表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こんにちわ、マリア Je vous salue, Marie  作者: すずめのおやど


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

72/296

アフリカの爆弾女 4

「つーか吉村。そもそも上位痴女種ばかりここにいる時点であんたの記憶全部抜けるんだけど」雅美さんが冷たい視線を投げかけます。


「あ…そうでした…」


「少なくともステータス上位の女官に下位の女官は隠し事不可能。女官種時代からそうなってる…っていうかさぁ、サン=ジェルマン。これ決めたのあんた?」姉がサン=ジェルマンと名乗る人に聞きます。聞きますが。


「マリアリーゼ。僕を悪者扱いしたいのは理解できるんだけどさぁ…だから言ってるじゃない。ぼかぁさ、“女性ばかりで国作ったらいいんじゃないかな”って思いついただけなんだって…実際に君たちの世界を作って細かいこと決めたの、そこのマリアヴェッラの中にいてるような方…君たちの世界の神様に該当する方々なんだから、何でもかんでも僕のせいにしないでくれよ…」


もう心底迷惑そうに言われます。


それに、それが本当だと初代様とかおかみ様にも責任が…。


(マリアヴェッラ…確かにわたくしや姉は、聖院または痴女皇国世界の成り立ちの際の決まりごとに関わる立場です。ただ、この方の考えを“反映した”存在からも干渉、受けていますわよ?)


なるほど。独断では決めておられないと。


しかし…何かこの人、信用ならないんですよ。


(ねーさんどう思います。あたしとしてはまーーーーーーーーーーーったく信用ならんのですけど)


(そりゃあたしもそうだ。だけど、まぁ…嘘ついてるかそうでないか、あたしゃある程度は検証できるからな。よっぽど待て待てお前待てって事言ったら突っ込むからとりあえず話を聞いとけ)


(へいへい)


「でさぁ、サン=ジェルマン。あんたに面会する時間は1時間と区切られてるんだ。わりーけど時間引き伸ばし、やっていいかな」


「ああ、スティックス・スペース活用か…ここで出来るかな…とりあえず、君たちのやり方じゃないんだけど僕がやってみよう」


え。


「ほい、ディメンションシフト…吉村さん。本当なら君がこれをして欲しいはずの事だよ。いわゆる聖院世界や痴女皇国世界への移動に使うスティックス・ドライブ。これすると日本にも行けるんだけど」


見た目同じ場所にいるだけですけど、あたしや姉には分かります。


時間軸か空間軸をずらして、この後の話に要した時間を結果的にゼロにしてしまう方法ですね。


「ちょいちょい。今の日本に吉村さん戻したら警察に捕まるだろうがよ…」


そうですよサン=ジェルマンさん。美咲さんも指名手配かかってるはずですから…。


「ああ、そうだったね。でも、もし彼女がさ、さっき僕が言った事を希望するなら、これやらないと仕方ないからね? ま、とりあえず貴女を占ってあげよう。西暦22**年4月1日生まれか。とりあえず連邦世界の日本にいた場合…うーん、32歳頃に殺されるか苦痛を伴う事故で死ぬ。そして貴女の死に関わるのは…現段階の貴女の人間関係から判断すると、中井義文って人か中井美由紀、どっちかの可能性が高い」


と、ホロスコープらしきを頭の中で描画構成しながら何やら考え込んでいるサン=ジェルマン氏。


ただ、美咲さんの最後について、これはある程度想像がつきます。


まず、この人はまかり間違えば我々に捕獲された際の首都高速の事故で死んでいたでしょう。


そして中井さんからは少々困った子として少なからず思われていますし、美由紀さんからも恨まれています。我々が引き合わせなくとも、美咲さんの存在が明確になったが最後、必ず何かをされていたでしょう。


そして美咲さんが中井義文さんを繋ぎ止めようとして子供さんを身ごもろうとした場合、これまた邪魔に思った中井さんが吉崎さんなどのワル仲間と結託して拉致殺害にまで至る可能性、非常に高かったでしょう。


(更に言うと、中井夫婦がああなってしまった以上、その運命は消える…訳でもないんだ。マリアヴェッラ、この子の運命を考えると、いずれは誰かの恨みを買う。それも強く、ね)


