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アプカるるDream Fighter  作者: ふるうつ盆地
3/11

Fight-3 零れ落ちる涙

翌朝。

 まさか懲りずにやってきた戦闘機を問答無用で叩き落としたら、無人ドローンだった。

 よく言えば人命重視、悪しざまに罵れば、ゲーム感覚で爆撃やってんのかお前ら!

 おまけに砲撃が届くかどうかと言う絶妙な距離には戦車隊が陣地を敷いていて、随分とこちらを警戒しているけれども、警告を鵜呑みにしてくれたわけではないらしい。

「とりあえず、一つでも補給路を確保しましょう」

 朝食は、水も電気も潤沢に供給されて、文化的に振る舞われた。

 まぁ、私の身体は古代金属ヒヒイロカネ製の永久機関なので、食事も排泄も必要としないのだけれど、姫子が2人分はがっついて舌鼓を打っているので、差し引きゼロという所だろう。

「国連の支援物資が届く補給路を確保すべきではないかね」

 ラシード医師は、壁に貼ってある地図を指して、いくつかの候補を挙げた。病院が支援を受けている組織の活動範囲を重ねれば、実質選択肢は三つという所か。

「政府軍の支配地域は避けたいよね」

「東の国境はまだ不穏だ。過激派組織が国境付近を占拠している」

「あれは、多国籍軍が散らしたんじゃないの?」

「それならまだ、北の国境の方が安全じゃないか?」

 内戦開始から数年を経れば、その治安状況は複雑怪奇としか言いようがなかった。

 政府軍とデモ隊の2つに分かれて衝突をしていたのは、最初期の話。

 やがてデモ隊が武力で鎮圧されると、民間人は小火器を手に防衛に出た。

 それを「民主化のために」と大国が支持したが、テロ組織に横流しされては困る、と軍事支援を渋ったが為に、泥沼化した。

 政府軍から寝返った軍人達が、なんとか反乱軍の体を成すまでに組織化したけれども、そもそもがまともな補給を当てに出来ないレジスタンスだ。

 そして正規軍だけでは手が回らなくなった政府軍は、隣国に傭兵を要請することで、どこの誰とも判断のつかない武装勢力が国を横断し始め、民間人相手でも容赦の無い空爆が、反政府軍と見なされた地域に降り注ぎ始めた。

 大国からの武力提供が受けられなければ、レジスタンス側も、テロリストとして各地で武装戦線を築いていたならず者達から、武器の供給を頼らざるを得ない。

 それだけ治安が悪化すれば、中には組織として巨大化し、地域一帯を支配するだけのテロリスト集団も現れる。そういう組織は世界各地から信者と武器を集めて、政府軍を敵とするより、自分たちの領土を広げんと民間人を支配するように動き出しもする。

 暴力だけが支配する、地獄のような時空が形成されていた。

 もはや人々にとって、誰がどこの勢力かは関係ない。武器を持って訪れる者は誰もが厄介ごとを持ち込む侵略者であり、武器に頼らなければ明日をも知れぬ生活が日常となってしまった。

 自分が被害者にならないことを、ひたすら神に祈るしかない。

 そんな生活が年単位で続けば、そりゃ、治安も道徳も崩壊するわ。

 政府軍の暴虐から生き延びるために手にした銃は、明日には、罪のない隣人から食料を奪い取るための道具にもなる。略奪や誘拐が横行し、信じられる者は家族のみ、という絶望的な状況を打破するために、一体これから、どう動くべきか。

