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アプカるるDream Fighter  作者: ふるうつ盆地
2/11

Fight-2 「普通」の生活

 5階建てのマンションだったものが、瓦礫の山と化して放置されていた。

 大通りのど真ん中は空爆によって大穴が抉られ、面した建物のガラスは悉く割れるか、ヒビが入った痛々しい状態で、当時の衝撃をそのまま残している。

「これはまた……」

 かつては数万人規模の人たちが生活していただろう街は、ほぼ、廃墟と化していた。

 が、それでも人々は住んでいる。ここで生活せざるを得ない人たちが、逃げ出したくても逃げられない人たちが大勢居る。そう、振り返れば何十人も、金魚の糞のように着いてきて大行列を成している子供達とか。

「大人気だねぇ、ふへへ」

 戦車をひっくり返して大歓声を受けた姫子が、さっきからニヤけっぱなしで気持ちが悪い。そんな姫子に応じて、キャッキャと黄色い声で笑う子供達は可愛らしくて仕方が無い。沙漠のど真ん中で、水も電気も止められた極限状態で、それでも若いエネルギーは笑う事を止めないのだと、そんな無限の可能性を訴えて止まない。

「で、一体全体この大名行列で、どこまで行くのさ」

 姫子の疑問はもっともで、私はと言えば実際、待ち合わせ場所を把握していない。

 そもそもが今回のミッション、国際NGO組織から「この街が一番酷い」と紹介されて来たのは良いけれど、ご存じの通り連絡手段が途絶しているため、事前連絡が出来なかったのだ。まぁ、行けば分かる、と来てしまったのは良いのだけれど、予想以上に街が広かったのと、想像を絶する破壊の跡に、早速腰が引け始めている。

「言っとくけど、頼まれないのに始めたのは、のののんだかんね?」

 嬉々として余計なお世話を始めたのは自覚してるから黙ってろ。

「誰か、病院の場所、知ってる?」

 ダメ元で後ろの子供達に聞いてみたら、アッサリと、複数の子供達が勢いよく走り出した。

「ついてきて!」

 他人を疑うという回路を母親のお腹の中に忘れてきたんじゃ無いかと不安になるくらい、無邪気でハッキリとした善意の笑顔が、眩しすぎて直視できない。

 で、案ずるより産むが易し、アッサリと目的地に到着した。

「とんでもない援軍を手配した、と聞いてはいたが」

 子供達に手を引かれて、血しぶきを浴びたままの手術着で入口に現れた医師を出迎えたのは、神と巫女と、何十人という子供達の歓声だった。ラシードと名乗った医師は、子供達を家に帰るように促すと、

「残念ながら応接室もなくてな」

 廊下にまで足の踏み場もないほど怪我人が溢れている病院内ではなく、道路向かいの空き家へと、私たちを誘った。

「さて」

 と、とりあえずのお茶を振る舞ってくれたラシード医師の顔には、疲労がこれでもかと厚く、塗り固められていた。連日の空爆と砲撃で、病院は怪我人でパンクしているのだ。

「どこもかしこもご覧の有様で、残念ながら遺跡の案内までする余裕がなくてね」

 それでも、あの空爆が実行されていたら、確実に入院患者は数十人単位で亡くなっていたと、まずは感謝をされた。その言葉と、あの子供達の屈託のない笑顔だけで、あの蛮行は成すべきだったのだと、胸を誇りたくもなる。

「ノノ、あなたには、街を何とかする秘策があると、聞いたんだがね?」

 そう、私は何も、戦闘機を撃墜するためだけに来たのじゃない。ここから全てをひっくり返す、その前準備に目処がついたからこそ、はるばる飛んできたのだ。

「十代と四十代の女性を、それぞれ30人ほど。適当な広場に集めて下さい。家事や仕事が忙しい人以外で。まずは、水と電気をなんとかします」

「男手は要らない、と?」

「神の奇跡を体現するのは、巫女の仕事ですから。それと、できるだけ大きな絨毯と、付近の地理に詳しい案内人を1人。支援物資の輸送を行います」

「そりゃ、可能な限りは手配するが……一体、なにを始めるつもりなんだ?」

 怪訝な顔をしながらも、ラシード医師は通行人を捕まえて、何らかの指示を手早く済ませてくれた。私と姫子は、なるべく怪しくないように笑顔を浮かべて、相手を安心させるために大きく頷いて請け負う。