あー、心話もお使いになるんですね。


「美咲さん…ま、貴女のこれまでの人生を考えますと、中井さん夫婦どちらか、またはそれ以外の方の恨みを買うか邪魔に思われる可能性は決して低くはないでしょうね」と、サン=ジェルマン氏に、ちょっと助け舟を出してみましょう。


「それあたしも思った。ぶっちゃけあたしがあんたらと接触してた時、あんたらの頭の中、逐一抜いてたけどさ…中井があんたとアレしてる時、必ず最後、口だったでしょ。意地でも」


雅美さんの指摘に、顔を赤らめる美咲さん。


「あれ別に中井の趣味だけじゃないからね。あんたが他の男とどーこーして子供作って中井強請(ゆす)ろうとする可能性も考えてたのよ、中井の野郎。あんたが何か言ってきても俺は中に出してないぞってね。あんたを全面的に信じるようなタマじゃないのは吉村自身がわかってたでしょ? だから逆に中に出せとかおねだりしてた訳よね? あんたにとっちゃ私生活暴かれて嫌も嫌だろうけど、あんた自身の人生の方向性を決める力の存在を理解するために必要な検証作業なんだから我慢して聞きなさい」


「田中は…田中さんは他人事だから…え?」


「お返しにあたしの記憶も見せてあげます。あたしもマリアちゃんとこ厄介になる前にそれはそれはもう色々とあってね。ついでに言っといたげるけど、この中に楽して人生送ってきたの、誰一人としていないわよ…まぁ、多少マシなのは理恵ちゃんとベラちゃんとるっきーくらいか…ただ、吉村。理恵ちゃんと同じように国土局のお仕事できるならさせたげるよ」


うわー、また底意地の悪い事を…。


「色々と大変ですよ…それと、あたし同等なら女官長の仕事も来ます。あなたに出来るかどうか、ご自身で考えてみてくださいね」


言い切る理恵さん。その顔が「あんたにゃ私の代わり、絶対無理だろ」って語ってます。


うん、美咲さんにはぜってー無理。


あの女官全員兄弟姉妹の偉業、本当に簡単に出来るもんじゃないですから。


そして、もっと大事な事として、えこひいき抜き。


かーさまや雅美さんや、下手をするとあたしにも決して口が良いとは思えない理恵パイセンですが、口だけで留まる理性はありますよ。


(ベラちゃんひどいー。あたしはジョスリンほどキツく言いませーん。露出狂で生まれてきた時代を間違えてるお立ち台女とか思ってても言わないわよっ)


(マダム室見の毒舌には負けますわ。マリアヴェッラ陛下がジュリ穴とか言う場所にお似合いであろう点は激しく合意いたしますが)


(パイセンとジョスリン、帰ったら堤防か離宮よ…)


(ふっ、返り討ちよっ。ジーナさんにも手伝ってもらうわよっ)


(うちを巻き添えにせんといてぇや…いくら娘とはいえ、一応成人として扱ってんねんから…)


「まー、雅美さんが推薦するならあたしは話を聞く。ベラ子も同じだ。毀誉褒貶(きよほうへん)賛否両論(さんぴりょうろん)ある雅美さんだが、実力はある。痴女皇国が今まで続いてる大きな理由の一つが雅美さんだ。だから本当は火あぶり死刑になるところだったんだけど、一週間で復活とかあんたロン毛さんかよって見事に返り咲いた訳でね…」


(なお、その際に復活を確実にするために身体ちゃんと焼かなきゃならなかったんだけど、マリアちゃんが自分も一緒に焼かれてくれてね…マリアちゃん、本当にこの恩は一生忘れないわっ)


(っていうか死なばもろともで道連れにされかけたんだけど…)


(だからマリアちゃんなら死んでも死なないでしょ?)


