痴女宮ふゆやすみ・りえちゃん米沢へ行く 4
「じゃ父さん、瑞◯と四季◯は予定通り米坂線経由で米沢へお願いね」
「大丈夫か、お前…」八百比丘尼国での鉄道路線開業時に投入する予定の生体発電型電気機関車試作機、BE69 920号機の運転台乗降口下から心配そうに見上げる父。それを運転席側の横窓から見下ろす娘…わたくし室見理恵です。
「大丈夫よ。919の落成時にあたしも構内とは言えハンドル握ってるし、東の指導助役さんもまりり…マリアリーゼ陛下もダリアもアルトさんもエマちゃんもいるしね」
既に指導助役の遠藤さんと名乗られた方が車両チェックを手際良く済ませてくれています。
「69はまだ未経験なんですが、51は842と895引退前に辛うじてハンドルを握れましてね。西線自体はばん物と気動車でそれなりに往復回数を重ねさせて頂いております」と簡単に運転経歴を伝えてくれます。
「回転窓でわかると思いますが、A寒冷地仕準拠で最終仕上げしてますので、842と若干違うところはあります。あと、SGの代わりに生体発電機積んでます。これはSGの水積載時6tに合わせた重量になるように電池を搭載してますから、トータルで700番台までと同様に運転整備重量84トン。ただ、ロクキューはゴーイチと違って燃料とか水を消費しませんので、走行距離で車重は変わりません。この辺りで少し挙動は変わりますね」
こちらも遠藤さんに機関車の仕様を簡単にご説明。
「ふむ。要は基本的に車重が変化しないゴーイチですね。あと842より少し重いと」
「それと将来、DML61またはSA12同等の機関を開発できた場合、ディーゼルエンジン搭載が簡単なように電子系統装備はなるべく後付けにしています。ただ…マスコンとブレーキ弁の根本は電気指令式になっています。そうは見えませんけど。ほほほ」
実はこの機関車…生体発電機をはじめとするいくつかの装備を取り外して元来積まれているはずのディーゼルエンジンや周辺機器を載せ替えるだけで限りなくDD51に近い、言ってみれば昭和の技術水準で製造や保守ができる国鉄時代の機関車に「戻せる」ようになっているんですよ。
比丘尼国がこれの車体を作れるようになった暁には完全に痴女皇国または聖院地球で何とかできる水準で敢えて作っていたりします。
「確かに、国鉄時代まんまですなぁ、この自弁と単弁」
既に取り外し可能なブレーキハンドルも取り付けられるわ、車体外部の電源スイッチも入れられ、エンジンキーの位置にあるマスタースイッチキーも刺さっています。
各種警告灯も点灯または消灯しており、昔ならスタフ…運転時刻表を挿しておくための台の位置に突き立っている外付けの運転補助モニタディスプレイや、正面のアナログ速度計や空気圧計・エンジン回転計の代わりに取り付けられた複合運転情報表示器のモニタも点灯しています。
その割に何でATSのランプを残しておくのだろうとか思いかけましたが、そんな事を悠長に考えている余裕はないので考えを頭から振り払います。
「喜多方側が2エンドになりましたっけ。喜多方方向のエンド側双頭連結器、自連側でしたでしょうか」
「ええ、自連確認しました」これ、電車用と客車・貨車用の連結器を備えておりますので、到着後すぐにC57と連結可能なように段取りをしておく方がスムーズに行きますからね。
「8233レには連絡つきます?」
「ええ。まだ列車無線が生きてますから。あと後続の235Dがすぐ後ろにいます。これで後押しを試みましたが、1両の上に積雪抵抗で厳しいようです」
「では、この静止状態で徳沢駅2番線に機関車を転送します。出発喚呼は徳沢出発時に。あそこの直近出発時刻、17時47分か…徳沢駅で236Dが抑止かかってるんですよね…逆線出発か。ATS切って無理やり出すか…」
