新人財務官の悩み・愛の雨宿り編
ななななな。
いきなり目の前の若々しい女性に初代アルトリーネですと言われましても、どう返せばよいのやら。
「実はオルレーニャ…アルトを聖院支部に向かわせた後、聖院本部に召喚されましてね、修学宮担当女官の話を頂きまして…」お話を要約すると、延命措置を施されていた事もあり、お役に立てればと受諾されて以来、修学宮の運営を担当して来られたとか。で、痴女化措置を受けられた際に全盛期のお姿に、と。
アルトさんと民族的に似た雰囲気で、アルトさん同様に、クールなようでいて割と表情変化で感情が読みやすそうです。伺いますと、はーればのんのんな辺りの方とペルシャ方面の方の血が流れておられるとか。
こっそりササっとステータスも見てみましょ。シーリィーエン・アブドゥールというのは多分、教務長様の俗名、つまり本名ですね。
Sahrzad (Cyreien Abdoolue) シェヘラザード Million Suction(Limited Ten million)百万卒(限定一千万卒) Slut Visual 痴女外観 Purple Rosy knights, Imperial of Temptress. 紫薔薇騎士団 Vice‐principal, Holy temple affiliated academy. 修学宮教務長
あら…名目上は白じゃなくて紫薔薇なのか…雅美さん配下扱いなんですね。
「ここは昔から扱いに困る場所だったのですよ…誰が担当するかで揉めている話は聞いておりましたが、まさか私が着任するとは思いもよりませんでしたわ」お茶を勧められて応接に腰掛けてお話を伺いますが…。
「まず真っ先に揉めるのが、研究費の無駄遣いです。ですが、これも正当な消費もあれば浪費もあります。現在の私は教務長の身ですから学院側に立っておりますが、元を質せば女官にして騎士です」
銀衣騎士アルトリーネ。これが教務長様のかつての名と役職だと言うのは教わっていました。
今のアルトさんがお持ちのリトルクロウ、日本名小烏丸という、日本刀の作りなのに両刃刀というへんてこな刀ですが、その刀の元の持ち主だとも聞かされていました。
そして、当時、アレーゼさんって方いらっしゃいますよね。世紀末救世主を女体化したようなイケメンな女騎士の方。あの方の次かその次ぐらいの地位の方だったそうです。つまり、今の痴女宮で言うと、最低でもダリアさんか現在のアルトさんくらいは行ってそうな方です。
そう、この方は元来、修学宮の暴走をシメる立場の方なのです。
「ただ、私の当時の立場として、業務の中には教育や教練もあったのです。女官服を着て教壇に立つ事もしばしばありましたよ」どうも昔は、現在ほどには教務官の数も多くはなかったので、騎士や女官が教鞭を取る光景が決して珍しくはない光景だったようですね。
「田野瀬さん。あなたがお考えの自己浄化の方法ですが、実は昔から、何度か試されていますよ」
「むむっ、では私の考えは今更やっても無駄…」
「いえいえ。現在は私が騎士をしておりました当時よりは教務の顔ぶれも変わっております。正直、ちと怪しげな研究に耽る者もおりまして」
「何を研究しておられるのでしょう。参考までにお教え頂ければ」
「有り体に申し上げますと爆発物です。石鹸製法を研究していた人物ですが、ある事で副産物を爆発させてしまいましてね…。で、それをマリア様が調べられたところ、液体状態では非常に危険なもので、連邦社会では特殊な土に染み込ませて使うものと分かりまして」ああ、ノーベル賞で艦長液なあれか…。
「確かに、話を聞けば建設の現場で使われる事も珍しくはないとか。しかしながら、この世界では火薬は一般的ではありません。理由は、各代の金衣様に伝わる制限事項の一つである火薬製造そのものな行為だからです」
