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お花屋さんの手帳  作者: 藤波真夏
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4項目 ともだち

4項目 ともだち

 

 9月4日日曜日、雨。

 夏の暑さはまだ続きます。世の中は行事ラッシュ。運動会、合唱祭、文化祭---。俺の高校は体育祭の間近な時。授業は総合学習やLHRロングホールルームが体育の時間へと変貌していく。もうヘロヘロ、バイト休みてぇ・・・。冷たい麦茶に額には熱冷ましシートを貼り、暑さ対策万全で店番です。  佐月


「うっせえセミ・・・」

 ここは俺の通う高校。男女共学。食堂のランチは美味いが冷暖房完備ゼロ。夏は暑く、冬は寒い。窓を開けても入ってくるのは熱風ばかり。池袋で配っていたうちわで扇ぐ。しかも時期は体育祭の練習真っ最中。もう死にそう。キンキンに冷えた麦茶が恋しい。

「龍! 暑い」

「佐月、みんな同じだよ・・・。俺だって暑い。なんで空調設備ないんだ?」

「それな」

 男子高校生の会話だ。机に突っ伏して互いに交代でうちわを扇ぐ。これが真夏の日課だ。すると龍が大声で叫んだ。

「祥子! 数学のノート見せてくんね?」

「え? なぜ?」

「昨日寝ちゃってさ、書いてねえんだよ。頼む!」

「えー」

 彼女は同じクラスの桐谷祥子。龍から聞いた話では中学の同級生だったとか。龍と俺は高校に入学してから知り合ったけど彼女とはあまり話さない。でも学力は俺より上であることは知っている。この前の数学のテストで桐谷は95点だった。クラストップ。これには頭がさがる。

「でも祥子。最近お前点数落ち込んでねえか?」

「そ、そうかな?」

「数学はまだしも生物の点数首位から落ちたらしいじゃん? 変なものでも食ったか?」

「違うから!」

 暑い教室にまた熱いものを持ち込んでくるなよ! でも二人が口喧嘩することも珍しいけど。俺は暑さに負けないようにさっき自動販売機で買ったパコリウォーターを喉に流し込む。今はこれが至福。さすがパコリ。パコリは喉を潤す。

 そしてこの後、2時間にも及ぶ体育の授業で俺たちのクラスはしばらく戦闘不能になった。


 体育祭の練習でヘトヘトになりながら俺はフローリスタへ向かった。休みが恋しいのにこの様だ。というか俺は代わりの出勤。なんと姉ちゃんがぎっくり腰になったと電話が入ったからだ。その歳でぎっくり腰とかありえない。

 姉ちゃんのせいで俺は休みを返上してアルバイトなんて・・・。でもフローリスタは涼しい。しかも奥さん特製の麦茶付き。俺はエプロン姿でレジにうつぶせになっていた。

「あー幸せ。この涼しさ。でもこの仕打ち・・・、姉ちゃん許すまじ」

 俺がうとうとしているとフローリスタの扉が開いた。

「いらっしゃい・・・え?」

 目の前にいたのは桐谷だった。

「敷島くん?」

「あっ!」

 高校の友達にこんな姿見せたことないんだけどよりにもよって桐谷に見られることになるとは。しかも龍とは中学の同級生となると龍にバラされる!

「敷島くん? どうかしたの?」

「え?! いや、なんでもない」

「もしかしてこのお花屋さんって敷島くんのバイト先? へえおしゃれね」

 やばい、明日から龍にバカにされる。ああ、人生の終わりだ・・・。頭の中が真っ白です。助けてください、神様仏様、巣鴨のとげぬき地蔵様・・・。もう神頼みだ。それしかない。

「あのさ、お花いいかな?」

 あ! そうだバイト中だった。桐谷は同じクラスで知り合いだけど今はお客さんだった。

「何がいいの?」

 桐谷は店内をウロウロ。すると桐谷はある花に指差した。

「ちょい待ち・・・、あれは」

 俺は絶句した。桐谷が指さすのは真っ赤な花。しかし薔薇でもカーネーションでも可愛らしいチューリップでもない。桐谷が指差したのは彼岸花だった。

 彼岸花。開花時期は9月から10月。最盛期は9月、今が旬。ヒガンバナ科で原産は中国。別名曼珠沙華マンジュシャゲ。全草有毒で吐き気や下痢を引き起こし、ひどい時には死に至る。よくお墓の近くに咲くことからあまり縁起のいい花とは言えない。

