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お花屋さんの手帳  作者: 藤波真夏
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3項目 限定販売はじめます。

3項目 限定販売はじめます。

 

 6月13日月曜日、雨時々曇り。

 世間は6月です。どうにか俺の仕事も軌道に乗り無事姉ちゃんに借金を返済し終わった。毎日雨でいやになる。テレビのニュースで「梅雨入りしました」と言っていた。これからずっと雨が続くのかと思うと憂鬱だ。でも姉ちゃんや中澤さんの奥さんはキャピキャピしてる。店主の中澤さんと俺は目を合わせてポカンとする毎日だ。女ってわかんない。  佐月


「雨か・・・」

 雨が好きか、と言われたら俺はあんまり好きじゃないと答える。湿気がとにかく嫌いなのだ。雨が降れば客入りも悪いし嫌になる。俺はレジにいる。姉ちゃんは仕入れた花を水の張ったバケツに入れていく。

「せっかくの限定販売なのに困るね」

 姉ちゃんはそう言った。それは確かに同意する。フローリスタでは不定期で海外から花を仕入れている。それを限定販売という形でやっているらしい。姉ちゃんの受け売りだけど。

 今日の限定販売は小さな青い花。

 瑠璃唐綿ルリトウワタ。開花時期は5月から9月。瑠璃唐綿の別名はブルースター。こちらのほうがベターだ。園芸上の名前のため、正式名称ではない。

 この花はとても小さい。小さな花瓶に飾って飾るのが似合うため花も小さなバケツに入れて売っている。それとは別の意味でフローリスタが騒がしい。

「佐月くん」

「中澤さん? どうかしたんですか?」

「うちの嫁がおかしいんだけど・・・」

「え?」

 中澤さんの言葉に俺は何をしたらいいのかわからなかった。すると奥から姉ちゃんと奥さんが出てきた。二人ともなんだか有頂天だ。男はただビクビクしていた。二人はカレンダーを見ていた。6月に何かあるのか?

「きましたね、6月!」

「そうねえ。私も6月に式を挙げてみたかったわ。女の憧れみたいなものね〜」

 話の輪に入るのに戸惑っていると奥さんがこちらを向いた。俺ではない。多分、店主で旦那さんの中澤さんだ。中澤さんが固まっていると、奥さんは笑った。

「なんでそんなにはしゃいでいるんですか?」

 奥さんは俺に近づいて笑顔で言った。「ジューンブライドよ」と。え? ジューンブライド? 奥さん、ごめんなさい。俺には皆無です。わかりません。姉ちゃんが笑って俺をからかってくる。

「佐月、ジューンブライドも知らないの? ほんと、男って女心わかんないわね」

 姉ちゃんに言われる筋合いなんてない。別に関係ないだろ。でも奥さんに睨まれている。あ、これは後で中澤さんとボコボコにされるパターンかもしれない。命の危機を感じた。固まっているとはあっとため息をついた。知らなくて当然ね、と奥さんが説明してくれた。

「ジューンブライドは日本語に訳すと6月の花嫁っていう意味なの。6月に結婚すると幸せになれるって言われているの」

 へえ、と唸る俺。そして6月に結婚式を挙げたかったあとばかりに中澤さんを凝視する奥さん。これは逃げられない。もしかしたら再度結婚式もあり得るかもしれないと俺は思った。

 限定販売のポスターを貼ったのに未だにお客さんゼロ。ため息しかでねえ。午後になってようやくフローリスタの扉が開いた。

「いらっしゃいませー!」

 俺は椅子から落ちそうになりながら大きな声を出した。お客さんがきたことに嬉しさを感じたのは初めてだ。6月に入ってから客入りが悪いせいか・・・。やってきたのは初老の男。男が花屋か。プレゼントか?

「これを・・・」

 男は真っ赤な薔薇を指差した。プレゼントではなく普通に部屋に飾る用にとの依頼だ。

 薔薇。開花時期は5月から10月にかけて。バラ科。情熱の赤いバラという言葉があるようによくドラマとかでプロポーズとかで描かれる。ベターな花だ。

 そういえば薔薇の消えた花屋ってあったな・・・。あのドラマ、姉ちゃん録画してたってけな? ああ、変なことを考えてる! でもそれ以上に俺にとって嬉しいことが。そう、今日はプレゼント用ではない! あのクレーム絶対の花束じゃない! 俺は今嬉しい、ある意味。

「お待たせいたしました」

「どうも」

 俺は簡単に包んだ花束を渡し、代金を頂戴した。今日は別に大したことはなさそうだ。お客さんが帰った後、手帳を開いてペンを走らせた。


 次の日。今日も雨だ。こんな雨の日はいつまで続くんだ? 高校が終わり放課後。今日もバイトのため下校する。友達の龍と話す。スポーツマンで体は小麦色。俺とは大違い。しかもかなりのテクニシャン。スポーツの意味で。

