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アプカるるDream Fighter  作者: ふるうつ盆地
6/11

Fight-6 打ちのめされ倒れそうになっても

 良い話と、凄く悪い話がある、どっちから聞きたい?

 オーケー、良い話からね。

 ズバイダ・レポートがバズった。

 そりゃもう見事に大当たった。

 こちらの思惑以上の特大場外ホームランかましやがった。

 だって即日、クラウドファンディングが1万ドル突破とか、誰が予想したねん?

 情報戦争は、若い女性インフルエンサーを駆使した方が制するっって聞いていたけれど、ここまで如実に結果に繋がるとは想像もしていなかった。

 おかげで、いろいろな回線がパンク状態。

 まず、ズバイダ女史が捌ききれなくなった。

 そりゃそうだ。どれだけフォロワー抱えていても、窓口は一人なんだから。

 次に、国連難民キャンプのサーバーが落ちた。

 いや、どんだけあんたら、二酸化炭素の排出権取引を勝ち取りたいねん。

 とにもかくにも、この街の認知度と重要度が爆上がりした。

 してしまった。

 よく言えば有名税、悪く言ったら悪目立ちしすぎた。

 そもそも、事業は小さく初めて口コミで少しずつ増やしていく予定だった。

 『杖』の生産もさることながら、『杖』の稼働範囲の問題がまだあるからだ。

 ちょっと欲を出して、姫子にSNS戦術を託したのが誤りだった。あの野郎、迂闊に本気を出すと超高校級の結果を掠め取ってきやがる。

 で、おかげで、販路が確立した。

 難民キャンプと繋がる幹線道路の検問が、燃料の供給という取引が成立したお陰で、通行自由になったからだ。

 おかげで、諸々の物流事情が好転した。

 空飛ぶ絨毯隊も10人を越えてきたけれど、絨毯とトラックでは、載せられる物量が月とすっぽんだ。外貨の獲得手段を確立したことで、募金とボランティアに頼らず、真っ当に商売の結果として、生活必需品を仕入れることが出来るようになる。

 故に。

 混乱が加速した。

 単純に街に出入りする人間が増えれば、そりゃ、碌でもないトラブルが発生する。

 特に多いのが、若い女性を狙って『杖』を奪おうとして、最大雷撃に見舞われて昏倒するバカが後を断たないことだ。

 貴重な医療資源を消費されるわけにもいかないので、そういった輩は野積みしていったのだけれど、あっという間に二山を越えた。

 と言うことは、スパイが相当紛れ込んでいる。

 いっそ街を閉鎖して、通行パスを持った信頼できる人間だけに絞ろうかとも思った時は、既に遅かった。

 そう、ここからが、「凄く悪い話」だ。

 あまりに目立ちすぎ、国際社会の関心を集めたこの街を、あろうことかこの国の政府は、「国家転覆を企む侵略国家の手先」だと断じやがった。

 今までのような、「反政府活動家」を狩り出すための威嚇行動じゃない。

 本気で本腰を入れて、この街を制圧しようと、正式に「国家の敵」認定してくれやがった。

 まずい。

 これは、非常にまずい。

 私の目論みは、そうなる前に、国際社会に確たる地位を得てしまって、この街への攻撃を国際世論の監視下に置くことだった。

 が、この国は、そうなる前に、この街を完全支配する方を選んできたのだ。

 まだ、この街は、どこの政府とも正式契約を結んでいない。

 故にまだ、この街は、外国からの直接支援を期待することが出来ない。

 そうなるには、もう少し、あと少しの時間が必要だ。

 が、その前には戦車部隊が来る。

 容赦なく、空爆が開始される。

 今度は本気で狩りに来る。

 この街を、『杖』を、その権力下に置くために。

 さぁて、月見里野乃華佐久夜比咩命。

 ここがいよいよ正念場。

 女なら力尽くでどうにでも出来ると傲慢かましている男共の鼻っ柱を、全力でグーで殴り抜いてへし折る準備はオーケーかい?

街は臨戦態勢に入った。

 今までのような泣き寝入りじゃない。

 本気で防戦するための準備を進めてきた。

 24時間3交代制で、全周をカバーできるレーダー監視部隊を20組。

 四方のどこからの攻撃も防御できる、可動防御壁の実働隊を50人。

 自動要撃人形のオペレーターも同じく50人。

 それぞれの仕事をリアルタイムで同期させて、立体的に防御陣形を変形させる訓練を、毎日積み重ねてきた。

 男達は専ら、燃料の備蓄と家の防御の強化だ。

 破壊され尽くしたインフラを元に戻すため、ひたすら地道な復興作業が継続中で、正直こんなアクシデントで、またフリダシに戻されるのは御免蒙る。

 同時に、SNS対策も強化している。

 街の少女達にアカウントを作って貰って、情報発信に努める。なんならリアルタイムに爆撃の映像をネットに流して、全世界の同情を買うのだ。

 実はその為の電波アンテナの設置を、姫子とズバイダ女史の侵入作戦時に平行して行って貰っていた。今時の戦争は、情報戦が華だ。

 とにかく女に、それも少女に、戦場の被害者がなってもらうのが尤も世間の同情を惹く。これが髭面のオッサンでは、死んでも誰にも泣いて貰えない。それも、わざとらしい、あざとい発信では意味がない。軍事用語なんて知らない、無垢な素人目線こそが、国際世論の形成者達の心の琴線に響くのだと言うことが、世の中の男共には何故分からないのか。

