厠
誰かが不意に来る
無言の外灯の下で
俯いた月明かり
真夜中の電話のように
黙って何も言わない
草木さえ眠る時間
窓の外すり抜けて
白い靄なのか煙なのか
視ようとすればするほど見えない
人影
ゆっくりと音さえ立てずに
かつての自分の姿さえ忘れている
そういったものが忍び寄る午前三時
明け方は近いはずなのに
呼吸することを忘れて
ずるずると這いずる
山の尾根の向こうにはまだ星さえも見える
けれども真夜中の真っ暗な森を彷徨う
獣たちの視界を横切る
降り注ぐ月光
寺の坊主が独り行脚する
切られた命が星になる
たくさんの水音
生まれようとしているのか
叶えられようとしているのか
多くの者たちが水辺に集まる
まだ見ぬ想い
真夜中迷い
憧れや羨望や願いや裏切りや
手を垂れるそぞろ歩きの風流な様よ
白装束に怨めしや
寺の宝蔵院の巻きものに描かれたる姿や涼しげ
ギシギシと軋む廊下の厠への永き時間
裸電球の橙色に救われる
また切れば暗闇
明け方は近い
小便漏らさずに済んだ朝方