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第3話 兎肉と肉食系の鬼嫁さん

 

 朱里さんはその後三十分に渡って報酬の文句を言い続けたが、葛葉様の態度が変わることはなかった。


 仕方がないので彼女を慰めつつ、俺たちは本日の成果を持って帰宅した。そして俺はいつものように台所に立ち、夕食の準備を始めていく。


 今回の食材は、先ほど狩ってきたばかりの鎧兎の肉だ。狐巫女の頼羅(らいら)(ひかる)が下処理をしてくれたおかげで、そのまま調理に使うことができそうだ。



「にしても、凄い量になったな。牛のブロック肉並みの大きさだよね」

「体長が三尺(九十センチ)は優に超える個体が四体じゃからな。内臓を抜いてもそれなりの量になるであろうよ」

「やっぱりおすそ分けをしてきて、正解だったね。ウチの冷凍庫には入りきらないよ」


 普段俺たちが食事をしている台所のテーブルの上に、デデーンと大きな肉塊が載っている。見た目は鶏の骨付き肉を何倍もデカくした感じだ。こちらの世界での兎じゃ、ここまでのボリュームにはならない。



「それで、この鎧兎の肉をどうやって食べるのじゃ?」

「そこなんだよなぁ……」


 朱里さんの質問に、俺は腕を組んで「うーん」と考える。

 確かにこれだけ大量の肉があれば、ソテーや煮込みなど、いろいろな料理ができそうだ。


 だけどせっかくの異界の食材だしなぁ。できれば素材の味が分かる調理法で食べてみたい。



「ま、とりあえず最初はシンプルに塩コショウで焼いてみるかな」


 現在の日本で兎肉はそこまで流通していないので、あまり馴染みがないかもしれないが、一部の地域では食用として飼われるほど人気だった食材だ。脂は少ないものの柔らかく、鶏肉のような食感が味わえるらしい。


 とはいっても俺は食べるのは初めてだし、どんな味がするかはちょっと不安だ。



「うむ、それが良いじゃろう。妾は多少血生臭いぐらいの方が好みであるしな」

「あはは、朱里さんは肉食系女子だもんね」

「妾は鬼じゃ。そこらへんのヤワな草食動物と一緒にするでない」


 ニイと鋭い犬歯を見せながら笑ってみせる朱里さん。とはいえ、俺は普通の人間なので生々しい肉は嫌だ。ここはひとつ、手間を加えてみようか。



「ニンニクと生姜、それに酒を振りかけから少し置いてみよう。あと砂糖も一つまみ……」


 ボウルの中には入らないので、直接手で肉にすりこむことにする。こうしておくと肉質が柔らかくなって、臭みも減るのだ。



「むぅ、また待つのか?」

「ごめんね。でも美味しいモノを作る為だからさ。我慢してよ」

「……仕方ないのぅ。食事に関してなら、旦那様のやることに間違いはないしの」


 隣で朱里さんは腕を組み、うんうんと頷きながら優しく微笑んでくれた。

 こういう時の彼女はとても素直で可愛い。



「ありがとう、朱里さん」

「ふん、礼を言うほどのことでもないわ。妾は分別のある大人じゃしの」


 そう言って、朱里さんはプイと顔を背けた。



「あはは、照れてる」

「う、うるさい。それよりも、今のうちに他の料理を作るぞ。妾は米を炊く準備をするからな」

「は~い」


 こうして俺達は賑やかに夕食の支度を進めていくのだった。

 そしてしばらく経った後。食卓には鎧兎のローストと付け合わせのサラダ、それとコンソメスープにご飯というメニューが並んでいた。そしていつものように、俺と朱里さんは向かい合うようにして席に着いた。



「中々に圧巻な光景じゃの」

「そうだね。ちょっと張り切って作り過ぎちゃったかも?」


 足の骨がついた鎧兎の肉は大きすぎてフライパンでは焼けそうになかったので、オーブンを使って丸焼きにしてみた。


 和風の台所にオーブンはちょっと不釣り合いなんだけど、朱里さんがクリスマスに七面鳥が食べたいと言ったときに奮発して導入したのだ。結果的に料理の幅が広がったので購入して正解だったかな。



