最終項目 最後のお客さん
最終項目 最後のお客さん
12月23日金曜日(祝日!)、晴れ。
さて12月。世はクリスマス前日と大騒ぎ。池袋の西急ハンズではクリスマスフェアを実施しているとか。サンライズシアターではイベント盛りだくさん。さぞリア充がうようよいるのだろうなあ。カップルの手を繋いでる真ん中を堂々と通ってやりてえ。スカっとしそう。
フローリスタでもクリスマスに便乗して冬の花を扱う。そんな聖夜前日の閉店直前に、あんなお客さんが来るなんて---、思いもしなかった。 佐月
「ジングルベル、ジングルベル、鈴が鳴る〜。今日は楽しいクリスマス〜」
フローリスタに響くクリスマスソング。
街中はクリスマス一色。クリスマスパーティーをするのかお客さんたちは花を買っていく。まあ冬の花も魅力があるのは俺にもわかる。
「佐月! ポインセチア持ってきて!」
「え?! また?!」
姉ちゃんに言われて俺は店の奥へと走る。真っ赤な花びらを広げたポインセチアの売れ行きは好調だ。しかもフローリスタ恒例の限定販売となるとなおさらだ。
ポインセチア。開花時期は11月から3月。最盛期は12月。トウダイグサ科。クリスマスを代表する花だが赤い花びらとみられる箇所は蕾を包んでいる葉に過ぎず、真ん中の黄色の部分が花にあたり花びらを持たない珍しい花だ。
売りさばいたときにはもう閉店間際になっていた。フローリスタスタッフ全員疲労困憊だった。
「みんなお疲れ様! 今日はおしまいだ!」
中澤さんの一言で疲れの波は一気にやってきた。もうダメだ。でも明日は休みだ。何しようと言っても明日はクリスマスイブだ。東京池袋ではカップルが練り歩く。
「佐月は好きな女の子とかいないの?」
姉ちゃんがよく言うけどあいにく俺にはいない。彼女なんて存在しない。世間から見たらクリスマスなんて憂鬱だ。クリスマス? なんだそれ、おいしいの? 状態だ。
クリスマスにすることゼロ。これこそ世間から見たら負け犬男子なのかも。早く過ぎされクリスマス。日本人だろ、俺たちは! 着物着て年末迎えろや。クリスマスに対する恨みしか俺の口からは出てこないらしい。奥へ引いて帰りの支度をしようとしたとき、ガラス張りの窓から何かが見える。
「?」
暗くてあまりはっきり見えないが誰かが立っている。大人じゃない。背格好から見て子供のようだ。こんな夜になんだ? 中澤さんに報告した。しかし今手が離せないから見てきてくれないか、と頼まれた。俺は扉を開ける。そこには小学生ぐらいの男の子が立っている。
「どうかしたの?」
話しかける。すると男の子は青いリュックサックを背負ってこっちを見ている。しかし何も言わずにテクテクと帰って行ってしまった。何か不思議で引っかかる。しかも閉店間際。俺は気にかけてはいたがあまり追求はせずフローリスタから出て行った。
次の日。
高校から帰る途中、またあの男の子に出会った。フローリスタについたとき、姉ちゃんが店先へ出ていた。掃除中らしい。
「姉ちゃん」
「おかえり! 早く準備して手伝って!」
また人使いの荒い・・・、と文句を言おうとすると姉ちゃんの視線が一点に集中する。その先を見ると昨日の男の子だった。あの子に見覚えでもあるのか? 姉ちゃんに聞くと姉ちゃんの口から漏れた。
「昨年のこの時期にもフローリスタのお花をずっと眺めていたの」
