三河監獄国ものがたり・1
みなさんこんにちは。
痴女皇国の財務本部付・財務企画部長に就任しました田野瀬麻里子です。
さて、私たちが日常的に使用している業務機器の聖環。
これと同じか、最低でも旧モデルの同等品が欲しいとのお願いに来られたお国がありまして。
…ええ、ものすごく断りづらいお相手なんですよ。事業融資だけでなく、うちの国と最友好国な国のトップの肝煎り事業を進めておられる国ですので…。
「とにかく貴国の聖環、何としてもそれに近い機能の物を我が国主が欲しておるのです。おかみ様からもどうかお取りなしを!」
「いやな、わしもこれ、この通り聖環を貸し出してもろてるけど、貸すとあげるは違うくらい、わしかて分かるしのう。しかも君とこ、直接使うとる囚人だけで何万人おるんじゃ」
「十万を超えました…」
「まぁ、飯代払うとか鍵を開け閉めするとか、はたまた、だっさくっちゅうんか。逃げた奴の居場所掴むだけでも便利なんはわかるからの」
「機能限定版…旧型聖環同等でも、かなり事情は変わるとは思いますの。我が国で生産したものや他国原料の加工地として三河監獄国は有用極まりない重点外交対象指定を受けたとも聞いております。何とかして差し上げられませんでしょうか…」
ここは痴女宮21階、皇帝室秘書課。
机の主たるジーナさんが聖院の方のイスパニアに出かけている間に、お客様が来られたというので会談中。
鯖挟国に帰国する船に便乗してやって来たのは、監獄国の家老纏め役・副国主を名乗るお方です。しかも、おかみ様まで同行して来られるほどの要人なのは分かります。
更に監獄国に研修出張していた時以来の仲というマリーさんまで呼ばれています。
で、私たちが話を聞いている場所…旧・淫魔室です…。
と言っても要人面談用のお部屋としても使い勝手は悪くないので、少しばかり中を改装して三区画ほどに分割。それぞれに応接セットを置いて来賓面談室に転用した訳ですが。
「なるほど。お話の主旨はよくわかりました。確かに我が国の出資対象として、かねてから貴国にはそれなりの額をお支払いしておりますが、返済はもとより配当についても順調なご様子。ま、おかみ様のご紹介もございますし、我が国として貴国を見捨てる事は致したくない思いはご理解頂けますかと」ベラ子陛下が同情的な目で家老様を見ておられます。
「は、ありがとうございます陛下。全くあの店は…やつらも京で銅を吹いて創業したであろうに、鍛治を営む我等と何が違うのか」憤懣やるせない顔で家老様がおっしゃいます。
実は製鉄所開所や港開きで相当な出資を余儀なくされた三河監獄国、諸国に投資を募り資金を集めようとしましたが、かねてから付き合いも深く銅材を卸してくれていた浪速三三四国は淀屋橋の豪商にお願いに行かれたところ、快く貸付どころか、けんもほろろに断られたそうなのです。
この豪商、元は越中佐々褌国産出の銅を精錬加工する事から創業、商いにも手を伸ばし、国主…皆様でいう大名に該当する方々への貸付でも利益を上げている、言うなれば投資銀行や信託銀行のはしりみたいな事もされているそうです。
そこまで言うと、その店の屋号バレバレという気もしますから明かしませんけどね。けどね。
「うちは機屋さんとしての監獄国はんと見込んだからこそ融通融資をさせて頂いとりましてん。それが鉄とはいえ精錬鍛造に手を出しはるとは…重ねて申しますけどな、私どもは機屋のお宅様に貸しておる訳で、鍛冶屋にお貸しする金はびた一文ございませんねんわ」
これ、件の大店の本店にわざわざ足を運び土下座で融資を請い願った監獄国主に対し、あちらの頭取が言い放った言葉だそうです。