「全能なる神と、女の力で、この戦争を退けます」



 予想に反して、用意されたのはモスクではなく教会だった。

「牧師も逃げ出して無人だからな」

 それでも、爆撃に晒されていない関係で、複数の家族の避難先になっている。あれから1時間足らずで、講堂には100人近い女性が詰めかけてきた。大通りを歩く限りは廃墟にしか見えなかったこの街にまだ、これだけの人が生活をしているのか。

 と、感慨に耽っている余裕はない。

 姫子は既に、用意された10畳ほどの絨毯に案内人を乗せて、「空飛ぶ絨毯」で近場の難民キャンプへと支援物資の受け取りに向かわせた。神の力を持ってすれば、絨毯を空に浮かべるなんて芸当も可能なのだ。

 では、私も始めねばなるまい。準備していた袋から、木製の『杖』を取り出し、演台に並べていく。

 この『杖』こそが我が切り札。神と巫女は、魂を物理力に変換できるからこそ、無限の可能性を体現できるのだけれど、それを体得するには何より生まれ持った素質と、絶え間ない努力が必要となる。

 が、この『杖』は違う。この『杖』を持った女性は、上限はあるけれども、女性である限り誰でも、奇跡を体現することが出来る。この『杖』には10粒の宝石が埋め込まれていて、その宝石が女性の「願い」を現実へと還現する。原料となる「魂」は、宇宙と地上に無尽蔵に漂っている。それに「願い」を載せれば、具現化するのだ、この『杖』を通せば。

「まず10人、若い娘から」

 それでも複雑な「願い」を叶えるにはそれなりの熟練が必要になる。逆に単純な「願い」であれば、5歳の子供だって可能だ。ただし女性に限る。

 スカーフで頭髪を覆った少女が10人、好奇心と警戒心で目を白黒させながら、演台の周りに集まってきた。彼女たちに一つずつ『杖』を渡していく。

「開いてみて」

 それは、卵形に形成した板を二つ、折り畳み携帯電話のように繋いだものだ。少女の手の平にすっぽり収まるサイズでかつ、握りやすいように角を無くしている。装飾はなく、カスタマイズし放題だ。開けば、10粒の宝石が、生命のセフィロトを象って埋め込まれている。その宝石の一つ一つが、女性の「願い」を受信し、漉し、増幅して魂に接続、必要な物理力を選定して現実の分子に干渉、もしくは純粋な「力」として現出して、奇跡を実行する。

 百聞は一見に如かず。

 実演する。

 演台にバケツを載せて。

 願う。

 「水」と。

 すると『杖』の宝石が輝き、周囲の大気に干渉して、空気中の水分を凝縮し始める。

 一滴の水が、バケツに落ちた。

 やがてジョロジョロと、水流が空中からバケツへと注がれる。

 願いを止めた。

 水も止まる。

 バケツの水は消えない。

「やってみて」

 教会の中が一斉にざわついた。

 バケツ、たらい、コップにビニールプール、とにかく「貯められる」モノを、みんなが一斉に持ってきた。

 少女達は「願う」。「水」と。すると空気中から水が、願わなくなるまで注がれた。

「必要なところで、必要な分だけ、水を出してあげて」

 そして最初の10人を解放した。

 次の10人にも、同じように「水」を与えた。

「次、おばさま方」

 娘達の活躍に笑みを浮かべていた母親達が、今度は希望だけを瞳にギラつかせて殺到した。

 圧が凄い。生活がかかっているのだから本気度が違う。物欲に色を変えた女達は猛獣と化し始めている。

 私は今度は、前とは違う色の『杖』を取り出して与えた。

 演台の下には、病院から借りてきた発電機がある。燃料は入っていない。物流が断たれたこの街では、圧倒的に燃料が足りない。このままでは人工呼吸器どころかオペ室の電気すら点らない。水と電気の供給こそが第一だと、教わったからこそ私は、この街へとやってきたのだ。