「嘘!」
「嘘つくか! 何か物欲しそうっていうかじーっと見ているというか・・・」
どうやら偶然ではないらしい。謎の男の子は決まって閉店ギリギリに窓から見ているらしい。フローリスタ全員がこのことに気がついていた。しかしなかなか切り出せずにいたという。
今日の夜、また閉店間際。窓のほうを見るとまた男の子が店内を覗いている。もうこれは聞いてみるしかない。俺は扉を開けて男の子に近づいた。
「ねえ何を見てるの?」
「お花。お母さんに似合うお花をください」
「お母さんに似合うお花?」
意味不明だ。どういうことだ? お母さんに似合う花? まず前提としてこいつの母親ってどんな感じなんだ? 俺の頭の中がプチパニックを引き起こす。急がなければ! でも夜も遅い。一人じゃ危険かもしれない。
「家まで送ってく?」
俺がそう言うと男の子は首を振った。いらない、と言っているのか? ませすぎ。でも心配だからついていくことにした。先に帰らせてもらう許可ももらい俺は制服で男の子と歩いた。子供と手を繋いだのって何年ぶりだろ。昔は姉ちゃんと手を繋いだけど今は---。
「名前はなんていうの? 俺は敷島佐月っていうんだけど」
「俊太。渡辺俊太」
俊太という名前らしい。しかも青いリュックサックに「しゅんた」と刺繍されたキーホルダーがついている。俺は俊太を連れてどこまでも進むがなかなか家は見えてこない。
「家、どこ?」
「もうちょっと」
小学生に手を引かれる男子高校生。なんという光景だ。でも家がわからないから当然か。俊太に手を引かれてたどり着いたのは電気のついていないマンションの一室。
「お父さんとお母さん帰ってきていないのかな?」
「お父さん、いない。お母さん、病院」
俺はえ、と声を漏らしてしまった。つまりこの子は一人で生活してるってことなのか? 俺はたまらず聞いた。
「お母さん、病気なのかな?」
「病気じゃない。弟が病気」
「弟?」
「弟が病気でお母さん、病院に住んでる。ここには帰ってこない」
なんということだ。こんなにも無責任いやこんなにも酷い大人がいたのか。ご飯とかどうするんだろう。俊太はまだ見るからに大人の助けが必要な子供なのに。なんだか心がチクチクとしてしまった。
「ありがとう、佐月にぃに」
俊太は俺にペコっと頭を下げて礼をするとマンションの玄関を開けて中へ入っていった。一人取り残された俺はそのままマンションから出て行った。なんだか心にぽっかり穴が空いたようで気持ち悪かった。
「え?! 育児放棄?!」
「シーッ! 姉ちゃん声でかい!」
その夜、俺は姉ちゃんの携帯電話に連絡を入れた。フローリストの窓から店内を見つめていた少年渡辺俊太について。驚くのも無理はない。下手したら児童相談所行きの案件だから。
「で? どうなのよ。そのロクでもない母親は帰ってきそうなの?」
「わからねえよ。これ以上やったらストーカーみたいで嫌だ」
「同じ女としてムカつくわ。その女、引っ張り出して根性叩き直してやらないと!」
「姉ちゃん、暴力沙汰になって警察送りとか勘弁してよ。俺、犯罪者の弟には絶対なりたくないから」
しかも俺の高校のある大正通り沿いには幸か不幸か交番がある。警察官のおっちゃんがいつも待機してる。逮捕されるのは時間の問題じゃないか?
