痴女宮ふゆやすみ・りえちゃん米沢へ行く 5
「よしエマ子、どうだ…いけるか」
「うーん、結構派手に雪崩ってますね…むっちゃくちゃにはやられてませんけど路盤損傷、軌道狂いを確認。聖院のあたしと組んでなら速攻で何とかしますけど」
「この辺の森、植林した杉かヒノキだな…針葉樹はこういう時意外に弱いんだよな、まずは倒木をどけて…」
「お待ちなさいマリアリーゼ。まだこの先でも崩落の可能性があります。インマヌエルはこのれっしゃとやらに関わる必要もありますから、なるべく力を温存させた方が良いでしょう」
ええ、初代様、お越し下さいました。
それも髪の毛青色、素っ裸に限りなく近い本気状態です。
卒倒しかけた遠藤さんを慌ててエマちゃんが介抱するくらいの神気圧です。
「しかし…大丈夫ですか」
「マリアリーゼ。例のあたくしのへそくり精気、結晶化して何とか使えるようにしてくれましたでしょ。あれを2〜3割頂きますわよ」有無を言わさぬ口調で申される初代様。
「とりあえず、元の通りにします。あと、夏場の雨で地崩れしそうな場所、何箇所かありますわね…少しばかり地山と植生をいじっておきましょう」
ああ、この先の豊実〜日出谷間でも大正時代に雪崩に巻き込まれて雪の中に閉じ込められて死者が出た事故がありましたね。
しかもその事故を起こしたのはまさに今通過中ですが、徳沢〜豊実間で起きた雪崩に突っ込んで立ち往生した列車を救出するために作業員の方を乗せて出発した臨時救援列車だったんですよ…。
いわば二重遭難が起きたほど、この区間…危ないのです。
「は、はぁ…」
「理恵ちゃん。このれっしゃ、まだ被害を受けていない向こうに行かせます。後で止まっているあの可愛いのがついてきたら性交、いや成功したとお思いなさい」なんか真面目なのかそうでないのかは分かりませんが、とりあえず頷いておきます。実際、後ろの235Dに使われてるハイブリッド気動車、オコジョのゆるキャラのラッピング塗装車ですしね。
(お金を出せば蟹のラッピングもしてくれるのだろうか)
(黄緑文字の会社なんか特に熱心に話を聞いてくれるとは思うけど、地域振興のためにやりなさいよっ)
「では初代様、ここはお任せします」
「なんか分からん事あったら呼んで下さい」
まぁ…遠藤さんが昏倒している間に転送入れてもらう方が良いでしょうね…。
「運転指令応答願います。こちらハサセ臨快8233レに前方連結の救9920レ運転室。通信者並びに運転者はテンプレス・レイルウェイズの室見です。同乗の遠藤指導助役は体調不良で一時昏倒、現在当社社員が介抱治療中です。列車は当社社員により雪崩抑止区間を通過し運転可能状態でトヨ構内に停止中。指令からの指示を仰ぎつつカツテンしたい。どうぞ」
(なんだよその暗号まがい…)
(電報略号。これ比丘尼国なんかでも列車と駅や指令との連絡手段考える時に出てくる話だけど、当時は通信ってカタカナ打ちの電報じゃん。だから文字数縮めるためにこういう略号を使うのよ)
『こちら指令室、担当横田。8233列車前の運転士室見さん。指令側からリモートATS対応制御を入れますので車両側で承認願います。試運転車という事でオフにされていた機能を使用しますが、よろしいですか。どうぞ』
『こちら8233列車前の運転室室見。指令室横田さん、制御アクセス願います。どうぞ』
で、あたしは右横の運転支援制御モニタに出た指令室からのアクセス承認表示にタッチしますと…。
正面のモニタに信号表示と現在速度、そして指示速度が出ました。
これ、一種の簡易ATC…自動列車運転装置でして、緑の会社の速度照査型ATS対応区間かつ、全線に同軸漏洩ケーブルという通信線が敷かれている必要があるんですが、災害発生時の迂回運転線区にされているこの時代の磐越西線ではこの機能、使えるんですね。
これなら遠藤さんが神気当たりから復帰するまでは何とかなるでしょう。
「こちら8233列車前の運転士室見。指令室横田さん、車両側承認出しました。出発指示信号発信願います、どうぞ」