「そーですねー。実はそれを発明した人、軍用を懸念されて平和や人類の発展に寄与する学術研究や社会活動を表彰する基金を設立していましてね。戦争行為に加担する発明で儲けたお金を社会還元しようとなされた過去があったりするのです。逆に言いますと、その液体、黒色火薬という、割と簡単に作れる黒い粉の比ではない爆発力をもたらします。ですが、それのおかげで北欧諸国をはじめとする岩盤が多い土地の土木建設工事が捗った事実もありまして、単純な規制は少し考えものかと」
「よくお勉強なさっておられるのですね。商家や工房のみならず国家の経営についての学問を納められたとは伺っておりますが」
「…私自身もあれもこれも覚える部類ではなかったのです。しかし、傍系の知識ですとか、専門以外の事も学んでおかないと卒業が厳しい学校でしたので…」
「まぁ、そのぐりせりんとかいう、心臓の病の薬に使うとか、お通じを助けるお薬はまだ良しとしましょう」なぜそれを知っておられ…ああ、あたしの頭の中身を覗かれたらそりゃ、特殊用途も理解されますよねぇ…。
改めて女官や痴女種の恐ろしさがよく分かります。
本当に隠し事とか腹芸とか、いわゆる日本流の大人のお話と、欧米流の交渉術会話術の違いは巷でよく指摘される事でしょうけど、いや、そんな生ぬるいものではないでしょう。なんせ考えた瞬間に相手に伝わるのですから。従って、読まれる前提で話をする話法を学ぶべきでしょうね。
そして、これをいち早く使いこなしている我が友人、室見理恵。かなりの高速会話が可能になると言うとりました。細かい言い回しや、会話の行間字間単語間に込める意志などの伝達表現の技は使えませんが、発声する手間が省けるので要点会話には向いてると、奴めは言います。
「問題は…錬金術をご存知ですよね」
「はい。怪しげな方法で金を製造する事を試行錯誤する学問だとか」
「その研究過程で危険な薬品や毒物を使用する場合があるのを、ご存知でいらっしゃるかしら」
「はい、何となくですが」
「ですが、錬金術を研究する過程で、有害ではあるが全く不必要とは言い切れない、むしろ鍍金や製錬に必要なものの必要性や害毒に関する知識も広まっているものもございますね」ええ、水銀の事ですね。一時期は電池にも使われていたとか。
「田野瀬さん。専門でもない貴女がすらすらと、そうした事どもにお答えになられる理由、ご自身で理解しておられますか」
「…はい、一言で申しますと、私共の時代、知識は概ね情報化されています。私も今や痴女化しましたので、同じ痴女種の教務長様にわかりやすく説明しますと、必要な知識を持つ痴女や人類を探す代わりに、これで検索致します」自分の聖環をお見せします。
「教務長様もご存知でしょうが、これが発達いたしますと、痴女化せずとも知識を得るのは容易い状態です。下手しますと、知識の方からやって来ます」教務長の苦笑、この時代ならあたしの話の実感は痴女種でないと無理だって事の証明にもなりますね。
痴女種の知識共有、まさにネット社会まんまですもん。
「更に、日本国の義務教育制度。そこで使われる教科書類、マリア様に見せて頂きました。はっきり申し上げましょう。この教育過程、女官全てに受けさせたい思いですよ」微笑みながら宣われる教務長様。
「しかし、義務教育の概念は…人が安定した生活を送り、未成年労働が禁忌視される先進文明国化せねば無理、そう仰られたいお顔ですね」
はい。まりり…まりあやジーナさんも悩んでいる、労働力の集約化専門化、そして…機械化とセットです。つまり、文明開花や産業革命が必ずついて回り…戦争への技術転用が危惧視される変革を伴う社会への転換が必ず立ちはだかりますね。
ここで現段階での痴女皇国世界における戦争の武器を見てみましょう。攻撃装備として一般的なのは剣・槍。そして弓や弩なようです。爆弾や火砲…原始的な砲や火縄銃が何とか。
これは火薬の普及が聖院の介入で進んでいないのと、聖院や痴女皇国に泣きつけば騎士が派遣され、あっという間に終戦となるのが理由として大きいと聞きました。
比丘尼国も昔はそれなりでしたが、鬼や妖怪種が朝廷大神宮配下となってからは「朝廷介入があれば、黒火山芋侍国や闘牛暗殺心島の薩意みなぎる人間チェストマンですら瞬殺される」のが広まり皆様大人しくなられたそうです。せいぜい、たまに任侠な人魚の方々や、修羅の島でさほど大規模ではない修羅な事件が起きるくらいな模様。
