春の逝麺争奪戦・珍珍清姫ものがたり・9
「ところで早苗、あんたいつまでこないしとくつもりやっ」と、グダグダと甘える早苗に困り果てている訳ですが。
はい、早苗に与えたうちの母乳、めちゃくちゃ効いているようなのです。
どないしてこの巨大児童を排除してくれようか。
そう…うちは正直、早苗を籠絡する気が起きないんですよ。
言うなれば昔の知り合いで、しかも事ここに至るまでの経緯を知っている人間です。
とりあえず早苗に飲ませてます、ワイン。
アテにハムもつけて…ベラ子が貴賓食堂の冷蔵庫からストックをもらって来てくれました。
反抗期の傾向のあるベラ子ですが、こういうところは普通に気を利かせてくれます。
そこまで気を使ってくれるならば、うちが嫌がってる作業を代わりにやるとかしてくれると、親としても嬉しいのですが。
(母乳の件がありますから、2時間とは言いません。じっくり早苗さんに飲ませていい気分にさせてください)
お前がやってぇな…。
という訳で、うちも付き合いで飲んでいます。
更には、給餌役…いえ、給仕役を兼ねてリミルシューネちゃんが部屋に残ってくれました。
(実は試作品のトスカーナワインに切り替えています。甘口ですけどめちゃくちゃに酔いますよこれ…)
えっと、未成年の方はお酒が飲める年齢になってから注意が必要になるお話です。覚えておいてください。
果実酒のような香りのする日本酒…特に生酒で冷酒とか、あるいは今出されているワインのような糖度の高いお酒、アルコール度数だけで判断して飲み過ぎると大変な事になりますよ。
ウォッカはもとより、蒸留酒のコニャックやグラッパ、ウィスキーよりも酔いの回るのが早くて、しかもものすごく酔えるんです。
発酵食品に慣れてアルコール分解酵素を一杯持ってるはずのうちの生身の身体の時ですら、ポン酒やワインは要注意酒でしたから。
で、早苗。
本当なら痴女種、それも千人卒以上であれば酔いません。
厳密に言えば、酔っても迅速に元に戻ります。
ですが、グラスを空けるたびに支離滅裂な口調になっとります。
更には朦朧とした目つきに。
「これ…何かしたん?…」
「マリアヴェッラ陛下からの指示です。通常人類と変わらない肝臓機能に戻していますよ」あっさり答えるリミルシューネちゃん。
(バッシートほど露骨に甘口じゃないんですけど、黒ブドウの実を干してからワインにした製法で作ってもらったんですよ。ええ、早苗さん、おいしいおいしいって飲んでたでしょ)
べーらーこー。
あんたは何を飲ませたんや…。酔い潰してベラベラ喋らすどころか、完全に潰れとるがな…。
(えええええ? 早苗さんならもう少し…)
(お前まさか、うちやお前の酒量基準で考えてへんかったやろな…)
(ええ、こないだの飲みっぷりも参考に)
(…あの時の人間やめる酒より効くんやぞ、この手のワイン…)
ええ、確実にベラ子の勘違いです。酔い潰れるお酒の量、完全に間違えてますね。
しかし、どうしたもんかいな。
(聖母様。アスモデウスでございます。聞けば望まぬ性交にお悩みであると伺いまして。マリアヴェッラ陛下、よろしければ聖母様に知恵をお授けしたく)
(はぁ…変な入れ知恵さえしなければ、あたしは構いませんよ)
(まぁ、一つお聞き下さい。この飯島早苗なる娘、そもそも痴女皇国行きに合意した経緯はともかく、目下執着しておりますのはマリアヴェッラ陛下その人です。その性欲と羨望の対象に聖母様を充てようとしても上手くは行きますまい。恐らくは性交に及んでも互いに不完全な快楽となり、却って相互に不信を抱くはず)
ふむふむ。
確かにそうなる可能性は高いです。
そもそもうち、早苗相手だとイマイチやる気になれません。
ベラ子ほど割り切ってちんぽを使えないのです。
更には早苗を性欲の対象に見ようにも、イマイチ気分が乗りません。
どうしたもんかいな。