「理恵さん、信号回路を一時的にカット、ポイント遠隔操作に割り込めますよ。大丈夫ですがな」
「よっしゃエマちゃん、それで行こう。あと徳沢で交換時に恐らく9両じゃギリッギリかな。こっちも2番線側に強制的にポイント開通させましょう。遠藤さん。列車番号、救9920レで良かったんですよね」
「ええ。じゃ、指令に連絡しますね。今から徳沢に920送り込みますと」
「はい、お願いします。んじゃ父さん、行ってきます。救9920、出発進行。まりり、エマちゃん、転送お願いします」
で、今我々が新津駅構内で何をしているのかと申しますと、この新津駅と会津若松駅、そして東北本線郡山駅を結ぶ磐越西線という路線上で観光SL列車が立ち往生している連絡が入ったのが発端です。
日本海地方に雪の天気予報が出てはいましたが、午後からの雪…そして夕方からの吹雪が新潟県から秋田県を襲ったせいで救援用機関車や除雪機関車が出払っている状況での機関車故障。
そして山間地で故障している上に、吹雪と積雪で道路からも空からも通常の手段で接近不可能とあって、7両の客車に乗る数十名の乗客を救出する手立てがない中、SL列車の搭載無線から入った現状連絡によりますと「非常用に積載していた飲料水のペットボトルと非常食の乾パンを既に配り、客車の暖房装置だけでも何とか運転していますが、列車は徐々に雪に埋もれている状態」という悲痛な声での切羽詰まった話が入っているようです。
かかる状況で、別の列車の牽引テストをする予定だった比丘尼国向け試作機関車BE69 919号機の予備として新津駅構内で待機していた920号機に白羽の矢が立ちまして、除雪用オプション装置のラッセルユニットを装着して救援に向かう事に。
しかしながら試作機で、しかも名目上は英国に輸出されますが、実際にはNBまたは異世界に持ち込まれる試作機関車とあっては運転できる人がJR社内にもメーカーにも限られている状態です。
更には新潟市内も道路除雪設備のある中心部はともかく、郊外は吹雪と積雪で混乱のさなかにあって、新津駅に人を送り込むのも難しい状況であるとの話が。
ですが…書類上では英国にあるはずのテンプレス・レイルウェイズというダミー会社に輸出する事になっていますけど、いくら痴女皇国と比丘尼国が実質発注者であるとは言えJRの駅構内、あまつさえローカル線の部類とは言え…さらに吹雪と積雪で会津若松〜新津間が実質運転不能で抑止中とはいえ、わたくし室見が無免許で本線運転をしてよいものか。
そこでまりりが取った対策。
(今、東の社長さんから連絡ありました。既に1時間以上雪に埋まっている上に発熱や体調不良を訴える乗客数名。さらに吹雪で自衛軍などの航空機接近も難しく、飲料食料の搬入すら困難な山間部の立ち往生とあっては万やむなし。会社責任で運転を許可させて頂きますと。監督官庁たる国土交通省については、本来は会社含めて厳重たる処罰事案であるが、後日東社所属の運転者名が入った抑止事故対応報告を北陸信越運輸局に送達してくれれば良いと「言わせました」)
若様しゅげぇ。
(簡単です。救出手段を持ち神にも等しい力を使える高度特殊人類種が複数近所にいる上に、彼女たちは救出協力の意思を強く示してくれている。そればかりか、国家的事業を推進するのに絶対必要な外部技術を提供頂ける方々の人道的申し出を拒んだがために死者が出れば国交大臣罷免の上、国民から訴訟対象にされるぞと田淵総理から脅しを。ついでに既に立ち往生はニュースで流れておりますので、非公式ですが…閉じ込められた旅客の安否が気がかりでならない、とだけ国土交通大臣の携帯に対して、どこかから短い電話を入れて頂きましてね。ふふふふふ)若様の悪者顔が脳裏に浮かぶようです…。