「ま、とにかく! 明日バイト休んでいいから。あの子のこと、なんとかしてちょうだいよ! 中澤さんには伝えとくから!」
「え?! ちょっと待って! 姉ちゃん!」
勢いよく電話が切られた。またとんでもないことに首を突っ込んでしまったようだ。自分が拾ったことだ。自分で解決しなければならない。自分の人の良さを恨むか運のなさを恨むか、俺にはわからなかった。
翌日。俺は俊太の住むマンションを訪れた。ちゃんと場所を把握している。下校の時間だからきっといるだろう。インターホンを押すと扉が開いた。
「元気?」
「佐月にぃに。何?」
「お母さんのところ行かない?」
「なんで?」
ませすぎだろ。いつから帰ってきていないんだよ、母親は! 俺は心に少し苛立ちを覚えていた。きっとこの報告を聞いた昨日の姉ちゃんの気持ちってこんな感じなのかもしれない。
「今日はクリスマスだぞ! 今日くらいお母さんに会いに行ってもいいんじゃないか?」
「クリスマス? 行ってもいいの?」
「いいに決まってるさ! しかもいいことすればサンタさんが来てくれるぞ!」
俺はいつのまに演劇部の仲間入りをした?! まさか自分がサンタさんという日がまた来るとは思わなかった。でもこれくらいしか母親に会いに行く口実がない。時期がよかったからよかった。
プレゼントを持っていきたい、と俊太の希望で俺はフローリスタへ向かった。俊太と二人入ると俺と俊太のことを姉ちゃんが出迎えてくれた。
「おかえりなさい。いらっしゃいませ、小さなお客さん」
姉ちゃんが視線を俊太と同じにして挨拶をした。俺がバイトを始めてこんなに小さいお客さんは初めてだった。すると奥から中澤さん夫婦が出てきた。姉ちゃんから理由を聞いていてやはり心配しているらしい。
「文ちゃんから聞いたわ! 佐月くんも坊やも大丈夫だった?」
やっぱり中澤さんの奥さんは本当にお母さんに見える。優しくて暖かい。でも俊太はこの暖かさを感じたことがあるのか? すると俊太が俺に向かってこう言い放った。
「佐月にぃに。お母さんに似合うお花をください!」
俊太がフローリスタにきた目的。「お母さんに似合うお花」。しかしあいにく限定販売のポインセチアはない。クリスマスに関係する花を俺は贈りたい。
「佐月。ここからはあなたがやるのよ。あなたを目当てにきてくれたお客さんよ? 誠心誠意頑張って」
姉ちゃんは俺の肩に手を乗せて言う。俺は決意した。手帳を引き抜き、書き始める。
渡辺俊太。昨年から今年のクリスマス前後に来店。母親に似合う花を注文。代金無償。フローリスタ閉店間際の最後のお客さん。
クリスマスに関係する花があまりないとしたら冬の花で仕上げるしか無くなる。でもお母さんに似合うということはその子供の俊太に似合う花でもいいのかもしれない。俺はレジで奥さんと遊んでいる俊太を見た。
本当はやんちゃなのにどこかませてる。雪の下に本当の自分を隠しているかのように感じた。いつのまに俺はこんなポエムみたいなものを考えるようになったんだろう。フローリスタで色々な想いを抱えた人に出会ってきた。その想いを糧に俺はまた進んで行く。
太陽が沈み始めた頃。やっと完成した。
俺は俊太を連れて母親が住み込んでいるという病院に向かう。夜遅くなるからと姉ちゃんもついていくことになった。それはありがたい気もするんだけど、母親に怒って殴りかからないか心配だ。
俺たちは俊太のマンション周辺の病院を探し回り、俊太の弟が入院している病院を探した。なかなか見つからなかったが5件目でやっとヒット! 部屋の番号を教えてもらい中へ入る。
「お母さん」
俊太が声を出す。それに気づいた女の人がこちらを見ている。驚いているようだ。そりゃそうだ。マンションに一人でいるはずの子供がアポなしできたんだから。・・・お伴つきで。
「俊太?! なんでここにいるの?! おうちに帰りなさい!」
どうやら怒っているようだ。女の人は俊太の母親であることに俺と姉ちゃんは気づいた。その扱い、まるで邪魔者だ。俊太の後ろに立っている俺たちに母親は誰ですか、と聞いてくる。
「僕たち、板橋にありますフローリスタという花屋です。今回、こちらにいます渡辺俊太くんより依頼を受けました」
「俊太が?」