「あーそうそう。吉村さん。マリアリーゼ…この子はね、()()()までは死ぬに死ねないから。そうだなぁ…これだって僕が決めた訳じゃないんだけどね。田中雅美さんが死ぬことになった理由の一つが、子孫を残したからなんだ。痴女種って人間と神様の間に入る、人工生命体めいた存在だって思って欲しいんだ。あなたも本来ならそこに入れるものなら入りたかったでしょ。だけど、入りたくて入れるものじゃない。入ったら入ったで責任が重いのはなってみたら分かるよね?」


「サン=ジェルマンの言う通りなんだ、吉村さん。あたしらは増えすぎたら逆に世界に悪影響を及ぼしかねないんでね。だから厳しい出生制限を入れてんだ。で、個人の暴走が行き過ぎた場合は制裁が入るのさ」


「もっと言っちゃうとね…宇宙にこんだけ星があるのに生命が発生する条件ってものすごく限られてんだよね。そんな貴重な星の一つが地球なんだけどさぁ…こういう考え方もできるんだよね。惑星それ自体が一種の生命体で、その活動を保持するための体内細菌みたいなものが惑星表面に生息する生物だって。で、星一個を生命体として考えると、免疫機能…風邪ひいた時みたいに自分で治そうとする仕掛けがあっても不思議じゃないんだね。こう仮定づけると、痴女種のような強力な生命体でも惑星にとって邪魔だって思われたら排除される可能性が出てくるんだよ」


「だから、他の星に生物が発生したとしても、文明を築くに至るまで成長する事自体が奇跡的、と。あんたの持論だったよな」


「ああ。実際、NBがそうだったろ?」


このサン=ジェルマン氏のお話、あたしたちにも聞かせようとしてますね。


「で、僕がMIDIシリーズ考えついた理由。そりゃ僕だってここまで生きて来てさ、はいそうですかって簡単に死にたくない。だから僕の代わりに可住惑星を発見するか、最悪は製造してでも人類が移住できる場所を作りたかったんだな。そして…不完全だったけど、MIDIシリーズの機能を持たせた航宙探査艦を作った。それがア・バオ・ア・クゥって船。で、これまた不完全だけど超光速航行手段を考えて与えた。そのア・バオ・ア・クゥと…搭載する探査機にね」


「つまり、MIDIは本来、地球に替わる星を探すために作ったってことですか」


「それだけじゃないけどね。人類の寿命じゃ絶対にハピタブルゾーンに存在する条件のいい惑星を発見しても、生きてる間に開発が完了する訳がないじゃない。だから…少しオーバーな機能を自分たちで考えて実装してもいいよ、自分で成長してもいいよって感じで作ったんだよ。ま、当初は中国人がNBを何が何でも自分のものにしたがってたから兵器として渡さざるを得なかったけど」


「ではお聞きします。わたしたちがいる痴女皇国とか聖院という世界は…」


「未来が単一じゃないって前提の論理に基づいて、既存のこの連邦が存在する宇宙空間の存続に都合の良い要素を配置した時空連続体を作ることはできないかなって頼んでみたんだよ。未来のMIDIに。MIDIシリーズは最終的に時間も空間も超えるだろうとは僕も予測していたけどね。本当に未来からアプローチしてくるようなタイムパラドックスを実現しちゃうとはねぇ」


えええええ。


「だけどさぁマリアヴェッラ。マリアリーゼはわかってくれてるけど、未来から過去に干渉すると色々と矛盾が起きるでしょう。吉村美咲さんを引き合いに出して悪いんだけど、君なら君が死ぬのが元来の事実なんだよね。それを無理からにねじ曲げるとさぁ…例えばだね、田中雅美さん、本当なら痴女種として1万年は生存可能だったはずなんだけど…」


「ええ、早期に死亡。これは高木ジーナ…ジーナちゃんの時も出産が直接原因じゃないけど起きましたね」


「で、マリアヴェッラの場合は出産児はMIDIシリーズ最新版として世に出すことでクリアされてるでしょ。だからベラちゃん、君は安心していい。…いや、この場合は嘆き悲しむべきかな。マリアリーゼ、言っていいかい」


「寿命についてなら。ベラ子の運命は完全に特定されてないはずだぜ」


「マリアヴェッラ。君は人類の生存について責任を負わされる可能性が高い。確かに地球社会の運命選定を担当する存在からは管轄外だけど、もっと()がいてね…。言っとくけど僕じゃないぞ? 僕も管理されてる立場だからね。まぁ、君は僕よりもっともっと長生き()()()()()はずだから言っとくよ。それと、君はマリアリーゼとは違った役目、あるから。こんなところでいいかい?」