「桐谷。お前らしくねえよ」

「敷島くん。違うの! 別に彼岸花どうこうじゃないわ! お彼岸でしょ? お供えにいくのよ」

 俺でも彼岸花を扱ったことなんてない。しかも俺はこの数ヶ月でたくさんの花の知識を得ている。彼岸花だってこの前聞かされたばかり。

 確か花言葉は『悲しき思い出』『あきらめ』だったはず。

 しかし頼み事は頼み事だ。俺は不振に思いながらも彼岸花と菊の花を包んだ。これこそ墓参りの献花だ。中澤さんの奥さんに手伝ってもらい、献花用に作った。

「ありがとうございましたー」

 桐谷は出て行った。俺は正直とても怖かった。それは奥さんも同じだったようで。

「彼岸花だなんて心配ね。嫌な予感しかしないわ」

「そうですね」


 数週間後、俺は龍からあることを聞いた。それは体育祭の練習疲れを一気に吹き飛ばす衝撃的なものだった。

「中学のときに祥子は親友亡くしてるんだよ」

「え?」

「名前は柿原葵。祥子の幼馴染で親友だったんだ。いつも一緒。誰もが入る隙がなかった。でもちょうどこの時期だったかな、下校中の中学生に車が突っ込んだ」

「それってニュースでやってたひき逃げ事件? もしかしてあれ?」

 龍の顔は真剣だった。もうそこにはいつも楽しくバカやっている龍の顔じゃなかった。

「あの時事故にあったのは葵と祥子。ひき逃げ犯は捕まっているけど、祥子は足を骨折したが命に別状なし。だけど葵は下敷きになって亡くなった」

 なんて悲しいんだ。だから桐谷は彼岸花を買ったのか。あんなに優しい彼女の過去にそんなものがあったなんて。俺は言葉を失った。俺はついついあの彼岸花が気になって話した。

 龍に俺のバイトがバレた。でも今そんなことを考えている必要はない。

「なあ桐谷がまだそれを引きずってるって考えられる?」

「あいつのことだからな。もしかしたらまだ自分のせいじゃないか? って思ってるかもしれねえな」

 まだ自分を責めてるのかも。しかも今日は学校を休んでいる。これは何かの偶然か? 俺はのうのうと中学生活を謳歌していたりする。残念だが桐谷の気持ちはわからない。だけどこのニュースを見て俺は身近に「死」と感じた。

 俺は授業が終わり練習疲れを忘れてフローリスタへ向かった。今日はバイトの日じゃない。俺の中にある何かが突き動かしているかのように。

「佐月?! どうかしたの?」

 ぎっくり腰から復活した姉ちゃんが驚いた表情をしている。そりゃそうだ。休みの日にバイト先になんか行かない。

「どいて!」

 姉ちゃんをはねのけて俺は手帳に手をかける。そこには絶対桐谷が来た時の記録が残っているはず。

「あった!」

 彼岸花を買った桐谷の記録。そこには俺のその時の気持ちも書かれている。俺のありのままが書かれた文面。

 桐谷祥子、彼岸花、菊。墓参りの献花用。本当に墓参りなのか?

 やっぱりその時の俺も疑っている。本当に墓参りなのか、と。俺の頭の中はフル回転。買って行ったのはあの彼岸花。本当に墓参りじゃないならもしかして、自殺?! 彼岸花の毒で。

 俺の体に戦慄が走る。それだけは阻止しなくてはいけない。

「姉ちゃん!」

「何よ?!」

「あの花ある?! あるなら早く出して! 急いで!」

 姉ちゃんは急いで在庫を確認しに行った。姉ちゃんがガサガサと物色した音が聞こえて来る。姉ちゃんが慌てて奥から持ってきたのは、

「あったわよ、佐月」

「やった!」

 俺は思わずガッツポーズをした。後で理由は説明するからと姉ちゃんをその場で止めて、俺は早速フラワーアレンジを始める。桐谷のイメージを思い出し落ち着いた白い包装紙に白いリボン。俺は完成してすぐに走って行った。場所はもう知っている。