「さぁ、冷めない内にどうぞ召し上がれ」

「うむ、頂くとするか」


 朱里さんがフォークで鎧兎の肉を刺し、豪快にかぶりつこうとする。しかし直前でピタリとその動きを止め、ジッとこちらを見つめてきた。



「(……うん?)」


 あぁ、そういうことか。

 彼女の言わんとしていることを察した俺は、クスリと笑う。

 朱里さんは鬼として恐れられている身だが、その実、人よりも遥かに長い時を生きている存在だ。


 つまりは、かなり年寄りということになる。

 そんな彼女が若い男性の前で大口を開けて肉に(かぶ)り付くのは、少々抵抗があるのだろう。



「朱里さん、あーん」

「なっ!?」

「ほら、早くしないと料理が冷えちゃいますから」

「……」


 朱里さんは顔を真っ赤にしながら、ゆっくりと口を開いた。

 そこに俺は切り分けた肉を運んでいく。



「はい、あーん」

「……あーん」


 恥ずかしげに目を伏せながらも、パクりと肉を頬張った。



「どうですか?」

「……うまい。この肉、とても柔らかいな。野性味もあるが、どこか優しい味わいを感じる」

「よかった、気に入ってくれて」


 お肉大好きな朱里さんもお気に召してくれたようだ。すっかり気をよくした俺は、まるで親鳥にでもなったかのように、朱里さんの口にどんどん口に放り込んでいった。



「うむ、これは定期的に食べたくなる旨さじゃ。……ところで旦那様よ」

「なんですか?」

「次からは普通に切ってから渡してくれぬか? これではまるで子供扱いではないか……」

「あはは、ごめんごめん。でも折角二人きりの時間なんだから、俺にもっと甘えてほしいなー、なんて」

「……もうっ」


 朱里さんは拗ねたように口を尖らせると、再び俺のフォークにある肉に喰らいついた。



「うむ、やはり旦那様の作る料理はどれも絶品じゃのう」

「ありがとうございます」


 朱里さんのストレートな称賛に、俺は頭を掻いて苦笑する。

 俺も自分の分を食べようと、ナイフで切った肉を口に運ぶ。


 ……うん、これはいい。柔らかな肉質に、ほんのりした甘み。鶏肉に近い風味もあって、なかなかイケるじゃないか。

 この肉は熟成させる必要はないと思うが、あと数日はこのまま保存しておいた方がいいかもしれない。



「ところで旦那様よ」

「うん?」

「先ほどから気になっていたのだが、それは何じゃ?」


 朱里さんが指差したのは、俺の目の前にある小皿に乗った白い物体だった



「これ? これは塩麹(しおこうじ)っていう調味料だよ」

「しおこうじ?」

「うん、大豆とか米なんかの穀物を発酵させたものなんだ」

「なに、大豆じゃと!?」


 朱里さんは興味津々といった様子で、塩麹の入った小さな小皿を手に取った。


 そして恐る恐ると言った感じで、その塩麹にスプーンを差し入れた。



「……甘い香りがするな」

「最近ウチで作ったんだよ。塩麹で漬け込むと肉の旨味が増したり、柔らかくなるんだ。今回はネギとオリーブオイルを加えて、和と洋を合わせたタレにしてみたよ」

「ほう、それは興味深いの。妾が生まれた時代には無かった調味料じゃ」


 そう言いながら、朱里さんは肉の上に少量の塩麹を乗せた。そしてそれをそのまま口に運び、パクリと頬張る。



 すると―――。

 朱里さんの顔が驚きに染まる。


 彼女はモグモグと咀噛したあとゴクンと飲み込むと、ハッとした顔になって言った。



「なんじゃコレは! 信じられん程美味いぞ!」

「そうでしょうとも」

「うむ、肉本来の味を殺さず、それでいて引き立てている。凄まじい効果じゃな」

「あはは、そこまで言われるとちょっと照れるなぁ」

「うむ、流石は妾の見込んだ男じゃ。よし、今度は妾が直々に味噌を作ってやろう。帝の献上品になるほどの腕前じゃぞ?」

「あはは、本当の手前味噌ってこと? それは楽しみだ」


 こうして俺達は楽しく会話をしながら、和やかな雰囲気の中で食事を楽しむのだった。


 それからしばらくして、夕食を終えた俺達は居間の畳の上で(くつろ)いでいた。



「ふぅ、食った食った。こんなに美味い食事を毎日食べられるとは、妾は幸せ者だのぅ」


 朱里さんは満足そうに腹をさすりながら、満面の笑顔を浮かべる。



「喜んで貰えて嬉しいです」

「うむ。妾がいた時代は滅多に肉を食わんかったしの。たまに食う兎肉や猪肉も塩辛くて、ここまで美味くはなかった」


 朱里さんは懐かしそうな表情でそう言うと、フッと寂しげな笑みを見せた。


 そういえば朱里さんは酒呑童子という鬼神として崇められていたけど、元々は平安時代に生きる普通の人間だったと言っていた。そんな彼女がこうなったのには、きっとなにか辛い出来事があったんだろう。


