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アプカるるDream Fighter  作者: ふるうつ盆地
7/11

Fight-7 君の名は

「19時方向より、高速熱源体、5!」

「この真夜中にか!」

「要撃隊、弾幕、撃ぇぇ!」

 宣戦布告も爆撃予告も、民間人退避勧告も何もなかった。

 こちらの「人間の盾」を非難する声明すら出されていない。

 完全なる不意打ち。

 というか、一方的な虐殺の開始。

 が、黙って殺されるのは、もう終わりだ。

 パヴァーナ隊のレーダー感知に合わせて、ライラー隊の要撃メカが即応、街の南部に、巨大な花火が5つ、咲き乱れた。

 一つ一つがビルの破壊に相当する、殺意の塊が、闇夜を切り裂いて街を浮かび上がらせる。

「凄まじいな、本当に巡航ミサイルを防ぎやがった」

「相手がミサイル撃ってきた事は想定内?!」

「そりゃ、夜間奇襲だったら、カメラで撮られても決定的な証拠になりづらいだろうからな」

 こっちがSNS対策すれば、政府側だって一応は警戒するか。

 にしても、いきなりミサイルかよ。

「相手さんからすれば、この街の何を壊したって戦果だ。なんなら、古くなったミサイルの在庫処分と嫌がらせも兼ねているし、眠らせないっていうのは、最高の拷問だからな。どの方角から飛んでくるか分からないミサイルに、こちらは極度の精神的疲労を余儀なくされるって寸法だ」

「今から発射ポイントを叩いて……」

「相手はトレーラーで移動するんだ。ま、民間人に巡航ミサイル撃ち込んだ暴挙自体は、政府を非難する材料としてニュースに流せるだろうが」

 この最高の嫌がらせを我慢するのとトレードするだけの効果が得られるだろうか?

「……被害報告、ありません」

「初陣にしちゃ上出来じゃないか」

「1人でも犠牲が出た時点で負け戦よ、こっちは」

 言っている間に、私の監視網にも反応があった。

 今度はミサイルじゃない。ドローンによる侵入警報だ。

 ミサイルの着弾監視のための飛行か、もしくはドローンそのものにミサイルを搭載している可能性がある。

 どちらにせよ、破壊の一択。

 私は、夜空を駆けた。

 街は騒然とし始めている。

 可動防御壁が何枚か、その不安を如実に表してフワフワと揺れていた。

 苦もなくドローンを撃墜すること、10機。幸い爆装はしていなかったものの、相手側はこちらの標的座標を、ほぼほぼ正確に掴んでいるに違いない。先ほどのミサイル迎撃の明かりが、逆に街の全容を伝えてしまったかも知れない。

 というか、戦車部隊による包囲ですら無く、巡航ミサイルと来たか。

 おまけにドローンによる無人偵察。

 完全リモートによる戦争を仕掛けてきたとでも言うの?

 と、別方向からミサイル警報が来た。

「コンクリートドーム、起動!」

 ユーセフ中佐の指示が飛び、要撃メカの弾幕に合わせて、可動防御壁が空中にドームを形作る。直撃はなくとも、破片による損害もバカに出来ない。

 しかし、ミサイル攻撃で街を無造作に破壊するって、政府軍はこの街の設備が惜しくないのかしら。

 もしくは、街の存在そのものが目障りで、これ以上国際社会の注目を集める前に、文字通り闇に葬ろうとしてきたのか。

 果たして防衛機構は、順調に機能している。

 二度目のミサイル攻撃も、確実に防ぐことに成功した。

 が、このままでは、圧倒的にこちらの疲弊が激しい。

 単純に戦費だけを見れば、政府側の大損になるのだろうけれど、当然、あちらの懐はこっちよりも潤沢だ。下手すれば、ミサイルもドローンも、他国から供与されていて、政府側の支出としては損害すらないのかもしれない。