『こちら指令室横田。8233列車前の運転士室見さん、後の運転士井上さん、後ろの車掌和田さん。8233列車出発承認信号送りました。運転再開願います。以上』
『後ろの車掌和田です。前の運転士室見さん、後ろの運転士井上さん。臨快8233列車、戸締よし。8233列車、豊実駅発車』
「8233列車前の運転士室見。車上信号出発現示確認。戸締りよし前方よし。8233列車、発車」
リバーサースイッチ投入。
ブレーキ緩解、ノッチ投入。
簡易ラッセルヘッド側の前照灯が前を白く照らす中、BE69 920号機はざしゃり、と雪をかき分けて前へと動き出します。そして数分の走行の後に日出谷駅に差しかかります。
「指示速度60。閉塞確認。制限30、日出谷停車。場内停止」
かつては蒸気機関車の給水や、場合によっては機関車を付け替える設備もあった広い構内を持つ日出谷駅ですが、長いホームに人影は見当たらなさそうです。
(昔はこの駅でとりめしって有名な駅弁売ってたんだけどねぇ)
(なんで売らなくなったのよ)
(昔はここ、SLの運転整備基地があって機関車を付け替えたりするために停車列車は長い時間止まることが多かったのよ。で、お客さんホームに降りる余裕があるから飛ぶように駅弁が売れたらしいんだけど、ディーゼル化ですぐ出発するようになっちゃったの。そして駅弁屋さんのご主人が一人で細々とお弁当作るだけになって、しまいにはSLが走る時だけの少数販売に。そしてご主人のおじいさんが体調を崩して廃業しちゃったのよ…稚内の駅弁も似たような事で一時期なくなっちゃったらしいんだけどね)
(地方は大変だよなぁ…駅にコンビニや売店作っても売れないなら無くすしかないか…)
(だからあのTGVでも軽食堂車が賑わってたでしょ。あれはあれで問題ありありなんだけど、鉄道会社が食事や飲み物の供給場所を提供してるだけまだマシなのよね…)
「停車です。停車です」運転支援音声が響く中、敢えてエマちゃんにATSを一時オフしてもらい、C57 180用の停止位置表示から一両分だけ前に停める感じで停車。
雪に覆われたホームと無人の構内に響く笛の音。
窓から半身を乗り出して後ろの端のカンテラの灯りを見ようとしたその時。
『室見さん、そちらの関係者の方1名乗られます。運転室扉解錠願います。それと235D、続行確認。雪崩現場修復を確認した旨235D運転士より連絡入りました…ありがとうございます!』涙声のお礼が無線機から流れます。
「ここに限らねぇけど、日本の山岳地帯って道と言わず線路と言わずこの手の地滑り災害あるあるだからな…あたしらが直した意味が肌身に染みてわかってくれただけでもやった甲斐はあったよな。ほい、初代様お疲れ様です」確かにあの雪崩区間、下手をすれば億単位で線路を修理する費用が吹っ飛んでいた可能性が高かったと思います。
「しかし遠藤様…ですか、悪いことしましたわね」髪の毛を金髪に戻した上で、どこから都合したかナッパ服姿になって運転台に乗り込んで来られた初代様が遠藤さんの治療をなさいます。
「あ…ああ、室見さん、ここは…」
「日出谷駅構内、102分遅れで停車中です。後続235Dが修復された雪崩被害区間を自走通過、異常のない事を確認。当該8233レ、リモートATS制御モードで指令室からの車上信号を優先して運転中です」半身を起こした遠藤さんに状況を手短にご説明。
「…了解しました。お疲れ様です。そして…皆さん、ありがとうございます」
「とりあえず出しますね。前方よし、ブレーキ緩解よし、8233レ、出発進行」右足でペダルを踏むとピョーオという国鉄時代からの伝統的音色の警笛が鳴り、後ろのC57からも呼応して野太い汽笛が鳴り響きます。自弁緩解、ノッチ投入。再びざしゃざしゃと排雪しながらの走行が始まります。
「寒い中で遊…いえ働きましたのではいせもごもがが」
「初代様その発言はミッドナイト枠で」
まりりが初代様の口を押さえたおかげで、感動的な運転再開に水を差す危険発言は阻止されました。
ありがとう、まりり。
「制限85、平瀬トンネル突入ですね」
全長2kmほどのトンネルですが、C57は門デフ装着状態ですし、最低限のボイラー燃焼にとどめているはずです。煙の影響は少ないでしょう。