確かに熊釣国やら足尾直訴国やら伊予柑水道国やらで銅生産から流通を一手に商い、比丘尼国自体にも影響皆無ではない豪商ですよ。
ですが、狙いをつけていた製鉄事業を監獄国に先にやられて悔しかったかは知りませんが、融資を断るだけでなく銅の卸しも止めてしまい、更には今まで貸し付けた分も返せと。
金策はもとより資材調達に行き詰まった監獄国国主は心労で病に伏せり、回復に向かってはいるものの未だ寝たきりだそうです。
「あっさり治して頂いては我らが受けた仕打ちの非道が国中に伝わりませぬ。施しを頂くにもたいみんぐがございます」とは国主の弁。確かに連邦世界でもあの辺の人々の傾向として「根に持つ、忘れてくれない」が強い風土なんだそうですけど…。
さて、比丘尼国に泣きついた監獄国と国主を救ったのは他ならぬ痴女皇国です。
南米支部長経由で手に入れた赤玉葡萄酒長細国産の精錬銅を大量に融通されたのみならず、例の銀を大量に融資されたおかげで息は吹き返すわ自己資本で賄う目処がつくわ、一気の大逆転。
むろん監獄国では、らいぶふれんど屋末代まで許すまじとなりまして、関係する職人達の組合やら取引のある店に片端から声をかけて取引停止を言い渡させまくり、その店の尾張多訳国支店閉鎖にまで追い込んだ模様。
「そうした風評が流れに流れたせいか、当のらいぶふれんど屋自体の金策が怪しくなりましてな。私共に融通を願いに来よりましたが「卑しき鍛冶屋が国の主な生業となりました我が国ですので、豪商のお宅様に入用な額は到底お出し出来ますまい、他所をお当たり下さい」と言う話を」と、山のように銀塊を積み上げた部屋で布団から半身を起こした国主様が、それはもう嫌味たっぷりに申されたそうで…。
「仕方なく、あちらの同業で主な生業が百貨商のすりーうぇる屋に泣きつきよりましたが…井戸三つ屋様は元々手前どもとは親しい間柄ながら、国主の仇を支援するのは朝廷勅命もあり仕方ないかも知れませぬ。ならばせめて、らいぶふれんど屋出身者だけは何があっても尾張三河木曽揖斐に足を踏み入れさせないでくれと頼みましてな。未だにあそこの人間は商いの話、この辺りににしに来ても断らせております。ま、恨みの話はともかくですな、今回はまたも囚人の融通を頂き有難い限りなのですが…」
各工場の雇用囚人が片端から万越えしており、寮の管理や食事の配膳だの、衣服や工具防具の支給管理に支障を来たしており、ついては囚人管理のために痴女皇国の聖環を導入させては頂けないだろうか。
寝たきりな国主の名代として来国した家老様の言い分はこの通りです。
で、寝たきりの友人に可否を聞いてみましょう。
(ねーねーまりりー、以前の聖環、私もちょこっと触ったけどさ、あれ融通出来ないのかな)
(うーん、あれか…たの吉くん。実はだね)
(誰がたの吉よ!あたしはあんたやみ◯吉みたいに好きに人や物をあちこち飛ばすの無理なのよ?)
(まぁ、◯の吉はたの吉と違ってヘタレではないからな…ともかく、あの旧聖環、実は初代様謹製にして、今のやつより高度なオーパーツなんだぜ…)
(つまり、供給は元より生産は初代様次第)
(というかアレ、地下の回収在庫が全てですわよ? あれの生産、正直、あたくしじゃありませんし…)
(つまり、すぐ出せそうな分は三千本から四千本…全然足らんな…)
(エマちゃんに頼んで複製)
(あともう一つ障害が。あれ単体で動いていませんのよ…墓所の寝台と似た結晶回路が設備管制室と同じ階にございまして、それ込みで持って行かないとなりませんのよ…)
(あれ確か痴女宮の基礎の御影石に寄生してる結晶生物だったんじゃないですか…)
(エマちゃん案件が確定した瞬間ね…で、初代様、実際にはエマちゃんなら作れるんですか?)