「世論に受けても、金にならんからね」

 淡々と反論してくれたのは、この街の防衛司令官を務める、ユーセフ中佐だ。

「世界の同情を受けた方が勝ちなら、少数民族の弾圧なんて出来るもんじゃない」

「それを無視できなくなったのが、SNSによる情報拡散戦争のたまものじゃない?」

「それで止まるような戦争だったら、この国が真っ先に平和になってなきゃおかしい」

 ど正論にぐぅの音も出ない。

「ま、俺は、それで戦争が終わる方に賭けちゃって、人生を棒に振ったんだけどな」

 この、気の抜けた炭酸のようなオッサンは、実は政府軍からの脱走組なのだ。反政府デモの弾圧から始まったこの国の混乱も、当初は国際世論の後押しがあって、このビッグウェーブに乗れれば政権打倒もありうる、という勢いが確かにあった。

 それが不発に終わったのは、ひとえに反政府側への武器供給不足と、民間人虐殺を止めさせようと招集されては不発に終わった、国連の力不足だ。

 ユーセフ中佐は、まだ反政府デモが勢いのあった頃に、世論に乗じて軍を脱走した。この街に来たのは、両親が病気で動けなかったためだ。

「なんでまぁ、俺はいつも、肝心の時に反対のクジを引いちまうかね」

 それでも正規軍の経験者だ。この国は徴兵制があるので誰でも武器は扱えるのだけれど、そのまま軍に就職してリーダー教育を受けた人間となると、やはり限られてくる。

 今回、私はあくまで、自由気ままに動き回れる遊撃隊であって、最高指揮者にはなれない。

 そうなると、形だけでも、全体の指揮を司る存在が必要になる。

 それは流石に、経験のない女性には無理な仕事だった。

 故に、白羽の矢が立ったわけだ。

「勝たなくていいのなら、気は楽じゃないの?」

「女達を前線に立たせておいてかね? 誰も殺せない戦争なんて、それ以上に面倒な案件がこの世に果たしてあるのかね」

 さて、と場を仕切り直した。

 今、この部屋には私を含めて5人がいる。

 今回の防衛戦の作戦会議だ。

 索敵担当のパヴァーナ。

 可動防御壁担当のナーディヤ。

 そして自動要撃メカ担当のライラーの3人は流石に、緊張を隠しきれずに発言すらなかった。

「なんにせよ、やれることは限られている。ひたすら守って、来る火の粉を払い落として、相手が諦めるのを待つしかない」

「……それで、勝てる見込みはあるの?」

 この中では最年少のパヴァーナの声が、うわずって震えている。

 彼女は、この国では辺境と呼ばれる地域で暮らしていた少数民族の生き残りだ。この内戦のゴタゴタで、彼女の暮らしていた村は過激派テロ組織に襲撃され、住民はほとんどが「異端」として問答無用で銃殺されてしまった。彼女は、両親の死体の下で、二晩を動かずに過ごして、奇跡的に助かった。結果として難民となり、今もまた、最前線に立たされているのを「助かった」と形容していいのなら。

「それは、「勝ち」の定義次第だがね」

 ユーセフ中佐は私を見据えた。

「実際、諸外国の受注は取れそうなのか?」

 手応えは、ある。

 それ以外にも、世界的な財団からの商談も来ている。

 問題は、この国内での街の扱いを、どうしたらいいのか、という点だけだ。

 こんな状況下で、政府を通して話なんか出来るわけもない。

「あと一週間、持ちこたえれば、風は吹く、と思う」

「なかなか絶望的な日数に聞こえるけどね、それも」

 腕組みをして難しそうな顔をして言うのは、ナーディヤ。彼女もまた複雑な生い立ちで、貧困を理由に13歳で嫁に出され、新婚初夜に相手の男根に噛みついて離婚、それを「不名誉」として父親に殺されそうになった結果、着の身着のまま家出をして、今に至る。