(そりゃ、りええが穴掘りたがったりエマ子が文句ぼやき倒しながらでも山岳地帯のトンネル通過を推奨するルート選びたがるよな…)
(でしょー? 観光列車としての要素もあるからなるべく景勝地は穴掘りたくないんだけどね)
(初代様の口は押さえている。穴とか掘るとか危険発言はしないでくださいよ…)
(マリアリーゼ。わたくしへの信用ならない行動と発言には意見したいのですが。しかし理恵ちゃん、お上手ですわね)
(いえいえカシオ◯アな音楽家の人の運転ゲーとかBVEとか電◯でGoとかやってたら嫌でもげほげほげほ。それに指令からの信号や、ATS地上子という板みたいな信号アンテナの場所から最適な指示速度やブレーキ操作予告を出してくれますからね。ただ、この列車は緊急走行なので普段の列車と違い完全自動にはできません。行きにこれ使わなかったのも弊害があるからでして…エマちゃん、踏切前の地上子読めてるかな)
(認識してますよ。ラッセルヘッド車高調整、正常。踏切での対応車高変更確認済みです)
(了解ー。このまま踏切で減速せずに行くからウィング制御だけお願いねー)
(へーい)
やがてトンネル出口へ。先頭のラッセルヘッドの翼が再び開いて、線路両脇の雪壁を広めに削って行きます。
「ハサセがタミセほど手ひどく積もらないのは救いですな。ロータリーヘッドだと向こう…ヘッド側運転室でハンドル握る羽目になってましたね」遠藤さんが前方を監視しながら呟きます。
「あれだと熟練オペレーターが必要になりますしね…」
「本当はヘッド部を通常ラッセル車同様にリジッドにする案もあったんですが、それやると路盤に影響出ますしねぇ、で、ATS地上子や位置情報で車高やラッセル翼を調整する方向で行こうとなりまして。エマちゃん、踏切どうしよう。この雪だし道路側除雪とタイミング合わせらんないしね…」
「とりあえず支障しそうなら道路にかかってる部分の雪、飛ばしてしまいますわ」
「室見さん…次駅の鹿瀬と津川の間は注意してくださいね。地滑り多発地帯なんで磐物は制限30です」ああ…必殺徐行区間か…。
「了解しました。初代様、まりり、エマちゃん。前方注意願います。徳沢と豊実の間でさえ雪崩くらってるんなら、あの辺もっとヤバいわよね…」
「ああ、理恵ちゃん…大丈夫ですわよ。とりあえず崩れそうなところは固めてあります。山林の樹木まで根こそぎ入れ替えると植えた方が利用しづらくなるかも知れませんから、植生までは手を入れておりませんけどね」
「了解です。車上信号注意、警戒。鹿瀬通過。構内制限30」
いかにも行き違い線路を取り払ったというのがすぐにわかる不自然な構内のカーブが存在する鹿瀬駅を通過して行きます。
これもローカル線の保守費用…転轍機の点検や稼働部品の交換といった整備コストを下げるために随所で行われている「棒線化」という工事の結果だそうです。
つまり、よほど乗ってくれる人が増えるような事がないとこの先、行き違い設備を復活させて列車の本数を増やす事はありえないよ、と鉄道会社が無言で言ってるようなものなんですよね…。
で、既に日は落ちていますので普通ならよく分かりませんが、列車左側…あたしがハンドルを握る運転席の更に向こうに、県道を挟んで阿賀野川の水面が見えます。
「川沿いに線路敷いたのか…河岸段丘っぽいけど阿賀野川って結構水量あるからなぁ」
「かと言ってここ、線形改良が難しいのよねぇ」
「なんでよ…あ、SLか…」
「そそ。観光列車として景色を見せる以前にね、長いトンネル掘ると排気に困るしさ、絶気運転で抜ける訳にはいかないのよねぇ。トンネル内の湧水排水があるからさ、通常の山岳トンネルなら絶対に片勾配か拝み勾配で掘ってるのよ。つまり、どっちかの方向に走る時に力行…パワー入れる必要あるから、SLなら蒸気作るために絶対石炭か重油焚くじゃん」
「なるほど、煙が出るからな…機関車や客車が煙に巻かれて窒息した事例も結構あるんだっけ」
