春の逝麺争奪戦・珍珍清姫ものがたり・3
「えええええ!マリアンヌ!まさか早苗さん、ベラちゃんにホの字…」
「皆まで言ったげないでよ。…確かに、気持ちはわかんなくもないわね。あたしら一緒に仕事する事もあるから慣れてるだけで、男目線で見ればベラちゃん、ちょっとやそっとじゃない上玉よ上玉。かーさんみたいに変な癖とかないし」
「マリアンヌ。あんた何が言いたい」
「はいはい。でもかーさんもさ、クレーゼおばさまが一時期べったりだったよね…あれよあれ。ほれスザンヌ、かーさんは今でこそ評価も定まってるけど、一方で女官のみんながそれなりに精気授受の相手にしたがっている現実もあるじゃん」
「ですわねぇ、確かにジーナおばさま、露出癖とか色々と話はありますけど、女官の皆様から根本的に嫌がられている話、請願にも出ていなかったはずですわよ」
娘の発言にギョっとしますが、言われてみれば思い当たる節、ありまくり。確かにうちの相手を拒まれた事、なかったよな…。
「まぁ、かーさんには悪いけどさ、かーさんですらさ、未だに女官のみんなからは男扱いされてる訳じゃん。その娘のベラちゃんがモテてる理由、単に皇帝の地位についてるだけじゃないのって、かーさんも理解した方がいいわよ…」
「そういうマリアンヌはどやねんっ」
「あたしは…18歳モードになった時の話だけどさ、学院寮じゃ正直、モテてる部類よ?」
事もなげに言い切るマリアンヌですが、確かに娘の記憶を辿るまでもありません。
こやつもうちの娘、男子児童からのみならず、意外にも女子児童の評価も高く。
「コツがあんのよ。早苗さんも気にしてると思うんだけど、痴女宮だと売春のお仕事があるでしょ。あれを中心に、本当に自分が出来るのかって不安に思ってる子が結構多いのよ。その不安を取り除くためには、他の先輩の経験を追体験させるの…これはスザンヌの助けも必要だけどね」
ふむふむ。うちの娘、なかなかやることはやってくれているようです。
「それだけじゃなしに、団体生活の心得とか色々あるじゃん。集団で暮らす経験が薄いか、村なら村で暮らす諸々いろいろ覚える前に聖院や痴女宮の厄介になったりとか、正直、中世時代の孤児になる経緯を考えたら教育する方も手間だけど、される方も本当にあたしは僕は大丈夫なのかって子ばっかりでしょ」
「マリアンヌ。それは成人後に痴女皇国に来る出家者も同じでしょう」
「だね。そしてベラちゃん、あれで面倒見がいいのよねぇ。ほらほらかーさんも雅美さんも、学院寮でやってるお誕生会あるじゃん。あれの変形拡大版でさ、女官の誕生日にメッセージと記念品、それから可能ならなるべく上の人が参加してお祝いしてくれるでしょ、貴賓食堂で。あれベラちゃんのアイデアなんだよね」
ああ、それも聞きました。
貴賓食堂の料理人や給仕担当女官の技倆維持のための試食会、あれだけじゃもったいないという事で、誕生日の女官のお祝い食事会にしようって事でベラ子が稟議を出したんですよね。
どうせ給食費用を使用するならと、たのきちと合同で提案して通ったやつ。
今のところは痴女宮住まいの女官にしか出来ませんけど、将来は各地域本部でも同じような催しをしようって事で世界各地の地域の組織化に努力しようという動きにも繋がっていたはずです。
考えてみれば、福利厚生の点についても聖院が全く努力をしていなかった訳じゃないんですけど、うちを筆頭に連邦世界に由来する習慣を知っている人間が逐次流入することで、聖院世界の生活習慣に進革が起きているのも事実です。
「かーさんがモテるのもそこにあるんじゃない? 仕事が早くて面倒見がいい。うちら女だからやっぱり、頼み事を無視しなくて話が早い人をありがたがって当然じゃん。リーゼ姉が支持されてんのもやっぱり、話が早い上に下々まで見てるからだと思うのよね」
「リーゼ姉やジーナおばさまのNB行きを強く希望されているのも、その辺があるとお聞きしてますわねぇ」
お前ら、高評価はともかく、NBに行く話を持ち込まれてるうちはたまったもんやないんやぞ…。
「だからかーさんもベラちゃんへの引き継ぎに力を入れざるを得ないんでしょ? あたしらが高校に進学したらって話になってるけど、本当は今すぐ来て欲しいはずよ…お祖父様」
「それを言わんといてくれ、痴女皇国世界の安定化も図らんとあかん立場やねんから…」
「だから雅美さんの内務局長昇格もスッと通ったんじゃない。本当なら雅美さんなんてゼンカモンよ前科者」
(マリアンヌちゃーん…あたしにそれを堂々と言うの…?)
