ライン沿岸冬景色・若くない堕天使の悩み・1
「ですからいくらハイデルベルクがゲーテゆかりの地だと言ってもですねぇ」
「天の声は何を考えているのか」
はい皆様。
何だってこのジョスリーヌ・メルランにドイツでの話をさせるのか。
それもドイツ人を泣き喚かせるならまだしも助けるような話など。
しかもあの露出狂のメスブ、いえ敬愛する皇帝陛下は速攻ででっち上げられた湯田家の英雄伝説を実際に顕現させるためとは言え、曲がりなりにも黒薔薇騎士団を率いる立場のこの私に別行動を言い渡しやがりますし…。
(ジョ〜ス〜リ〜ン〜。後で解っていますね? 生命の尊さを教える必要をあたしは痛感しているのですよ?)
そうですか。
で、私ジョスリーヌ・メルラン。
連邦世界ではドイツきっての古都として知られるハイデルベルクに来ております。
この街はプファルツ選帝侯領の首都であり、神聖ローマ帝国で三番目の大学となるハイデルベルク大学が所在する学術の町でもあります。
そしてこのハイデルベルク大学、以前のいけにえ村作戦当時にちらっと話が出ました、痴女皇国の学術研究融資に応募して大規模に改良された経緯があるそうです。つまり、痴女皇国の融資先でありまして、反聖母教会・反痴女皇国派も多数の神聖ローマ帝国内では痴女皇国にとって有益な親派でもあります。
ですので、大学を保護し神聖ローマ帝国にとって有能な人材を集め有益な学究を行わせようとするハイデルベルク領主のプファルツ選帝侯、この方との面会も順調に行き、ヴァレンシュタイン公の要求する軍税徴収への対応協力のお話も双方に利のある形でまとめる事が出来ました。
そして、今回。
堕天使の皆様のうち、お一方を配属するから黒薔薇騎士に憑依させてくれという話が来まして。
で、黒薔薇でこの近辺…具体的にはマンハイムの出身のマドモアゼル・ワルトヒルディーネを指名しました。
ただ…この子、マグデブルグで親と死に別れているのですよ…。
ええ、連邦世界でも酸鼻を極めた結果が伝わるマグデブルグの劫掠の被害者です。そして下手人の指揮官こそ戦死しておりますが、当時の副官たるヴァレンシュタインに抱く感情たるや、お察し…ですね。
その後は諸々あって聖院欧州支部を経由して聖院時代末期に聖院本宮に配属、就学女官を経て騎士になり、最終的に黒薔薇に抜擢された人生を送っています。
(黄さん行かせる案もあったんですけどね、あの人は今回、強姦作戦はまだしも堕天使の方を憑依させるのはちょっと…わかるでしょ?)
まぁ確かに。ちんぽも体格もご立派な皇帝陛下の申される通りでございます。
あのマダム・ホンに悪魔憑きなぞさせようものなら、一体どうなるか。あの勝気で残虐残忍な性格を無限大に増強させたらと思うだけで頭痛がしますね。
(では事が終わった暁にはジョスリン対黄さんの怪獣大決戦で。皆に賭博と娯楽の機会を与えましょうか)
その何でもかんでも賭ける英国人じみた発想、できれば私を対象になさるのをやめて欲しいのですが。
まぁともかく、ワルトヒルディーネ嬢に取り憑いたのは憤怒のサタンという堕天使のお方。
怒りっぽいのが特徴ですが、人を怒らせ激情に駆らせるのも得意と申されます。
要は、怒りで我を忘れさせて過ちをしでかす事で負の感情エナージィを得る技能に長けておられるそうでして、悪口雑言罵詈暴言で相手を激昂させるのが大好きだとも説明頂きます。
(ただし、今回は怒りに我を忘れさせるというよりは義憤に駆らせようかと。と申しますのもそちら様が助けられて協力者となった敵方兵士の一団。あの一団が密かに他の兵たちに色々な噂を流しておる様子でしてね)
ふむふむ。
(ジョスリーヌ様でしたらよくお分かりかと存じますが、人にも色々おりますでしょう。とことんまで残忍になり興奮激昂する者もおれば、あくまでも冷徹に残虐な行為に耽る者もあり…ただ、その一方で理性を取り戻して己や仲間の獣性に恐怖する者もおりましょうや)
そうですね。
拷問の見学の際、目の前の光景を嫌がる者、確かにおります。
これは実習だし、相手に何をしても良いと断っているにも関わらず、自分が暴力行為や残虐行為をするとなると二の足を踏むのです。
良く言えば良心の塊ですが、時と場合によってはそれが良くない方向に働く場合があります。
ええ。ジュネーブ条約遵守云々という話になりまして、その人物が見た内容、出来れば世間に晒して欲しくないという事は往々にしてありますので。
そんな場合は…拷問を見学する立場から一転、拷問を体験する立場になって頂く訳です。人生の最後の瞬間まで。
(いやはや恐ろしいお方でいらっしゃる。ですが今回、どちらが悪魔か分からぬような行為はなしでお願い致しますよ。むしろ、身内の悪業非道に義憤を抱いて貰わねば困るのですから)