「うん。関西本線の亀山からちょっと行った辺りの加太トンネルってあるんだけどね。あそこの亀山…名古屋側の出入り口、昔は奈良方面行きの機関車が入ると同時にカーテン下ろして列車の後ろへ空気が流れ込まないようにする仕掛けつけてたくらいだから」
「ああ、あそこですね。確か勾配が25パーミルくらいあるのかなーあの辺。トンネル全長は短いはずですよね、室見さん」
「ええ。確か1kmなかったかと。ただ、前後が明治時代の蒸気機関車で走るとなるととんでもないレベルの急勾配なので、絶対に登る方の勾配で力行、それもフルパワーで登らなきゃいけなかった筈なんですよね。SL時代でもあそことか伯備線の布原辺りってもんのすごい煙噴き上げるって父が教えてくれましたから」
「ええ、布原は三重連、加太は前補機か後補機付けて登ってましたからね。それもD51ですから…」
「りええ、今その画像見てるけどさ、この煙突の上についてる箱みたいなもん何よ…あ、遠藤さんが詳しいか」
「えーとね、高木さん、これは集煙装置と言いまして、トンネル内で煙の排出方向を規制して穴の上側へだけ煙を流すためのものなんです。他の機関車でもトンネルの多い勾配線区では積極的に装着されていましたが、D51はただでも重い貨物列車を牽引する上に、設計上で色々と支障があったカマだったんで、集煙装置付けないと真剣に煙が危ない機関車ですから…うちにいる498号機なんかでもイベントの目玉になるというのもありますが、こんな箱付けて走ってますよ」
「今後ろにいてる機関車には付けてるんですか、これ」
「ハサセ…磐越西線では短いトンネルが多いんで、上越線や山口線ほどひどく煙に悩まされませんからね。重油併燃装置も装備していますから、なるべく原型を保つ意味もあって集煙装置は装着してません。ただ、青文字さんのC57 1号機は集煙装置付けないと大変みたいですね」
「まぁ確かに、この機関車なら無い方が見栄えするか」
「そーよまりり。C57ってね、貴婦人っちゅう愛称つけられてるくらいスリムで見栄えするんだから、重装備が似合うカマじゃないのよ? まぁスノープラウはつけとかないと、前から何とかって名前がよくわからない鉄ヲタな政治家さんが喜びそうな門鉄デフ装着したら空転するから仕方ないとは思うんだけどねっ」
(つまり、貴婦人というのはうちのような贅肉のない身体)
(おだまりえろばばあっ)
「りええ。不肖の母親の呟きは無視するとしてだ、そもそもあの鉄板何のために付けてんのよ」
「煙よ煙、まっすぐ上にもくもく吐き出されるならまだしも、走ってる機関車の前に煙がまとわりつくと運転してるのに前が見えなくなるから、前の空気を整流する効果があるのね」
「室見さんの説明で正解ですよ。で、門デフとかいうのは資材節約や点検整備を容易にするために開発されたものでして、何もあんな大きな鉄板のひさしをドカっと装着しなくても面積が半分くらいで充分な整流効果が発揮できるのが分かったので採用された経緯があります。ただ…」
「元の状態より軽くなりますよね。で、まりり…あたしらが乗ってる機関車でもしょっちゅう頻繁に空転ランプ点灯しまくってるっしょ。これさ、わざと機関車の重さを原型のDD51と同じにしてさえこれなのよ。んで、機関車単体の重さが67トンだっけかな、DD51より絶対に軽いC57がこんな凍りついた線路とか落ち葉踏んで無事で済むかって言ったら、もう空転しまくりでねぇ…遠藤さん…秋に磐越物語で苦労されたのでは?」
「いや本当にセラジェット装着して欲しいくらいですよ。砂箱付けないと原型の姿保ってないって苦情来ますし、私もシゴナナは何度も走らせましたが、ちょっと濡れたらすぐ空転するんで…」
「あれだけ車輪があっても空回りするのですか…」
初代様があきれていますが、ここでこのBE69との違いを遠藤さんが解説してくださいます。