あと、そのお電話、絶対に東京都千代田区1丁目1番地1号の日本の中心で兼業農家をなさっておられるご家族のご自宅からかかってきたと思うんです。
「よし、んじゃ…遠藤さん、行きますよ。エマ子。正確に線路に下ろせ。駅構内の着地地点の雪はある程度どけてるから亀の子にはならねぇはずだ。転送かけろ」
次の瞬間。雪で覆われてレールが全く見えない徳沢駅構内に機関車ごと転送される我々。
隣の線路にいた2両編成のハイブリッドディーゼルカーからホームに積もった膝まで埋まりそうな雪をかき分けて運転士さんが駆け寄り、状況を連絡して来られます。
「とりあえずこちらは乗客4名。全員無事ですが…」
「あ、これ差し入れです」まりりがどこかから取り出した温かいお茶のペットボトルと人数分のカロリーメ○トなどが入った袋を渡しています。そしてダリアとアルトさんが列車周囲をこそーっと温めて融雪しています。ダリア、ここ時間帯によって無人駅だから、除雪のついでにホームの雪も溶かしといてね。
「おお、これは助かります…」
「じゃ、我々は救援に向かいます。遅くとも30分以内にはここに戻って通過出来ると思います」
「お気をつけて」頭を下げる運転士さんを残し、我々は車内へ…。
(さむいですぅ)
(うるせぇ我慢しろっ)
ええ、DD51同様にフロントデッキを装備したBE69。
その前部デッキに立って女官種モードで前方に放熱して我々を進みやすくしてくれているのはアルトさんです。
ランカーブ表とメディアウォッチのGPSナビ画面、そして助士席側運転支援モニタを見ながら制限速度をあたしに指示する指導助役の遠藤さん。
「予告。制限60。第二閉塞進行…そろそろです。制限30」
「注意。制限30」がちゃがちゃと右手のマスコンハンドルを回して速度を加減するわたくし室見。
正面右手窓すぐ下の変速機位置などを表示する注意灯火部分の空転の文字が時々光ります。
もっとも、車で言うトラクションコントロールとABSに該当するアンチスキッド制御が搭載されているこのBE69、あたしの左足元にある丸いボタンを踏んでセラジェット…砂撒き装置の代わりのシリコン微粒子を線路めがけて噴射する装備を動かす事は滅多にありません。
それに空転が続くと、アンチスキッドと連動して自動的にセラジェット噴射を行う仕掛けも装備していますし。
あ、ブレーキハンドルを非常ブレーキ位置まで入れた時もセラジェットは作動しますよ。
「このまま注意同等で制限30維持。やはり線路踏面、凍結してますね…」
遠藤さんが回転窓ごしに前方状況を観察しながら伝えて来られます。
あたしの側の前面窓でも回転窓が唸りを上げて窓をめがけて吹き付ける吹雪を吹き飛ばし、視界を確保しています。
この丸い窓、A寒冷地仕様という国鉄時代の北海道・東北配備機向け仕様DD51だと外観からすぐにわかる特徴の一つです。
ベース機のDD51 842からの変更点の一つでして、車体前部の大型雪よけ同様、車体の腰くらいまでの積雪なら何とか走行可能なようにするためのものです。
普通のワイパーじゃ寒冷地仕様のワイパーゴムに変えていても吹雪の時に間に合いませんから。
で、もうひとつの寒冷地仕様を象徴するものが働きそうな予感。
正面にトンネル入り口が見えます。
「理恵さん、トンネルポータル上部、つらら視認」エマちゃんが注意を促します。
「注意。制限15」遠藤さんが助手席側の汽笛弁を操作し、国鉄時代からの伝統の汽笛音をトンネルに向けて鳴らします。
「制限15」左手で上下に一本ずつあるブレーキハンドルの下側を反時計回りに回し、更に速度を落とします。