 何よりも、この戦法では、戦死者が出ない。

 今や兵士は、銃弾以上に貴重だ。

 お国のために喜んで命を投げ出すようなバカは、残念ながら今の時代にそぐわない。

 結果として軍隊は、「いかに兵士が死なない戦法をとるか」に腐心しなければならない。それが出来なければ、死んでも惜しくない傭兵を、金を払って雇うのが常だ。その傭兵だって、金がなければ命までは賭けない。だったらもう、戦場で喜んで生命を散らすようなバカは、狂信者か殉教者くらいしかいないのではないか。

 となると、正規軍が戦車に乗って攻めてくる可能性は、極めて低い?

 じゃ、相手の狙いは何だ?

 こちらの意識を空に向けさせておいて、真っ暗闇の中、こちらに近づいてくる悪意の正体は、いったい何だ?

 沙漠の夜は底冷えする。

 湿度がないから、尚更に冷え込む。

 周囲は完全なる闇だ。

 そのベールの向こうから、何かが近づいてきているのか、否か。

 一体、政府側の最終的な目的は何か。

 相変わらず、この街の完全殲滅と拠点化を模索しているのか。

 民間人を虐殺して大量の難民が発生しても、気にも留めないような為政者が相手だ。住民を拷問することに一切の躊躇いがないような、悪魔が相手だ。病人や子供が居ることを承知で戦闘機から爆弾を降らす、冷血漢が相手だ。

 どんな非情な手段でも、選ぶのに迷いはないだろう。

 だったら私も、手段を選んでいる場合じゃない。

 瞬時に全天索敵を実行するも、不審物は掛からなかった。

 少なくとも数分は、街は安全だ。

 瞬後、私は「遺跡」に降り立っていた。

 これまで、チャンスを探っていたのだ。

 恐らくこの「遺跡」は、1万年以上前の神が降り立った場所だ。その時の、宇宙との交信アンテナの痕が、この遺跡にはある。故にこそ、あの街では『杖』が稼働できるのだ。宇宙空間から魂を抽出し、地上へと供給するためのアンテナ。超古代文明に叡智をもたらした、原動力がそれだ。

 だったらまだ、この地には、そのアンテナには、古代の「神」の残滓があるはず。

 超古代の信仰を、いまだにあの街が守っているのなら、この「遺跡」の神も存命のはずなのだから。


――心を、鎮めろ

――気を、巡らせ

――一は、広がり

――全は、集まる

――見よ、遠くを

――聞け、近くを

――我よ、膨らめ

――繋げ、命の経


 私は、魂を地に繋いだ。

 神との交神は、同じ魂の位相で行う方が都合がいい。

 この瞬間だけは、私の身体も無防備にならざるを得ない。

 そして、ビンゴ! まだこの地には、古きカミが生き残っていた。

 とは言え、古の神力は失われて久しい。うねる大海のような魂の渦の中で、辛うじてカミのカタチを保っているだけに過ぎない。だが、故にこその祖霊神であり、地主神だ。

 大地広くに偏在し、故にこそ、個人への関心は薄い。カミガミはいつだって気まぐれで、助かるも助からないも、それまでの徳というより、宝くじに当たるかどうかの確率に等しい。が、反面、対等の存在との取引には貪欲だ。端的に言ってしまえば、私が介入すれば、この地のカミガミを活かすだけの神通力を融通できる。そうすれば、この「遺跡」のアンテナは活性化して、私が居なくても『杖』を廻し続けることが可能になる。