(無茶言わんといてください。あれいじるのめんどくさいからこそ、連邦のメディアウォッチ規格の拡張版の光電子システムベースで組み上げたんすからね?)エマちゃん本人が参加してきました。
(つまり、聖環本体だけでなく、通信設備自体にも電源確保が必要とな…佐久間ダム作るか…)
(塩浜に融発組んで名港と衣浦まで海底送電します?田原の分は衣浦経由して蒲郡から再度海底に下ろして送電するか、田原の敷地内に別途融発を置くか…)
(あ・ん・た・ら…ここ西暦2200年代じゃないわよ?600年は昔よ?誰が水力発電所とか核融合発電所の面倒見るのよ!)ええかげんにしなさいとしか。
でまぁ、聖環自体は日本円で原価1万5千円くらいらしいので、15億円または金塊21トンばかり用意して頂ければ…。
(ごらぁ。基幹通信管理設備が必要だろうが。百億は見積もっておけよ…。徳川時代の尾張藩の石高で61万石で…玄米原価として180億円くらいが米収換算の地域年収だ。三河監獄国は工業生産高があるからまた変わってくるけど…副国主様、昨年度の売上でどれくらい出てました?)
(諸々合わせまして一万両くらいですかねぇ…詳細はちょっと控えさせて頂きたく)
(百三十億円か…足りねぇ…足りねぇよ…)
(まりり。そりゃ、金も米も相場変動ガンガンかかってる時代よ?江戸幕府でもね、米相場に苦しんでたし、しかも1両小判を銀貨や銅貨に両替する際の換算価値が一定してない時代よ?)
(…たの…文明開花だ…信用経済制度に移行しよう…)
(あほかああああああああ!いきなりそこまで突き進んでどうする!せめて金本位制度で通貨取引を広めてからにしなさいっ!)
(マリアねーさん…一気に全員と言わず、とりあえず工場管理者とか、会社組織で言う本社や事務部門勤務者から始めるとかした方がいいっすよ…。旧型聖環の機能だけなら恐らく原価数千円程度でなんとか納まるはずですし、うちの旧型の在庫渡して試験システムを構築できるような工場を見繕ってもらってもいいんじゃないですか?…初代様、あれの生産って誰がやってたんですか?)
(っとねー、流体きんぞくとかいうものを用意して、結晶を埋め込んでうんぬん。で、恐らくこの星の方々じゃないどなたかが一万本くらい渡してくれたのですわ)
(うわー、ガチもんのオーパーツかよ…ベルトは皮革素材のやつもあったけど、本体だけでも複製は手間だな…やはり聖環機能だけ抽出したモノを生産するか…エマ子、重金属電池と太陽光・生体充電機能付きで量産は可能かな?)
(できますよ。ただ、NBの組み立て工場にライン新設する必要がありますから、試作モデルこしらえておっさんに複製作らす方がローコストっす。どのみち三河監獄国内の主要部に地上アンテナを設置したり、専用のデータリンク衛星を準備する必要がありますし…。衛星プラットフォームの空きはありますけどね)
(となると、あとは費用か…やっぱり自動車か蒸気機関を生産させるかな…あそこの規模と設備なら、機械器具さえ入れ替えたら、マジに生産できるぞあれ)
(だから産革やめい。刀はともかくとして農器具とか鉄砲作らせるわけにいかないの?)
(両方とも既に生産してる。鉄砲の方は狩猟用名目で大量じゃないけどな。技術保護のためみたいなもんだわ)
(みんな忘れてると思うけど、私達は痴女種なので、百年単位のリースやローン計画の完済を余裕で見守れる件。監獄国なら多分、この世界に明治時代があればの話だけど、それ以降まで生き残ると思うわよ)
(なるほど。200年返済のODAみたいな感じで貸し付ける訳か。たの…IMFみたいなアコギは出来ればするなよ…)
(大丈夫よ。スペインじゃアナさんがぶつぶつ言ってるらしいけど、聖母記念銀行はIMFより全然優しいわよ?)