このブレーキも原型機DD51では単なる空気ブレーキの操作装置ですが、実質電気機関車たるBE69ではハイブリッド自動車同様に電気ブレーキと空気ブレーキの複合制御を行っています。
ハイブリッド車のエネルギーフロー表示に似た感じの回生充電状況と生体発電機作動状況をグラフィカルに確認できる表示が正面運転支援モニタの片隅に出ていると表現しなさいと天の声が言いますが、そんなもん駆け出し無免許運転士のあたしにはチラッとしか確認できないわよっ。
で、車体から突き出た運転室がトンネル入り口に入り込んだ次の瞬間。
がしゃ、と音があたしの頭上で起きて、何かが車体に当たって落ちて行きます。
確認するまでもありません。
トンネル内に吹き込む冷気によって天井からの漏水や結露などが凍ったつららを、運転台屋根が延長されるような外観のひさしが割り落としたのです。
これも寒冷地仕様の特徴でして、ある程度の長さのトンネルだと、外が氷点下でも奥の方の気温は10度から20度くらいというのも決して珍しくありません。
そして理科の授業内容を思い出して欲しいのですが、空気というのは冷たいところから温かいところに向けて流れますよね。
そうです、外からの冷風がトンネル入り口につららを育てやすくするのです。
そしてこの磐越西線の喜多方から西側の山岳区間、昼間は2〜3時間に1本しか列車が来ません。
ですので、前面窓にぶつかると困るサイズのつららが育つようなローカル線や始発や夜間に走る場合を想定して、窓上のひさしを伸ばしてつららを壊すようになっているのも寒冷地仕様DD51の特徴です。
…まぁ、つららがトンネルで育つようなローカル線だからこそ勾配や落ち葉、雪で簡単に5分や10分は遅れてしまうSL列車でも余裕を持って走らせられるのですが…。
「制限45」
「制限45」
再びかしゃかしゃと右手で長ーいハンドルを反時計回りに回して14段刻み+抑速1段定速1段のノッチ位置を5段くらいまで上げて加速させます。
「単機だとやはり、加速性能7.0キロ毎時毎秒くらいは余裕でいきますな」
「セラジェット併用だと10キロ毎時毎秒出せるように設計しておりますが、まぁ…今後、重連でLKABやビトリアとかモーリタニア並みの全長の鉄鉱石列車牽引機に充当する可能性もありますから」
「お、ゴーナナの前照灯視認。制限15。前方、停止」
「制限15。停止」再びブレーキハンドルを操作して、C57に当てないように慎重に機関車を停めます。
このブレーキレバーが二本ある話、前にまりりと電車と機関車の運転の違いについて言及した時に少し話しましたが、DD51やBE69の場合ですと上下二本あるうちの上側の短めのハンドルで動かす方のブレーキハンドルは機関車のブレーキ回路だけを作動させる単独弁、通称単弁です。
そして先ほどからあたしが操作してる下側の長めのハンドルで動作するブレーキ、これは後ろに列車を繋いだ場合に列車全体に対して空気ブレーキを作動させる自動ブレーキ弁、略して自弁と呼称する装置の操作ハンドルです。
何でこれを分けているのかは、恐らくこの後にC57 180号機を連結した後で使い分ける必要が絶対に出ますのでお楽しみにっ。
そしてC57前方の吹き溜まりの雪をまりりとアルトさんとダリアが熱を出して溶かします。
「あ、連結器のとこ軽くでいいから温めておいてね。ナックルっていうんだけど可動部が凍りついてたら連結に支障あるからー」とまりりに頼んどきます。
そしてC57 180やSL列車の状況を調べる私たちと、乗客の治療救助に当たるダリアとアルトさんは別れて行動開始。
「あー。ボイラー内の配管継手の継ぎ目のところが外れかかってますね。これ無理に蒸気圧かけたら絶対ややこしいことになりますよ」C57 180全体をスキャンしたエマちゃんが即座に診断を出してくれます。