 龍と別れて俺はフローリスタへ直行した。その途中、喧嘩の声が聞こえて来る。

「大声で何してるんだ?」

 俺は様子を見に行った。するとそこには昨日薔薇の花を買って行った男が同じ年頃の女の人と言い争っている。

「私にこそこそと何をしているの?」

「お前には関係ないだろ?! お前は家で大人しく夫の帰りを待っていればいいんだよ」

 夫婦喧嘩か? ま、まさか浮気?! 俺はある意味修羅場に放り込まれている。早くこの場から退散しなければと体が動く。俺は逃げるようにフローリスタへ向かった。

 息を切らしていると姉ちゃんと中澤さんの奥さんが涼しい顔で俺の方を見ている。何、俺には今話している余裕がないんだけど・・・。

「おかえり、佐月」

 すると俺の前に姉ちゃんがツカツカとやってきて一枚の紙を突きつけた。息を整えるとそれを読む。

「フローリスタオーナー 中澤様? フラワーアレンジメントの依頼について・・・? は?」

 わからないの? と奥さんは言う。すいません、俺にはわからないです。そもそも花にも疎い俺に聞いてもわからないです。フラワーアレンジメントとかなんですかレベルです。多分、フローリスタ一の劣等生です。

「つまり・・・」

 姉ちゃんと奥さんの手中講義が始まる。雨でお客さんの入りが悪いのをいいことに。講義は一時間にも及び終わった頃にはヘロヘロになっていた。でもそれ以上に理解は深まった。

「なるほど」

「よかったわ! 文ちゃんと頑張った甲斐があったわ!」

 奥さんが一番喜んでいた。まあ知らなかった俺も悪いかも。奥さん、すみませんでしたと俺は心の中で謝った。でも肝心なことを忘れていた。肝心の依頼主を。俺は姉ちゃんに指された箇所をみると俺は目を見開いた。

 まさかまさかの大どんでん返しだ。俺の中で全てが繋がった気がした。というかバカな想像だった。これが本当かどうかなんてわからない。俺は姉ちゃんと奥さんに話した。すると驚きと感心が半分ずつ。

「佐月くんいいんじゃないかしら! それならこの依頼受けるべきよ」

「佐月。せっかくの晴れ舞台なんだからしっかりやるのよ!」

 奥さんは奥の電話へ走っていく。そして承諾する電話を返していた。俺は一部始終を見ていた。でもそれが本当なら是非に祝ってあげたい。なんせ一生に一度あるかないかの大舞台なんだから---。

 俺は中澤さんにお願いして本格的に綺麗なアレンジを学んだ。俺、これでもアルバイトです。姉の文のツテを使い、母に放り込まれた男子高校生です。クレーム必須の花束はだんだん恥ずかしくないものに成長する。今回の依頼は俺にかかっている。

 練習が終わった後業務に戻る。本番は1週間後。俺は手帳を広げてあのページを出す。そして青いボールペンで一言付け加えた。

「June bride」と---。まさかこんなところで出てくるとは思わなかった。今回ばかりは姉ちゃんに感謝しなくちゃいけねえな。


 そしてついに1週間後---。俺たちはホテルの中にいた。しかもここ綺麗だ。海沿いの綺麗なホテル。とりあえず綺麗という言葉しか出ない。語彙力のなさを恨む。

「なんて素敵なの! いいなあ!」

 姉ちゃんが目を輝かせている。えーとドン引きするところだがここはそうだねと言いたい。本当に綺麗なんだから。後ろで重い空気が。中澤さんたちだ。中澤さんが胃を抑えている。多分昨日奥さんから相当なプレッシャーを言われたのかもしれない。

「よし、今日は依頼主のために頑張ってくれ!」

 中澤さんに言われ俺たちはうなずいた。そして自分たちの部屋も用意されておりそこに荷物を置いた。ちょうど週末。今日は金曜日、明日と明後日は学校休み。本当にちょうど良かった。

 荷物を置いて正装に着替える。廊下に集まるとやっぱりというように奥さんと姉ちゃんはおめかしをしてきていた。するとあの男だ。

「あっ! 薔薇を買って行ったおっさん!」

「おっさん言うな!」

 俺の言葉が口走った。すると姉ちゃんの拳が俺の頭に飛んでくる。頭を抑えているとすみません、と慌てて謝る姉ちゃんの声。そしていいんですよ、と声。

「もしかして君がアレンジを?」

「え? あ、は、はい・・・」

「先日はどうも。私大森耕三です。君のアレンジ、楽しみにしてるよ」

 大森さん、あの真っ赤な薔薇を買って行ったおじさんだ。あの薔薇がどうなったのか、俺は知らない。それよりあのアレンジ楽しみって、プレッシャーをかけてくる。大人はずるい。