「ほほほほほ。あと学院寮でホラレモンじゃなくてホラセモンなのは内緒よっ」
(こらこらこらぁっ!いらん事までバラさないで!今度掘るわよっ!)
(あたし雅美さんに既に掘られた事あるじゃん。で、男の子を掘ってるのも知ってるわよ…)
えっと。それ以上言うなマリアンヌ。
男の子たちから苦情、入ってるから。請願処事案でうちが処理したから。
「でも雅美さんの評価、全裸作戦でまた上がったとみて間違いありませんわ。家族会でも内務局を任せてよいと判断されておりますし、クレーゼ母様はまだしも、デルフィリーゼお祖母様が稟議に承認を出されたのは大きいですわよ?」
あまりにひどい話題に行きそうなのをマリアンヌが軌道修正してくれました。よし、えらい。
(まぁ、あれの成功で欧州へのテコ入れ話が一気に進んだのは間違いないしねぇ。バーデン=バーデンとストラスブールに支部作れたのは一大進歩だってマイレーネさんからも言われたし)
「初代様との仲のお話はどうされていますの?」
(初代様に身体がないとどうしようもないわよ…ベラちゃんが仲立ちしてくれてるけどね、一年は反省タイムだって事で、家族会はもちろん、十月会議の方々からも話が来てるしさぁ…)
つまり初代様の復帰はないか、あっても遅れる方向になります。
これも実は困った話ではあるのです。
と言いますのも、人間だけ増えてもしゃあない。
実務が出来る幹部がうちは欲しいのです。
しかし、前から話が出ております通り、痴女皇国で新規出家女官が入寮した場合、初期教育終了までに4〜5週間を要するのです。
(財務研修が入ったからねぇ。女官1週間、騎士1週間、聖院1週間、財務1週間だっけ)
「えっと、支部配属者は聖院学院福祉部1週間と、矯正部預かりで刑務騎士1週間ずつが加わりますわね」
「支部やと未成年者の保護とか、配属罪人の管理も自分らでせなあかんからやったっけかな」
「そうですわおばさま。更には…聖母教会の場合、輔祭としての教会業務の他に色街旅館での研修もありますからプラス1ヶ月または半年ですわねぇ…」
「プラス半年言うのは…」
(千人卒で司祭認定試験研修者が該当するわね。痴女宮本宮で千人卒と同時に聖母教会司祭への認定試験を目指す…言ってみれば千人卒騎士兼務者養成コースの聖母教会版よ)
ああ、千人卒昇格がかかりやすくなるって煽ってたやつか…稟議書来てたな…。
(ほら、ジーナちゃん、全裸作戦の時でも北ドイツで教会作ってくれって請願一杯もらうとか、乳上がボヤいてたけどハンガリーやチェコ辺りの東欧全域のあっちこっちから聖母教会作ってくださいってお願いを寄せられてんのよ)
「あったあった。あれは確かに、毒盛りの兄ちゃんも帰り間際に言ってたけど、聖母教会の場合は女官が輔祭か司祭として必ずいて欲しいってマリ公とベラ子に頼んどったやろ。うちも確かにあれは必要やと思うけど、あの教育したらちょっと特殊な女官にならんか。聖母教会担当の統括部署がいずれは必要になると思うねんけど」
(それがあるから初代様復活か、せめて二代目様のルルド番外してって家族会には申請してんだけどねぇ)
「こっちから女官を選ぶにしても、聖母認定者でないと恐らくそれ、あかんと思うし…待った雅美さん。今、聖母認定者って誰がおったっけ。えーと、うちにベラ子にマリーにマリアンヌに…雅美さんは?」
(あたしは八百萬神種眷属認定だけよ。ルルドでもそこまでは言われなかったと思うし)