「エマちゃん、この際だから可能な限り直せるところ直せるかな?」
「そうですね、やれる限りやってみましょう」
「なんせ1946年製造機だもんね…相当部分を後年に新製してるから当時の部品はほとんどないはずなんだけど…」ええ、我々の時代でもこれが生き残っていた理由ですが、この機関車のレプリカを作るのに近いレベルで重要な部品や車体構造に至るまで、あらかた作り直しているはずなんですよ。
ですが、やはりそれを行なってから相当の年月も経過していますし、いくら新製したと言っても基本設計が第二次世界大戦前の代物です。
根本的に当時の設計・工作技術の水準で作っていますから、走らせれば劣化してくる部分も出てくるんですよねぇ…。
で、光学偽装を入れた上で、ドカ○スタイルからフルパワーモードに変化して天使の羽根を広げたエマちゃん。
数瞬後に元の姿に戻ると、運転台の機関士さんにボイラーへ石炭か重油を投入して燃やして欲しい旨お願いしています。
このC57 180は勾配区間や石炭をくべる機関助士さんの異常時に負担を減らすための重油並燃装置というものも装備されていますから、必要な火力を取り戻すのは割と早い模様。
やがて煙突から上がる黒煙。
安全弁からも蒸気が噴き出ます。
ドレインも排出され、運転再開できるっぽい状態に戻ったようです。
「蒸気圧来ました。このまま動作試験を兼ねてロクキューに連結しますか」
「いや、こちらから動かしましょう。あと、235Dは8233の後部に連結のままで。徳沢で切り離した後は指令から運行再開の連絡を待って欲しいとのことです」C57の機関士さんたちや車掌さん、SL列車の後ろにいる気動車の運転士さんと遠藤さんが話し合い、BE69を蒸気機関車の前方に連結することに。
再びあたしは運転台に乗り込み、遠藤さんが手歯止めを外してくれるのを待ちます。
そしてSLと69を連結。
「やわやわ〜。やわやわ〜」
遠藤さんが振るカンテラの光の振り具合を確認しながら、ブレーキを慎重に操作してC57の先頭に接近。
一旦停止した後、軽く再起動してすぐブレーキ。
がちゃり、と音がして双方の連結器が握手します。
そして皆さんの協力で、装備されたホースを使ってBE69とC57のブレーキ配管が繋がれると、遠藤さんと運転台を交代して空気ブレーキ回路が構成されているか確かめてもらいます。
自弁を操作してブレーキ空気圧メーター表示が所定の動きをしたのを確認。
で、エンド交換というのですが、今度はBE69の逆側の運転台に鍵を差し込み直し、運転情報の入った電子カードを差し込んで逆方向に走れるようにします。
あー、これやっぱり国鉄仕様まんまじゃない方が楽だったな…ブレーキハンドルも2本まとめて引き抜き、遠藤さんにお渡しします。
そして運転席に再度着席。…DD51まんまの昔の事務椅子みたいなすごい古臭い感じの椅子ですが、昔のフランスのミストラル用電気機関車みたいに「居眠り防止のために立って運転する」すごい設計の代物よりはまだマシですね…。
「リバーサーは走行直前に投入してください」
「了解です。リバーサー中立確認」指を指してバック走行か前進かを決めるレバーの位置を確かめときます。
「まりり、全員乗ってもらっていいよ。出発準備整ったから」遠藤さんが助士席側で汽笛を鳴らすと、呼応してC57、そして後ろ側のディーゼルカーも汽笛を鳴らします。
「リバーサー前進」
「リバーサー前進。電圧・電流よし」
「エマニエルさん、ラッセルヘッドは通常走行位置でお願いします」
「了解です。車高位置確認。除雪翼通常走行位置、よし」
「単弁緩解します」
「了解。単弁緩解。…出発進行」