「そうですな…例えばこのBE69は車輪が左右合計で台車1台につき4つ、前後合わせて4軸8本です。ただし、この磐越西線より更に線路が貧弱な路線に入線するとか、高速連続運転に入ると車体を持ち上げて車輪1つ1つにかかる力を減らして必要な力を少なく済ませる機能を持たされた中間台車というものを、まさにこの運転室の真下に備えています。この中間台車にも左右合計で4本の車輪を装着していますから、車輪の数は合計で12あります。ホワイト式と言われるアメリカ流の機関車分類では4-4-4、日本式ではD型…駆動車軸4本の分類になります。そして車輪を回す力も強い機械ですから、後ろのC57の4-6-2配置、別名パシフィック型と言われる車輪配置のような不揃いにも見えかねない大きさに違いのある車輪をずらりと並べなくても充分なのです」
「車輪の数自体は同じですよね」まりりが言います。
「ですがC57の駆動車輪は新製時直径1,750mm。大体私やみなさんの身長と同じかそれよりも高さがあるのです。一方このBE69は原型機同様、新品の時の車輪直径は860mmです。なぜDD51やBE69が車輪直径を小さくできたのでしょうか」
これ、あたし…答えられなくもないんですが運転してるからなぁ…。
まぁ、遠藤さんがこんな雑談できるくらいあたしの運転を信用してくれているという事で頑張りましょう。
「えーと、動力源。SLは蒸気機関、それも鉄道車両だからピストンエンジンですよね」
「ああ、つまり出し入もがもごご」
まりりの回答でいらんことを思いついたらしい初代様の口、エマちゃんが封じております。
「ええ。で、ピストンが前後に動く力、車輪を回転させる力に変えるためにロッドと呼ばれる棒で左右各三本の車輪をつないでいます。これがロッド式動力伝達装置というもので、この時点で既にある程度の力の無駄が生じているのです。機関車のエンジンの力を100%伝えきっていないのです。そして、蒸気の圧力というものは微妙に加減するのが割と難しいのです。これがこのBE69や、後ろに続行している235Dのような電動機…モーター駆動であれば起動直後に最大トルクを発生する特性がありますし、今この機関車が自動的に行なっているような滑り抑止の電子制御が有効に機能するのですが」
「遠藤さん、先輪の役目役目」と、あたしは入れ知恵します。
多分これ言わないとエマちゃんはまだしも、まりりや初代様は何であれ付いてるのかわからないと思いますので。
「えーとですな、蒸気機関車、特にC57やC62と言った急行列車牽引にも対応した旅客列車用機関車の場合、非力さをカバーするために車輪直径を大きくして高速時の駆動力伝達に重きを置いています。また、D51のような貨物用機関車は重い貨物列車の動き出しに必要な出力を得るために動輪の数を増やしております。ですが、蒸気機関車の場合は特殊な例外を除いてロッド式駆動装置と申しまして、エンジン本体から出た棒を押し引きする事で車輪を回しております。すなわち、車輪と車輪の間隔をあまり広げることができません。この辺の理屈はお分かりになりますか」
「なんとなく」
「マリアリーゼに同じ。じてんしゃという乗り物でもぺだると車輪の位置は長すぎず短すぎずですわね」
「で、石炭を燃やす大きくて重い火室、そしてお湯を沸かして蒸気を作るボイラーを備えた蒸気機関車は、中で火を燃やし続ける関係もあって、ある程度の長さと重さを必要とします。その重さを支えたり、高速で走る際の脱線を防ぐために動輪の前後にも駆動しない車輪をいくつか付けた方が車体が安定することがわかりました。これ、室見さんは画像を見なくてもわかると思いますが、かつてアメリカが作った世界最大級の蒸気機関車ビッグボーイでは4軸8本の駆動車輪を2セット備えた上に、更に車体を支え一種の舵取りを行う従輪を前後に各4軸8本装備した4-8-8-4、通称ビッグボーイ型と呼ばれる分類名の驚異的な姿になりましたよね。この機関車はアメリカの雄大な山を越えるにあたって補助機関車を連結せずに3,300トンという重さの貨物列車を牽引するために作られましたので、どちらかと言えば速度よりは牽引力を重視した機関車です。それでも平地では100km/h以上の速度で走っていましたし、最高速度130km/hと貨物機にしてはかなりの俊足機関車です」
「すごい大きいのはわかります。そして今進めている計画でもアメリカ専用機が必要だって話が出ている理由が、こんなもん使わないとやってられない向こうの事情があると室見が言う通りだと思います」
