ライン沿岸冬景色・ローレライの岩は雪の中・2
「で。船幽霊みたいなのが出ると」
「出るみたいですね」
「あそこカイゼンしたはずなんだけどなぁ…マイレーネさんが」
(確かに治水は行いましたが、歌を歌う精霊とやら、話には聞いてはおるのですがねぇ。私が赴くと隠れてしまうのでしょうか)
「実害はあったっけ」
(拡幅と水中の岩石除去の後はありませぬ。ただ…歌うたいの伝説を知る船頭が恐れを為す件ですね)
「歌を聞くと引き寄せられ難破する話ですね」
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皆様、今回は私、フローレシェーネがお伝えさせて頂くお役目を申し付けられました。
で、何をお伝えする事になったのか。
ローレライの伝説で知られるローレライ岩。
我がバーデン=バーデンの町から歩いて2日はかかる場所です。
ライン川の舟運に使う川船として痴女皇国本国から貸与された帆なし舟ならば、下りで1刻上り2刻くらいでしょうか。
昔から舟が沈む場所とされておりましたが、スイスからマイレーネ様がお越しになられた際、川底から生えた岩を取り除け川底をさらえ、更には川幅も広げて頂きましてからは、かつての難所も今は昔となりました。
そして楽に川を上れる舟が、物の流れを変えようとしております。
何せ、漕ぎ手を多数擁した船でなくともラインの流れを遡って行けるのです。今までならば下り舟には荷物を積めても川を遡る向きにはつらい、帆だけでは駄目で漕ぎ舟を用意する必要がありましたから。
更には馬も強靭な荷馬と、騎乗に向いた馬種が持ち込まれたり、既に領内にいる馬にも順次治療や改良がなされると聞かされております。
マリアリーゼ陛下の話ではロレーヌとの間の河底隧道に繋がる我が公国との街道を組み合わせて物流の流れを作る。
ひいては国をまたぐ荷物の便が良くなった事を世に知らしめ、横の物流の流れを作る事で帝国内の商運の流れを乱す狙いがあるようです。
しかし…ロレーヌなんて、よほどストラスブールに近くなければお付き合いのある領民はいなかったと思うのです。
一応、国境に橋はかかってはおりますけどね。取ってるんですよ、通行税。
ただ、今後はロレーヌとの交易を増やす方向で、少し変わった租税を市場に対してかけようという話もマリーさんとしておりますよ。
具体的にはストラスブールの商人手形を持っている者は、ライン川を渡ったバーデン=バーデン公国側のケールまでの通行税を免じる。
そしてケールから来る商人にはストラスブールまでの通行税を免じる。
つまり、ストラスブールまたはケールで売る分には無税というわけです。
更にはストラスブールの商人手形を持つ者がケールにお店を出した場合は規模に応じて税を免じるか、もしくは減じる。むろん、ケールからストラスブールにお店を出す場合も同じく無税または減免とするよう、マリアリーゼ陛下の提案を基本としてマリーさんと私の方でそれぞれの国に発布。
そして…聖母教会教皇猊下のご実家の商家、小さな事務所のようなものですけど、ケールにお店を構えられました。
更にはストラスブールに出店。
…これで、ケールのお店の分の納付金や市場税だけで済むようになったわけです。
完全な無税ではありませんが、2店舗を出店できる商家ならば国をまたいでの商品融通…ストラスブールにビールを運んで売ったり、はたまたケールにワインや小麦を運んで売る際に値段を下げるか、より利益を上げられるかを選べるだろう。
そして、さほど大きな町でなかったケールを直轄商業都市として整備した理由。
ケール側の湿地帯を開鑿して港湾として整備、対岸のストラスブールと役割分担して貨物港地帯とする狙いがあるとも説明されました。
「ま、この辺りで算出する燐鉱石や鉄鉱石…ミネット鉱って言うのか。これを積み出すためだよ」
確かに、マリーさんの側になりますけど鉄鉱石は取れるには取れますが、品質は低いと…。
「ところがどっこい。これだけは少し、あたしらの技術で加勢させてもらうよ。こっちの世界にゃベッセマー転炉やトーマス転炉ってのがあってね。こいつを使うと木炭やコークスを無駄に使わずに高品質の鉄鋼を生産できるのさ」
そして強姦作戦によって恭順化したルール地方から採れる燃える石。
石炭というのですか。
品質はあまり良くないそうですが、高純度炭に変える工程を経ることで鉄を作るのに適した燃える石に変えられるそうです。
現時点では北欧の自由恋愛王国から買った高価な鉄を農器具に使っているのですが、これをもっと安くあげられるようになるそうです。
そして製鉄という作業はもとより、石炭とやらを掘り出すにも人の手は必要。
すなわち、大量の男手を要する。
その男から精気を頂く事で、痴女種の食料たる精気も回収出来るとマリアリーゼ陛下は申されます。
