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第5話 妖怪大豆と翻弄される鬼嫁さん

 

 連続する破裂音が鳴りやんだ後。


 俺と朱里さんはハンディライトを片手に、恐る恐る音のした方へ様子を見に行くことにした。すると畑の方から誰かが叫ぶ声が聞こえてきた。



「うわぁあ、誰か助けてくれぇええ!!」

「今の悲鳴は村長の息子の声!? どうしてアイツが!?」

「分からぬが急ぐぞ!」


 俺たちは暗闇の中を走り、急いで畑へと向かう。



「うえっ!? なんだコイツらは……」


 辿り着くと、そこには畑の上を走り回る異形の姿があった。異形たちの見た目は、クリーム色のラグビーボールに手足が生えた感じだ。


 そして遠くには脱兎のごとく暗闇の中へ走り去っていく優斗の背中が見える。


 え、ナニコレ? なにがどうしてこうなった??



「何なのじゃこやつらは! どうして妖魔がこっちの世界におるんじゃ……!」

「……いや、待って朱里さん。これは俺たちが蒔いた大豆かもしれない。……たぶんだけど」

「だっ、大豆!?」


 そう、それは日中に俺と朱里さんが丹精込めて埋めた大豆たちだ。


 当然、手足があって動き回っているのだから普通の大豆ではない。これはおそらく葛葉様が何か仕掛けを施した、特殊な豆の妖魔だったんだろう。仮に名付けるなら大豆マンといったところだろうか。



「とっ、とにかく倒せばいいんじゃな!?」

「うーん、どうだろう……この大豆マンたち、俺らに敵対する気はないみたいだよ」

「…………たしかにの。というより、その名付けは随分とダサいのぅ」


 俺のセリフに、朱里さんは振り上げた腕をピタリと止めた。


 よく観察してみると、大豆マンたちは互いに争うことなく、畑の上で円を描くように飛び跳ねているだけだった。まるで盆踊りを踊っているかのようで、顔はないのに楽しそうに見える。


 ただ俺たち人間からすれば、暗闇の中で化け物たちが狂喜乱舞している光景は非常に不気味だ。優斗が逃げたのも分かる気がする。



「さっきの破裂音はこの大豆が熟れて破裂した音だったのかも。ほら、見てごらん。地面に茎が落ちてる」


 持っていたライトを彼らの中心に向けると、そこには太く育った茎や枝が積み重なっていた。そして中身の無くなった房が大量に散乱している。



「なるほど……確かにそう言われてみればそんな感じじゃのぅ」

「こちらを攻撃してくる様子もないし……どうする? 葛葉様が欲しがっていた枝豆にはならなかったけど、収穫してみる?」

「え゛っ?」


 隣にいた朱里さんから普段聞かないような声が出た。どうしてそんなに驚いたんだろう?



「いや、放置するわけにもいかないし……畑の肥やしにしちゃうのは勿体なくない?」

「……旦那様は小心者なのか、それとも大物なのか……たまに分からなくなる時があるのぅ」


 む、失礼な。俺はたしかにビビリで引っ込み思案だけど、食べ物を粗末にすることはしないだけだよ。



「はぁ、仕方あるまい。妾としては一刻も早く家に帰りたいのじゃが、他の村人にこやつらが見つかったら一大事じゃしの」


 朱里さんは大豆芯底イヤそうな顔を浮かべながら、今も踊り続けている大豆マンたちの輪に近づいていった。


 すると大豆マンはピタリと動くのをやめ、朱里さんの周りに群がり始めた。



「ひっ!? なんじゃこやつら。や、やめろ。妾に近寄るでない!!」


 しかし彼らは朱里さんの言うことを無視して、そのまま彼女の身体中を駆け上がっていき――最終的に頭の上に乗った。


 他の大豆マンたちも続々と朱里さんにしがみ付き、彼女は豪華なクリスマスツリーのようになってしまった。



「ふ、ふざけるのもいい加減にせい貴様ら!! 旦那様、どうにかしてくれぇええ!!」

「分かった! 今助けるよ!!」


 俺は慌てて彼女に駆け寄り、頭の上にいる大豆たちを鷲掴みにして引き剥がす。



「……あれ? 意外と柔らかい?」


 大豆は思っていたよりも柔らかく、手で掴んだだけで簡単に潰れてしまった。しかも中には水分が多く含まれており、手が真っ白な汁でベトベトになってしまった。


 当然、無我夢中で抵抗していた朱里さんは、俺よりもさらに悲惨なことになっているわけで……。



「うう、気持ち悪いのじゃ。どうして妾がこんなことに……」

「うーん、なんかごめんね……」


 俺は自分のハンカチを取り出して、朱里さんの顔についた白い液体を拭き取る。ねっとりとした白濁液は彼女の頬から顎へ、そして首筋へと垂れていく。


 可哀想に、鬼が大豆汁を顔面に被るなんて、豆を投げつけられる以上に屈辱的な出来事だろう。



「許さんぞ葛葉め……妾をこのような目に遭わせおって……!」

「ちょ、ちょっと朱里さん? どこに行くつもり!?」


 怒りに震える朱里さんはまだ残っていた大豆マンの一体を崩れないようにそっと抱きかかえると、ダンジョンのある裏山の方向へ歩き出した。



「決まっておろう。この落とし前をつけに行くのじゃ」

「こんな時間に!? ま、待ってよ俺も行くから!」


 俺は慌てて彼女を追いかけ、その手を握りしめる。


 朱里さんが本気で怒ったらどうなるか分からない。ここは何としてでも止めなければ……!




