道に再び向かいました。
つまり、正規空母6隻を航空機のピストン輸送に使ったのです。
この作戦を考えたのはキンメル提督で、ハルゼー提督は「空母の使い方を間違っている」と反対しましたが、キンメル提督は上官として押し切りました。
大艦巨砲主義者であるキンメル提督には、空母は「航空機を輸送する船」としか見えていませんでした。
この場合はうまく行き、新函館の制空権は圧倒的多数の航空機によりアメリカ側が確保しました。
キンメル提督は太平洋艦隊を直率し、陸軍部隊を乗せた船団を伴い、ハワイを出撃して新北海道に向かいました。
キンメル提督が主力と考える戦艦は8隻、「メリーランド」「ウエストバージニア」「ペンシルベニア」「カリフォルニア」「テネシー」「アリゾナ」「ネバダ」「オクラホマ」でした
キンメル提督が補助兵力と考える空母は2隻、「エンタープライズ」「レキシントン」で、他の空母4隻は新函館への航空機輸送に専念させていました。
この措置に空母「エンタープライズ」に座乗するハルゼー提督はおおいに不満でしたが、やはり上官であるキンメル提督に押し切られました。
それに対する日本海軍は新函館湾で戦艦4隻を喪失したため、残された戦艦は6隻、「長門」「陸奥」「金剛」「榛名」「比叡」「霧島」でした。
戦艦の数では6対8と劣勢でした。
しかし、旗艦「長門」に座乗する山本五十六連合艦隊司令長官は、不安には思ってはいませんでした。
なぜなら空母6隻、「赤城」「加賀」「蒼龍」「飛龍」「翔鶴」「瑞鶴」を集中して運用する第一航空艦隊を伴っていたからです。
南雲忠一第一航空艦隊司令長官は、空母の数は6対2なので航空戦の勝利は確実と見ていました。
しかし、そうはなりませんでした。
ハルゼー提督が奇策を用意していたのです。
空母2隻の搭載機のほとんどを艦上戦闘機F4Fワイルドキャットと艦上爆撃機SBDドーントレスにして、艦上攻撃機TBDデヴァステイターは対潜哨戒用に少数だけ搭載しました。
ハルゼー提督は空母が2隻しかないので、敵の戦艦も空母も撃沈は諦めて、敵空母の飛行甲板を急降下爆撃で損傷を与えることを目的としたのでした。
日本空母部隊の索敵のために出撃させたドーントレスには爆弾を搭載し、日本空母発見を打電した後、急降下爆撃するように命令していました。
これは「行きがけの駄賃」で、ハルゼー提督もあまり期待していませんでしたが、「大当たり」を引き当てました。
2機編隊で索敵していたドーントレスの爆弾の一発が第一航空艦隊の旗艦である「赤城」の艦橋に命中、もう一発は飛行甲板に命中し、飛行甲板を使用不能にしました。
艦橋に命中した爆弾が重要でした。
第一航空艦隊司令長官である南雲提督が負傷してしまったのです。
南雲提督は医務室に運ばれる途中、薄れる意識の中で「第一航空艦隊の指揮を第五航空戦隊司令部に継承する」と命令しました。
結論から先に言うと、南雲提督に対する手術は成功し、本土に生還しましたが、この戦争からは退場しました。
第一航空艦隊の指揮を継承した第五航空戦隊司令官の原忠一提督は、座乗する「翔鶴」からまだ敵空母は発見できていないため、当面は防空に徹することを命令しました。
零式艦上戦闘機の部隊を高空から低空までまんべんなく配置しました。
原提督は航空戦の常道として、敵は急降下爆撃、水平爆撃、雷撃の三つを組み合わせて攻撃してくると考えたのでした。
ハルゼー提督が急降下爆撃のみを選択しているなど、原提督が知ることはできませんでした。
第一航空艦隊は空母は全艦が対空レーダーを装備していましたが、前述したように新北海道近海では探知距離が短くなり、この海戦では役に立ちませんでした。
第一航空艦隊では空母に防空指令部を設けて、戦闘機は防空戦では防空管制官の指揮で動くことになっていました。
英国から航空機用無線機を大量に輸入し、ライセンス生産もしていたため、日本海軍の無線通信は改善されていました。
これは対空レーダーを使った訓練では有効なのが確認されており、新北海道近海での見張り員の報告のみでの訓練でも有効でした。
ですが、実戦ではどうなるかは未知数でした。
高空を飛ぶ零戦隊が米海軍のワイルドキャットとドーントレスの編隊を発見しました。
空母「翔鶴」の防空管制官は未発見の雷撃隊がいると考え、高空で待機していた零戦隊に発見された敵編隊の迎撃を命じ、低空の零戦隊は「待機」を命令しました。
これは、すべてを知る未来の私たちの目から見ると「失敗」でした。
低空の零戦隊が「遊兵」になってしまったのでした。
さて、ここで一旦休憩にします。
続きは午後6時に話します。
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本日午後6時に後編を予約投稿しています。