(聖母様のお身体、私が操ろうにもそれなりのお強い加護を授かられておいでのご様子。どうも私の力で盛らせるにはいささか荷が重い話でございます。で…)
ああ、そうか…今のうちはエマちゃん謹製マテリアルボディ装備。
言ってみればうちの思考、身体に接続されている多重空間光/量子回路で有機脳の活動をエミュレーションしてるような状態だそうです。
そりゃ、堕天使の方々が操るとしてもしんどかろ。
(そこで提案をさせて頂きたく。有り体に申し上げますと、飯島様がマリアヴェッラ様に認められる為には更なるご努力を必要とするように見受けられます。率直に申し上げて飯島様、人格にも能力にも問題ありきなお方のご様子。我らが同志バエル、如何とするか)
(ふむ…聖母様、マリアヴェッラ陛下、リミルシューネ殿。バエルでございます。…要は飯島様が陛下に認められる実績をお上げになれば如何なさる。既に田野瀬麻里子様ですか、能力故に陛下の寵愛を受けておられる方もいらっしゃるご様子ですが)
(うーん、たのきちはねぇ…あれは家畜の部類ですからねぇ…)
(陛下の対象への取り扱いはともかくですな、飯島様に何がしかの知恵を授け、そちらのお国に役立つ方にさせて頂く助けとするというのは如何。普通なら悪魔の知恵を授ければ世を乱す危険がと恐れる向きもございますが…そちら様であれば人の頭の中をそっくり書き換える事も可能、仮に人によろしくない邪智に目覚めても対処頂けますかと)
(ベラ子、マリ公、どないする)
(えっとね、バエルさん…誰から知恵授けさせるつもりよ。候補の名前を挙げてくれるかな?)
(は、マリアリーゼ陛下。まずはこの不肖バエルめと…アガレス、グシオン、フォラス、ストラス、ハーゲンティ、アロケル、アンドレアルフスを待機させてございます。もしも人選にご希望がございますれば)
(何でぇ、知恵持ちのオールスターかよ。まぁ、そんだけ揃えてくれてんのに何も思いつかねぇようなら人間やめますかってレベルだよねぇ。いいよ、ちょっとばかり力貸してくんな。あたしの方に来てくれ)
で、高いびきの早苗にマリ公が遠隔でアクセスしてごそごそやっている雰囲気が。
ふむふむ。
(ベラ子。これさぁ…かーさんが早苗さんに手を出すの嫌がってたの、正解かも知れねぇぜ)
(え、何でですか)
(ちょっと考えてみな。早苗さんがお前をロックオンしてるのは単一理由…つまり、性行為技術と身体だけじゃないって事だよ。もっと言うと旦那の代わりめいた存在として狙ってるな、これは)
(えええええー! 確かにその傾向はあるってわかってますけど…)
(マリアヴェッラ陛下。飯島早苗様は陛下を男性同等、もしくは代替品として考えておられるのです)と、バエルさんが衝撃的な事を暴露しておしまいに。
そうです、早苗…単にベラ子と身体的なスペックが同じのあたしを用意したからと言って、はいそうですかとあたしに乗り換えてくれないんじゃないかって懸念、当たってたみたいなんですよ。
(聖母様。仰せの通りでございます。聖母様は既に婚姻を済ませておられる。即ち、その先を願おうにも不可能であらせられるかと)
ええ、ベラ子の愕然とした感情が流れて来ます。
そう…早苗、マジ惚れだったみたいなのですよ。
ですから浮気とか、あるいはうちらの日常的な精気授受の関係だけで早苗をなびかせようとしても不可能ではという読み、当たってたんですよ…。
(つまり何ですか、ちんぽだけで負けてくれそうだと思ってたら、その先の要求や願望があったと…)
(そういう事や…お前も基本は女やからわかるやろ…男はあまり先の事を考えて結婚せんかもわからんけどな、女性は割と先を見るんや…)
(確かにそれはあるな。ベラ子、端的に言うと…男性の年齢が50歳60歳になったり、あげく定年後の年金受給額どころか…厳しい女性だと遺族年金の受給額すら考えて結婚相手を選ぶ人だっているみたいなんだよな…)
(それって取らぬ狸の皮算用って奴になりませんか…?)