そう、ヴァレンシュタイン軍の中に離反派を配置しておいてからこちらの有利な状況になるように工作する一方で、ワルトヒルディーネに復讐の機会を与えてあげよう。
このような主旨で北部迎撃班を編成しております。
あと、今回は臨時の副官がつきます。
堕天使たちの長ルシフェルを名乗られるお方…って悪魔の頂点ではないですか…。
痴女種化を受けて能力制限が入っているようですが、それでも一千万卒という辺り、いかに強大なお方だったのでしょうか。
「いや、我らがもともと存在した世界ではない故、堕天使は皆、何らかの制限を受けているのが現状だ。それに私達は元々は我らの神が存在した場所で神に仕えていた訳だし、仕える相手が変わったに過ぎぬ…まぁ、部下は少しばかり活気があるが…」
何やら跳ねっ返りの部下ばかりを持たされ苦労を極めた上司の顔で申されるのですが。
そうそう、この方、顔立ちや全身に少しばかり特徴をお持ちです。
何と言うべきでしょう…そう…美男公に近い、男性めいたお顔とお身体なんです。
日本の方なら…タカラヅカ、とご説明させて頂ければお分かりでしょうか。バレエ団のトロカデロ・ディ・モンテカルロの方々よりは明らかに女性的です。
で。
我が上司たる皇帝陛下にお聞きしたい事が。
他の部下はいずこに。
(あのねジョスリン。ブリーフィングで何をお聞きになりましたのですか。北部方面は貴女方3名でお願いしたいのですが。あ、サタン嬢を含めれば4名ですかね)
ナンヤネンソレ。
聞けば北ドイツから西進南下してくる挟撃部隊、一万名近いそうではないですかっ。
それをわずか3名で…ええ、何と無茶な話を。
「団長団長。別に殺さなくても良いのですよ。それに単純に吸い取るだけではなくて、まずはバーデン=バーデン領内に引き入れてからあれこれする計画じゃないですか。初期の黒薔薇の万卒レベルですら充分ですって。ましてや今回はルシフェル様とサタン様が作戦の主力とされておりますかと」
と、ワルトヒルディーネが取りなしてくれます。
「まずは領内に引き入れれば何とでもなるとの説明、私には納得だな。それに軍団は公国宮殿所在地のバーデン市街を目指して直行、西進する本隊との挟撃を厳しく言い渡されているようだ。で…行儀の悪い敵が抜け駆けや寄り道をしないか、監視しておく人員を割かれるのは止むを得ないだろう」
そうそう。
今回の誘引作戦についてですが、我々は我々で色々と言われているのです。
その理由たるや、敵兵の確保拉致。
これに尽きるのです。
わざわざ傭兵に応募した連中です。
(中には子女家族のために収入をという者もおりますかと。十把ひとからげにせず、罪人判定で言うところの事情犯はよく吟味して妻子の保護にもお努めなさいましよ…)
と、フランス王国が漁夫の利にかられてバーデン=バーデンを攻める事がないよう、ストラスブールで後背地監視の任につくマリー先生から指導が入ります。
この人事も私には困るのですよ…。ええ、私がやり過ぎないか監視する気満々ではないですか!
(ほほほほほ。あきらめて大人しく指示通りに働くのですよこのカエル女っ)
おのれ、おのれ…。
更に。
冬季迷彩服と称して、こんなの送りつけますか普通。
https://twitter.com/fritz0993/status/1502958229176815616?s=21
(それはAHE迷彩と呼ばれた冬季迷彩柄のパーカーとスノーパンツとブーツカバーだそうです。ジョスリンなら着付けはわかるだろうと姉が言ってますよ)
(マリアリーゼ陛下。小官は昨今、懲罰事案を惹起した記憶はないのですが)
(あーごめん。真剣に今、うちに冬用の迷彩服ってないんだわ。ちなみにそれ雪山で着てマジに迷彩になるって実証されてるから)
おのれ、おのれ…。
で、とりあえずその迷彩服を着て。
「確かに意外に雪山では目立たないが…私にも分かるのだが、これは何をどう見ても女性の特徴的な表情ばかり集めた戯画であろう…未来の世界ではこんなものを日常的に着用しても許されるのであろうか…いや、部下たちが人間は堕落したとか大変に喜んでいるんだが…」
「団長。これ、漫画とは何かを知らない人間にも数秒で意味が通じますよ。ありていに申し上げて、このまま懲罰服に使えますね」
…二人とも、皆まで言わないように。
私もAKIHABARAどころか、IKEBUKUROでそういう顔になった男のウスイ=ホンを何冊も手に取った事がありますから。