「自弁緩解、出発進行」そうです。発進の際にいきなりドカっと力をかけると後方の客車が暴れ出すくらいの衝撃がかかりますので、まず機関車単体のブレーキを外しておいて、空気圧が抜けた時点で自動ブレーキ弁を操作して、客車なら客車側の残留圧力がまだ残っているうちにそろーっと連結器を引っ張って、たわんでいる連結器の衝撃吸収機構を伸ばしてあげて、引っ張ってる車両を1両ずつ引き出していくのです。
で、運転台側の窓を開けてかしゃん、かしゃんと各車の連結器が伸びる音を聞きながら…。
「ブレーキ異常なし。ノッチ投入。制限60」
「ノッチ投入、制限60」再びノッチを入れて行きます。この時もDD51の二倍の出力があるのを念頭にして操作します。一気にどかっと全開位置の14ノッチまで回すのではなく、一段一段慎重にノッチを上げて行きます。
何せ前後の走行装置合わせて1時間定格出力4,000キロワット以上、4軸の出力を合わせると6,000馬力を誇る超高出力機関車ですから、これ…。
(後ろのSLって何馬力よ)
(定格出力…巡航走行で千馬力ちょい。最大で1,300馬力切るくらいかな。最後尾のハイブリッド気動車でも400馬力だよ)
(SL6台分かよ…そりゃ単独で走り出す時に自動車並みの加速するよな…)
(アンチスキッドなかったら絶対空転させまくってた。うん)
「実際に今も空転ランプ、パカパカ点きまくってますからねぇ。あ、アンチロック制御の修正データ取ってますよ」エマちゃんが感想を述べます。
なにせ気動車入れて9両の編成を雪と氷に包まれた中で楽に引き出せる大出力機です。
キルナ〜ナルビク間の鉄鉱石列車の牽引すら念頭に置いた設計は伊達じゃありませんよ。
ざしゃ、ざしゃと線路を覆い、立てば膝どころか足の付け根まで雪に埋もれかねない量の積雪を力強く押し退け、進路を啓開しながら突き進んで行きます。と言ってもわたくし、マスコンハンドルを目一杯右に回して定速位置に置いているだけなのですが…。
これ、自動車で言うクルーズコントロールみたいなものでして、この位置を保てば直前に出していたスピードを維持してくれる機能です。
もっとも、これまた前にお話ししましたEBという運転士異常を警告して非常ブレーキをかける装置が働きますから、1分に1回は確認ボタンを押さなくてはならない仕様ですが。
「制限40。徳沢。停車」
「制限40。徳沢停車」
そしてキンコンキンコンとATSチャイムが運転室内に鳴り響く中、先ほど出発したばかりの徳沢駅が見えてきました。
前照灯の減光ボタンを押して徳沢駅1番線に抑止されているディーゼルカーに合図します。
「室見さん、後ろの235Dがホーム中央に来るようにします。停止位置表示は無視して制限10で場内進行願います。ATSも切りますから慎重に願います」遠藤さんがあたしの横から手を伸ばして自動列車停止装置を敢えてオフにしてしまいます。
「了解。制限10。場内進行。ATS切」ATS電源が切れていますとやかましく警告される中、ゆるゆると徳沢駅の構内を通過して行きます。
「場内停止」
「場内停止」自弁ハンドルを操作して慎重に停止します。
ブレーキハンドルを一番奥まで推し進めてから少し戻して常用最大位置で止めておきます。リバーサースイッチも中立位置に…と。
助手席側の窓を開けて後ろを確認した遠藤さんに、235D…後ろに繋がった気動車の運転士さんがカンテラか手旗で合図したのでしょう。
「この位置で OKです。私は後部で切り離しを支援してきますので、運転台から離れないようお願いします」と言い残して機関車を降り、後部に急ぐ遠藤さん。
「しかし大変だよな、こういう時…」
「いやいや、これくらい出来る人作らないと比丘尼国でもスペインでも大変になるからね…」暖房の効いた車内でまりりが呟く感想に答えます。