 そうすれば、次の「遺跡」に向かう道も拓ける。

 が、まずは、目の前の危機だ。

 カミに問う。

『お初にお目もじ叶いましてありがとうございます。

 我が名は月見里野乃華佐久夜比咩命。

 御名を賜りたく』

『……吾が名……吾は……』

 駄目だ、信仰が仄かすぎて自我が崩壊しかけている。ここは無理矢理にでもブーストして貰うしかない。

『僭越ながら、アフラマズダー、御神と拝察いたします』

『ア、フラマズ、ダー……』

 そは、ゾロアスター教の最高神の名だ。実際はどうだか分からない。しかし、その眷属に連なる神ならば、万に一つも血を継いでいる可能性はある。

 直後、風が巻いた。

 遺跡の空気が、明らかに変転した。

 カミに、息吹が通ったのだ。

『おぉ、おぉ、おぉ、吾を呼ぶそなたは何ぞ』

 カミの意が濃く集まってくる。希薄となり、存在を失いかけていた自我が、怒濤の勢いで過去の栄光を取り戻し始めている。

『御神の地を穢す蛮族を狩る為に、何卒、そのお力をお貸し下さい』

『吾が地を、蹂躙せしモノ……』

 古の神が目を覚ます。

 不信心者に裁きを下そうと、その全能を解き放つ。

 否、その代行はこちらで行う。

 今必要なのは、敵対するモノ達の、動向のみ!

『蟲の群れ……夥しき、黒鉄の蟲の波濤……』

 むし……虫? こんな夜中にイナゴの大群でも押し寄せてきたって言うの?

 いや、詮索は後だ。

 まずはこの目で確かめれば良い。

 何かが来ている、それだけは確実。

 ならば! 振り返った瞬間、

「超音速ぶった……!」

 パヴァーナ隊の警告すら間に合わない何かが、強烈な運動エネルギーを引き連れて街を襲撃した。

 瞬時に戻るも、目の当たりにしたのは、純粋な運動エネルギーによって破壊されたビルと、たまたま展開していた為に直撃よりは被害減衰に役立った、可動防御壁の残骸の山だ。

「ノノ! こればっかりは、今の装備じゃ防げないぞ!」

 ユーセフ中佐は、一体何が起こったのか、推測できるらしい。

「おそらく極超音速飛翔体だ。レーダー探知外から低空をマッハ5でかっ飛んでくるから、今の体勢では対処できん。実戦でこんなんが使われたなんて、聞いた事ないぞ」

「被害状況は?!」

 こちらが聞くまでもない。こんな真夜中でも、可能な限りの状況把握と被害確認は行われている。

「軽傷者多数だが、重要なインフラには被害なし」

「第二波、来ると思う?」

「それより、本当に地上部隊は無いんだろうな」

 それだ!