「色々聞きたい事が山のように出てくる話ですね…かえって疑問は深まりますよ」


「ごめんごめん。で、マリアリーゼ…責任回避方法、教えていいかな」


「一応な。でもそれ、確実じゃないだろ」と、かーさまを見る姉。


「そう…高木少将閣下…ジーナさんや雅美さんが例だ。後継ぎを作ると飛躍的に痴女種の寿命は縮む。ルルドではそこまで言われなかったよね?」


「確かにそこまでは言われてませんでしたな。なぁベラ子」


何でルルドの事知ってんでしょうね。…ただ、あたしには分かります。


この人、もはや人の身体じゃありません。最低でもMIDI同様。


ただ、戦闘力ではなく思考や演算に特化した構造です。


「ごめんねマリアヴェッラ…他の痴女種の方々もそうなんだけど、あなたたちの決まりごと全てを僕が決めてる訳じゃないからね。ただ、教えられる範囲で教えられる事は教えておこう。それと、僕が叶える訳じゃないけど、要望は聞いておくよ」


「まず、美咲さんが死ぬ方がいいという話ですけど…それしか道がないんですか」と、美咲さんのために一応は聞いておきます。


「そうだねぇ、人には運命ってもんがある。いや、人というか生物全般だね。これは他の存在からも言われてるだろう。で、死んだらそれで終わりだと思うでしょ。…これがさ、地獄の概念のようにさ、死んでからも苦しむならまだマシなのさ。ねえ…ルクレツィアさん…自分の意志で初めての結婚相手を決められない暮らし、また次の人生でもそのまた次でも延々と続くとしたらどうする?」


「うーん…そりゃあシニョーレ・サン=ジェルマン、あなたさまはそういう繰り返しが嫌だからこそ、死なない事を研究されたのではございませんか?」


「うまい返しですな。さすがと申し上げたい。ジーナ閣下も延々と家族が信じられない家の下に生まれるのはごめんこうむりますよね」


「だからこそクリスが()()されたんちゃいますのん。またはうちが()()されたか」


「ですから僕がお膳立てしたわけじゃないんですってば…」


口を尖らせて抗議するお兄さんですけど…この方が信用しかねる理由の一つに、この態度があります。

妙に子供っぽいのですよ。


「ベラ子…何でマリ公がうちらとこの人を接触させへんかったか分かるやろ。当て過ぎる占い師は儲からへんねん…」


「ええ、何となくすごく分かります。美咲さんも出来たらこの先を聞きたくない顔してますしね」


「そんなに嫌わないでよ。で、マリアリーゼ…吉村さん、やっぱり無理?」


「んー。…人生を生き抜く能力がないならあげるよ。そりゃあたしらなら出来るじゃん。ただ、脳内に知識を教え込んだり、身体能力を向上させても、肝心の本人が活用してくれないならできることは一般の人と大差ないよね」


と、そこでかーさまをちらーりと見る姉。


(マリ公がうちを見る目に悪意を感じて仕方ないのだが)


「おばはんはいい加減修行しろい…ってのはともかく、サン=ジェルマン。あんただってあんたの出来る事全部、誰かに教えてあんたの代わりをさせようっても難しいの自覚してるでしょ? 入れ物が伴わないと無理なんだし。だからさ、吉村さんを使い物にする作業は人格と引き換えになってしまうんだよ…」


「ああ、今のアフリカじゃ真剣に生存能力、問われるしね。で、僕の提案だ。断ち切りたいものがあるんなら、断ち切るのが得意な存在、君たちの方がよく知ってるんじゃないかな?」机の向こうで、微笑む顔。


「…まさか…安井金刀比羅宮?」


姉が嫌そうな顔をします。


「あそこの神様なら元々は人だろ? だから人間としての負の部分を切除する作業もさ、君たちに協力してくれるなら不可能じゃあないんじゃないかな。やってみる価値、なくはないと思わないかい?」