つまり、この世界の日本、傾いて候な皆様が暴れ回る戦国時代はなかったに等しい歴史を歩んでおられます。…前田慶次郎利益様なんか何してらしたんですかね。今度おかみ様に聞いてみたろ。
しかし、火砲や動力移動装置はもちろん、それの製造に必要な鉄鋼を生産する製鉄高炉に鍛造設備。
これがなくては兵器以外の民需機械も生まれては来ないでしょう。
虫を殺すなとか言ったり平和を愛しそうな割に、敵兵をバッタバッタと薙ぎ倒すわ巨大人型殲滅兵器に薙ぎ払うのを命じる娘さんの世界でなくとも悩む人が出る話ですねぇ。
「ま、深く悩まれる前に、まずは身近な悩みを解決すると致しましょう。印度の山奥で修行された方です。玄奘様、お入り下さい」教務長室の扉が開き、長髪の女性が入って来られます。見た感じは中華系。すらっとしてますが、おっぱいばいんばいんに近い、いわゆる現代のどこぞ人民共和国な肉食主体っぽい体型のお方です。顔はきつめですが、化粧っ気はありません。
私と同じようなアオザイ系スタイルですが、生地色がややブルー。これは修学宮聴講生や生徒用被服だそうです。
で、あたしを驚かせたのは従者。
何と、猿です。
ええ、おさるさん。
それも白猿で、1m50くらいはあります。しかも猿なのに直立歩行。毛皮を着た類人猿のような印象ですが、もっと驚く話が。
この猿、お茶を淹れる知恵があります。
更に猿用聖環も与えられており、人語は喋れないが理解はする模様。そのうち人に進化してしまいそうですが。
「この斉天大聖は、野猿が鬼種化したものだったのですよ。しかし、痴女化細胞転換が為されまして…自制心はもとより、人に近い知能を獲得しているそうです。現在は拙僧…私に仕えながら進化過程を見守られている立場です。貴女様に言わせると、実験動物の扱いとなりますか」
「なるほど。孫悟空の輪っかが頭にあるのはそのせいですか」
「あれは、貴女様の世界の玄奘三蔵が書き留めた書物共々拝見させて頂きました。私も、本当は男だったのですが、さる水棲鬼族に誘われて鬼種化した際に性別や体をある程度自在に変化する事が出来るようになりまして。で、征伐された際に折伏の後、見た目が良い方が皆に受け入れられやすいと、癌なる病で早逝した女性が演じた私の姿を見せられましてね」ああ…借金大魔王が河童役だったあれ…。
「ちなみに一応は痴女化されております。本当は首を刎ねられるのはもちろん、早逝した方が世のためになると自分では思うておりますが、尊師より長寿長命にして、欲の源をぶら下げ向き合うも罰のうち。それに、ここに住まい学び教える身ならば、これが無いと人を救う研究に必要な寿命を得る事も叶うまいと仰せられまして…」ご自身の股間を示されます。
「あー、私もこの間までそれで色々ありましてね。私も不要と言えば不要なんですよ。ただ、学生…数年前に、まだ社会に出て働く前に一度ここにお邪魔して色々と見聞させて頂きました際に、なぜこれが必要なのかを知る事が出来まして。宗教や思想信条によっては邪魔以外の何物でもないとは思いますが、知能や体力が大きく向上する利点があるのも存じております。ですので、性欲にかまけない程度に上手く使用しないと生存も叶わないのも理解しております。有り体に言いまして、必要悪として使わざるを得ないと、自分では定義せざるを得ません。普段はなるべく意識しないように収納していますが」ほほほ。
「まぁ…我が尊師曰く、君がその身体でなければ一瞬で死ぬ場所の壮大荘厳な光景を見る事も出来ただろう、あれはある意味悟りの果ての仏界のようなものだったと仰せられましてねぇ。あんな壮絶壮大な場所に人が立つ世がいずれ来るとか言われては、言葉も返せず」あー、この方、確かダリアさんとマリーさんの挙式の祝福を僧侶としてお勤めになられたんですよね。更に木星のガリレオ衛星群まで見学されたとも。