 黒鉄の蟲の群れが跳梁跋扈しているというのなら、今までのミサイル攻撃全てがおとりで、そっちが本命という可能性がある。

「可能な限り、防御を厚く、耐えて!」

「あんたは!?」

「索敵!!」

 何かが来る、と分かっていれば、捜しようも変わる。

 夥しい蟲の群れとは何なのか。

 それが碌でもないモノであることは想像がつくけれど、相手はきっと、こちらの最悪の斜め上を越えた悪趣味で、今回の作戦を決行しているはず。

 果たして、それは街まで3キロメートルの地点まで押し寄せていた。

「なん、だ、これは」

 漆黒の沙漠に、赤い光点が無数に蠢いている。それが長蛇の列を成して、ジワジワと前進を続けていた。

 数は、想像もつかない。

 それが何なのか、理解が追いつかない。

 黒鉄蟲。

 アフラマズダー神がそう評したのは、難解な言い回しでも何でも無かった。

 ただ、事実だけを見て告げていた。

 全高2メートルにも満たない、八本足を小刻みに動かして近づいてくるそれには、人間の搭乗スペースなど、微塵もない。

 薄っぺらい箱に、砲塔だけを載せて、不整地をものともせずに進み続ける、無人兵器。

「こ、こんなモノまで……」

 その殺傷能力なんて、考えたくも無い。

 単純に言えるのは、この数が一斉に街に突入されたら、とても無傷では居られない。

 どこまで人を、命を、バカにしてくれているのか。

 相手にとってこの国の状況は、単に新兵器の格好の実験場でしか無いと言うことなのか。

 その証拠に、落伍車が多数、後方に転がっている。

 段差でひっくり返って戻れなくなったモノ。

 行進の負荷に耐えきれずに片脚がなくなったモノ。

 GPSか通信の不具合で、群れを外れてグルグルと回っているモノ。

 後ろから来た仲間に乗り越えられて、そのまま地面に埋もれてしまったモノ。

 そんな、粗大ゴミが、結構な割合で、闇夜に蠢いていた。

 これはもう、明らかに、実験だ。

 真面目に実戦に使うつもりがあるのかどうか分からないけれど恐らく、兵士を疲弊させずに、完全自律で人間だけを標的にする兵器が、実戦に耐えるかどうかという、大がかりな実験なんだ。

 であれば殺す相手は、可能な限り無抵抗な方が良い。

 軍事秘匿を徹底でき、外部のマスコミもいない環境が望ましい。

 どんな極悪非道を行おうとも、第三者機関の視察なんて行えないくらい、物騒な状況である方が好ましい。

 もちろん、地の利があって、輸送が楽であれば言うことがない。

 そういった、諸々のクソッたれな理由を満たすのが、この国であり、あの街であって、これにGOを出した人間の脳味噌には、基本的人権の遵守、なんて1ナノメートルも刻まれていない。

 兵士の命を最大限に重視した結果、コスト度外視で導入される、非人道自動殺傷兵器。

 こいつは正に、私の『杖』の最大の敵だ。

 人間の可能性を最大限に信じ、その善性によって世界を変えてやる、と反則的な神の力を人の領域まで究極に近づけた、魔法実行装置、カドゥケウス。

片や、暴力で全てを操ろうとする漢達の野望の果ての、多脚戦車と言えば聞こえが良いが、命のやり取りすら全自動で済まそうなんていう浅はかなゲスい欲望のゴキブリマシン。

 こなた、祈りで全てを解決しようとする、虐げられてきた女達の、緒の切れた堪忍袋の中身をぶちまけたマジカルワンダーランド。

 ならば、絶対に、負ける訳にはいかない。

 これまでの社会を、ひっくり返す為には。

 最高の世界にたどり着くまでは。

 決して、

 負ける訳には、

 いかんのだ!

 けど、どうする?

 ここで踏みとどまって、ゴキブリマシンを一掃するか。

 警告のために1度街にもどって迎撃態勢を整えるか。

 どちらにせよ、長丁場が予想される。

 だったら、

「また来た!」

 極超音速飛翔体が、続けて2発、夜闇を裂いて轟音を地に満たした。

 悔しいけれど、ここで足止めされている場合じゃない。

 嫌がらせに、黒鉄蟲の進行方向に大穴を穿っておいて、急いで街へと跳んで帰る。

 目の当たりにしたのは、想像以上の修羅場だった。

「可動防御壁、全数投入しろ!」

「空いている女は、ありったけの瓦礫をかき集めろ!」

「回り込まれているぞ!」

「駄目! このままじゃ乗り越えられる!」

 ゴキブリマシンは、別方向からも侵攻していたのだ。

 幸い、追い打ちの極超音速飛翔体は直撃を免れていたけれど、街へ殺到する黒鉄蟲への対処で、ナーディヤ隊が阿鼻叫喚の混乱に陥っている。

 黒鉄蟲はとにかく、自己の犠牲すら顧みず、隙間という隙間から街へ吶喊しようと迷いが無い。

 おまけにその背中の砲塔は、可動防御壁を破壊するに足る威力を備えている。一発では破壊されなくとも、二発三発と立て続けに見舞われれば、防御壁は突破される。ありったけの防御壁を補充に次ぐ補充で侵攻を食い止めているけれど、現状、圧倒的に消費速度の方が速い。

 おまけに蟲は、仲間達を踏み台にして、直接壁を乗り越えようとも模索していた。

 考えている暇は無い。

 最前線でとにかく、黒鉄蟲を千切るしか、ない!