「昨日の話だが……」

 ラシード医師の声に困惑が混じる。

「本当に、女達にこの街の防衛をさせるのか?」

 あぁ、教会での啖呵の事か。

「『杖』を集団運用すれば、多分可能だけれど?」

「まさかそのまま、大統領のところまで攻め込もうってんじゃないだろうな?」

 あぁ、彼の懸念はそれか。

 無限の力を手に入れたからって、増長して更なる戦争に、住人達を巻き込むんじゃ無いかと心配しているのか。

 うんうん。男の発想だねぇ。

「大統領を倒せば、この状況が好転するとでも?」

 その質問には、誰もが口を噤まざるを得ない。

 実際、民衆が蜂起して独裁者が殺された国がその後、民主化に失敗して不安定な統治状況に陥っているのを、間近に観ているためだ。

「とりあえず、生活の安定確保が最優先よ。近隣の難民キャンプとも連携して、可能なら『杖』の配布を急ぎたいし」

「一体、そこまでして、ノノに何のメリットがあるって言うんだ?」

 ま、それも当然の問いだよね。

 それなら私は、シンプルにこう答えるしかない。

「信者を1人でも多く獲得するためだけど?」

 世界平和だって真顔で言っても、どーせ信じてくれないでしょ?

 


 昨日と同じ教会で、今日も『杖』の譲渡式が行われた。

 今度は希望者を優先しようと募ったら、存外、幼児を連れたママが大量にやってきた。

「旦那から、貰えるものは貰ってこいって言われて」

「その杖を持っていれば、旦那に殴られずに済むって聞いたんだけれど」

 うむ、この極限下、家庭内事情もだいぶん複雑なことになっているらしい。

 それにしても、下は0歳児から上は中学生まで、教会に溢れんばかりの子供達が押し寄せている。

 ある意味、私のそばが一番安全、という事なんだろうけれど、そもそもこの数ヶ月、学校は機能しているんだろうか?

「逃げられる先生は街の外に逃げちゃったし、学校も狙われるから、危なっかしくて外出させられないよ」

 聞けば、朝のパンを買うための行列ですら、「反政府テロの集まり」だと言って空爆対象にされたらしい。

「それじゃ、ここの子供達、勉強は一切していない?」

 聞くのも酷だが、頷かざるを得ないママ達も、苦渋の表情だった。

「この近くで機能している学校はあるんですか?」

 恐らく、国連主導の難民キャンプなら、なんとかやっているのではないかという話だったが、その為に毎日子供を送り迎えできるような裕福な家庭なら、そもそもこんな街に残っていない、という事だった。

 が、学校の再会は吃緊の課題だ。

 この先、このチビちゃん達に『杖』を預ける時がきても、最低限の読み書き算盤、科学知識がなければ、真っ当に生活することすら困難だろう。

 さて。

「今日は練習だけですけれど、空飛ぶ絨毯に志願する勇気ある人、います?」

 姫子は昨日、なんとか往復フライトを成功させたけれども実際、浮力を維持しながら高度と速度を一定に保ち、かつ載せた荷物を落とさないという曲芸じみたバランス感覚が要求されるこの仕事は、『杖』の中でも最高難易度である。が、普通の道路を走れば、そこかしこで検問が張られている現状では、一番「安全」な輸送手段とも言えるだろう……地上から銃撃されない限りは。

 ほぼ一日仕事になるので、子育てママでは流石に厳しい。

「空を自由に飛びたいな!」

 元気よく手を挙げたのは、1人の女子高生だった。

 動機が純粋すぎるけれど、ま、これも社会経験か。

「いい度胸だ。名前は?」

「ファティマ!」

「ときめくお名前ね。じゃ、やってみようか!」

 結果、1メートル浮いて静止するのも難しかった。自分だけが浮いても絨毯の四隅まで意識が行き届かず、動こうとするとバランスが崩れてしまうのだ。

 姫子、どうやって荷物積んできたんだ??