ふんっ、うらやましくなんかないやいっ。
…というのも、例の特殊作戦用攻撃機兼輸送機のスケアクロウ。
あれで高度3万メートルくらいまで上がると、もはや宇宙空間かここはという光景を見てしまうのですよ。
雲海が遥か下になるどころか、地球は丸いのがはっきりわかります。赤道帯だと成層圏圏界面ぶち抜いて2満子、いや2万メートル近くまで成長する積乱雲すら遥か眼下に見下ろせちゃいますから。
あと…ろくでもないものを大量に押し付けられたお詫び兼引き出物として、もっとろくでもないものがあたしの腰に携帯されております。
資産価値を考えると捨てるのを躊躇いたくなりますが、正直言って、いらんわこんなもん。
それに重いんですよ。
まりり。いくら痴女化してもな、あたしの制服のズボンのベルトに重量2kg近い純金製短剣ぶら下げたらどうなるかわかってやったのかよと。ずり落ちるんだよ。
で、怒りが収まらないので、これを企画して製造にゴーサイン出した罰として、こないだ一時期稼働していましたが今は寝てるまりりのボディに、「この者、変態につき成敗してよし。1回100円。痴女皇国両替処財務部」と書いときました。
「しかし…玄奘様、僭越ですがご注意が」
「ほう」
「宇宙を見た者は割と短命になってしまう伝説もありまして…物理的に有害な光線を浴びて病にふけりやすくなる以前に、地表でせせこましくあれこれしているのが矮小に思えてしまうそうです。人生に無常感を感じてしまう傾向があると聖母様も」
「なるほど。確かに、あれやこれやを見ては、あの壮大な神の山を更に上回る光景を見ずに煩悩に悩まされているのが馬鹿らしくなる思い、分からなくはございません。しかしながら、この世の人間とていずれ、あの世界に立ち人を拒む地を拓かねば未来はないと聞きます。タクラマカン砂漠…ですか。入れば戻れぬ意味の名の場所がございますが、あの氷の星といい、岩と火吹き山の星といい、人が立つだけでそもそも死ぬ地に比べれば何と優しき事か」
どうやら玄奘様、連邦世界の木星圏で試験的に運用されたダイソン球の実験施設すら、こそーっと見せて貰ったらしいです。
木星極軌道に設置された、あの強磁界由来の自然発生電力を回収してエウロパの氷採掘送り出し施設に送り込む、一種のコイル装置…とてつもなく巨大な縦や横の輪っかを。
ま、あれ見たら誰でも驚きますよ…。
「さて玄奘様。私の部下で、処遇に困っております者がいまして…ややこしい事に、昨日までは先輩だったのですよ。ですが、本人にはまだ秘匿されておりますが、私が昇格したせいで部下の立場になってしまいまして」かくかくしかじかと、教務長を交え事情説明。
「なるほど…財務担当女官が…」教務長様は、普通なら懲罰事案だと前置きの上で話を続けられます。
「恐らく、件の森で起きた事は偶然としましても、2回目以降は必然。味を占めたにしても数あまた。噂となれば良くない事もありましょうに」
「それがですね…」と、この際だから淋の森を痴女皇国の管轄下にしてしまえという話をさせて頂きます。
「ふむふむ。ただ、痴女宮の財布を預かる立場の者の行いと、皇室方針は少し切り分けた方が良さげですよ。私も女官時代に経験がありますが、そちらの幹部の方に対して処置された珈琲の機械同様、一つ認めれば二つ三つとなりますから。ま、私の時は…そもそもあのお方がおられましたから。ほほほ」ええ。世紀末覇王。
炭鉱頭となった李自成という方から後に伺った印象ですが。
「いや、俺もうるばん砲とやらをだな、金棒の代わりに振り回したら何とかなると思ったんだがよ。こっちの間合いの遥か向こうから致命的な真空波を何発も打ち込んでくるとか反則だろ。おまけに、あの婆さんよ。あれ何だよ。あんな瞬間移動紛いで目の前に来たら防戦だけで手一杯よ。向こうが加減してるのは分かってたが、経絡一つにでも打撃入れられると終わるような打ち込みのどこが手加減だよ。あんな反則が歩いてるような奴、お前らにあと何人いるのよ」
わかりましたから餃子、口に入れながら喋ると女性に嫌われますよ。