(いや、日本だと遺族年金は在職中…国民保険を支払っている間に支払者が死亡した際に遺族が受給できるんだよ。だから合ってる。そしてだ…これは、旦那が不慮の事態で死亡した際の生活設計すら考えて結婚相手を選んでいる人がいるって事なんだよ…)
(早苗さんはそこまで考えていたようには思えませんが)
(ベラ子。お前…今、自分の立場が何かを考えてみてみ?)と、うちもマリ公に援護射撃をしておきましょう。
(かーさんの指摘したいのはこうだよ。お前は人間より遥かに長寿だし年も取らない、しかも痴女皇国の頂点だろ? つまりこれから先の早苗さんの人生を預けるにはお前しかねぇんだって思われてんだよ…)
(だからあたしは結婚とか当分考えてない訳でして…)
(お前の方針はともかく、早苗さんはそう考えている訳だよ…。だからさ、お前が振ったとしてもそう簡単にはいそうですかと諦めるかって言うとだな…思考シミュレーション結果出してやっから見てみな。ほれ)
ええ、数年は執着しそうです。
そして、この辺りの人情の機微を読むのが苦手なのが意外に苦手なベラ子という印象ですが。
(いや、かーさん…この辺りのドロッとした感じの感情的な執着をベラ子に理解しろってのも厳しいかも知れねぇぞ? ベラ子はかーさんほどには日本人慣れしてねぇだろ、たのきちは理論的に考える部類だし、りええに至っては必要とあれば割り切る部類だから、早苗さんよりは遥かに現実的に頭を切り替えられるんだ。…そうだ。早苗さんはな、かーさんと父さんにものすごいコンプレックスを持ってるんだよ。だから、それ以上の幸せを与えてやるか…さもなくば幸せに向かって走り続けさせるしかないだろうな…)
マリ公の悲しそうな声が全てを表現しているのかも知れません。
(ですが、飯島様には痴女皇国のために働いて頂かねばならない。我ら堕天使もそちらに食客となっております身の上でございます。何が出来るわけでもございませんが、お手伝いはさせて頂きましょう。夢を追いたいなら追わせるも進む道かと)
(それ、不毛な道程になりませんか…バエルさん…)
(マリアヴェッラ陛下。そちらの室見様や田野瀬様が良い先例となりますでしょう。お二方は痴女皇国で然るべき地位を最初から求めておいでだったか。そこをまずお考えになられては)
(ベラ子。りええは直感で行動する女だ。後先考えずに痴女皇国に来たが、それは結果オーライでそれなりの結果を作ったろ。それにりええは今の立場になるまで、決して楽をしてねぇだろ?)
(確かに…それに理恵さんはあたしでなくて母様に行きますしねぇ。決して皇帝に媚びる姿勢を見せないのは逆に好感を抱くところでもありますし)
(で、たのだ。たのきちも本来の仕事でなく新しい分野の人事開発…孤児院を提案して運営を軌道に乗せたろ。そこに私利私欲があるかってぇと、ベラ子が一番よく知ってんじゃねぇか?)
(ですね。あくまでも新規の精気供給源を開拓するのが第一。そしてショタ需要の決して少なくない痴女皇国女官のモチベーションを上げる事にも成功しています。更には成長すれば優秀な女官や労働者のなり手を育成する体制を作りました)
(福祉の精神はあっても、自分が痴女皇国で成り上がる出世欲に駆られての事じゃねぇよな)
(ええ。使命感はあってもそういうがめつさは全くありません)
(まぁ、あるとすりゃ、雅美さんかジョスリンだけど…)
(まーりーあーちゃーん。確かにあたしはその辺がめついけどさー、マリアちゃん押しのけて痴女皇国を牛耳られるほど自分が将器でもないって自覚してるわよー。せいぜいベラちゃん未満のお飾りがいいとこよー)
(雅美さん、あたしがいるのが分かってその科白、少し感情的に許せないものがあるのですが)
(ほほほほほほ、悔しかったら堤防勝負よっ)
(はいはい。あたしが欲しいなら素直にそう言って下さい。で、雅美さんは出世を諦めたんですか?)