 四苦八苦していると、朝一のお勤めから姫子が帰ってくる、満載で、荷崩れもさせず、優雅にギャラリーに手を振りながら。

「姫子、ファティマにちょっとコツを教えてあげてよ」

 配給の喧騒から逃れて、極甘なバクラヴァで疲労回復中な姫子に指導を頼めば、

「簡単簡単。ちょっと魂をピンとおっ立てて、絨毯の四隅までピピピッと「うん、聞いた私が馬鹿だった」ちょっ?! 毎回扱い酷すぎないっ?!」

 バカで野生勘100%な姫子では教師にならん。

 明日にはふさわしい教導役を連れてこないと。

「とりあえず、今日一日、この子の様子を見てあげて。曲芸なしで」

「外にいる戦車は、ひっくり返さなくてええのん?」

 まぁ、通行の邪魔なので目障りではあるんだが。

「手を出してこないのなら無視よ、無視。こっちも忙しいんだから」

 事実、このあと私は、この街の部族長との面談が控えているのだった。

 というか、話があるのなら呼び出すんじゃなくて、そっちから来いよな!


 

 部族長、というのが日本と比べてどのくらいの地位にある人なのか、いまいちイメージが掴めないまま連れてこられたのは、四方をアパートに取り囲まれた、中庭付きの小宮殿のような御宅だった。

「これはまた、アラビアンな」

 それが褒め言葉になるかどうかは分からないけれど、濃厚な異国情緒に視覚が支配されては、わざわざ出向いた甲斐があったと言わざるを得ない。

 黙々と廊下を案内されて通された部屋は、モクモクと水タバコの煙に支配された密室だった。

 窓もなく、壁際の控えめな間接照明の光だけでは、部屋の主の顔すらも判別できない。

 少なくとも、気配は三人。それぞれが三方の壁を背に座しているのは解るのだけれど、いまいち距離感が掴めない。

 嵌められた?

「神を名乗る不届き者よ」

「魚人かと思えば女型ではないか」

「見極めるまでもあるまい」

 なんで来た早々一方的に、ご老人方にディスられなきゃならんですかね!?

「魚人って何ですか魚人って?」

 例えるならせめて人魚にしてくれ。

「アプカルルよ」

「オアンネスよ」

「この地に叡智をもたらしたまれびとよ」

 アプカ……るる?

 それが私となんの関係があると?

「我らは遺跡の守り人」

「我らは大洪水の警告を発した者」

「我らは死してなお生きる者」

 頼むから順序よく話してくれ。

「柱はここに」

「神はここに」

「預言はここに」

 !

 やっぱり、この街は「そう」なんだ!!

 だったらこの人達は、メソポタミア文明より遥か昔、1万年前からこの地で農業を営んできたと伝わる、古代文明人の末裔か。

 アブラハム以前の、超古代宗教。大洪水で滅んだと言われるアトランティスと同時代の遺跡が、あの郊外の砦の正体なら……なるほど、だったら、合点も行く。

「泳ぐ鳥よ」

「飛ぶ鯨よ」

「賢き赤子よ」

「暴いてはならぬ」

「覗いてはならぬ」

「急いてはならぬ」

 それを、肝に銘じろと?

 そして、煙はさらに厚く。

 暑く。

 熱く。

 篤く。



 気がつくと、炎天下に一人、放置されていた。

 あれ? は夢か幻か?

 されど胸には、確たる信が打ち込まれている。

 ならば、為さねばならない。

 アプカるるを!

 と、拳を握りしめて決意を固める目の前の青空を、姫子とファティマが呑気に横切っていく。

 今日もまた、街のどこかで、雷撃に見舞われた男の悲鳴が上がっている。

 これが、平和か……。

 銃撃も爆撃も起こらない、子供たちの笑い声が響いてサッカーボールが道路を跳ぶ。

 なのに、活気が足りない。

 そりゃそうである。

 ここには、圧倒的に仕事がない。

 物流が死んでいる街で、することの無い男たちが、腐った瞳で一日中座り込んでいるのだ。

 そりゃ、鬱屈もするわけである。

「ノノ!」

 元気よく呼んでくれるのは女ばかり。

「井戸水の浄化槽、使えるように出来ない?」

「浄化の『杖』が必要になるわね」

 とにかく、医食が足りれば、次は何だ?