ちなみに試しに殴り合いしろとか言われましたが、私を鬼化限定解除して頂きますと…なんとか全て回避できました。限定解除した一千万卒ってすごく速く動けるのですね。高校時代にこの力があったらバスケかバレーボールで英雄になっていた気がします。
「ああ、あの歩く仁王か羅刹のような方…いやはや、あのような闘神が女官の日常を仕切るとは…いや、玄蘇殿も言われていましたよ。一日だけで良いから永平寺辺りで指導願いたい。主な禅僧の雁首揃えておくからと」
「ふっふ。マイレーネ様の代わりは用意していますからご安心を。では、そろそろ玄奘様をお借り致しますよ。申し訳ございません」
そうです。今から淋の森で待ち構えるのです。
「まりりー。今ひとよんごーまる。天候情報受信。黒薔薇装備お願いしますー」と請願。
光学迷彩機能つきのダリアさん仕様戦闘服に一瞬で着替えさせられます。戦闘情報ディスプレイゴーグルを下ろしてターゲット情報を確認。よしよし、まだ痴女宮地下ですね。
あたしの姿に目を丸くしておられる二人に「あ、これ殺傷装備ついてませんから大丈夫ですよ。捕縛具はいくつか付けて頂いてますが」あと憎々しい事に、例の黄金銃ならぬ黄金剣はきっちり腰に。だからこの装備に光り物つけたらダメでしょうに…素人の私にもわかるぞ、まりり。
(どうせ光学迷彩入れるから大丈夫だろ。千人卒までなら充分不可視状態になるからな。んじゃ、玄奘さんと猿と一緒に、淋の森のあずまや近辺に送るぞ。すぐ迷彩フィールド展開しろよ)
「はいよー」教務長様に一礼するとすぐ、目のまわりの光景が変わります。
「あれまぁ、ここが件の森ですか」キョロキョロと珍しげに玄奘さんはあちこち見回しておられます。お仕事中の方は…警備演習名目の封鎖が効いてるのか見当たりません。よしよし、仏僧の玄奘さんに見せて良い光景じゃありませんしね。
「お猿さんお猿さん、木の上かどこかに隠れてる事はできないかな。もうすぐ雨が降るから注意してね」うききっ、と了解の合図を送り、お猿さんは適当な木の上に消えます。
で、光学迷彩フィールド展開。
(こちらてるこ。目標、今夕番と引き継ぎ中。配置済みはこちらでも把握しました。今日は淋の森に直行の模様。送れ)どうでも良いのですが初代様、てるこ呼称、受け入れたのですか。
(こちらたの。お猿さんは樹上待機。東屋付近にアルトさんダリアさん他、黒薔薇数名の配置確認しました。玄奘さんと私は光学迷彩で隠匿状態。送れ)
(こちらてるこ。玄奘さんの分の光学迷彩解除希望。こちらで男性の欺瞞映像を送ります。あと、仕方なく使っておりますの!天の声は神罰ケツ罰ですわ!イシュタル競女あたっくをいずれかまします。送れ)
(こちらたの。了解しました。玄奘さんの迷彩解除確認。目標ビーコン、陸橋にありますが何かしたんですか。送れ)
(こちらてるこ。急な買い物で急ぎたいというから、上長に諮るふりをして通過許可出しました。送れ)
(こちらたの。あちゃあ…あそこ通ったら、うち関係者丸わかりじゃないですか…教務長も言っておられましたけど、風聞に差し支えるまで考えが至ってない可能性も。送れ)
(こちらてるこ。とりあえず、あたくしも退勤して後方追尾中。確実に淋の森に行くと思いますので確保願いますわ。おわり)
(こちらたの。了解しました。アルトさんとダリアさんは接近中、まもなく配置につかれます。おわり)
そして陸橋の階段に人影。アオザイ姿ってモロバレじゃんか…。
(こちらダリア。たのちゃん、目標はすぐ捕縛しちゃダメですよ。必ず値段交渉して金を要求したのを確認してから確保してくださいねー。送れ)
(こちらたの。了解でおじゃる。まぁ逃げられんとは思いますが、こっちゃこの手の荒事は素人なんでよろしくっす。送れ)
(こちらダリア。少し離れておいて下さいね。向こうはこっちが見えてませんからね。おわり)
(こちらたの。接近目標確認。位置移動了解っす。おわり)
さて…ダイアさんは玄奘さんに近づきます。
「お兄さん、もうすぐ雨が降りますけどいかがですか?六千です」録音・録画確認。光学迷彩解除。