ええ、みなさんの世界にもある世界銀行めいた組織を私共で運営する事にしまして…本部はバーゼルに置かせて頂きましたが、おまん…いえ、レマン湖の向こうの端に近い場所に実際の金庫が存在します。
ちなみに連邦世界では世界銀行や国際通貨基金ことIMFは連邦開発銀行という組織に改廃統合されています。理由は…ルビでお察しください。
(あと、あたしから提案したいのですが…特にねーさんとエマちゃんよく聞いてね? この際だから痴女皇国同様に長寿種が牛耳ってる比丘尼国相手に、連邦社会みたいな感じで「でんわ時計」のいんふらとやらを構築してあげて、使用料金を頂くか、比丘尼国の設備として引き渡して差し上げるか。これなら監獄国の財政負担のうち、重い部分を比丘尼国朝廷が受け持つことで監獄国は楽になります。ついでに比丘尼国内に聖環電話網ができます。ただ、監獄国は比丘尼国朝廷に従ってもらわないといけなくなりますが…)
(なるほど、ベラ子陛下の案は、比丘尼国に携帯インフラを整備してもらう費用負担をお願いする代わりに、比丘尼国内に聖環利用範囲を拡大する訳か…一般市民に聖環を行き渡らせるのは問題があるけど、旧型聖環は積極的に持ちたいものでもないかも知れないから、持ってるのは国から与えられたお役人様か、服役中の犯罪者って事にもできるわね…まりり、文化汚染の件についてはどうなのよ)
(比丘尼国限定なら問題ねーと思う。あと、うちも欲しいと吐かす国には、比丘尼国のように百年二百年単位のリースかローンを組んで貰うから、政府首脳の低ランク痴女種化と痴女皇国への服従がセットだと言ってやりゃいいだろ。あとは初代様と家族会のご意向だな。それと、おかみ様がOK出すかどうか。比丘尼国相手なら、天災が来るまでの期間のリースやレンタルまたは販売契約が充分に締結可能だし実質、うちが実費だけ請求の言い訳は立つだろ?)
(確かにこのでんわの利点、わしら長寿種以外の者には計り知れん。更に戸籍や鑑札の代わりになるから税の取りはぐれや流れ者の識別に使えるのは、鬼襲来事件の際に判明しとるしの。たのきちの世界なら国民皆が納税する税制を敷いとるようやが、聖環利用料として徴税すればよかろ。ただ、痴女皇国のように大人は何がなんでも働かせる、にーと許すまじな仕掛けはいるじゃろな)
(なるほど。あと、世界に普及させる場合ですが、けいたいを使ってえど幕府のように国のらんきんぐ分けもできますわね。聖環を売ってもらえない国がとざまに認定されるような感じで)
(初代様、それだとひでぇ情弱差別世界になりますね…まぁ、あたし達は連邦世界でも情弱差別世界を経験してはいますから、対処は不可能じゃありませんがね)
(とりあえず比丘尼国内でやってみて、ほれほれ羨ましいかというでもんすとれーしょんを他所の国に見せてもよかろ。お前らに持ち出しをさせているのは気の毒やけど、さすがに世界中に広めるとなると、うちの島だけではひようを賄い切れん)
で、その後にも話が続いた結果。
「みなさん、おはようございます。さてみなさんは諸国から罪人として我が三河監獄国に預けられたわけですが、今日からは真面目に働き罪を償って頂きます。と言いましても、罪人にも様々な方がいらっしゃるのは我々も承知しておりますので、罪の内容程度により、働き場所を変えさせて頂きます。今から番号を申し上げる方は別のお部屋に行って頂きますので、呼ばれた方はすみやかに手を上げて、あの帽子をかぶって灰色と赤い上着を着た人のところに行って、指示の通りに並んでください」
侍な格好をした人がメガホンのようなもので、文机のない寺子屋…というかぶっちゃけ、講堂に集めて行う集団説明会めいた場所です。
受け入れ寮に送られて来た罪人を、こうして一週間ごとに集めて監獄国内の工場や作業場に送る振り分けをしているそうです。
ちなみに見た限り、凶悪そうな罪人も少なくないのですが、みなさん文句を言わずに唯々従っている理由。
痴女皇国が罪人管理補助業務を委託されており、比丘尼国女官待遇で二十名ばかり送り込まれています。
更に比丘尼国の熱田地区本部配下の香嵐渓支部や常滑支部、蒲郡支部、浜松支部、豊川玉藻大明神支部といった場所から派遣され、地域の工場で警備や吸い上げ…比丘尼国も精気管理制度がありますからね…業務に就く女官多数。
むろん、今まさにやっている新人導入行事を仕切る挙母導入寮長様の横にも、比丘尼国女官の方と同じ巫女服なので一見見分けはつきませんが、うちの騎士と向こうの巫女さんが付いて皆を見張っています。
ええ、逆らう罪人を一瞬で押さえ込む体制が整えられていますね。
が。
…なんで私まで罪人たちに混ざる必要あるんですか!