「スケアクロウほどじゃないにしても大変ですよねー」ダリアも後ろで見てましたからねぇ、あたしの運転。
「ただせんろの上を走るだけかとおもったのですが、いろいろとやることがあるのですねぇ」
「お金もらって人を乗せてるからねー。あ、まりり、瑞◯と四季◯はどんな感じ?」
「えーとな、向こうはまだ新津。米坂線最終を打ち切って代行バスかタクシーを出す話もあるみたいだけど、最終のお客さん乗せて欲しいって話があるなら応じてあげてと頼んどいた」
「ああ、瑞◯か四季◯が最終列車の代わりをしたげるわけね。…瑞◯は西さんの列車だし、四季◯なら瑞◯ほど測定要員乗せないから、乗せるなら四季◯の方が融通効くんじゃないかって言ったげて。ラウンジの椅子総動員したらなんとか乗せられるでしょ」
「了解…あと、SL列車に新津へ向かうお客さんを何名か乗せるらしい。隣の人たちは戻らないみたいだけどな」
「よしよし。そっちのやりとりは8233の車掌さんにお任せしましょう」
「復唱します。臨快新津行8233レ、救9920連結。所定通り新津へ出発。新津行235Dは徳沢に留置、8233出発後を所定90分延で続行。喜多方行236Dは上野尻へ向け8233出発後発車。では8233は現時点で随時出発します。了解…室見さん、お願いします」
「了解しました。緩解よし、徳沢構内。制限30。出発進行」
がちゃん、とノッチを入れてゆっくり発進。
本当は払いブレーキして制動装置が結氷してないか調べた方がいいかなー、などと思いつつ自弁を緩めて、またしても後ろに繋がってるSLを含めて1両1両引き出していきます。
前照灯の減光を切り、ハイビームで前方を照らしながらじわりじわりと加速させて行きます。
これが北海道北米やカナダのようなパウダースノーなら、とんでもない速度で除雪しながら雪を巻き上げて突っ切る動画のようなことができなくもありません。
が、水分を多く含むいわゆるベタ雪な雪質の日本でそれをすると、吹き溜まりに乗り上げて脱線したり、巻き上げた雪が沿線の民家を破壊しかねません。
実際にロータリー式除雪車が吹き飛ばした雪が民家の窓ガラスを割ってしまった事故も起きてますから…。
ですのでゆっくり気味に排雪抵抗に応じたノッチ操作をしてザクザクと雪をかきわけて行きます。
「司令室でも前方映像を見てもらっていますが、このまま一閉塞扱いで新津構内に向かってもらって構わないそうです。倒木などがないかだけ注意して進んでください」
「了解。制限60。しかし西線でこれじゃ、他の線区は大変ですよね」
「えーと、上越新幹線以外は基本今アウトですわ。で、米坂は特雪の後追いで臨時2本を出して行くそうです。ですからあちらの919はラッセルヘッドなしで行くようですね」
「上越新幹線強いですねー、また伝説作りそうだなぁ」
「ははは、風速25m超えなければあそこは滅多に雪じゃやられませんから。現に今、ほぼマルで走ってるみたいですよ」
(アルト、お客さんの具合どうよ)
(とりあえず全員回復、マリアさまの差し入れのおちゃとおべんとうくばりましたよ。みなさんからありがとうといわれてますから)
(よしよし、こちらも現時点では順調だ…待て! りええ停めろ!)
「非常制動入れます!」
左手で力一杯にブレーキハンドルを奥まで押し込み、右足で警笛ペダルを踏みつけます。これは牽いているSL列車に非常事態を知らせるためです。
そして運転室内で皆に依頼を。
「エマちゃん!後続235D緊急停止させて!遠藤さん!新潟の司令室に連絡願います!徳沢〜豊実間で雪崩または地崩れ発生!列車は非常停止!ただいまからテンプレス・レイルウェイズ側で状況確認に移ります!…まりり、前の線路の状況確認頼めるかな…」