「こん、ちく、しょぉぉ!」

 兎にも角にも数が多い。

 長距離行軍を考えて軽量化されているとは言え、普通の人間が素手でなんとかなるような相手でもない。

 群れの中心に飛び込んで、竜巻旋風脚の要領で蹴散らすも、相手の補充速度の方が圧倒的に早い上に、向こうはコチラを大きく迂回して別ルートからの侵攻を企てる。

 後は、蟲のバッテリー切れを待つしか無いのかも知れないけれど、実戦投入してくる以上、1時間かそこらで活動限界に陥るようでは試作品にも劣るだろう。

 多勢に無勢だ。

 このままじゃ、なし崩しに雪崩れ込まれて街の中は地獄に堕ちる。

 結局最期は、人海戦術なのか。

 人の命を何とも思わない、血の海と死体の山を乗り越えて進むだけが、勝利への道なのか。

 それを全部機械任せで、己の手を汚すことすらしない卑怯者なんかに、この夢を絶たれるのが運命なのか。

 そんな、そんなクソッタレな人生!

 他の神がたとえ許しても、今生の神である私が、許すわけにはいかない!

「どん、だけぇぇぇ!」

 鎧袖一触、視界の範囲を吹き飛ばす!

 それでも後から後から、蟲は絶えずに湧いてくる。

 これ一機が何ドルするのか知らないけれど、この街を落とすためだけに投入するには、予算の額が半端ないんじゃ無いの、これ!

 そりゃ、この街が軌道に乗ったりすれば、現政府にとって、あらゆる意味で負けかも知れないけれど、さ!

 それで勝って得られるものなんて、死ぬまでの利権の安定と、自己満足くらいしか、残らないじゃ、ないの、よ!

 見える範囲は一掃した。

 けれど、そうすると街の反対側に回り込まれている。

 これじゃ、鼬ごっこだ。

 いっそ街の周りをグルグルと鬼ごっこして、ここに蟲のバターを作ってやろうか!?

 言う間にも、可動防御壁の在庫が尽きかけている。

 私がどれだけ吹き飛ばしても、1匹でも突破されたら、その先は非武装の女達だ。

 こっちは飛び道具だけを想定して戦術組んできたんだ。

 こんな、最先端AI兵器まで投入して、本気で攻めてくるなんて、予想できるかこんちくしょう!

 髪を振り乱し、脇目も振らずに蟲を狩っても、絶望的な数の差を埋められない。

 真綿で首を絞められるが如く、戦況は確実に悪化していく。

 これじゃ、朝までなんて、もたない。

 ここまでか。

 こんな終わりか。

 金と暴力に屈するのか?

 正義は最期に勝つんじゃ無いのか?

 魔法は科学に負けるというのか?

 そんなの。

 そんな理不尽。

 この街の住人が一体、これだけの苦痛を受けるだけの、何をしてきたって言うの?!

 ただ生きて。

 ただ笑って。

 明日も明後日も、死ぬまで家族と、一緒に過ごしたかっただけでしょうが。

 それを何だ。

 国の体裁を守るって、そんな幻想を成り立たせる、ただそれだけのために、為政者の利権を守る、ただそれだけのために、問答無用で、こうも無残に、蹂躙されるに足るだけの罪が、果たしてこの世界には在るっていうのか!

 認めない。

 私だけはそんなの、認めない。

 普通に生きる。

 それだけの権利すら守れない世界なんて、私は絶対に認めない。

 認めてたまるものか!

 こんな、

 終わりを、

 わたしは、

 絶対に!


『あたしは、ここに、いるぞ!!!』ドンッ!


 大音声が、天から響き渡った。

 物理的に空気を振るわせて、あろうことか姫子の大声が、場の空気を文字通りに振るわせた。

 その気になれば直接脳内に声を届ける術も在るというのに、バカの一つ覚えで、『杖』をスピーカー代わりにして、最大出力で拡声を実行しやがったあのバカ。

 というか、一体、どこから!