「え? 場所? ほらよ、これだ。祥子に前聞いたやつ」


 龍から聞いていた。その場所の住所をスマホに打ち込んでナビしてもらう。何度も道を間違えて曲がった。ビルやマンションの建つ都会を抜けてやってきたのは緑の生い茂る場所。

「ここか・・・」

 ナビが導き出したのは寺。その裏にはたくさんの墓が。もしかしてこの墓地の中に桐谷の親友の墓があるのかもしれない、と余計な詮索をして不本意ながらも墓地へ進んで行く。その奥に見つけた見覚えのある後ろ姿。

「桐谷!」

「敷島くん?!」

 桐谷だった。よかった、まだ生きている。あの彼岸花の花は墓に手向けられている。どうやら俺の心配はなかったようだ。

「どうしてここに敷島くんが?」

「なんか気になって・・・。龍から聞いた。お前、親友亡くしてるって」

「龍、話しちゃったんだ・・・」

 桐谷は墓に目を見張る。俺と桐谷の間に緊張の風が流れる。桐谷は話してくれた。あの時、親友が背中を押して庇ったから自分は生きていると。その生々しい言葉に俺は言葉を失った。

「私がぼっとしてたからそのせいで葵は・・・。きっと葵も生きたかったはずなのに、私だけ生き残って・・・。死んじゃいたい。葵のところに逝きたい!」

 桐谷の心からの叫びだった。

「死んじゃ・・・ダメだ。俺はお前のような経験をしてないからあんまり人のこと言えないけど、少なくともせっかく助かった命を無駄になんかしたらダメだと思う! そしたら天国の柿原葵さん泣くんじゃないか?」

 桐谷はただ墓にすがりつき泣いていた。彼女はあの事故から数年という時間が経験しているというのに時は止まったままだったんだろう。どれだけ自分を責め続けたんだろう。俺はスッと花束を差し出した。

「何? これ」

「俺から桐谷に・・・」

「私に?」

「今の桐谷に似合う花だと思う。ちょうどフローリスタの在庫にあったからもらってきた。もう俺が払ったから・・・」

 花束から見え隠れする紫の小さな花。この花は何? と聞いた桐谷に俺は答えた。この花はシオンだ、と。

 紫苑シオン。開花時期は9月から10月。最盛期は9月。秋を代表する花。菊の仲間で実は生薬としても有名で咳止めの薬として昔は重宝されたという。

 桐谷はゴソゴソと花束の中を探る。するとメッセージカードが出てきた。

 俺にはどうしても言葉にできなかった。でもこのメッセージを読めばもしかしたら考えをプラスに持っていけるんじゃないか、って考えた。


 シオンの花言葉は『追憶』『きみを忘れない』と言われています。その由来は今昔物語で母の死を悼む兄弟の話からとったとされています。彼岸花は毒の花ですが、これは生薬になる花です。これ以上責めたら天国で安らかに過ごせないと思います。彼女のことを忘れず、前を向いて生きることをきっと望んでいるはずです。どうか生きてください。

 From板橋florist


 彼岸花で毒された体を生薬になるシオンでどうか思い出して欲しい。花に興味がなかった俺からのせめてもの思い。桐谷はただシアンの花びらが風に舞った。それが墓の周囲を舞っていたのは一体なぜだったんだろう。まるで天国の柿原葵さんが生きてって言っているように俺には感じた。


 桐谷はまた元気になって学校に登校してきた。これに学校の先生や心配していたクラスメイトも一安心。これに俺が関わっているなんて一部しか知らない。3人だけの秘密だ。桐谷が本をおさえる栞にあのシアンの花が使われていることに気づいて少し、心がざわついた。

 肝心の体育祭だが---。

 無事俺たちのクラスが1位を獲得。練習の甲斐あって優勝を収めることができた。俺の熱くてざわつく夏が終わった---。



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