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第2話 双子の狐巫女とセーラー服の神様

本日2話目です。

 

 再び鳥居をくぐって帰還すると、現実世界の空はもう茜色に染まっていた。ダンジョンの中とは違ってこちらの空気は冷たく、吐く息が白い。完全に日が暮れるまでもう時間がない、依頼人のところまで急ごう。


 トンビの群れが地平線に沈む太陽の方角へ飛んでいくのをを眺めながら、俺と朱里さんは鎧兎を両肩に担ぎながら目的地へと急ぐ。

 獣道のような山道を下っていくと、犬江山の麓にある犬江鬼嶽神社が見えてきた。



「獅童、おかえり!!」

「おかえりなさいなのです、獅童様」


 境内の石畳を歩いていると、狛犬の前で箒を使って落ち葉を集めている二人組の巫女に出迎えられた。


 彼女たちはこの裏山を管理している狐神様の眷属で、狐の妖魔だ。妖魔と言っても朱里さんと同じく害はないし、外見も頭とお尻から狐の耳とフサフサの尻尾が生えているぐらいしか違いはない。身長も中学生ぐらいだし、狐要素が無ければただの女の子だ。まぁ見た目はアイドル並みの美少女なので眼福ではあるけれど。



「ただいま頼羅(ライラ)(ヒカル)。言われた通り、鎧兎を狩ってきたよ」

「わぁい! さすがは獅童! 今日の晩御飯は兎肉の塩焼きだね、晃!!」

「ちょっと、頼羅? これは葛葉様に献上するための品ですよ。私たちのものではありません」


 嬉しそうな声を上げる頼羅の口を、晃が慌てて塞ごうとしている。だけどそう言っている晃も、モフモフの尻尾をぶんぶんと揺らしていた。あはは、晃もこう見えて食いしん坊だからなぁ。


 ちなみに元気っ子な頼羅の方が姉で、大人びている態度を取る晃が妹だ。

 双子なので見た目はそっくりなのだが、その言動からも分かるように性格は全く違っている。



「良いんだ、(ヒカル)。依頼は鎧兎の皮だったから、肉は二人にもあげられると思うよ」

「ホントに!? やったぁ!」

「ですが獅童様、よろしいのですか?」

「うん。むしろ俺たちだけじゃ余らせちゃうだろうから、持って帰ってくれると助かるよ」


 そう言うと、二人はパッと表情を明るくさせて俺に抱き着いてきた。



「そういうことでしたら、ありがたく頂戴致します」

「ありがとう、獅童!! これで今日も美味しくご飯が食べられるよぉ」

「おい、小娘ども。兎を狩ったのはこの妾なのじゃぞ。感謝をするなら妾にするべきであろう」


 二人の頭を撫でてやっていると、俺の背中に隠れていた朱里さんが顔だけ出して威張り始めた。


 そんな彼女の言葉を聞いて、二人の姉妹は顔を見合わせるとクスリと笑った。そして口々に感謝の言葉を述べていく。



「はいはーい。朱里姉さんも、ありがとうございます~」

「朱里様、ご苦労さまです」

「うむ。妾は優しいからの。特別にそれで許してやるのじゃ」


 鎧兎の肉塊を地面に下ろすと、朱里さんがドヤ顔で自慢げに大きな胸を張る。

 そんな彼女を褒めるように、二人の狐耳がピョコピョコと揺れていた。



「じゃあ俺たちは、本命の方を葛葉様に届けに行ってくるから」

「えぇ。葛葉様は本堂の方でお待ちになっておられます。下処理はこちらで済ませておきますので、どうぞ行ってらっしゃいませ」

「ありがとう。それじゃ頼んだよ」


 俺はそう言い残して、参道を歩いて神社の奥へと向かう。このまま進めば小さなお社があるのだが、敢えてそちらには行かず、途中で脇道に逸れる。その小径(こみち)には、山の中にあった鳥居を一回り小さくしたものが立っていた。



 その鳥居をくぐる。少しの眩暈のあと、視界は一瞬にして切り替わった。

 目の前に広がるのは、まるで別世界のような美しい庭園である。石灯籠や池など、その全てが手入れされた日本庭園だ。


 ここは『本殿』と呼ばれる場所であり、葛葉様の住む屋敷がある。ダンジョンとは違って、彼女が自分で作り出した箱庭だ。



 俺はそのまま庭を進んでいき、大きな漆塗りの扉の前に立った。

 朱里さんが先頭に立ち、重たい扉を開ける。すると中から漂ってくる甘い香りが鼻腔を刺激した。お香でも焚いているようだ。



「うぅ、この匂いはたまらんのう。鬼が嫌う香りじゃ」

「そうだね。早く葛葉様に会いに行こう」

「うむ。……ところで旦那様よ。少しばかり聞きたいことがあるのじゃが」

「ん? なに?」


 朱里さんが俺の服の袖を引っ張り、何かを言いたそうな様子で見上げてきた。



「旦那様は妾以外の女にも、ああいうことをするのか?」

「ああいうことって、何のこと?」


 思い当たることが何もないので、首を傾げた。朱里さん以外の女性なんて会ったっけ?