「黒光りしてますわね」
それ以上言わないでください初代様。
「で、このビッグボーイ、わざわざ車体の更に前に張り出しを作ってまで先輪を装備していますよね…」
「ああああああ!わかりました!この小さい車輪に車体全ての重さはかかっていないし、第一かける訳にも行かないから空転しやすいのか…」
「そうです。そして空転の原因になる落ち葉や氷や雪を全て線路踏面から取り除いてくれなくなります。で、滑る原因を動輪まで踏んでしまうと、完全に駆動力を絶たれた状態です。登り坂なら速やかに立ち往生、最悪は平坦な場所までバックするかそのままずり下がってから、車輪が線路をしっかりと踏む場所で再発進して坂に挑むわけです」
「じゃあなんでこのきかんしゃは滑らずに走っているのでしょうか」
「初代様。今も空転していますよ」と、あたしは運転台の計器盤上の空転ランプの位置を指差します。
「ほらほら、ちょこちょこ空転という文字が緑色に光ってるでしょ」
「ですわね」
「この機関車は空転を検知するとモーターの力を抜いたり、あえて自動でブレーキをかけたり砂がわりの珪素粒子を線路に噴射したりして強制的に車輪の力が抜けないように制御しているんですよ。そして場合によっては後ろの台車の出力を微妙に上げたりしてぐいぐい押すのです。そして中間台車の空気ばねの空気をわざと抜いて、駆動車輪にかかる重さを増やすといった制御までしています」
「見た目は古臭いけど中身は最新鋭ですからね、これ。りええの思いつく限りの仕掛けを色々詰め込んだマニアックな代物ですけど。うはは」
「まーりーりー。この機関車さぁ、言っとくけど東京大阪間なら在来線最速記録持ちの貨物電車と同じ時間で1,300t牽引して東京駅から安治川口まで走れるのを目標に設計してんのよ? 標準軌型ならパリからこないだのトゥールーズ・マタビオ駅までTEE客車編成牽引しても6時間切り余裕よ余裕。ボルドーまでなら4時間切り…栄光のTEEアキテーヌの表定速度151km/h達成なんか断然余裕よっ」
「室見さん…ロクキューって…標準軌型で最高速度何キロ出せるんですか…」
「えーとですね。一応営業運転で200km/h以上。標準軌台車用モーターだと1時間定格出力で1,500Kwのを4台積んでます。んでアキテーヌやキャピトール牽いてたCC6500型電気機関車、あのゲンコツみたいな前の見た目のが運転整備重量118tで5,900Kwですから…控えめに見積もっても、いい勝負できるでしょ?」
「前後に機関車繋いだらTGVとまでは行きませんでしょうが、ICE1並みの速度出せるんじゃないですか…」
「919号機か920号機、一度湖西線に持ち込んで速度試験してみたいんですけどね、青文字さんが嫌がってるんですよ。緑文字さんの東北線か高崎線で出来ませんか、速度記録挑戦…」
「軌道破壊が怖いので…標準軌型が落成したら上越か東北に持ち込んでくださいよ…軸重14tならかつてのMAX…二階建てより軽いから許可は出ると思いますよ…」
「まりり。夜中の湖西線に密かに持ち込んでやろう、狭軌区間速度記録挑戦。ロクキューなら絶対200km/h超えるから!」
「アホかりええ!いくら今回は青文字社が色々やらかしたって言ってもだな、勝手に人様の線路に機関車持ち込んで暴走を企てるんじゃねぇ!」
「ど直線なら山陰本線もいいわね…伯耆大山から倉吉の間とか…」
「そこも青文字さんの区間だろうがっ!やるなら英国面に満ち満ちた変態記録狙わずに素直に遠藤さんの提案通りに新幹線の線路に持ち込んで試せっ!」
(理恵ちゃん…ラン○ルでも踏む傾向あるよね…もしかして暴走少女なの?)
(雅美さん。あたしがこれほどの高性能機関車をこれだけチンタラ走らせて何のストレスも溜めていないとお思いですか…お客さん乗せてる花形SL列車をぶっ壊したくない思いで我慢してるんですよ…これが単機ならどっかで絶対14ノッチ入れてたかも知れません…)
(ところで雅美さん、そっちどうよ、ちゃんと走ってんの?)