(ベルナルディーゼです。聖母教の司教なり女聖教を定めるとした場合は、雅美さんでも構いませんよ)
「おや二代目様やないですか…ほれ、うちがNB行くのどうこうの話があるでしょう。んで痴女皇国が相も変わらず人欲しい話になってまして…」
(聖母様、そのお車にもう一人、聖母認定者、おりますわよ。ほら、スザンヌちゃん)
「えええ? スザンヌを聖母扱いですか…?」初代様が投げた爆弾発言ですが。
(母に代わり説明しましょう。確かに高木スザンヌさんは直接には聖母様のご血族ではありません。しかし、聖母種は一種の潜伏隔世遺伝…そちらのお言葉ではこう申しますとお分かり頂けますでしょうかしら。そして田中雅美さん、あなたは確かに聖母種ではありませんけど、なにせ母が気に入っておしまいになりましたからねぇ…)
「え。ってことは…」
(何か悪い予感がするんですけどっ!)
(まぁ端的に申しますと、ヤスイ・ジンジャの阿波内侍様。あの方が端から身体をお持ちの状態にあるようなものでしてよ、今の雅美さん。ただ、あなたにはマリアリーゼが痴女種同等の人工身体を渡していますから痴女種として振る舞っているだけに過ぎません。これは阿波内侍様も同様の状態ですわね)
「うーむ。雅美さんはまだしも、スザンヌを聖母教会の聖女扱いとかなぁ…それにスザンヌ、あんた耐えられるんか? 多分修道院生活まがいの事、する羽目になるぞ」
「おばさま…ものすごく失礼な扱いをされております気がいたしますが、それはともかくですね。あたくしへの愚問となりますわよっ」
「皆まで言うなスザンヌ。あんたがそう言う拘束される話を基本的にどう扱うか読めいでかいっ」
うん、スザンヌはクレーゼさんの実の娘です。更にはうちの義父になりますが、高木義夫さんの実の娘です。
規則や規制を自分が作るのはまだしも、人に作られたそれに従うのはものすごく苦手。
更には性欲の虜になりそうな人物両名の遺伝子をきっちり受け継いでいます。
態度や口調こそマリアンヌより上品に思えますが、中身は全く正反対。
むしろマリアンヌの方が自制抑制が効いてるんですよ…。
(お義姉様。あたくしまで評価がだだ下がりになるような話をなされますと悲しいものが)
(クレーゼ。事実であろう。それよりお前、新年度向けの女官業務報償査定処理の監督と点検、まだ半分は残っておるのだぞ…いちいち心話で他人様が言われるお前の評判を見聞しておる場合か? それとも墓所での説教が良いか選べっ)
ああ、修羅場の最中なんですね。
「これはクレーゼさんが悪い。そう思わんかスザンヌ」
「ええ、確かにお祖母様に睨まれるような事は不味いと思いますわ。お母様、ここは諦めて頑張って下さいまし!」
えーと、スザンヌもデルフィリーゼさん、苦手です。
なにせアレーゼさんが更に厳格になったような方です。拳で説教をしかねない人です。
「っていうか何ですか一体、皆さん下手したら別次元とか別空間とか別宇宙にいるわけでしょう。それで普通に会話できるのが何かこう、口開けて聞いてるしか出来へんのですけど」
早苗、せやからこの子らの普通はうちらの異常…ああ、うちも身体に生体インターフェイス入ってた時は、心話使わんでも無言会話なんか普通にやってたな…。
「ああ、慣れたら普通ですわよ。相手の顔が見えないだけで…必要に応じて見ることも出来ますわ」