 俺は朱里さんの傍まで寄ると、そっと彼女の手を握った。

 突然の行動に朱里さんは驚いた顔をしたが、すぐに優しく微笑んでくれた。



「大丈夫だよ。これからは俺が朱里さんのことを、ずっとお腹いっぱいにしてあげるから」

「……そうじゃの。今は旦那様がおる」


 そう言って、朱里さんは俺の肩に頭を乗せてきた。

 俺は彼女の温もりを感じつつ、幸せな気分に浸っていた。



「そういえば旦那様は、兎肉が持つ効能を知っておるかの?」

「兎肉の効能……?」


 唐突にそんなことを()かれて、俺は首を傾げる。



「ああ。実は兎肉を食べると、滋養強壮に効果があるのじゃ」

「へぇ、疲れた体には助かるね」

「うむ。それに他にも様々な効能があるのじゃが……まぁ、一番重要なのはこれじゃ」


 朱里さんは悪戯っぽい笑みを浮かべると、俺の耳に口を寄せて囁いた。



「精力増強」

「ッ!?」


 俺は思わずドキッとして、体を硬直させる。



「うむ、兎は古来より多産と繁栄の象徴での。子を()したいときは、コッソリと旦那の飯に紛れ込ませるそうじゃ」


 朱里さんはクスクスと笑うと、俺の腕に抱きついてきた。


「ちょっ!?」

「のう、旦那様よ……。今夜は存分に二人でゆっくりしようではないか」

「あ、朱里さん!? 朝だって十分イチャイチャしたでしょう!?」

「のう? 良いじゃろ……旦那様」


 朱里さんの熱い吐息が耳にかかる。

 心臓がバクバクと高鳴っていく。兎肉を食べたせいか、頭がクラクラしてきた。これはまずい。


 朱里さんは俺が狼になることを期待している。だけど俺がヘタレなのは、朱里さんもよく知っているはずだ。ここはなんとか誤魔化さねば……。



「お風呂沸かしてきます!!」

「逃がさぬぞ、旦那様よ」


 逃げ出そうとする俺を、朱里さんが後ろから羽交い締めにする。



「離して下さい朱里さん! お風呂に入らないと、寝られませんよ!」

「なら一緒に入るのじゃ。妾が隅から隅まで綺麗に洗ってやるぞ?」

「ダメです! 絶対にダメです!」

「ええい、往生際の悪い奴め」


 朱里さんは強引に俺の服を脱がせようとしてくる。

 俺は必死に抵抗するが、朱里さんは俺より強い力で俺を押さえつけてくる。



「旦那様よ、観念するのじゃ」


 所詮(しょせん)、鬼嫁の前では男の俺もただの兎だった。


 結局俺は朱里さんにされるがままになり、風呂場で彼女に散々(もてあそ)ばれることになるのだった。


【Tips】兎肉:兎肉は各地で人々に好まれてきたポピュラーなお肉でした。「兎は鳥としてカウントするので~体ではなく~羽と数える」という逸話が有名ですね。


しかし表向きでは仏教の伝来により、肉や魚を食べること自体はあまり好まれていませんでした。特に牛や豚などは農業に用いる大事な労働仲間とされたため、厳しく禁止されていた時代もあったようです。なので食べるのは、飢饉や働けなくなった際など致し方ない場合などでした。

一方で猪肉など害獣とされるものは山で狩猟され、塩漬け肉などにされたようです。民間の間では病気になったときに精を付けるための医療食として扱われることも。


事実、肉には野菜で摂りにくい栄養素があるため、病気やケガをした際に食べるのは理に適っていたケースもあったようです。



次回は明日投稿予定です。

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作者へのとても大きな励みになります。

よろしくお願いいたします(*´ω`*)

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