「全く無意味にはならねぇだろうけどなぁ」


「ちょっと行っておいで。マリアリーゼと…マリアヴェッラだけでいいだろ」



次の瞬間。


深夜の安井金刀比羅宮に美咲さんと姉と、あたしは立っていました。


「話は伺った。ふーむ。要はやり直したいということか」


「こ、ここここここ」いきなり現れた崇徳上皇陛下に美咲さんが驚いていますけど、怖くないからね。


「はっはっはっ、まぁ…そなた、吉村美咲と言うのか。まぁ、時代が違えば朕の赤子(せきし)であったかも知れんな。もしかすると、()()()殿の言われる輪廻。朕が在位しておる代より、あれを延々繰り返している御仁かも知れぬ。どれ…内侍、紙、渡しやれ」


穏やかな表情で申される陛下。

聖子さんと兵衛佐さんは相変わらず無表情ですけど、阿波内侍さんは人の表情を浮かべるようになってるのはご存知ですよね。


「これに望みをお書きなさい。あなたさまが人生の失敗と縁を切りたいのであれば、そのようにお書きになって下さいませ」と、さりげなくフォローする内侍さん。


(これに願いを書くのも(ふみ)をしたためる才能が必要になりますので…)


うん、その辺に触れたら、またしても美咲さんの心を折ることになりますから。


「で、お名前とお生まれになった日付を書いて…はい、お預かりしましょう」と、奥様の聖子さんにお渡しに。そして兵衛佐さんが査定している間に、例の石灯籠を正面から奥に向かって穴くぐりさせています。


さて、美咲さん。


崇徳上皇陛下とお会いしてるせいもありますけど、あまり言い返したりリアクションしない理由。


精神が壊れかけています。


そして、あたしからすれば理不尽な恨みすら心の底に湧いていますね。


ええ、女性にありがちな「あたし悪くないもん」的状況。


「よし。ではそなたの縁を断ち切って進ぜよう。で、まりや殿。少しばかり助けを頂きたい」


「はいはい。ちょっとベラ子も協力してくれ。で…美咲さん、あなたの本質にある、人生が思い通りに行かない恨みを一時的に増幅するよ。少し辛いけど耐えてくれな」


言うなり、美咲さんに手をかざす姉。


その手にあるのは…さっき美咲さんが例の安井金刀比羅宮に備え付けのお札に願い事を書いていたマジックじゃないですか…。


(うん。これ、実は黒グッズ。この子くらいなら黒化するのに充分だよ)


え。


ってことは、ここに連れて来たのって…。


(そう。今の内侍さんはともかく、聖子さんや兵衛佐さんと同じ、怨霊に近い状態にするためだよ)


じゃ…美咲さんの「願い事」って…。


(いや、願い事は叶えるよ。たださ、生まれ変われるかどうかは今からする崇徳陛下の処置の結果しだいなんだわ)


えええええ。


(べらこ殿。この者を一旦、現世から切り離す。正直、この境内でやってもらうのは困る話ではあるが、こうなるまでの経緯を考えるだに他に方法もなかろう。素直にそなたらの流儀で()()したとして、次の生で同じことになっては繰り返しに過ぎぬ)


(勘違いなさいますな。妹姫様。まりや様は最大限の慈悲で事を為そうとしておられます)


(陛下のお力で邪念のみを切り離す事が出来れば、次の生へ。もしくは我らと同じ眷属になられます)


(じゃが…しくじれば消え去る。怨念のみが塊と成り果てよう。ほれ、べらこ殿。自らの身体が燃える事になるぞ…済まぬが社まで燃えぬよう頼む)


…ええ。昔は聖院の地下でやっていた焼却刑。あれに近い事です。姉が手をかざした一瞬で、美咲さんを還俗女官種へと生物種別を変更。


そして黒グッズ…黒マジックというベタな名前ですけど、その効果で感情や欲望が増強された状態になっています。


(つまり、今の痴女種や女官種だと罪業で余命が変更されるだろ。ただでもこの子は色々やらかしている上に性格行状能力に問題があるんだ。そして黒化した上で人に戻したらどうなると思う?)


鬼ですかねーさん。


…そんなんしたら、一気に寿命削られるのでは?