 奇跡を届けに。

「廻れ、と念じて」

 1人が代表して『杖』を握る。

 ブルルルと、何度か発電機が震えた。

 歓声が上がる。

「もっと強く、でも、壊さないように」

 発電機を「廻す」にはそれなりの力がいる。それは「願い」の強さに左右される。慣れるまでは練習が必要だし、安定した電気を廻し続けるには集中力が要求される。だからこそ、中年女性を選んだのだ。忍耐強く、要と不要を弁えて、力を制御できる大人の女性が、この業務には必要になる。

 試行すること10分。

 ようやく、発電機を連続で廻し続けることに成功した。

 拍手が、教会を満たす。

 成功した女性の額には、玉の汗が浮いていた。頭脳労働疲労は半端ない。

「これを応用すれば、車のエンジンを廻して、バッテリーから電気を取ることも可能になるから」

「それは、私たちが助手席に乗っていれば、車でどこまでも逃げられる、という事?」

 素朴な疑問が放たれた。

 残念ながら、答えはノーだ。

「この『杖』の効果は、この街から5キロ圏内だから」

「でもメコは、20キロ離れたキャンプまで空飛ぶ絨毯で向かったのよね?」

 私が「ノノ」なのは分かるけど、「姫子」が「メコ」になってしまったのは何というか、コミュニケーションって面白いな。

「私と姫子は特別よ。まずは、これを習得して。『杖』はまだあるから」

 心から納得はしないけれど、それでもやるべき事が目の前にあれば、それに専念出来るのが人間の力だ。

「ノノ、これを使えば、火を起こすことは出来るの?」

 早速、応用編が来た。やりたい事には限度がない。それほどこの街には今、なにもない、のだ。

「ガスと燃料は、また後で考える。電子レンジとか電気コンロなら、工夫すれば行けるはず」

 試したことは無いけれど、要は「願い」を工夫するだけだ。電気の代わりに「願い」を流せば、電化製品もいける、はず。

「分かった、ありがとう、神のご加護を」

 静まりかえっていた教会が、喧噪で割れそうなほど、賑わっている。

 誰も彼もの声に力が漲り、笑顔が交わされ、それぞれが家庭に、職場にと奇跡を伝えに走って行く。

 そうこうしていると、姫子の絨毯が帰ってきた。

 10畳ほどの絨毯には、張り裂けそうなほどの保存食と医療資源が山と積まれていた。

「のののん、これ、めっちゃ難しいんだけど!!」

 台詞とは真逆に喜色満面の姫子が胸を張る。まぁ、あんた、ハードルが高ければ高いほど喜ぶドMだもんな。

 群衆が殺到するのを、老婆達が怒鳴り込んで列を作らせた。

 配給はどれだけあっても足りない。

「往復1時間ってところ?」

「せめてこれ、10人は隊列組まないと、間に合わなくない?」

 姫子はすでに2回目の体勢に入っている。いずれはこれも、現地女性に任せるつもりだけれど、軍隊や検問に銃撃されることを考慮しないといけないからな。

「燃料問題が解決すれば、普通に車両運搬した方が早いから。むしろ重傷者や手術が必要な人を、国外の病院に運んでいかないと」

 やるべき事は山積している。

 これからの課題解決を考えたら、戦車をひっくり返すなんて些事だ。

 それも全て、「普通の生活」を取り返すために、だ。内戦が始まるまでは、当たり前にあった日常を。

 家庭があり、仕事があり、市場があり、物が溢れ、人は笑い、胃は満たされた、普通の日々。

 それを、内戦が、悉く粉砕した。

 この街はかつて、反政府デモが起こり、政府軍によって鎮圧された街だ。

 男達は生きるために小銃を手に立ち上がり、反政府軍を立ち上げて政府軍を追い返し、一時は平和を取り戻したかと思われた。

 が、すぐに水道が断たれた。電気は止められた。しばらくは井戸と発電機で耐え凌ぐことが出来たけれども、それも空爆が始まると維持が困難になった。

 その頃には既に、反政府軍は立ち退いて、非武装の民間人しか残っていなかったにも関わらず、だ。

 政府軍の目的は、この街の住民を殲滅するか追い出して、交通の要衝にある街を、輸送拠点として転用することだと言う。

 それが為にこの街は、二転三転と、政府軍と反政府軍による、繰り返しの占領に晒されたのだ。

 外国や、国内の平和な街に親戚が居る家族は、早々に避難していった。

 次にお金に余裕のある人たちが、法外な越境サービスを利用して、難民キャンプを目指して夜逃げしていった。

 じゃ、逃げられない人はどうすればいい?