(いえ、あたしだけじゃ寂し…たのちゃん、財務企画部長として、出資先の現状を把握してこいと言われたでしょ?)
(なんで陛下も…しかも皇配殿下まで!)
(罪人管理の参考にして来いという公務ですよ…実際に収監者の中に混ざらないと分からないこともあるだろうと初代様が…)
(ちなみにあたくしは経験者兼指導役として付いて行けと)ええ、メンツが…。
・ベラ子陛下。
「大金を貸し付ける必要性はわかりますが、痴女皇国が既に多額の融資を貸し付けているお得意様です。実態を具体的に視察体験して来なさい」
・ラドゥ皇配殿下。
「実際にはほもって頂いておりますし、部屋もマリアヴェッラとは別室ですが、貴方は名目では皇配騎士です。更に罪人と修学宮管理の長に就任されるからには、監獄国の優れた国民管理と改善精神を学ぶ必要があるでしょう」
・マリーさん。
「既に向こうを経験しておられるので、他の三名の引率兼案内役をお願いします。何でも班長から職区長までこなされたらしいので、皆を率いるにはうってつけでしょう。よろしくお願いしますよ」
・たの吉(この渾名は諦めました。受け入れます)。
「先ほど申し上げた通り、聖環利用環境を導入するには多額の貸付と長期にわたる返済計画が必要となります。あちら様の工場を体験するのみならず、監獄国側、ひいては比丘尼国朝廷に無理をさせない返済計画を立案するのを助け、円滑な融資申請作成を支援してきてください」
という訳で、何が悲しくて期間労働者めいた事をせねば…しかも、連邦世界の書籍「自動車絶◯望工場」に書かれた場所より更に悪いじゃないですか!
ええ、特待研修生として罪人とは別に座らせて貰っていましたが、渡された鑑札の番号や期間限定で、変なスタンプめいた器具でおでこに入れられた入れ墨の番号…アラビア数字使っておられますよ! …で、呼ばれて案内されたのが、いかにも頑丈で凶悪そうなのばかり並んでる列じゃないですか!
(ええ、たはら刑務区送りの列ですね、これ。鉄加工職区が多いので力強そうな罪人を選別してるんですよ。最近では造船工程もありますし)
しりとうなかった知識がマリーさんから送られて来ます。
(大丈夫だいじょーぶ。あたくしで大楽勝でしたから。あ、言っておきますが、他の囚人は普通の人間ばかりなので、あたくしたちだけが速く動いてもらいんを乱すだけです。指示された工程速度に見合う速さで仕事してくださいね)
(ところで田原って渥美半島の田原ですよね。ここからどうやって行くんですか。バスも東名高速もありませんよ)
(まぁお楽しみに。ほほほ)
マリーさんが邪悪そうな笑みを浮かべていますので、きっとえげつない方法なのでしょう。心を読めばわかりますが、読む気も起きません。
噂で「真っ先に呼ばれたら、たはら送りだ。生きて帰れないぞ」とか「ものすごい田舎だから、週末に女遊びをするだけでも大変だとさ…」だの言われているのを知っているらしい罪人や、二回目三回目といった風の経験者らしい罪人が、何かこう人生を諦めた顔をしていますけど…。
(ちっ、根性のない罪人ですわね。たはらでもよしごでもたきがしらでも、今や巫女慰安がありますから改善されておりましてよ!)ぷんぷん怒るマリーさん。
(いえ、あたくしも僭越ながら寮や工場の設備につきましていくつかお話をさせて頂きまして。いくら罪人の罪によって勤め場所が違うと言っても、体力のある者ばかりが重罪を犯してはいないだろうから、適性検査をしてから適材適所配置で生産効率を上げた方が良いのではと申し上げましたからね)ふむふむ。
(食事につきましてもうちの罪人同様、明日を明日とも知れない陰鬱な考えを無くすためにも、馳走する日とかあれば励みになると申しまして。幸いに砂糖や果物は我が国から売るとか、株や種を差し上げて囚人に作らせるとか色々と手はあると申しましたところ、前から作っておられたネギや西瓜の他にメロン・キャベツ・レタス・トマトなどの西洋野菜や辛子に山葵…これは浜松の山奥などで作っておられますが、農作物の生産販売でも業績を挙げるようになりましたそうで何よりですわ)連邦世界の渥美半島そのものな栽培品目が…。
