前編
資源に困らない日本が戦う太平洋戦争を描く架空戦記です。
西暦1941年12月8日に開戦した太平洋戦争。
大日本帝国とアメリカ合衆国が戦った戦争ですが、戦争の開戦理由がよく分からないという人も多いと思います。
それについて今回は解説いたします。
まず、1920年代までの日本は現在とは違い無資源国であったことを頭に入れてください。
石油や屑鉄をアメリカから輸入しなければ、日本の産業は成り立ちませんでした。
もし、日本が無資源国のままであったとしたら、アメリカとの関係が悪化すれば、石油と屑鉄が禁輸になり、日本はその状況を打破するために戦争を選択することになったでしょう。
しかし、そうはなりませんでした。
1930年2月11日、紀元節のことでした。
北海道の東方海域に突如巨大な島があらわれたのでした。
前日まではそこに島が無かったのは確かで、現在でも何故島が突然あらわれたかは分かっていません。
最近では、小説の異世界物の流行により、「異世界の島がこの世界に転移した」と考える人が多いです。
日本はその島の領有を世界に宣言、さっそく島の調査に乗り出しました。
島の広さは北海道とほぼ同じ、野生動物はいましたが、人間は一人もいませんでした。
建物などの人工物は発見されず無人島でした。
島は「新北海道」と名づけられました。
新北海道では豊富な石油と鉄鉱石が発見されました。
当時の日本の必要量を賄えるだけでなく、外国に輸出できるほどの埋蔵量があると推測されました。
新北海道で他に重要なのは、「新北海米」と名づけられた野生の稲と「新北海猪」と名づけられた野生動物でした。
新北海米は寒さに強い品種で、北海道北部でも栽培可能で、しかも味も良く、北海道・東北地方で栽培される米はほとんどこれになり、冷害による不作はほとんどなくなりました。
新北海猪は人間にまったく警戒心はなく、簡単に捕獲でき、多産のため新北海道の自然の中で増え続けました。
家畜にする必要はなく、日本で食肉と言えば安く手に入る新北海猪肉となりました。
新北海米と新北海猪により、日本人の食料事情は改善され、飢餓からは解放され、体格も向上しました。
新北海道の出現は、日本の軍事戦略にも大きな影響を与えました。
日本陸軍は大陸でのソ連を仮想敵国、日本海軍は太平洋でのアメリカを仮想敵国としていましたが、新北海道は日本にとって絶対に失ってはならない島となっていました。
新北海道に陸軍は師団を海軍は警備府を置きました。
当初は陸海軍はバラバラに防衛計画を立てていましたが、あまりに効率が悪いので共同で防衛計画を立てることになりました。
仮想敵国が、新北海道の占領をたくらんでいるとの想定で防衛計画が立てられました。
上陸部隊を乗せた船団を敵艦隊が護衛しているとの想定で、まず潜水艦が攻撃し、空母の艦載機が攻撃、基地航空隊が攻撃し、漸減した敵を戦艦を主力とした艦隊が攻撃、それでも敵が上陸作戦をしたら陸軍の地上部隊が迎え撃つという、基本的に海軍の漸減邀撃作戦をもとにした計画でした。
陸軍としては海軍が主役となるのが不満なので、自軍が洋上で運用できる兵力である航空隊に力を入れることになりました。
海軍が航空魚雷を譲ってくれなかったので、初歩的な対艦ミサイルである誘導噴進弾を開発しました。
海軍では「闇夜の提灯」としてレーダーの開発が遅れていましたが、陸軍は洋上で敵艦隊と船団を確実に捕捉するためにレーダーの開発に熱心でした。
そのため日本では、陸軍の方が洋上航空兵力が能力が高いという状況になりました。
結局、海軍が陸軍に頭を下げて、誘導噴進弾とレーダーの技術を譲ってもらうことになりました。
さて、太平洋戦争が起きた理由の一つとして当時のアメリカ大統領、フランクリン・デラノ・ルーズベルトが挙げられるでしょう。
ルーズベルトは新北海道を得て、発展する日本を潰そうとしていました。
ルーズベルトは「新北海道を日本が領有したのは不当であり、日本は領有権を放棄して、新北海道は国際共同管理とすべきだ」と主張しましたが、日本はもちろん、英仏などの列強国からも認められませんでした。
次に、ルーズベルトは工作機械の日本への輸出を禁止しました。
日本は石油や屑鉄をアメリカから輸入する必要はなくなっていましたが、発展する工業を支える精度の高い工作機械を国産できなかったため、輸入しなければなりませんでした。
日本は輸入先をイギリスやドイツに変えることで対応しました。
そのドイツについてですが、ドイツはユダヤ人を国内から排除しようとしていました。
危機を感じたユダヤ人たちは外国に脱出しようとしましたが、少数の富裕なユダヤ人を除いて多数のユダヤ人の受け入れはどの国も拒否しました。
ユダヤ人に手を差しのべた唯一の国が日本でした。
もちろん、日本政府は人道上の理由だけでユダヤ人に手を差しのべたわけではありません。
新北海道の開拓には日本本土からの移住だけでは人手不足で良質な移民を求めていたのでした。
これはアメリカ国内のユダヤ人コミニティからは好評で、アメリカ国内の日本への親近感は増しました。
これにはルーズベルトは不機嫌でした。
ルーズベルトは日本を「悪の帝国」と決めつけ、国内の対日感情を悪化させ、日本を打倒するための戦争を仕掛けようとしていたのでした。