「…ダイアさん。そのお代、代わりに私がお支払いしますわ」と、手に持った五千ルピーと千ルピー硬貨を見せます。
「…え?あなた…田野瀬さん?なんで?」
「失礼。ダリアさん、アルトさんかもん」で、同じく光学迷彩を解除したお二人が、あたしと似たような服装で登場。
更に転送で、いつ着替えたか黒薔薇仕様でてるこ様登場。
「ダイアさん…このお二人、どなたかご存知ですか…」流石に初代様は面識、ないよね。アルトさんやダリアさんは新人入所式典で紹介があるから覚えておられるはずなのですが。
「あの…痴女宮警備の偉い方だというのは覚えておりますが…」怯えていますので、私から教えます。
「こちらの銀髪が桃薔薇騎士団長のダリアリーゼさん、で、銀髪がアルトリーゼ将軍閣下。この青髪の方は」
「遊び人のてるさんですわっ」はい。お好きにお名乗りください。どうせそのお姿で、普通の痴女じゃないのはバレてますから。
「さて…先輩。事情をお聞きする前に、あたしのIFFステータス、今確認頂いてよろしいでしょうか」何でまたという顔をされますが、この服が昔の黒蛇部隊制服として恐れられたのを知らない人でも尋常じゃない姿なのは伝わっている模様。
「え?たのさん百万卒?何で?何か隠されていましたの?」
「実は昨晩、この方々が関わる話の時に昇格措置が叶いましてね。で、ダイアさんがあたしに隠し事は出来なくなったのはお分かりかと思います。ですけど…玄奘さま。ちょっとお話をお願いしてよろしいですか」
「はい。あ、斉天、もう隠れずとも良いですよ。おいでなさい」お猿さんもそそくさと降りてきます。で、ちょうどその時に雨がまいりました。
痴女島名物夕方スコールです。一気に気温が下がりますね。
で、ダイアさんを隣に座らせて、玄奘さんは尋ねられます。
「単刀直入にお聞きします。あ、田野瀬さん、貨幣をお借りしますね。で、だいあ様ですか、そなたはこれが欲しいのですか。それとも必要なのですか」むう、なんとド直球。
ですが、玄奘さんの質問、本質を突いていると思います。やむに止まれず身売りしているか、それとも連邦世界の日本のように、軽い気持ちでウリしちゃったのか。
で、ここで無言の圧力があたしはもちろん、ダリアさんやアルトさん、そして初代様からも。何故か。
聖院時代から副業は禁止。してるのは許認可を受けたか、特命受命者ですぜ。
そして「おこづかい渡してるよね」で済む話です。こないだも出ましたが、仕送りの必要があれば願い出て相談してください、となります。
つまり、必要だという場合は必要だって話を事前にすべきなのです。
お金欲しいだけならそれはそれで問題ですが、欲しい理由は聞きますよ。なんか買いたいとか、漠然と貯めたかったとか。
「…もし、黙っているのが続く場合…ダリアさん。これ…やはり…」
「マリー呼んで身柄引き渡します。つまり、本来はこういう事が発覚した場合の正規の担当者はマリーなんですよ、ダイアさん。そしてダイアさん、マリーがこういう場合に何をするか…」
「それと、ダリアはもちろん、マリーの上司もあたくしです。マリーでも手に負えない場合、欧州支部預かりになります。仮にこの場で還俗を申し出たとしてもダメですよ。実は後ろにいらっしゃるのは初代金衣女聖さまです。欧州支部送りの許可はこの方が出されています。もし、それも嫌と言われたら…」
「矯正処置か、地下処断所…あ、今は聖炎宮か。ま。ダイアさんは財務だし、それをするほどの事がないとは思いますよ。あたくしの時は聞き分けが悪いの二、三人、見せしめにしましたが」にっこり笑う初代様。瞬間、ダイアさんの顔が恐怖に固まります。
ええ、見せて頂きました。マリーよりもっと肉体派でした。
(クレーゼ様が言ってたの、本当だった…)
(まさか拳の王様とは…)
(あのー、みなさま?あたくしが申し上げてた歴代金衣全員大概な事してるという話、本当でしたでしょ?ですからテルナリーゼ様。お姉様の事をあまり悪し様には申せませんでしてよ?)