(つーか内務局長の内示が出てんのにさ、わざわざそれ以上求めてどうすんのさってところ。あたしは黄さんほど覇気に満ちてないし、初代様と子供作ったし、まぁ痴女皇国での立場や地位はこんなもんだろって思ってるわよ。それに何もしなくても仕事の方から来るからねぇ…マリアちゃんがしんどい案件ばかり回すからっ)
(あたしは雅美さんだから出来るって思ってるだけだぞ。ふははははは)
(ほんっとにもー。でさージーナちゃん。飯島さんって…男性経験人数、少ないよね…)
(うん。確か2人くらいのはずやで)
(それが問題だと思うのよ。マリアちゃんがさ、飯島さんをジーナちゃんの相手にさせようというのにストップかけたのもわかるわ。この子、なまじベラちゃんが相手したせいで、理想の対象に思ってしまってんのよ。今、ジーナちゃんをあてがってもさ、飯島さんは神戸牛のTボーンステーキ一口食べただけで無理やり安いサーロインのお皿に差し替えられて食べろと強要されたように感じるわよ。で、ジーナちゃん…クリスくんを巡る過去の経緯があるからさ、下手にジーナちゃんが噛まない方がこの件は捗ると思うわね…)
(なんちゅう例えを…まぁ、雅美さんの言いたいことは分からぬでもない)
(だからバエルさんが手を打ってくれた件の内容、あたしも正しい処置と思うわよ。理恵ちゃんにしてもたのちゃんにしても、まず自分がやれる事をやって成果出してるからダリアちゃんもベラちゃんも認めたし、何より初代様を筆頭に家族会も認めたじゃん)
ええ、雅美さんが言った家族会の合意、これ何気に重要なんですよ。
聖院でも痴女皇国でも、代々の行政監査組織として機能している歴代金衣・銀衣の意識集合体たる家族会。
この面々の合意があれば、文句を言う人間、痴女皇国にも聖院にも、そうそうおりません。
たのちゃんの財務入りが初代様肝入りで決まった話なのはもちろんですが、理恵ちゃんの女官長就任もちゃんと家族会のOKが出ています。
(それと…聖母様、マリアリーゼ陛下、マリアヴェッラ陛下…よろしいですか。これは我ら堕天使、飯島様へ我らが手を貸す際にも敢えて手を付けずにおいた件です。飯島様は正直、そちら様で言う精気授受、誰でも彼でも行うという風潮を苦手にされておられるご様子。即ち、売春行為についても生理的に嫌がっておいでです)
(ベラ子…これも、当初の方針を撤回してかーさんを飯島さんに充てがうのを中止しようぜってあたしが言い出した理由なんだよ…飯島さん、な…内心では高望みする傾向や、果ては理想の相手を追い求める癖があるのはわかるよな。だから理想じゃない相手との精気授受についてもカイゼンが必要なんだけどさ、それをするには人格改造めいた事が必須なんだ)
(でねベラちゃん、バエルさんたちの悪魔の能力で飯島さんを堕落させるのは簡単なんだけど、それをするとさ、この生物化学研究室にこもって学究の徒をさせるのに不向きな淫乱が出来上がる可能性があるの。だから、あえてアスモデウスさんやゼパフルさんのような、性欲とか恋愛感情を操作するのが得意な堕天使さんたちの仕事、一旦止めてくれてんのよ)
(でなベラ子。何も性急に全てを解決する方向で焦る必要もないんちゃうかと思うんや。幸いにしてこの生化研には今まさにうちがおるこの部屋があるやろ。つまり、このゲストルームで寝起きすると、必然的にメインルームでクリスやらうちやらベラ子があれこれする光景を見聞することになるやないか。そこで何か閃くもんはないか?)