何故、ルーズベルトが日本の打倒に執着していたのか正確な理由は分かりません。
ですが、死後に発見されたメモや日記を分析すると、アメリカの経済的なライバルに未来の日本はなると見ており、そうなる前に戦争で潰そうとしていたと推測されます。
さて、アメリカでは宣戦布告の権限は議会にあります。
ルーズベルトが議会に日本への宣戦布告を求めても否決される状況でした。
大統領には戦争を遂行する権限はありましたが、それは外国から奇襲攻撃を受けた場合に限られました。
当時の状況は、日本からアメリカに奇襲攻撃をする可能性はゼロでした。
経済的には好調で、食料にもエネルギーにも問題はなく、日本からアメリカに戦争を仕掛ける理由はありませんでした。
ルーズベルトは対日戦を仕掛けるにあたり、論理的なアクロバットを駆使しました。
アメリカ政府は、新北海道を日本の領土とは認めていません。
アメリカの立場では新北海道はどこの国の土地でもないことになります。
無所属の土地にアメリカ軍を派遣するのには、議会による宣戦布告は必要ありません。
ルーズベルトは「新北海道のユダヤ人コミニティは日本人の宗教的迫害を受けている。ユダヤ人を保護するためにアメリカ軍を派遣する」と発表しました。
このルーズベルトの発表に一番驚いたのが、当の新北海道に住むユダヤ人コミニティでした。
日本はユダヤ人に何も宗教的制約はしませんでした。
新北海道における日本人が開拓した土地とユダヤ人が開拓した土地は離れていました。
日本政府が文化衝突を避けるためにした政策でした。
日本人から見ると土曜日に休み、イカやウナギを食べるのが禁忌であるユダヤ人は奇妙に思えましたが、それだけで迫害などはしていませんでした。
ユダヤ人から見ると仏教徒なのにクリスマスを祝う日本人の方を奇妙に思っていましたが、新天地を与えてくれたことに感謝していたので思っているだけでした。
さて、太平洋戦争が開戦したのは、1941年12月8日、アメリカ海軍による新北海道奇襲により始まりました。
アメリカと言うよりルーズベルトは宣戦布告無しで戦争に踏み切りました。
ルーズベルトの考えでは新北海道占領は短期間で終わるので、議会も世論も同意するだろうと考えていたのでした。
アメリカ海軍の空母機動部隊による空襲により、新北海道の新北海道警備府がある新函館湾に停泊していた戦艦4隻「扶桑」「山城」「伊勢」「日向」が撃沈されました。
空母機動部隊による奇襲を受けてしまったのは理由があります。
日本海軍はアメリカ海軍が戦争を仕掛けようとしているのは気づいていましたが、それは戦艦部隊を主力とした堂々たる艦隊決戦によるものであると予想していました。
アメリカ海軍の戦艦は全艦がアメリカ本土かハワイにいることは確認できており、開戦はまだ先だと考えていました。
アメリカ海軍の空母は所在が不明でしたが、空母は「補助兵力」にすぎないと考えるのが日本海軍でも多数派でした。
しかし、当時、連合艦隊司令長官であった山本五十六は「私が米海軍の提督だったら、空母数隻を集中して運用し、新北海道を奇襲する。同じ考えを持った提督が米海軍にもいるかもしれない」と主張しましたが、少数意見で受け入れられませんでした。
山本五十六の予想は当たっており、アメリカ海軍には彼と同じ発想をした提督がいました。
その名は、ウィリアム・フレデリック・ハルゼー提督でした。
彼はアメリカ海軍の空母6隻「レキシントン」「サラトガ」「ヨークタウン」「エンタープライズ」「ホーネット」「ワスプ」を率いて新北海道に殴り込みました。
日本海軍の戦艦4隻を撃沈し、ハルゼーは「史上初の航空機による戦艦の撃沈」を成し遂げました。
アメリカ海軍が空母機動部隊による新北海道奇襲を決断した経緯は次のようなものでした。
ルーズベルトから新北海道占領作戦について内々に伝えられた太平洋艦隊司令長官ハズバンド・エドワード・キンメル大将は、当初は伝統的な戦略である戦艦部隊を主力とした艦隊決戦を計画していました。
しかし、それには時間がかかり過ぎます。
宣戦布告無しで戦争に踏み切るので、戦争が長期化すると、議会や世論の掣肘を受ける可能性が高まるのです。
短期戦のためにハルゼー提督が提案したのが、空母機動部隊による新函館湾の奇襲でした。
新北海道は開拓し始めて約10年のため、まともな港湾施設の整備されているのは新函館湾だけでした。
当時は揚陸艦は無いので、大規模な部隊の上陸や物資の揚陸には港湾施設が必要でした。
新函館湾を空母機動部隊により空襲、海兵隊を上陸させて新函館を占領してしまえば、日本本土から陸上戦力を増援するのは不可能になると考えました。
ルーズベルトはそうすれば日本政府は「新北海道を放棄する」政治交渉に応じることになると考え、作戦を承認しました。
開戦初日は、彼らの計画通り、ハルゼー空母機動部隊による航空支援によりアメリカ海兵隊は新函館に上陸、新函館の日本海軍陸戦隊は激しく抵抗しましたが、制空権をアメリカ側に握られていたため壊滅、新函館はアメリカ海兵隊に占領されました。
しかし、アメリカ側の計画通りだったのは、この時まででした。
さて、ここでいったん休憩にします。
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