 中澤さんたちや姉ちゃんは花で飾るアーチを担当しているのにその中でも一番重要な役を俺に回すって・・・。なんとも言えない。俺は何も言えなかった。

 ホテルで執り行われるのは結婚式のようだ。大森さんの子供、いや大森さんご夫妻自身だ。昔お金の都合と親戚の猛反対により式は挙げてなかったそうだ。そう30年ぶりの晴れ姿だ。奥さんはそれを知らないそう。

 チャペルに入ると奥さんの怒った声が聞こえて来る。何も知らないその声は次第に驚きの声に変わっていった。不器用な大森さんのサプライズ結婚式だった。奥さんは涙を潤ませていた。俺は近寄った。

「大森さんの奥さん。俺はあの薔薇を売った者です。あの花屋には色々な想いを抱えた人が来ます。不安、悲しみ、嬉しさをもって。薔薇の花言葉は『愛』。あれはきっと旦那さんの気持ちの表れなのではないでしょうか?」

 そうあの薔薇は浮気じゃない。俺は知っている。龍が帰りに話してくれた。今度龍の親父さんが働いている会社で定年退職を迎える人がいると。そこにはあの大森さんが働いていること。全部知っていた。

「ドレスに着替えてきてくれないか?」

 大森さんが奥さんの手を取る。なんか心が洗われる。優しい気持ちになれる。手をつないでいつまでも仲良し。これが大森さん夫婦の本当の姿なんだろう。

 純白のドレスに身を包んだ奥さんに同席していた俺も息をのんだ。ものすごく綺麗だったからだ。愛の誓いを十字架の前で誓い笑いあう。美しい結婚式だ。

 

 そしてその後の披露宴。ついに俺の出番だ。俺は緊張して足の力が抜けて立てない。

「やばい、姉ちゃん。足に力が・・・」

「は?!」

 姉ちゃんが声を出して俺を支えてくれた。そしてスタンドマイクの前に立ち見渡す。そこには心配そうに見つめる姉ちゃんと俺の勇姿をカメラに収めようとしているであろう中澤さん夫婦。俺は一呼吸おいて始めた。

「今回は誠にお日柄もよく・・・」

「あ、間違えてる」

 あまりの緊張でいう言葉を間違えた。姉ちゃんが頭をかかえる姿が見える。落ち着け俺! 落ち着け俺! 大森さんも心配そうに見つめている。そうだまずは自己紹介だ! 自己紹介が終わったらいつものよーうにやれば!

「東京板橋にあります、花屋フローリスタの敷島佐月です。本店には様々な想いをもったお客さんがご来店します。その想いを汲み取りアレンジをするのが私たちの務めです。今回、大森耕三様よりご依頼を受けましてご準備させていただきました」

 俺は奥から小さなカゴを取り出す。そこには小さな青い花。これはあの限定販売されていた花ブルースター。

「ブルースターの花言葉は『幸福な愛』『信じあう心』です。結婚式には定番の花です。しかもこのブルースターは6月も開花時期で今が旬。6月の花嫁にはもってこいです。純潔を表す青はサムシング・ブルーとも呼ばれています。二人が今後とも互いに信じ合い、幸福でありますことを心から願っております」

 佐月のスピーチが終わり、礼をすると会場から溢れるばかりの拍手が。俺はブルースターをもって大森さんのところへ行き渡した。おめでとうございます、の言葉を添えて。

「結婚式は私の夢だったの。それに花を添えてくれてありがとう、敷島くん。6月の花嫁になれて私は幸せよ」

 奥さんは涙を流していた。本当に互いに信頼し合っていたんだな。あの喧嘩もきっと何か意味があったのかもしれない。俺はその後姉ちゃんによくやったと褒められさらになぜ間違えたと責められた。中澤さん夫婦はよくやった、と言ってくれた。俺の写真枚数100枚以上だとも。撮り過ぎです。

 サプライズ結婚式は大成功に終わった。俺はホテルのベッドの中で手帳にこう記した。


「大森耕三さんご夫妻。サプライズ結婚式の仕掛け人。信じ合える夫婦になってほしいし幸せでいてほしい。サムシング・ブルー=純潔。June bride.」

 最後はメモ帳。でもまた手帳に1ページが追加された。6月の雨の日に起こった幸せ。限定販売のブルースターが夫婦の信頼を繋いだんだ。そのおかげか、ブルースターはフローリスタで完売が続き限定販売は成功に終わった。



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