「しかし団長、この時代に漫画を流行らせる文化汚染になりそうな反面、見るものが見れば新しい絵画美術の表現法に目覚めそうな気がしますよ。我々女官なら購買で販売されている電子EROMANGAでお馴染みの絵柄ですけど、この時代の人々には斬新な春画と映るかも知れません。確か日本の春画を欧州に輸出する話もあったかと」
はい。聞いております。
なんでもトウシュウサイ=シャラクやテツボウ=ヌラヌラなる絵師がウキヨエを既に何枚も世に出していて3代目ジェネラルに予定されているイエミツ様が頭を抱えていると。
仕方がないので男色家のイエミツ様にマサミ=サンがウスイホンを献上したり、はたまたほもっているウキヨエも描かせる事で懐柔しているとも。
とりあえず我々としては、さっさと作戦を終わらせたいのですが、肝心の軍団が来てくれないと話が始まらないのです。
ですので密かに街道の除雪やら、食料や牛馬の餌の調達支援など色々と裏で手を回しております。
なんでもジーナ様とマサミ=サンが助けた百卒長の取りなしで、北軍長とやらが百卒長の知人が仕えているプファルツ選帝侯に事情を説明したところですね。
選帝侯から「我が領土のすぐ南側でかような事をされれば自領経営に迷惑千万。討伐には是非協力させて欲しい」と使者と共に軍糧やら薪やらを届けさせているそうです。
むろん、お芝居です。
軍税や軍糧は我々が提供しています。
その代わりに我々は大学での教育内容についての「支援」や、聖母教会建設についてプファルツ選帝侯領内に便宜を図ってもらうのと、ライン川水運についてバーデン=バーデンとロレーヌ船籍の船の通行税無料証明を出してもらうという事で納得して頂きましたよ。
ま、水運についてはラインの川船利用が盛んになればプファルツ領内でも物流が盛んになるのが期待できます。その辺りはプファルツ選帝侯、先を読める領主のようで、二つ返事で了承をなさいました。
(あの帆も櫓櫂もない船がラインを軽々と遡るのを見て我々に与しない領主はいないでしょう…)
(確かにあれを見て利を考えない者はいないだろう。まぁ、皮肉な話だが我が配下、人の欲に敏感な分、人間の利益に関わるものごとにも聡くなっておるんだよ)
(悪魔の知恵を拝借するために召喚するという言い伝えもありますようで…お許しを頂ければこの世界にも悪魔伝承を伝えさせて頂きたいのですがねぇ)
(これこれサタン。どうせアスタロト辺りに要らぬ考えを吹き込まれたのだろうが、こちらの世に我等の存在を広めるのはよろしくはないぞ)
(いやいやちょっと待った。ルシフェルの姐さん、あんたらの存在を神学の一分野として広めるなら、うちは協力してもいいぞ?)
へ。
マリアリーゼ陛下、何を言い出すのですか。
ルシフェル殿はともかく、他の堕天使はかなり危険な存在ですよ…。
(まぁまぁ。実はこの世界にはダンテ・アリギエーリって人物はまだいねぇんだよ。従って戯曲の神曲も「まだ」存在しないんだ。だが…それだとちょっと困るのさ)
(ふむ。ではマリアリーゼ陛下、そなたは我等が悪魔として世に伝えられる必要があるとお考えか)
(でさジョスリン。あんたらがいるハイデルベルクゆかりの人間に詩人のゲーテってのがいるだろ。ゲーテの代表作の一つ、なんだか思い出せないかい?)
(えー、あー…確か悪魔が学者をたぶらかす…)
(んだ。ゲーテにファウストを書かせるにゃ、ゲーテが生まれてくるまでに悪魔の概念が世に定着してなきゃならん。で、悪魔学を思い立つのにうってつけの人間がいるんだよ、これがまた…)
はぁ。
誰でしょう。
(連邦世界じゃエアフルト大学を卒業してるんだがな、痴女皇国世界じゃどういう訳かハイデルベルク大学に在籍してる奴がいる。マルティン=ルターってんだよ)
え。
それはまずい気が。
浅学な私ですら、ルターと言えば過日のパリでのボルジア教皇猊下に対しての説明を思い出すまでもなく、聖書記述を基本とした民衆思想革命の契機になった、いわば聖母教会にとっては危険思想の持ち主ではないですか。
神やキリストや聖母と言った偶像ではなく、イスラムのコーランに近い一種の行動規範原本として聖書を捉えて崇め奉るような考え、キリスト教もさりながら、明らかに聖母教の存在にかかわる危険思考でしょうに…。
(だからこっちの世界じゃ、聖母信仰を脅かす敵としての悪魔の体系を研究させんのさ。で、うちらが奨学金を出してやる代わりに悪魔学を取り入れた聖母教会教義の変更に協力してもらうって寸法よ)
それなら納得が行きますが、問題はルターにどうやって悪魔の存在を伝えるのやら。
(人選はルシフェルさん、あんたに任せる。目標は悪魔の存在と天国と地獄の概念をルターに伝えて、現在の聖母教会伝承書に対する新約聖書めいた文書の編纂作成だ。ルターの夢枕に立って、あいつにあれこれ教え込める奴を任命してくれ)