(ちた半島ではフグ養殖に成功したそうですわ。がまごおり温泉のお湯を引いて毒がないか少ない種類のフグ…ものすごい値段がしますのね…を浪速や江戸にまで高速船便で配送可能になったのが大きいと聞かされました。ちなみにフグやうなぎの養殖も監獄国主導で進めておりまして、天然ものを補い人気だとか)痴女皇国の食堂でも季節が来ると出ますね、うなぎ。
フグについては我々痴女にはテトロドトキシンが効かないのは良いとしても「暑い中でちり鍋ってのはなぁ」と、フグ毒を無害化した状態で唐揚げや雑炊風リゾットだのフォーの具だのにしています。
あと、刺身が市場の食堂で食べられますよ。
何故か此花区の漁港にある料亭の大将に捌き方を習って講習も受けていたジーナさんが、刺身や湯引きやひれ酒の作り方を、魚介食堂でやる気のある店主に伝授。
ポン酒はここでは保存問題があるから、入荷した際に作る限定メニューだそうですけど…。
鶏卵の殺菌技術がある痴女皇国では雑炊そのものを出す事も出来ますので、深夜早朝の波止場飯として結構評判なようです。
関西出身ではない私、田野瀬には高級魚というイメージしかありませんが、ポン酢で頂く刺身は冷蔵庫で加湿保冷の秘伝の技で寝かしている事もあって、銀座の料亭にはなかなか行けないとか言ってたうちの父より贅沢してるんじゃないかなという味わいです…。
(高級種じゃありませんが、養殖している分は時々のご馳走として、海沿いのたはらやきぬうらでは食堂で出しますよ。唐揚げが中心ですけど)罪人の皆様、贅沢してますね!
(牛肉や豚肉なども出しますから、そこらの農夫よりよほどいい物食べてるのに! 食堂に文句言う囚人は泣かせたいですわ!)なんかマリーさんが食べたいから改善した気が…。
(あと、バターと牛乳。丘陵が多い地形なので、牧畜に乗り出せるようならやってみても良いのではと申し上げております。お米はダメだけどとうもろこしなど、家畜の飼料になる作物なら生える場所もございますからね?)なんか未来にメで始まる生活共同組合が独自ブランドで売り出しそうな話を…。松阪牛ならぬ三河牛ですか…。
(さて、たはらに参りますわよ…)
「え?舟?」
目の前に何隻もの和船があります。そして割と大きな川が。
囚人の皆様が順番に列を作って船に乗り込まされて行きます。満員になった船から出航。
「あれ?なんかあの船、帆やオールもないのに進んでません?」見れば、少し大きな船外機めいたものが船尾に取り付けられており、スクリューまで付いてます!…の割に、エンジン音とかしませんね…。
「あれは痴女皇国と比丘尼国共同開発品ですわ。あの中に痴女種の筋肉を参考にしたせいたい機関、ばいおもーたーとやらだのふらいほいーるだのが入っておりまして、きぬうらやたはらまで、目の前のやはぎ川を進む便に使っているとか」スクリュー加工って割と高度な技術じゃないんですかね…。
それに何か、川下りにしてはえらい速度ではないのでしょうか…。
「元々はとこなめやがまごおりで船を走らせるばくち向けにこしらえたらしいですわ。大型化する目処がついたので九鬼や村上の水軍で使う船にも、この型を渡して船便をやらせるとか」ああ、水軍の皆様に海上輸送をして頂くのですね。…あの…この時代から競艇とか…公営ギャンブルはまだしも、お客さん来るんですか…。
「監獄国の囚人にも人気の博打でして。囚人が身を持ち崩しては身も蓋もないので購入制限はあるようですわよ。聖環導入の話、この手の娯楽を与えやすくするためでもあるとか」待て待て待て!電子投票で舟券購入とかみとうないです!