「ちょっと年数はかかるけどな。ま、早けりゃ1年以内に製鉄業を開けるようにするさ」
「で、だ…そのローレライの岩の幽霊の話ってどんなんなのよ」と申される陛下。
本日はマリアヴェッラ陛下は試験とやらがあるそうでして、代わりに短時間ですがバーデン=バーデンにお越しになられた際…このローレライの話になったのです。
昔はそのローレライの岩の上に現れる女の歌声を聞くと船は難破したとかいう言い伝えもありますが、聖院時代にこの辺りの川を整備する請願が通った際、水面からははっきり見えませんが、川底から生えるいくつもの岩のせいで船底を壊されるという事が判り、川底を均し川幅を広げる事を行って頂いたそうです。
しかし、そうした整備にも関わらず、近頃はまたぞろ歌声を聞いたの女が立っていたのという話が川舟の船頭や近隣の住民から少なからず寄せられる事態となっているとかで、こちらも紫薔薇騎士にお願いしてその辺りを探ってもらったりしていたのですよ。
「ふむふむ。しかし反応らしきもん、一切ないって報告出てんだよな。…待てよ。紫薔薇が探ったのが見つからない原因かも知れねぇな」
マリアリーゼ陛下のお話では、自由恋愛王国の領地に存在した生贄を捧げる習慣のあった村、厄介な敵が近づくと隠れてしまっていたそうです。
「だから隠れてるんじゃないかと思うんだ。かと言って普通の人に探索させるわけにも行かないしな。よし、偵察要員を用意しよう。フローレシェーネさんはそいつらが到着したら支援を頼む」
とりあえず普通の人間に見えるような方を用意して探る訳ですか。
しかし、そこまでして隠れ潜む理由などあるのでしょうか。
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「リーゼ姉…小学校の卒業旅行にドイツのスパって言ったよね」
「確かにドイツだし温泉には間違いありませんが…騙された気分に満ち満ちますわ!」
まだまだ幼い感じの姉妹めいた二人が、我が宮殿の温泉に浸かりながら苦情を申されます。
ええ、顔馴染みという訳ではありませんが、お顔とお名前は存じております。
お二人のお母様はそれぞれ違いますが、何故かマリアリーゼ陛下の実の妹君です、お二人とも。
ええ、ジーナ様ご実娘のマリアンヌ様と、先先代金衣…となるのですかね、クレーゼ様ご実娘のスザンヌ様。
何故か黒髪にされているマリアンヌ様と、お母様譲りの金髪のスザンヌ様ですが、容貌は各々のお母様譲り。容易に見分けはつきます。
しかし、このお二人で大丈夫なのでしょうか。
「最悪、わたくしが白金衣の装着を認められましたわ。恐らくアルトさんくらいにはなれるはず。マリアンヌもおりますし、大丈夫でしょう」
にこやかに申されるスザンヌ様ですけど。
「あー大丈夫大丈夫。一応あたしも見張ってるし」と、頭に手拭いなる布を載せて申されるマリアリーゼ陛下。
しかし痴女皇国開闢前後より、お顔が福々しくなられましたね。以前はもっと切迫されていた印象があるのですが…。
「え。あたし太ましくなってないはずだよ…!」まぁ、女性ならそこはお気になさる話ではあるのでしょう。
「そーいや、ジョスリンが泣いてだけどなんかあったん?」
「簡単です。村人や町人のみならず犯した令嬢からも領地に関する請願嘆願多数。聞き流すわけにもいかず整理と対応に追われておられる模様」
「やっぱりあれかよ…いや、流石に聞き流したり見過ごすと今後の支配統治に関わるから処理してくれ、手に余る分はあたしに回せって言っちゃったからなぁ」
「犯すどころかさめざめ泣かれて、この部屋まで忍ばれるとは相当の手練れ、雇い主もさぞや高名な方とか言い出して実情暴露に及ばれた話までございますから」
「とりあえずそっちはそっちで請願内容に目を通しておくよ。あんたはこの子たちを連れて岩に向かってくれ」
で、風呂から上がりました我々、冬支度に身を整えてマリアリーゼ陛下から預かりましたくるまの鍵を持って庭に向かいます。
(途中までは転送してやるよ。ある程度の距離を取れば気付かれづらいだろ)
(あ、リーゼ姉、提案あるよ)
(何だよ…面倒な事ならごめんだぜ)
(難しい話じゃありませんわよ。リーゼ姉、その件の岩の上に、ある程度の雪を積んでもらうことはできませんの?)
(ふむ…わかった。降り積もらせたらいいんだな。やってみよう)
何やらマリアリーゼ様にスザンヌ様が入れ知恵したようです。
そして我々は田中雅美情報部長が置いて行かれた小さめの馬なし馬車に乗り込みまして、ローレライの岩の近所まで参ります。
降り積もる雪の中を進み、岩の頂上に達しましたところ…。
(ねーねーリーゼ姉、その歌ってる女の人ってさ、こんな岩の上にいて、ライン川から見えるもんかしら)
確かにこの岩、結構高いのですよね。
(とりあえず作戦を実行してみるわね。こんな岩の上でドヤ顔して歌えなくしてやればいいのよ!)