『お前ら、そこに、いるか!』ドンッ!


 大音声の誰何に、誰もが臓腑を揺さぶられる。

 ここまでの音圧だと、ある意味で兵器に等しい。

 おまけにあの阿呆、その音圧で手拍子と足踏みでリズムまで刻みやがる。

「あんた、いい加減にふざけん……?!」

 直接飛び上がって文句を言ってやろうかと振り返れば、街の様子が、一変していた。

「なん……だと?」

 住民が反応している。

 姫子のリズムに、呼応している。

 空から響く手拍子と足踏みに倣って、街の中から足踏みの轟きが、徐々に地面を震動させる。

 いや、そんな、バカな。


『Clap! Clap! Clap!

 野郎共! 準備はいいかっ!?

 手を、叩け!

 足を、鳴らせ!

 喉の、限り、噎び、啼け!

 war! war! war!

 お前らは今、生きているか!

 お前らはまだ、息しているか!

 その目はまだ、開いているか!

 その胸に希望、灯っているか!

 その足は大地、鳴らしているか!

 その手は空を、響かせているか!

 war! war! war!

 ならば征くぞ!

 その一歩を前へ!

 その意思を明日へ!

 その心を未来へ!

 解いて、放て!

 war! war! war!

 ゴールは彼方に!

 命は無限に!

 正義は我らに!

 未来は子らに!

 拳は空に!

 一歩を、大地に!

 泣いて!叫んで!

 声を、嗄らせ!

 ここに、いると!

 生きて、いると!

 諦め、ないと!

 war! war! war!

 示せ! 意地を!

 現せ! 意思を!

 突きつけろ! 光を!

 叩き伏せろ!運命を!

 抗って!

 生き抜いて!

 征くぞ、永久に!

 これが、ひとの! われらの!

 そこ! ぢから!

 あたしらを、いったい!

 誰だと思っていやがる!』


 そして、バカが天から、降ってきた。

 右拳と片膝を大地に叩き付ける、ヒーロー着地で降ってきた。

 ……しばらく痺れて動けないであろう静止の時間が、しかし今は、効果的な演出として、次なる興奮への溜めになり、


『遠からん者は音に聞け!

 近くば寄って目にも見よっ! 

 だが、悪党に名乗る名前は、ないっ!!』


 堂々と胸を張って立ち上がり、口上を完成させた。

 させやがった。

 それだけで、黒から白へと。

 戦場の空気が、塗り替わる。

 雄叫びが木霊した。

 髭面の男共が、隠し持っていた重火器を手に、街から飛び出してきた。

 要撃メカを形作っていた『杖』が、応用として、地面から直接、四足獣を模した土の人形を召喚し、何百と言った土の獅子が、猛然と蟲へと襲いかかっていく。

 誰もが、喉からあらん限りの声を絞り出して、蟲へと自ら特攻していく。

 ウソだろ。

 バカだろ。

 なんだよ、この茶番。

 たった1人、姫子が降ってくるだけで、あのシリアスが薙ぎ払われたって?

 けれど確かに、ここに生きる誰もが、心の底から、「生きている」と、行動で示している。

 こんな蟲に負けるかと。

 こんな運命に負けるかと。

 己に出来る限りの抵抗で、たしかに今、奏でている。

 生命を。

 魂を。

 全開で、

 ありったけの、

 勇気を、

 かき集めて、

 今、

 誰もが、

 輝いて!


『あたしは、ここに、いるぞ!!』

 瞬間、この情景をSNSのLIVEで見ていた世界中のフォロワーの心が1つに重なった。

『『そもそもお前、誰だよっ!?』』

 その晩、世界のトレンドを「#YOUR NAME?」で埋め尽くし、コピー動画を次々と放流したのは、ズバイダ女史が火付け役だったという。

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