「どうせ、逃げる先もないから、ここで耐える以外にはないんだけどさ」

「実際、可動防御壁の貯蔵は十分なんだろ?」

「一点突破されたら、どうだろね。今は全周囲に気を張っているから、捨ててもいい方角があるなら、その方が助かる」

「それは、パヴァーナ隊の索敵次第だな」

「……対空レーダーを止めるなら、もうちょっと範囲広がるけど?」

「それだと、あたしらが困るから止めて」

 話の流れを、ライラーが遮る。

 ライラーが率いる自動要撃メカ部隊は、基本、空爆戦闘機の対処として配置されている。

「むしろ、こっちに配分を増やして欲しいくらいなのに」

「でも来るかどうか分からない空爆よりも」

「来たら何も出来ずに犠牲者出るよ」

「まぁまぁまぁ、そこは何度も話し合った結果だ。今ある装備で工夫するしかあるまい」

 ライラーもまた、壮絶な経緯をたどってこの街に逃げてきている。彼女は夫を、警察の拷問で殺されているのだ。容疑は反政府テロ。しかも、それは完璧な濡れ衣で、彼女たちは元々、親政府側の街に住んでいたし、2人は反政府デモにすら参加したことがなかった。なのに通報され、証拠も無く拷問を受けた。原因は近所の住人の密告以外には考えられず、彼女は軽自動車に乗せられるだけの家財道具を乗せて夜逃げせざるを得なかった。

 一体全体、今この部屋に居る人間で、問答無用で戦車の砲弾に晒されなきゃならない罪人なんているのか?

 いやそもそも、一方的な空爆で殺されて然るべき民間人って、一体何なんだ?

 彼女らのどこにも落ち度は無く、強いて言えば運が悪かっただけだ。生まれた国が悪かった。ただそれだけで、戦乱に放り込まれて虐殺に晒される。それにどんな意味があるのか、考える暇すら与えられずに。

 世界は理不尽だ、としたり顔で言う人間ほど、安全地帯に住んでいる。

 ただただ真剣に、真面目に、普通に暮らしていただけで、ある日突然、銃弾に晒される人生なんて、1ミクロンたりとも肯定されてたまるものか。

 それ故の『杖』だ。

 暴力で全てを塗りつぶそうという従来の男共の思い上がりを、根本から引っ繰り返してやらなくちゃならない。

 こんな下らないことで、もう誰1人も、殺されている場合じゃない。

 そもそも、自国民を殺すための軍隊って何なんだ?

 いや、突き詰めれば、国民って何なんだ!?

 空にも海にも、境界線なんてない。

 地上にだって元々、国境線なんてなかった。

 人類が土地を区切って所有権を主張し、その線がために生命まで脅かされるようになったのは、測量技術が発展して世界地図が完成した後の話だ。

 それまでは、街こそ四方を壁に囲まれていたけれど、街と街の間の空間は、ぼんやりとした「天下の往来」でしかなかった。ハッキリとここが国境、なんて暴挙が国民の檻として機能し始めたのはここ最近の話で、それまでは身一つで、何処へでも逃げていけたんだ。

 中東・アフリカなんて、第1次世界大戦後、オスマントルコ帝国を西洋諸国が勝手に分割統治した結果、今でも直線でぶつ切りという、乱暴この上ない国境線のままですらあり、お陰で同一民族なのに国が違う、なんて悲劇も起こっている。

 そんな、意味も意義も歴史もない、共同幻想でしかない国境線を超えた超えないが、銃口を向けられなきゃならない理由に、果たしてなるのか?

 そも、親と上司は選べないと言うけれど、じゃ、住む国くらいはせめて自由に選べなければ、基本的人権に反するのじゃないのか。

 極言すれば、自国民に銃を向ける国なんてのは、国を名乗る資格があるのか?

 いやもういっそ、「国」なんて制度、必要か?

 神からすれば、信者の数だけが肝心で、信者全員が自分のお膝元で住んでいるかどうかは、さほど重要ではない。

 人からすれば、衣食住の保証がまず第一で、民主主義であろうと独裁国家であろうと共産主義であろうとなかろうと、日々の暮らしが順調で、その暮らしに余分な横やりさえ入らなければ、極端な話、相手が「国」か「神」かは条件のいい方を選べばいい。

じゃ、「国」なんかより、「神」が生活を保証した方が、今までよりもまともな暮らしが手に入るんじゃないの?

「お前さん、それ、独裁者の夢みたいなもんじゃないのか? おまけに不老不死だろ」

「いや、私が完璧な『神』だなんて一言も言ってないですけどな」

「じゃ、どうするの? いっそここを、独立都市国家にでも仕立てる?」

「いや、国を否定してるのに、新しい国を作ったりしたら本末転倒でしょ」

「あらゆる難民を無条件で受け入れる国なら、まだ意義があるかもね」

「それを国際社会が認めるかしらね?」

「なんにせよ」

 ユーセフ中佐が席を立つ。

「ここを生き延びてからゆっくり考えるこったな」


 そして、運命の夜は、前触れもなく、始まるのだ。


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