「そーそー、スザンヌの言う通り。ま、あたしとスザンヌは普段はなるべく普通の人間として振る舞ってるけどね」
そうそう、こんな話をしている間にも車は阪和自動車道に入って…和泉中央駅の側の直線を通過していますよ。
「一応名目では会社の代用社宅に入るんですよねぇ」
「ただ、防諜体制を取る必要があるからなぁ。マリ公がうちの身体の機能を使って対策をしてくれる言うとるけど…」
いや、何するかは既にマリ公から聞いてるんですよ。
ただ、早苗が合意するか、それが不安なんですわ。
とりあえず早苗の新居は…。
「ところで吹田ってどこですの?」
「吹田は吹田やないか…あと吹田言うても広いねんぞ…」
ええ、こっちは予め引っ越し部隊を動かすから代用社宅にと調達されたマンションの場所を聞いております。
「なぁ、早苗…あんた、大学の学部、そもそも吹田市域やったやろが…忘れたんか?」
「言われてみれば確かに」
「うん、さなえ号を召し上げたんは正解やったかも知れんな…あんたが千里ニュータウンの近所を走らせただけで迷子になりそうな予感はしたんや…」
で、その広い広い吹田市ですが、天の声曰く「宇宙人と地球人のご夫婦が選挙の期間中住んでたとこよりもうちょい西の辺、椅子のモケットは緑のアンゴラで貼ってるけど電車は茶色じゃない○急の系列企業の路線の駅と車庫があって、霊園や緑地がある結構ええとこ」のワンルームが早苗の新しいヤサらしいです。
何でも、早苗の出身大学にも比較的近いのと、勤務先の大阪本社が元々梅田のビルだったのが例の核攻撃の余波で移転して、現在は江坂に大阪本社を置いてて比較的近い場所を、という事でそこになった模様。
(チャリで通おう思うたらいけるかも知れへんのですけど、結構坂がきついらしいんですわ…)
で、吹田インターチェンジで近畿自動車道を降りて中央環状線に入って、更に新御堂筋と車を進めて行きます。
そうそう、有田ICで高速に乗る直前から、何気に警察車両がそーっとうちらの前後を固めていますが、これ実は大阪府警の車両ですけど、捜査車両じゃないんですよ。VIP警護用の黒いセダンです。
(こちら加藤です。緑地公園駅の東側の山の手の方で良かったんですかな)
ええ、公安外事が建前上の所属の加藤刑事です。実際の所属がどこかはともかく、特殊能力を備えた方で普段は江戸城だった場所の中で、若様の近くでお仕事している人です。
「うん、わざわざすんませんねぇ…うちらも別に警備いらんでー言うたんですけどねぇ」
(いやいや、高木閣下の移動時、本当は警護を付ける規定ですしねぇ。それと飯島早苗さんの件で連絡させて頂きたい事もありましたので)
「ふむふむ。どうも加藤さん、政府としては早苗の件、あんまいい顔したくないみたいですなぁ」と、中央環状が混んでるのを良いことにぼそっと。
「え?!どう言う事ですのん?」
「お待ち早苗。あかんかったら加藤さんやなしに別の人が来とる話や」
(ええ、飯島さん…ご安心ください。確かに日本政府は武器や軍事技術の輸出自体は昔に比べてかなり緩和しておりますが、痴女皇国や聖院の世界向けには依然厳しい規制を続けている状況です。しかし…だからと言って、皇室と比丘尼国の関係もありますから藪から棒にあれこれ規制するのも良くはない。そこでまぁ、ジーナ閣下が対策を考えている件、我々としても密かに支援をさせて頂こうと思いましてね)