俺は頷いた。俊太は背中に隠していた花束を母親に渡した。ピンクの包装紙を下に引いたカゴをプラスチックドームで蓋をする。クリスマスを象徴する赤と緑の合わせリボンでラッピングした。最初の俺からは到底真似できない芸当だけど、これでも頑張った。崩れなかったのは運が良かった。花は白く葉は刈り取られていた。
「これは?」
「クリスマスローズです」
クリスマスローズ。開花時期は12月から2月にかけて。別名雪起こし。名前の由来はクリスマスの時期に薔薇のような花を咲かせることから。昔ギリシャでは病人の悪臭を払うと信じられており、狂人を元に戻すと言われた。そしてその根と葉には最悪死に至る毒が潜んでいる。
「メリークリスマス。お母さん」
母親は俊太からのカゴを受け取る。しかしあまり喜んでいないらしい。俺が口を挟もうとすると姉ちゃんが前へ出た。
「クリスマスローズの根を深く切る、葉が一本もないのはなんでか知っていますか? クリスマスローズにはその部分に毒を持つんです」
「毒?!」
母親がベッドで寝ている弟を守ろうとクリスマスローズから離れる。姉ちゃんがさらに続けた。
「根が長く葉も付いていたらそれはあなた自身です。俊太くんをひとりぼっちにして誰にも会わず塩対応。これはまさしく毒です。あなた自身に巣食う毒だと思うんです」
「人を毒呼ばわりしないで!」
母親の怒りが沸点に達してきている。やばいやばいやばい! 姉ちゃんの怒りもヒートアップしてる。これはどこかで止めないとまずい! 今にも殴りかかりそうだ。本当に暴力沙汰になる! 俺は姉ちゃんの前へ出た。
「わかりませんか? このクリスマスローズ根も葉もない。毒を完全にカットしてあります。これを依頼したのは俊太自身です。切ってください、と俺に頼んだんです。このクリスマスローズの姿こそ、本当のお母さんなんじゃないんですか? 俺はそう思うんです」
これをアレンジしたのは俺だ。高校1年生アルバイト歴1年未満の敷島佐月だ。俺の言葉に落ち着きを取り戻したのか母親はクリスマスローズを見つめた。小さなカゴに一本だけのクリスマスローズ。紐でくくられたメッセージカードには俊太の心を代弁して、俺が書いた『想い』だ。
クリスマスの夜にお買い上げくださりありがとうございます。
クリスマスローズの花言葉は『私の不安を和らげて』『慰め』『中傷』。あなたのしたことは許されることではありません。俊太が負った一人きりの日々をどう思っていますか。誰もいない暖かさのない家へ帰る悲しさを。心はきっと寂しさのせいで傷だらけです。弟さんも大事です。ですがもう少し俊太に目をやってください。
俊太は今『慰め』を求めています。
クリスマスローズは、俊太の気持ちを代弁する花です。毒が抜けた時、クリスマスローズの役目は終わると思うんです。
聖夜の夜くらい、過ごしてあげたらどうですか?
メリークリスマス。素敵なクリスマスを---。
From 板橋 florist
少し長めの文章。俺の語彙力を少しは発揮できただろうか?
母親は泣き崩れた。今までの罪を悔いたのか? 俊太は母親に駆け寄って笑顔で見つめている。俊太自身も許していたみたいだ。これが本当の親子の姿。
「ごめんね、俊太」
雪が解けて気がつけば俊太の本当の笑顔を見た。これが聖夜の奇跡だった。
俺たちは病院を出て行った。夜は遅い。フローリスタに帰らずそのまま帰宅となる。俺は久しぶりに二人きりになった姉ちゃんと話す。
「佐月。あんた立派なフラワーアーティストじゃない? メッセージカード一つで想いを繋ぐって」
「誰かさんに感化されたせい」
誰かさんそれが誰かなんて言いたくない。喧嘩ばかりしてあまり素直になれない姉の前で言えない。姉ちゃんはその日、実家へ帰った。家族全員でクリスマスを迎えた。なんだかんだ迎えた年末。いつの間にか花が生活の中に溶け込んでいたことに俺はまだ気づいていないのかも。
俺にとって「初めて」のクリスマスをくれた、最後のお客さんに感謝しなきゃいけないな。
手帳に記した最後の一文だった---。
Fin.
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
当時の自分が書いた文章に少し恥ずかしいところはありますが、読んでいただいたすべての皆様、感謝を申し上げます。
☆Manatsu Fujinami☆