 電気だ。

 通信だ。

 物流だ。

 燃料だ。

 諸々ひっくるめて、経済だ。

 この、瓦礫だらけの街から、何を生み出し、売り出し、外部との通行を復活させるのか。

 覚悟も、溶けてなくなりそうになる。

 この沙漠の日中は、摂氏40度を軽く超えてくるのだから。



 午後はひたすら、街に必要な項目を洗い出した。

 足りない物、サービス。

 必需品と嗜好品。

 『杖』で代用できるもの、出来ないもの。

 そのために必要な労働力。

 当然、街全体を回そうとすれば、組織化は必然だ。

 自治のためには意思決定機関を立ち上げなければならない。

 そもそも、私は、この地に永住できない。この街をモデルケースとして、『次』に繋げる使命がある。

 という話を、喧々囂々と投げあった。

 結論はいらない。前を向く意欲で十分。

 明日も見えなかった街が、来月の心配をするようになったのだ。

 一歩一歩を着実に。

 三歩進めば二歩下がるのが人生だ。



 そんな、呑気な昼下がりもまた、金剛石のように贅沢な過ごし方である。

 深夜、それを、引き裂かれるような胸の痛みと同時に、骨身に刻み込まれることになる。



 神になった私に、睡眠は必要ない。

 というより、地球は24時間回っている以上、常にどこかで、神を呼ぶ声はする。

 この街だけに拘っていられるほど、残念ながら暇ではない。

 故にそれだけ、この計画には意味がある。

 世界中をひっくり返す、そんな野望があるからこそ……私は足元を、すくわれるのだ。

「!」

 それは、夜中に『杖』が切れた痛みだった。

 すべての『杖』を個別に認識しているわけではないのだけど、力の源が「私」である以上、極端な異常は違和感としてフィードバックされる。

 緊急事態に、私は夜空へ飛び出した。

 場所は解る。あろうことか昼間、戦車群が陣を敷いていた地帯だ。

 何があった?

 何故起こった?

 誰の『杖』に?!

 跳ぶ。

 見る。

 月明かりの中、ヘッドライトも点けずに停まっているワンボックスカーと、その周囲に立ち並んでいる男たちの影。

 彼らが取り囲んでいる、一枚の絨毯を!

「ファティマ!」

 警告もなかった。

 一蹴で車を破壊した。

 穴だらけの絨毯の上で、血を流して気を失っている彼女を、絨毯ごと抱きかかえた。周りには家族も倒れていた。既に事切れていた。そういう事か。そこまでして逃げ出したかったのか。なのに彼女は『杖』の有効範囲だけは知らなかったのだ!

 街へと身を翻す。

 男たちに一瞥もくれない。

 それより今、失われていく命が惜しい。

「ラシード!」

 彼はいなかったが、病院は動いていた。

 ファティマは銃撃のショックで心肺停止状態であり、即座に蘇生が試される。

「心拍が戻っても、これ以上は処置できない」

 出血が酷すぎた。十分な輸血はここにはない。このままでは死を待つしかない。

「姫子! 全速でファティマを病院へ!」

「合点承知の助!」

「3時間が限界だ!」

 姫子は親指だけでそれに応えた。



 長い、長い夜が過ぎていく。

 私の耳には、地球の裏側で飢餓に苦しみ、銃弾に倒れ、山火事に焼け出され、洪水に苦しむ人々の叫びが、止めどなく流れ込んでくる。

 そういうものだ。

 覚悟はしていたのだ。

 全てを救うのは無理なんだ。

 けれど、せめて、掴んだ手のひらだけは、守りたかったのだ。













 そして、夜が明けた。

 ファティマは二度と、曙光を見ることは叶わなかった。
































 ファティマの家族が、政府側の秘密警察であり、病院や学校の座標を軍に報告していたことが明らかになったのは、彼女を撃ち落とした男たちの尋問が終わった頃だった。

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