「めぐりあいですか、工場の売店で富くじ代わりに舟券を扱っておられますわよ」…いいのでしょうか…話からすると国営みたいですが…。
「お舟は、はままつやふくろいなどにある楽器屋さんが作っておられるそうですわ。漁船を作る技術の延長らしいですけど」ああ、ボートメーカー、あったな…あの、他にも色々作ってる会社…。
「皇配様。雅美さんがしていた罪人工場拡張の話、これを進めて欲しいのはわたくしも同じですわ。ゴムやあるみにうむと言った痴女皇国特産品を切実に欲しがる市場がここにございますのよ?」とガンギマリな目で美男公殿下を見据えるマリーさん。
やがて我々の乗船の番になりまして…。
ええ、痴女種になっているにも関わらず、真剣に恐怖を覚えました。
何でも矢作川が荒れないよう対策した際に水路化運河化されており、監獄国産品の積出や原料搬入はもちろん、碧南や田原への人員輸送も矢作川経由でできるようにしたそうですが。
一言で言うと、ライン川状態。
流路もかなり変更しており、直線部分を増やしに増やされています。
そこをかなりの速度でガンガン飛ばして、あっという間にきぬうら工場の裏手を通過して三河湾へ。
左手に蒲郡の町が見えましたが、結構大きな観戦スタンドらしきが見えましたので、きっと競艇をやっているのはあの辺なのでしょう。
娯楽と称して、中京競馬場すら開いてしまわない事を祈らずにはいられません。
そして、猛スピードで三河湾を突っ切って、たはら工場を海から眺めるコースを取ったあと、船は次々とたはらの松林が広がる砂浜に半分乗り上げて行きます。
…そして私は目を疑いました。
西暦に直すと1600年代の日本にあるはずがない、鉄筋三階建てくらいはありそうな、いかにも団地らしい建物が立ち並ぶ光景がそこにありましたから。
「ようこそ、ここが三河監獄国・田原囚人寮ですわ」ここをよく知るマリーさんに解説してもらうまでもありません。こんな建物、それ用途以外に誰が建てるんですか。
「さあ、今日から一週間の労働者生活体験ですわよ!」
…なぜか、帰りたい気分が猛然と湧き上がるのですが…。
たの吉「みなさん未来に生きすぎです。まさか愛知用水まで開通してませんよね。あと名前!」
マリー「あるみたいですわよ」
黒マリ「あんのかよ…あれ世界銀行融資事案になったくらい大事業なんだぞ…地味だが」
たのの「話は変わるけど三河監獄国自体がオーパーツじゃないの? ある意味痴女宮よりものすごい事してるわよ…この時代の奴隷労働システムも大概だけど、もっと凄い気が」
黒マリ「石炭はすでに国内供給されてるから良いとしても、電気と水蒸気を与えたいんだよ、本当は。あと石油」
たのの「これ以上未来に生きたら、今からすでにデトロイトを滅ぼしたり商用交流電源開発したり、か◯◯ちゃんにち◯◯を生やしかねないわよ…」
黒マリ「安心しろ。多分、エッフェル塔の鉄骨を作るのはここだ。しかもなぜか北欧フリーセッ◯スなポルノ王国&大海魔龍梅禁具国産の鉄鉱石で精錬した奴をだな…」
たのの「現地かドイツで製鉄させなさいよ…」
黒マリ「ドイツに鉄の生産技術を与えたら、後々何やらかすか想像つかないかな」
たのの「ぱんつぁーふぉー」
黒マリ「だろ。お前ら素人は南米尻出国のビトリアの鉄でも使ってやがれと」
たのの「鉄に差があるの?」
黒マリ「高品位炭素鋼が作りやすいらしい。軍艦や戦車、大砲作るには最高みたいでな…」
たのの「だからあそこにちょび髭が手を出していたのか…」
黒マリ「ま、監獄国はあたしらが教えなくても鉄道くらいは考えつきそうなのがなぁ…」
マリー「さて問題です。蒸気動力車を発明した国は二つあるそうですが」
たのの「マリーさん。いらん事教えたら皇帝室行きですよ。23階」
マリー「まさか」
ベラ子「安心なさい。1号室に引っ張って行きます」
マリー「今やそこが一番の地獄です!(泣)」