(まだよ。こっちはあまり早く米坂線に入ると色々問題があるらしいから、新津駅でもうしばらく待機するみたい。ただ、そっちが着く前に出してホームを空けるらしいから、その辺は運転する人たちにお任せね)
(ふむふむ。あとは…みんな大人しくしてるだろうな…)
(何人かうるさいのがいるみたいよ。その米坂線ってローカル線走る時に雪の中に置き去りにした方がいい人、リストにしとくわね。…あたしが身重だから自粛してんのにさぁ…あっスザンヌちゃんそこそこもっと舌を以下略!)
(まーさーみーさーん。あたくしが理恵ちゃんたちの救援に出かけた隙に…理恵ちゃん。川に投げ込めそうな場所ってありますの? そのよねさかせんというもの)
(ありますよ。越後片貝って駅の前後が荒川って川を堰き止めて作ったダム湖のほとりを走るんです。その湖というか川を渡る鉄橋も2箇所くらいはあったはずです)
(いいですわね。では逆さ吊りで)
(テルナリーゼ母様。雅美母様の子宮にわたくしペルセポネーゼがいるのをお忘れですか…)
(ではペルセポネーゼ。雅美さんに相応しい罰を提案なさい。あたくしがそっちに戻るまでに何か考えついていなければ理恵ちゃんの案を採用します)
(何でまだ産まれてもいない私までこき使おうとするのですか!とりあえず瑞○の先頭車展望部の吹きさらしに放置1時間で!)
(胎児に懲罰案を出される母親を悲しく思う昨今)
(マリアリーゼ。貴女も割とクレーゼに厳しかったのでは? 産まれる前から…)
(なんかボロクソに言い倒した記憶もありますが、よう覚えてまへん)
(つーかあんたら、あたしが必殺徐行区間を時速30キロで辛抱してノロノロ運転してんのに…えっとペルセポネーゼちゃんだっけ、あのね、あたしが今運転してる機関車と同じものがこの後にそっちの先頭になって走るのはわかるよね。で、先頭に作業員さんが立って待機する場所があんのね。吹きさらしだけど。んでそっちの919号機って、こっちの920号機みたいにおっきな雪かきつけないからね。この意味わかるよね)
(ええわかります理恵さん。30分も走れば母は雪まみれ、下手すれば雪だるま。何でしたら防雪林というのですか、あそこに溜まった雪、わざと線路の上に脱線しない程度の高さと量に調節して置いとけば、列車がそれに突っ込んで母様は雪まみれ)
(…実の娘に懲罰提案されるほどさ、あたし悪いことしたの?)
(測定する間は大人しくしとけって言ってんのに自粛しない雅美さんが悪いのですっ)
ええ、運転に集中したいのですが。
ですが並列並行思考システムを痴女種に実装したまりりをまずは褒めておくべきでしょう。
そして雅美さん。
正月の崩御時に誰が火葬場の焼却炉役を務めるか知りませんが、灰も残さないレベルで焼いておく方がいい気がしました。
はい。身寄りのない雅美さんのためにわたくし室見、暫定女官長としてジーナさんやまりりと言った日式火葬の風習を知る人と一緒にお骨上げをする予定でした。
(聖院湖に遺灰散布でいいですよね。連邦世界の服部霊園の田中家のお墓にお骨納める必要ありますか初代様)
(火葬して寝台への意識転移さえちゃんと済んでいれば遺骸に用はありませんわね。というか歴代金衣の昇炎式って基本、骨も残さずに焼くのが本来のお作法ですわよ雅美さん。聖母様の時は身体に内蔵された機密ぶひんとやらを回収するのと、日本にあるお墓に埋葬して欲しいという要望に応えただけでしてよ)
(ええー、あたしの時はお骨上げしてくれないんですか!)