「あっはっはっは! まさかそんなことになっていたなんて!! あははは!」


 まさに鬼の形相をした朱里さんから事のあらましを聞いた葛葉様は、畳に敷いた布団の上でヒィヒィと苦しそうに笑い転げていた。


 ちなみに今日の寝間着は某ポケットなモンスターの着ぐるみパジャマだ。クマがモチーフのモンスターらしく、可愛らしい見た目をしている。



「くぅ~、腹痛い……。大豆マンか。しどーくんも、なかなか面白いものを作ったねぇ。さすがは私の眷属だ」

「……おい、葛葉。妾の旦那様を勝手に眷属呼びするな」


 額に青筋を浮かばせた朱里さんが、腕の中に抱いていた大豆マンを葛葉様に放り投げた。


 しかし葛葉様は不思議な妖術で大豆マンをふわりと浮かばせ、破裂させることなく優しくキャッチした。



「おっと、危ないなぁ。そんな手荒に扱ったら可哀想じゃないか」

「チッ……貴様も白濁液塗れになれば良かったのに」

「あはは、怖いことを言うね。それにこの汁は、見た目ほどに危険なシロモノじゃないよ」


 そう言いながら、葛葉様は朱里さんの身体中に付いた白い液体を手に取り、ペロリと舐めた。



「うん。やっぱり豆乳みたいになってるね。しかも濃厚で美味い」

「え? 本当ですか? 朱里さん、ちょっと失礼……ぺろっ。ふむふむ、たしかに豆乳だ」

「お主らは樹液に集るカブトムシか……」


 呆れたように溜息をつく朱里さんだったが、大豆マンに纏わりつかれたことで精神的に疲れているのか、いつもより元気がない。


 大豆マンたちは今もまだ朱里さんの周りを飛び跳ねているが、彼女はもう諦めてしまったようだ。



「そもそもこの珍妙な妖魔は何者なんじゃ。大豆のときは普通じゃったのに、なぜ急に変化したのじゃ?」

「そりゃあ私が大豆に魂を吹き込んだからだよ」

「はぁ?」

「いわば大豆の妖魔……いや、しどーくんには妖怪って言った方が分かりやすいかな? それを生み出したのさ」


 事も無げに語る葛葉様だが、朱里さんはあまり理解できなかったようで、首を傾げた。


 俺もテレビのアニメで見たことがあるぐらいだろうか。ぬりかべとか一反木綿とか。


 それを簡単に朱里さんにも説明すると、ムッと眉を寄せた。



「なら余計に危ないのではないのか?」

「全部が危険なわけじゃないよ。一部は付喪神と言ってね、人々にハッピーを授けることもある。あ、そうそう。私の眷属である頼羅や晃も、元は狛狐の置物に魂を吹き込んだ存在なんだ。まぁあの子らとは違って、この子たちは生まれたばかりの赤ちゃんみたいなものだけどね。あはは」

「はぁ……。なんというか、妾とは常識が違うようじゃな……」


 朱里さんは頭を抱えて溜息をついた。


 たしかに俺もこの人(?)の感覚はよく分からない。大豆を妖魔にするなんて聞いたことがないし、ましてやそれが人に懐くなんてことも初めて知った。



「まあまあ、とりあえず大豆マンをもう少し観察してみようよ。何か分かるかもしれないしね。しどーくん、大豆マンをもっと増やしてみてくれるかい?」

「おい、葛葉。何を悠長なことを言っておるか。村人がこいつらに気づけば、大変なことになるじゃろうが」


 おぉ、すごい。あの自由人な朱里さんが至極当然な意見を言っている。やはり大豆汁を被ったことが相当応えたのだろう。


 しかし、葛葉様は全く気にしていない様子だった。むしろ楽しそうな表情を浮かべており、俺に向かって微笑んだ。



「うーん。大豆マンには知性があるわけでもないし、誰かを傷つけるような行動をとるとは思えないんだけどなぁ。こっそり育てられない?」

「じゃが万一ということもあるじゃろ。もし村人たちが大豆マンの存在に気づいてしまったら、村中が騒ぎになる。さすれば村長らは旦那様を村から追い出そうとするに違いない」

「……それは困るな。ダンジョンの妖気を祓ってくれる人がいなくなると、私の結界が弱まってしまう」


 珍しく真剣に考え込む葛葉様。彼女はしばらくブツブツと独り言を呟いてから、ポンと手を叩いた。



「よし、それならこうしよう。この生き残った大豆マンは一旦、私が預かるよ。そして明日にもう一度、畑に撒いてくれ。もちろん、今回みたいなことにはならないようにしておくから」

「は、はぁ……。葛葉様がそう言うのであれば、従いますが……」

「ありがとう。大豆マンたちは私が責任を持って、今度こそ人の役に立つ妖魔に生まれ変わらせると約束するよ。きっと朱里ちゃんも喜ぶと思うなぁ。あはは!」


 いつもの調子に戻った葛葉様は悪戯っぽく笑い、俺の手を握った。



「というわけで、よろしくね。しどーくん」

「はい、分かりました。では明日また来ますね」

「うん、待ってるよ。ビールに合う枝豆のためにも頑張ってくれたまえ」


 いや、それが目的なんかいっ!


【Tips】豆乳:女性のミカタ、豆乳。そのまま飲んでも良し、ソイラテにしてお洒落に飲んでもまた良し。カロリー控えめなのにタンパク質が豊富で、イソフラボンも摂れる。でもカリッカリの大豆から、どうやって豆乳を作ってるの?と思う方もいるだろう。

意外にも作り方はシンプル。水でふやかした後、すり潰して加熱(そのままの場合もあり)したものを搾るだけ。材料とある程度の道具があれば、ご家庭でも作れる。まぁ私は素直に購入しますが……。(作中の大豆マンのように簡単に搾れればやるかもしれない)



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