(何を言うのですかクレーゼ!今この身体はおねー様ですけどね、この方々はあたくし達の女官時代と違って生ち、もごもががが)
(で、ダイアさんでしたっけ。マリアリーゼの母親のクレーゼです。あたくしの代なら貴女の頭の中をお掃除させて頂くか…貴女が来られる前は地下に処断処という場所がありましてね、ジーナお義姉様曰くの焼かな治らんと判断された方を、文字通り焼いておりました。あたくしがどういう性格か、そこのアルトくんとダリアがよっく知っていますから、頭の中を見せて頂いて下さいね)
「まーまー皆様お手柔らかにお願いしますよ。とりあえずダイアさん。ひとつ希望の持てるお話をさせて頂きますよ…。実は今後、条件を満たした方にはですね。淋の森でお客を引いてもらおうかと思っています。この話はマリアリーゼ上皇陛下も、マリアヴェッラ現帝陛下もご存知です。そして…一般の方の淋の森での営業行為は3ヶ月を目処に規制させて頂く方針も案として出ています。ですから、今日、ダイアさんの件の発覚は都合がよかったのですよ。もう少し見つかるのが遅かった場合、問答無用でマリーさんのところに連行されていた危険がありましたから。…今日、ここは実は封鎖されていたのですけど、警備騎士の方がここで営業されている方を取り締まる予行演習をしていたの、ご存知でしたか?」もちろんダイアさん首をぷるぷる横に振っておられます。
「淋の森の色街側の入口に警備の番所ありますでしょ。あと色街の警備本部。ああした場所に告知が出ている場合がありますから、一般の立ちんぼさんはあそこの掲示を見てお仕事に差し支えがある情報を見ておくのが習慣になっておられるんですよ。あと、売春婦同士で情報交換されてますから、ダイアさんがこのまま副業を続けていたら、いずれ密告が入ったんじゃないかなー…売春婦鑑札、当たり前ですけどお持ちじゃないですよね?ベテランの売春婦にあんた、鑑札札見せなとか言われたらどうするおつもりでした?」真っ青な顔ですね。ことの重大さに気付いたという事は…本当に深い考えなしにやってたのか…。
(私の故郷だと、素行の悪くない子でも結構…その…していましたので、その子たちの話を思い出してですね、あー、あの子たちはこの事を言ってたのかとか、自分なりに考えて…その、してました)
「…とりあえず、少しの間、ここに立つのは絶対にやめて下さい。詳細は申しませんけど、取締りがあるのは本当なんです。それと、おこづかいの金額にもし不満があるんなら今、遠慮なく申し出てくださいね。これはダイアさんを責めるためじゃないんですよ。女官の待遇改善の必要があるなら動いて下さる人ばかりが今、ここにいますから。ダリアさんもアルトさんも女官経験を相応にお持ちなので、ダイアさんの先輩としてお話を聞いて下さいます。アルトさんに至っては財務経験、おありですよ」
(しかし、初代様…ダイアさん、他の女官からあれこれ聞いてないが故にここまで事態を拗らせた一面もあると思うのです…一般女官を経験していたら知ってる話を知らない傾向、もろに出てますよね)
(ですわね。たのちゃん、何か改善案はおあり?)