(雅美さん。何でしたら痴女宮の正門前にお墓建てましょうか。エマちゃんに頼もうと思うんです。これぞ痴女皇国幹部って感じのお墓。雅美さんの偉業をみんなで讃えられるからきっと賛成してくれると思うんです)
(理恵ちゃん。どういうお墓にする気なの)
(マー○様とかやまらのおろちみたいな感じで。何でしたら珍珍の型取りして原型作っておっきくしてもらいましょうか。初代様なら岩から削り出してくれると思いますし)
(理恵ちゃん理恵ちゃん。いくらなんでもかわいそうですわよ。せめて普通のおはかにして差し上げましょう。…で、おはかの前には引っこ抜けないようにして例の短剣の台座をこしらえましてね。この短剣を見事抜きし者には痴女皇国の帝位または摂政位を授けるとかでっち上げるのですわ。無論おぼんやおひがんにはお参りした方がそこにまたがって故人をしのぶ。これなんかいかがでしょうか)
(真っ先にベラ子にやらせましょう)
(ねーさん。そもそもそんな猥褻物陳列罪的お墓、痴女宮正面に作ってどうするんですか。せめて淋の森に)
(ああ、いいな。どうせあそこヤり森にしてしまうし。かーさんが青姦がてらお参りしてくれるだろう。もちろんあの黄金の柄にまたがって故人の遺徳を偲んでくれると思うぞベラ子)
(しばくぞマリ公。お前が真っ先にまたがってやれ)
(っていうかみんな…そんな恥ずかしいお墓を作るの前提にしないでよ!一体あたしを何だと思ってんのよ!)
(女かまきり)
(女郎蜘蛛)
(元祖淫乱)
(元祖どすけべおばちゃん)
(変態)
ああ、哀れ雅美さん。
せめて来世の人生(?)がもう少しマシな生涯であることを祈らずにはおれません。
やはり故人の遺徳を偲ぶ花輪、本葬の際には痴女宮地下24階の墓所に飾ってあげるべきでしょう。
花輪の費用くらいならたのきちもやかましく言わないと思いますし、むしろ業者には見積が欲しいと連絡する気がします。
うむ。
この素晴らしいお葬式を実現するためにも安全かつ早く新津に戻るべきでしょう。
SL列車のお客様方の酔いや体調不良を招かない程度の速度違反で。
やはり暫定女官長代行としての仕事も忘れてはいけないと思うのです。
ですから雅美さんの国葬も、国土局長として手がける痴女皇国世界への鉄道産業導入と同じくらい、女官長の名に相応しい仕事にしてみせましょう。
そう誓ってあたしはノッチハンドルを握り直しました。
ああ、乗客の皆様にはいいクリスマスプレゼントになったでしょう。
降りしきる雪の中を粛々と走る暖かい列車で楽しむ雪景色。
そして、同じくらい暖かみのある意匠の墓石、そして花輪を尊敬する先輩のためにクリスマスプレゼントとしてお贈りするのも残された者の気配り心遣いでしょう。
いやぁ、やはり良いことをするのは痴女種の宿命ですね!
まさみ「本当にやったらマジ怒りするからね」
りええ「安心してください。雅美さんの崩御後にします」
まさみ「犯すわよ」
りええ「死んでからどうやって犯すのですか。復活するとしても時期は不明じゃないですか」
まさみ「ギギギ」
マリア「まぁ、りええが忘れた頃にする方法もあるぜ、復活」
まさみ「忘れた頃に差し押さえ命令とか出頭命令が来るパターンね」
てるこ(復活時期が遅れるよりも理恵ちゃんをしばく方を優先したいのね…)
ジーナ「うちが復讐代行を引き受けよか?」
りええ「ひいいいいえろばばぁがきた」
ジーナ「報酬は雅美さんの遺産相続で」
マリア「痴女皇国で相続税をかけるぞ。今回は税率110%で行こう」
ジーナ「それあたしからもムシる設定やないか!」
マリア「復讐するならわざわざ金を取らずに善意でやってやれよ…」
てるこ「あたくしの復活もよろしくお願いしますわよ」
マリア「ちなみに両名復活時期は未定だ。だいいち娘さんを懐妊するの許可した理由、うちの人手不足の問題が大きいんだからさ…」
まさみ「つまり何、母娘でこき使われる未来すらあり得ると」
てるこ「つまりおやこどんぶりの未来も」
ジーナ「ベラ子の時の悪夢再来か」
マリア「娘さんたちがベラ子ほどマザコンじゃないのを祈るしかねーな」
てるこ「ちなみにペルセポネーゼはエレシュキガル属性を受け継いでおりますので、ど助平確定ですわよ」
他全員(今からでも遅くはないから堕ろさせるべきだろうか…)