「だから……さっきみたいに、狐娘たちの頭を撫でたり……じゃ」

「……さぁ、どうかな? 俺は誰にでも優しくする訳じゃないからね」


 俺は意味深な笑みを浮かべて、質問をはぐらかす。


 すると彼女は頬を膨らまして、プイッとそっぽを向いてしまった。



「もう……旦那様の意地悪」

「あはは。冗談だよ。あの子たちは……そうだなぁ、妹みたいなものだよ。だから朱里さんが気にするようなことにはならないって。さぁ、葛葉様が待っているだろうから行くよ」

「…………(旦那様は女タラシなのじゃ)」


 朱里さんの可愛らしい呟きを聞きながら、俺は奥の部屋へと進んでいくのであった。



「あ、やっと来た。遅いよ、しどーくん」


 襖を開けて畳張りの部屋に入ると、そこにはセーラー服姿の美少女がコタツでかつ丼をかき込んでいた。


 長い黒髪に、綺麗な琥珀色の瞳。ホッペにはタレのついたご飯粒。その幼く見える容姿とは裏腹に、彼女の纏う雰囲気はどこか大人の色気を醸している。


 葛葉姫――犬江鬼嶽神社の主であり、五穀豊穣を司る狐の神様だ。日本には似た名前の山や神社があるが、ここと関連があるかは分からない。だが朱里さんと同じく、彼女もまた人外の存在なのは間違いない。