 来る日も来る日も、銃火におびえて、政府軍と反政府軍に代わる代わる食料を「調達」されて、それでも泣き寝入りして堪えてきて、終いが空爆と道路封鎖による皆殺し?

 冗談じゃない。

 最低限文化的な生活を送るべきと言う、基本的人権はどうなるんだ。

 基本的人権の有無は時の政府が決めるって?

 アホ言いなさい。基本的人権は天賦のものよ。神より保証された生きる権利よ。もしも時の政府が認めないというのなら、「時の神」たる私が直に、賦与しに舞い降りるまでよ。

 と、

「ノノ!」

 自動小銃の威嚇射撃が、はしゃいだ空気を引き裂いた。

 一瞬にして凍り付いた教会内で、女達の顔が絶望に塗り変わる。

 誰だよ空気読めない奴は、と顔を向ければ、髭面のいかにもなアラブの2人の男が、女達を散らしてコチラに歩いてくる。

 対面した。

 銃口を向けられた。

 無言で銃口を掴んで、手首のスナップで銃身をへし折った。

 何をされたのか理解できない髭面が、目を点にして私を見下ろしている。

 女達はそれを見て、安堵して騒ぎを続けた。

 そんな女達を黙らせようと小銃を向けた二人目の男から、姫子が得物を取り上げて三つ折りに粉砕すると、空気はアッサリと元に戻った。

「で?」

 感情を込めずに促した。

 力を失った髭面は無言で一歩引く。

「な、なんで政府軍を見逃した。あの戦車が無事なら、奴らはまたやってくるぞ」

 震える声で、それだけ言うのが精一杯だった。

「何度来たって追い返すだけよ、こんどは、ここに居る女達でね!」

 その一言が、引くほど熱烈に、教会の中の女達から喝采を浴びた。

「そもそも、あんたらが情けないからこんなことになったんじゃないか!」

「銃が無ければ何も出来ない腰抜け」

「無駄飯くらいなら政府軍より酷いさ」

「これからは、女がこの街を守るさね」

 大合唱だった。

 溜まりに溜まった鬱憤が、一斉に噴出していた。

 連携したおば様の群れは無敵だ。

 男達は怯えた猫のように後ずさりながら、教会の入口まで後退する。最期に残った自尊心からか、入口近くに居た少女の口を塞ごうと手を伸ばした瞬間、少女の『杖』が発光して雷撃が男を襲った。

 悲鳴も上げられずに地面に伏した髭面を、もう1人が大慌てで引きずって逃げていく。

「あ、言い忘れてたけどその『杖』、自衛機能あるから。女から取り上げようとしたり邪魔すると、容赦なく電撃走るからね」

 爆発的な拍手が私に向けられた。

 同時に街中から、数件の野太い悲鳴が奏でられる。

「とりあえず、刀狩りが必要じゃね?」

 姫子の提案も尤もだ。

「そこはおいおい、自動的に処理しよう」

 『杖』がやるべき事は無限にある。

 が、まずは生活を取り戻そう。

 腹が減ってはなんとやら。

 戦争を跳ね返そうというのなら、尚更、それ以上の力がこちらには必要だ。

 狼藉者を追い返して大爆笑の教会に、ラシード医師が困惑顔で走ってきた。

「あの電撃、もう少し抑えてくれないと入院が必要なんだが?」

「女に暴力を振るいさえしなければ、『杖』は無闇に発動しないわよ」

「やっぱりそうか、そうだと思ったんだが……」

 肩を落として病院に戻っていくラシード医師には同情しか無いけれど、日常的に妻や娘に暴力振るうようじゃ、この街の治安もどうにかしないと駄目だな。

 課題は山積。

 資源は有限。

 あるのは無限の魂と、ただ「普通」を求め続ける素朴な願い。

 その普通だって、そのうち真ん中より、理想を追うのが当然だ。

 誰もが笑顔で、傷つかず、お腹いっぱいご飯が食べられて、当然のように明日を迎えられる、そんな「贅沢な普通」を。

 そんな「前」だけを見据えて。

 私は行こう。

 同士はそうね、夢追う美女、「Dream Fighter」として、誰でも歓迎する。


 さぁ、私たちの闘いは、これからだ!

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