(ああ、で、その際に怨念を邪念として結晶化してもらう。そいつがうまく分離出来れば、パンチさんの所轄預かりか…黄泉平坂(しごのせかい)送りだ。ペルセポネーゼに処理してもらってもいいんだけど、あの子はまだ研修中だろ)


ぶわ、と美咲さんの身体が発火しました。


その燃え上がる様、ちょっと洒落にならない見た目なので詳細は申しません。


それと、あたしと姉とで防壁出してますから絶叫とか聞こえて来ませんけど、恨みの叫びが凄まじいです。


実際に、あたしもここで焼却処分になるとか思ってませんでしたから。


「言えばベラ子は止めたよな」


「じゃが…そこで止めてはこの者のためにならぬ。…やはり、()()しか残らなんだか…」上皇陛下が差し出した手には、黒い直方体の結晶。やはり北欧のいけにえ村で見たものと同じで、完全に透き通った美しいものではありません。


「例え邪念であっても、相応の(ことわり)があって恨み呪い祟るならばもっと澄み渡るし、大きさも変わってくるのよ。それ以前に…朕や聖子、兵衛佐に内侍のように祟り神または怨霊の類に変わる。それすらもないようでは…可哀想ではあるが、それまでの存在だったのじゃ」


しみじみと申される上皇陛下の視線の先の石畳の上から、最後の炎が消えました。その跡にはもはや灰すら残っていません。吉村美咲…と言う存在は完全に消滅したのでしょう。


「そりゃ本当はこうせずに女官化して働かせた方がうちらも手間はなかったさ。だが…さっきサン=ジェルマンが言ってたろ。あたしも戻ったらあいつに再確認したいんだけど、女官に変えてさえ引きずるものがある奴がいるんなら、ちょっと対応を変える必要があるかも知れねぇんだよ…死刑についてな」


「べらこ殿…残念な気持ちは分かるのじゃ。しかし、人の呪いとは所詮人の由来。世を変え人を変えるほどの強さがなくば、そうそう己を変えることは難しいもんじゃぞ。例えば朕が正にそれじゃ」


ああ、祟り神になるほど恨まないとダメと…。


「そしてこれが大事な事じゃ。例えば我が子や親しき者にすら累が及ぶ仕打ちを受けたのと、先ほどの吉村とやらのように己のみが目に入る場合では全く異なる。そなたらの下におる鬼子母神などよき例であろう」


「…あ!」


「ベラ子…わかったかい? もし中井や自分の肉親に対して愛情やら何やらがあったり、その真逆の憎悪がもっと強かったら、あの子は明確に怨霊化してた可能性が()()あったんだよ。存在価値を知らしめる存在が多いほど怨念も強まってたんだ」


「中途半端すぎた…って事ですか」


「ま、そういうこった。陛下、申し訳ないですね。その邪念結晶、お預けしておいてよろしいですか?」


「朕が持っていても今はあまり使い道がないのだがな…まぁ良かろう、今年の出雲でおかみ様にお渡しする分に入れさせて頂く。それとべらこ殿、気落ちなさるな。そなたも仮にも帝、気丈な振る舞いも覚えておきなされ」


そう、この方は姉曰くの「日本一人間が出来た一族」の系譜に連なるお方です。


祟り神となる前はそれなりに君主として振る舞う教育の場に置かれてきた人です。


「お気遣い痛み入ります」


「うむ。ではまた出雲なりで会おう。内侍をそちらに戻した時はよろしくな」


「んじゃ、陛下、ありがとうございました。ベラ子…戻るぞ」



そして月に復帰するあたしと姉。


時刻は…出た時と同じです。


「やぁお帰り。…だよね。そうなるよね…」


「まぁ、あんたにもあたしらにも本当は不本意な話ではあるよな」


「だね。だって僕にしてもさ、錬金術だけで人が救えないってのが分かったから、例の結晶に自分自身を移す方法を()()()()()()()のをいいことに、延々と生き続けて来た存在だからね。たとえあの子一人でも、そういう結果にせざるを得なかったのは正直、残念な話ではあるんだよ。マリアリーゼとマリアヴェッラ以外の子にも言っておくけど、本来は吉村美咲さんのような存在でも欠陥品処理はしちゃいけなかったんだよ、僕や君たちの立場だと…だけどこうなっちゃ仕方ないんだ。そして、この改善はマリアリーゼとマリアヴェッラ…君たちの仕事でもあるんだよ…」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