 彼女は夕飯を食べながら俺たちのことを待っていたらしく、机の上にはお椀の他に急須と三人分の茶碗が置かれていた。



「すみません、葛葉様。思ったよりも鎧兎を持ち帰るのに手間取ってしまいました」

「うっ……。すまぬ、葛葉。妾が狩った鎧兎を無駄にしてしまった」

「うん? どうしたの?」


 箸を止めてポカンとする葛葉様に、ダンジョンで起きたことを二人で説明していく。だけど彼女は怒るでもなく、クスクスと笑い出した。



「ふふ、いいよ別に。兎の皮なんてまた獲ればいいんだし。それに私が言いたいのは、しどーくんはもっとしっかりしなさいってこと」

「あはは、申し訳ありません。以後、気を付けます」

「うん。約束だからね」


 葛葉はそう言うと、自分の隣の座布団をポンポンと叩いた。


 俺は促されるままそこに腰を下ろし、角を挟んだ隣に朱里さんがちょこんと正座をする。



「それで、鎧兎を狩るのにどれぐらい掛かったの? 二合目の妖気は平気だった?」

「二時間ほどです。今回は妖気の影響もそこまで受けませんでした」

「へぇ、前回はすぐに引き返していたのに。頑張ったんだね。偉い偉い」


 葛葉様が俺の頭を撫でてくる。


 見た目こそ幼い少女にしか見えないが、実年齢は軽く千歳を超えているという。だけどこうして甘やかされると、なんだかくすぐったい気持ちになる。



「おい、獅童。旦那様は妾のあとを付いてきただけではないか。お主がそこまで褒められる道理はないぞ」


 グイッと俺の体を掴み、葛葉様から引き剥がそうとする朱里さん。

 そんな彼女の頭に、葛葉様の手が伸びていく。そして優しく撫で始めた。



「な、何をするのじゃ。やめよ、葛葉!」

「え~? だって朱里ちゃんが頑張ってくれたみたいだし、ご褒美をあげようと思って」

「そんなものはいらぬ! というより妾は子供ではないのじゃから、頭なんて触るでない!!」


 朱里さんは俺の腕にしがみつくと、必死の形相で葛葉様に抗議する。さっき頼羅と晃に見せていたような余裕の態度は皆無だ。


 美女と美少女がじゃれつく光景を俺は止めるでもなく、微笑ましく見つめていた。なぜか朱里さんって、葛葉様に対しては冷たいんだよなぁ。


 そんな彼女の反応が面白いのか、葛葉様は楽しげに微笑んでいた。



「えぇ~、良いじゃん。減るものでもないしさ」

「そういう問題ではなかろう!?」

「だって私にとっては、二人とも可愛い子供みたいなものなんだもん~」

「や、やめるのじゃ!! 頭で回すでなーい!!!」

「あはは、朱里ちゃんの髪の毛サラサラ~」

「ひぃー、妾の自慢の毛並みがぁ~」


 葛葉様はコタツの上に乗りかかり、朱里さんをまるで猫でも愛でるように撫で始めた。


 朱里さんは最初こそ抵抗していたものの、次第に力が抜けていき、最終的にはされるがままに大人しくなってしまう。


 そして数分後――。



「うぅ、ひどい目にあったのじゃ」


 コタツの中に潜り込んだ朱里さんがぐったりとした様子で呟いた。これじゃ角の生えた猫である。



「あはは、ごめんね。朱里ちゃんの反応が面白くて、つい調子に乗っちゃった」

「全く、葛葉には困ったものじゃ。旦那様、用が済んだのなら妾はもう帰るからな」


 朱里さんはそう言い残すと、コタツの中から立ち上がった。



「ええぇ、帰っちゃうの? もう少しゆっくりしていけばいいのに」

「ふん。好き好んで神と居たがる鬼なんぞ、どこにいるものか。妾は忙しいのじゃ」

「まぁそう言わずにさ。ほら、お茶のお代わりいる?」


 葛葉様はそう言いながら、急須を手に取り新しいお茶を注いでいく。



「まったく……茶は良いからさっさと報酬を寄越せ。妾は腹が減っているのじゃ」


 朱里さんは大きく空いた和服の胸元から、一枚の小さな紙をピッと取り出すと、葛葉様の眼前に突き出した。


 その紙の見た目はただのお御籤なのだが、そこには小さく『鎧兎の皮』と書かれている。これは葛葉様との取引の際に使われる『依頼書』のようなものだ。



「むぅ、相変わらず朱里ちゃんはつれないのねぇ」


 葛葉様は仕方ないとばかりにため息をつくと、こたつの上に置いてあった箸を握った。


「ほいっ」


 手の中の箸をクルクルっと数度回すと、ポンッという音と共に空中で小さな布袋が出現した。


 それを葛葉様はタイミングよく手の平でキャッチする。



「っていうか箸がお祓い棒代わりになるんですか? なんだか罰当たりなような……」

「神である私がやっているんだから良いの。要は気の持ちようよ。――さ、これが今回の報酬よ。はい、どうぞ」


 葛葉様は袋を朱里さんの目の前に差し出した。



「なんじゃ? げっ、これは大豆ではないか!?」


 朱里さんは中に入っていたものを見て、露骨に嫌そうな顔をする。あぁ、鬼って大豆が苦手だったっけ?



「ふふ、葛葉印の特製大豆よ」

「くっ……なぜ報酬がこんな豆粒なんじゃ! チェンジじゃ! 妾は即刻のチェンジを要求する!」


 朱里さんは悔しそうに拳を握りしめ、地団駄を踏む。


 しかし葛葉様は余裕の表情で、朱里さんの要求に答える様子はない。



「でもどうして大豆なんです? 今はまだ二月だし、豆を植えるにはいささか早すぎるような……」


 これまでの報酬が俺たち夫婦の生活が楽になるアイテムばかりだったので、葛葉様がわざわざ無意味なモノを渡してくるとも思えない。節分の豆まきにでも使えってこと?



「実は最近、異国の神から『くらふとびぃる』というものを貰ってねー。びぃるにはやっぱり枝豆じゃない? 食べたいなーって思い始めたら、ずっと脳裏から離れなくなっちゃって」

「――はい?」

「だから貰ったビールに合うおつまみとして、枝豆が欲しいの」

「……えーっと、つまりこの報酬は、そのおつまみの原材料ですか?」

「うん、そうだよ?」


 葛葉様はニコニコしながら俺の言葉に肯定する。


「ふざけるな! 妾は大豆が大っ嫌いなのじゃぞ!?」


 朱里さんが猛然と抗議をするが、葛葉様は全く聞く耳を持たない。



「大丈夫、騙されたと思って育ててみなさい。貴方たちもきっと気に入るから」


 狐の神様はニィと弧を描くように口角を上げて、不敵に微笑んだ。



【Tips】大豆:成熟する前に収穫すると枝豆として楽しむことができる、まさに一粒で二度美味しい植物である。またマメ科であるため、地中の根粒菌と作用して自身の成長を助ける機能を持っている。発芽するまでが早く、初心者でも育てやすいが虫に狙われやすいため注意が必要。


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