え。
マリアンヌ様、スザンヌ様…何をなさるのですか…。
ええ。上下に二つ積まれた、人の背丈ほどもある雪玉。
何やら木の枝で上の雪玉に顔らしき意匠もつけられておりますが。
「ふふん。こんな物の側でかっこよくポーズを決めて歌っても恥ずかしいようにしたげたわよっ」
(待て。それなら面白いもんがあるぞ)
で、何かが送られてきました。
銀色の箱めいた物です。
(よしスザンヌ、アカペラでいいからビューティーツインズの主題歌、歌ってみてくれ)
「はいはい…何よ!」
その箱から流れてきた歌に、思わず耳を塞ぎます。
下手なんです。
ロッコウオロシ・オマリーバージョンとかいうそうですけど。
「うぐ…さすがにこれは嫌がらせにしても強烈よ…」
「リーゼ姉、今は冬だから行き交う船は少ないですけど、春先からはこれを聞かされた方が危ない気がしますわよ…」
(だから歌声に合わせて流れるようにしたんだ。こんな歌流されたら、ここでオペラ開かれても台無しだろ?)
どうやら歌声に応じて鐘やドラ音を流すようなからくりを置いたようです。
しかも音痴な歌を流して台無しにすると。
これはライン川の精霊か何かが本当にいるなら怒ってからくりを壊そうとするか、さもなくばここで歌うのを嫌がって逃げることでしょう。
「まぁでも、こんなことされたら嫌なのは事実よね」
その時です。
「わかったわかった、とりあえず出てくるからその雪玉と、嫌な歌を流す仕掛けを片付けてはくれまいか」
頭上から美しい声が聞こえて来ました。
羽根を生やした全裸の女性…待って待って待って!
あなた痴女種なのですか?
「ああ、これか。…ふむ。お前たち、もしかして聖母系譜者か。特にその黒髪」と、股間には痴女種のごとき物件をお持ちのお方は申されます。
ただ…左足首の輪から鎖が垂れています。
「ああ…申し遅れたな。私は堕天使だ。つまり…お前たち女官や聖母の始祖と似たようなものだよ。今は見ての通りで、この地から離れられないんだが」と、肩をすくめて手を広げて情けない顔をなさいます。
確かに強そうな感じではありますが、一方で敵意は全く感じられません。
しかし、何でまたそんな方がこんな場所に。
「それとさぁ、この世界ならまだしも、あたしたちの元々の世界だと堕天使というのは人に悪いことをする悪魔という存在でもあんのよ」
「むやみに人を疑うわけではありませんが、あたくしたちの質問には正直に答えて欲しいのですわ」
そうなのですか。
「とりあえず、その人はあたしが連れて行くわ」
あら。マリアリーゼ陛下。
赤い蟹の衣装でご登場です。
この間抜けな道化めいたお姿、実は敵を油断させつつ、味方にはこれから最高程度の実力制限解除状態で戦うと注意を与える服だそうです。更にはマリアヴェッラ陛下まで、ピンクと白のぴっちりした服をお召しになっておいでに…。
「何ですかねーさん、あたし今実技終わったばかりですよ、ゴルディーニさんにはかなり無理を言って来たんですけど…」
(あらあらあら…貴女ルシフェルでは?)
(え…ナンム殿?お、お、お願いしたい。何とぞ私のこの忌々しい枷を外してはもらえぬだろうか…)
いきなりベラ子陛下の脚にすがりつかれる羽根女性。
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「しかしまぁ、何でまたあんなところにいたのよ…」マリアリーゼ陛下が、女性の脚からお外しになった枷をぶらぶらと振りながらお聞きになられます。
とりあえず女性を含めた全員をマリアリーゼ陛下が回収されまして、新宮殿の客間の一つに場所を移しております。
「封じられたのだ…人間に文字と欲、特に性欲を与えたのが罪だって言われてな…」何でそのくらいでと言う憤懣やる方ない顔で申される女性。
「ああ、りんご食べさせたアレかい…」
「いや、確かに知識を与え会話を与えたのは私ではあるが、そう決めたのは私じゃないんだぞ!」涙目で主張されておられますけど、私どもにそれを申されても…。
(まぁまぁルシフェル。あなたの嘆きもごもっとも。しかし、ここでこうして出会ったのも何かの縁ではあるでしょう。貴女、私どもに協力する気はございませんこと?)
ベラ子陛下の中に相乗りされている初代金衣女聖、テルナリーゼ様のご提案ですが…。
「ふむ…確かにこの身体、出来ることはかなり限られているが、そちらの要望は満たせるか…」
ええ。このルシフェルという方、マリアリーゼ陛下が痴女種に転換しておしまいになりました。
服もとりあえず、という事で痴女皇国の女官服をお召しになっています。
「あと、そちらの要望される…この地を目指して侵攻してくるという傭兵軍団とやらか、男どもの籠絡と好戦気分の誘発だが、私の部下を投入する事は可能だろうか。といっても六体だ。嫉妬のレヴィアタン、憤怒のサタン、怠惰のベルフェゴール、強欲のマモン、暴食のベルゼブブ、色欲のアスモデウスを召喚したいのだが…」