(はい…正直、あれこれと弄りたい事は結構ありますので、追って財務部設立の企画書にまとめようかと。で、倫理の問題の教育実験についてちょうど良いかなぁと思うのです、ダイアさん)
(ふむふむ。玄奘法師としてはどうです?ダイアさんの頭の中を見られて)
(正直、見た目よりは稚児というか深い考えに及んでいなかったのではと)
「ダイアさん。世の中に悪人という人種がおります。で、今から申し上げる悪人の例として、どちらが果たして罪深いかをお聞きしたい。まず、典型的な悪人です。平気で盗み犯し殺す。しかし、官憲の手からは逃れようとする。例えば、鑑札なしでここで春を売るが、警備の騎士が来ると逃げる隠れる者がいたとしましょう」玄奘さんの問いかけに、ダイアさん、ふむふむと頷いておられます。
「で、自分が悪事を働いている自覚のない悪人というのも世の中にはおります。例えばこの島では猿は神の使いとされております。しかし、他所から来た者の中にはここでの猿の扱いを知らず、猿を狩って当たり前という行為に及ぶ可能性がある。で、そうした者が仮にこの斉天を狩ってしまったとしましょう。あなたはどちらに厳罰を課そうとなさいますか」
「罪を知らない方、でしょうか」
「左様。無知は罪、と申します。仮に善意でした事でも、ここの近所の茸島によく生えていると聞く白い茸、あれが美味しそうだからと鍋にして皆に振る舞うとどうなりますか」
(…ダイアさん、それ食べたら一晩は正気を失いますからね。あそこに痴女宮の保養所がありますけど、千人卒以上でないとあの茸の幻覚作用に毒されますよ…)と、入れ知恵。
「知らなかったでは済まされないことになるのでしょうか…」
「それを防ぐために人は学ぶのです。田野瀬さん、なぜ痴女宮では女官の方々の副業を禁じているのでしょうか」
「私たちが下手に手を出すと、その業種でお仕事をしてお金を稼いでいる方の生計の道を奪いかねないのも理由の一つですね。例えば、女官がうかつに春を売ると、客を虜にしてしまう危険がありますので、我々は聖院または痴女宮でのみお客を取る決まりになっています。色街の客や淋の森の客をみだりに奪わないよう、お勤めの内容やお布施額の設定を定めているのも、そうした配慮の一環です。お坊様の領分のお話ですと、みだりに生類の殺生を禁じるのと類似の理屈となりますかと」
「田野瀬さん、一度仏門を叩かれては如何ですか、玄蘇殿が喜びそうですよ」
「いやー、まだ悟りを開くまでにやる事が多々ありますし…あ、そーだ。ダイアさん、お金の話をしますけど、この金属は大好きですか?」と、腰の短剣…例のろくでもない柄のそれを抜いて見せます。
「…え?これ、金で出来てません?ちょっと持たせて頂いてよろしいですか?」で、鞘に納めてから渡します。
「正確に測らないと断言できませんけど、これ純金ではないですか?大きさからすると異常に重いというか、金の持ちごたえがしますね」
「この重さの金を持たれた事はおありですか?」
「ええ。私…商家の出でして、実家での取引、他国の方が貨幣の代わりに金塊を持ち込まれる事もありましたので、重さを測る方法とか存じております。まぁ、この重さで純金となりますと…私の今のおこづかいだと4年から5年分ですかねぇ…。正直、価値を知っているだけに、欲しいか欲しくないかと言われますと、欲しいです。金の輝きは人の目を眩ませると親もよく言ってましたから」素直に欲を示されました。よしよし。
(ほい、たのちゃんたっち交代。あたくしが引継ぎましょ)
「では、ダイアさん。あなたに一つ、試練を課しましょう。痴女宮では淋の森の事業化を考えていますが、痴女宮を離れてあれこれする事で、今回の貴女のように、知らず一線を踏み越えてしまう可能性を誰もが秘めていると言えるでしょう。で、今から課す試練を乗り越えれば、淋の森での業務としての問題点を洗い出す一環として、貴女の内緒のこれを暫くは継続頂く事を許可しましょう」
「そ、その試練とは…」おずおずとダイヤさんが聞かれます。
「なーに簡単。今から、ちょっとある場所に行って、ある物を手に取って欲しいだけよ」
ええ。その瞬間に嫌な予感がしました。
墓所、という単語が頭をよぎった気がします。